ABMとは結局、何をすることなのか?
この回は、immedio Growth Radioの公開収録「ABMは本当に営業戦略なのか?」の後編です。前編で今西さんのSmartHRや才流でのキャリアを聞いたのを受けて、後編はABMの始め方や体制など具体的な実務に踏み込みます。
浜田さんは冒頭で、ABMとは何か、LBMとの違い、始め方、やめた方がいいパターン、体制、施策、マーケターとしての向き合い方を順に聞いていくと予告しました。
今西さんによると、ABMはアカウントベースドマーケティング ── Account Based Marketingの略。見込み客個人ではなく、狙う企業単位で戦略を立てて関係を深めていくBtoBマーケティングの考え方ですの略で、アカウントは企業単位を指します。
今西さんの定義では、ABMは狙いたい企業をしっかり見定めたうえで、その企業と継続的な取引関係を築くために行う一連の活動です。
しっかりとアカウントを定めた上で、継続的な取引をするためにどういうふうにしていくべきかというところを会社一丸となって取り組むような活動、これをABMというのが一般的ですかね。
今西さんは、多くの人がイメージする「1対1で特定の顧客と取引したいときの戦略」という理解も、大きく外れてはいないと話しています。
ターゲットは何社まで?LBMとの違いと営業1人あたりの担当数
浜田さんは、リードベースのファネルとABMの逆ピラミッド型を比べたうえで、ターゲット企業が何社以下ならABMと呼べるのかを尋ねました。10万社を相手にするABMはないだろう、という問いかけです。
今西さんの答えは、明確な社数の線引きはなく、会社の事情によって変わるというものでした。そのうえで、ABMとリードベースドマーケティングの構造の違いを説明します。
1対多で広くアプローチし、ロート状に商談、受注へと絞り込む。企業をバイネームで特定せず、大量のリードから条件を満たすものを案件化する
最初に取引したいアカウントを設定し、接触、商談、関係者の拡大を通じて取引を広げていく
ABMで何社を扱えるかについて、今西さんは「営業1人あたり何アカウント持てるか」から考えるのがよいとしています。深さによって担当数は大きく変わります。
| 進め方 | 内容 | 担当数の目安 |
|---|---|---|
| 1対1でがっつり | 1社ごとにアカウントプランを書き深く入り込む | 3〜5社 |
| 1対少数 | プランは書かないがバイネームでフォロー | 20社ぐらい |
| さらに幅広く | フォローの範囲を広げる | 30〜40社 |
ABM全体の対象社数は、この担当数に営業人数を掛けて決まります。今西さんは、営業が10人なら3社×10人で総数が引き出される、という考え方を示しました。
浜田さんは、今西さんの本でもABMをラージ、ミディアム、スモールに分け、営業担当が100社ほどを広く見るパターンまで幅があると書かれていることに触れています。
ABMの第一歩は「任命」から
浜田さんは、前編で社内のチャンピオンを使ったスモールウィンの話が出たことを踏まえ、ABMを始めるときに最初にやるべきことは他にあるかを聞きました。
今西さんは、ABMはぬるっと始まるものではないと前置きします。立ち上がりで大事なのは、トライアルを任せる人をチームとして明確に任命することだといいます。
あなたにこのトライアルを任せるよというところをしっかりとチームで任命をして進めていくっていうところ、当たり前のように聞こえるかもしれないですけれども、ここすごく大事だと思います。
今西さんのスライドでは、トライアル期のポイントは小さく始めて受注実績を作ることです。そのために、少人数でもよいのでプロジェクトチームを組成するのが第一歩だと説明しています。
今西さんが重視するのは、担当者が「自分は任されているのかわからない」状態で働かないことです。会社がABMに取り組もうとしていて、そのトライアルを任されたと伝わってはじめて、使命を持ったチームになるといいます。
立ち止まるべきイエローフラッグとは?
浜田さんは、時間がかかるABMの中で、どんな状態なら一度立ち止まるべきか、どこまでなら頑張れるのかは判断が難しいと投げかけました。
今西さんは、教科書的な正解はなく企業や商材によって変わるとしたうえで、代表的なイエローフラッグを2つ挙げました。
1つ目はPMF ── プロダクトマーケットフィットの略。製品が市場の顧客ニーズに合い、受け入れられている状態を指しますの問題で、そもそも商材がエンタープライズ企業に売れるものなのか、という点です。
SMBでめっちゃ売れてるし、これエンプラでもいけるだろう、これは違うんですよねっていうのは結構あるんですよ。
今西さんによると、2〜3か月やってみてSMBほどうまくいかず、商材がエンタープライズの要件に達していないとわかった場合は、組織や営業手法を変えても売れない可能性があります。これは大きく立ち止まるべき場面だといいます。
2つ目は社内の空気です。ABMの数字がなかなか上がらず、「今まで通りSMBをやった方がいいのでは」という声が共通認識になったり、経営陣やリーダーが迷い始めたりしたら、それもイエローフラッグだと今西さんは考えています。
この半期で数字がどれぐらい上がってくるかというと、正味0円の可能性も僕はあると思います。
今西さんは、ABMを「じわじわと水をやって、いつか大きな果実を取る」取り組みにたとえます。会社が短期のトップスピードを強く求めている雰囲気や発言が見えるなら、ABMとは相性が悪いサインだと話しています。
浜田さんは、SansanでBill One ── Sansanが提供する請求書受領サービス。インボイス制度や電子帳簿保存法への対応ニーズもあり、大企業にも広く使われていますの立ち上げに関わった経験を紹介しました。営業担当がプロダクト責任者と直接話し、「これがあれば売れるから何月にコミットできる」とやり取りしていたそうです。
浜田さんは、エンタープライズの責任者とプロダクト責任者が直接話すことが大事だと述べ、今西さんもSmartHR時代のエンタープライズ営業本部長が越境の得意な人で、プロダクト側にしっかり入り込んでいたと振り返りました。
推進体制の要は「大臣制」と評価への組み込み
浜田さんは次に、ABMの推進体制で外してはいけないポイントを尋ねました。マーケと事業本部のどちらにレポートするかや、エンタープライズチーム内の情報共有も含めた問いです。
今西さんが紹介したのは、在籍当時のSmartHRのエンタープライズ営業で使われていた「大臣制」です。営業の中に「マーケ連携大臣」「IS連携大臣」といった役割を置く仕組みだといいます。
マーケ連携大臣に任命された営業担当は、エンタープライズセールスを伸ばすためにマーケとどう連携するかを前線で考える窓口になります。忙しい営業に飛び込みづらいマーケ側にとって、質問や相談の相手が明確になる効果がありました。
今西さんがもう1つのポイントに挙げたのは、大臣の役割を評価プロセスにきちんと組み込んだことです。どんな取り組みをし、どんな示唆を得て、営業にどう還元したかが評価項目に入っていたといいます。
人間たるもの、評価に入っているか入ってないかって、もう全員人間なので、これ全然雲泥の差になると思います。
今西さんは、正義論や性善説だけに頼らず、任命と評価までを制度に組み込んだ点が良かったと振り返っています。
浜田さんが、部長同士が話すだけでなく営業の中に連携役を置くと密度が違うのかと確認すると、今西さんは「全然違います」と答えました。部長同士の連携はできていても、現場レイヤーでは見えているものが違うことがあったそうです。
私がこうだと思うよねって言ってるのも、いや違うと思いますよ。現場の皆さんってこうおっしゃっててっていうのが、マジかっていうのも結構あったので。
今西さんは、マネジメントラインと現場レイヤーの両方で目線を合わせる、二重の連携を押さえることが大事だとまとめています。
ゴルフか手紙か?施策は目的から逆算する
浜田さんは、参加者がいちばん聞きたいのは「ABMで何をすれば成果が出るのか」だろうと切り出しました。顧問、手紙、展示会、ゴルフなど選択肢が多い中で、施策をどう考えればよいかという問いです。
今西さんは、いきなり施策から考えるのではなく、上流に立ち戻る必要があると答えます。エンタープライズの施策には大きく3つの目的があり、アカウントとの接点を「作る」「広げる」「深める」のどれなのかをまず切り分けるといいます。
今西さんによると、ゴルフも目的に合えば有効ですが、目的がずれていると「ゴルフ楽しかったです」で終わってしまいます。課題がどこにあるかを先に押さえるのが大前提だと強調しました。
具体的なおすすめとして今西さんが挙げたのは、既存コンテンツの発掘です。リードベースドマーケティングで作ってきたホワイトペーパー、全体向けウェビナー、業界特化の施策などを見直すと、エンタープライズ向けに少し手を加えれば使えるものが見つかるといいます。
既存コンテンツを使う利点は、時間を短縮できることと、過去の成功や失敗を踏まえて同じ失敗を避けられることだと今西さんは説明しています。
見つけたコンテンツは、届け方を変えます。1対1のレターで届けたり、過去のセミナーを特定企業向けの勉強会にカスタマイズしたりする方法です。
お客様から見たら、それは別に、あ、これ既存のコンテンツの使い回しだなんて思う、そんなすごい詳しい人いないですから。
高い施策の「コスパ」をどう測るか
浜田さんは、Sansanでの経験から、ゴルフや有識者を招いたセミナーは数百万円かかっても結果的にコスパがよいと感じたと話しました。
浜田さんが評価していたのは、招待状を届けることを口実にアポが取れる点です。CIOとの接点がなくても、業界CIOのゴルフコンペの趣旨を説明したいと伝えれば、CIOの部下に会えることがあるといいます。
あえてお金をかけて施策をやって、それをフルにレバレッジ効かせるっていうのは私結構大事かなと思ってるんですよね。
これに対して今西さんは、「パフォーマンス」が何を指すのか、社内で認識を揃えておくべきだと指摘しました。
CIOに会える、面談の機会が取れることをパフォーマンスとみなすなら、コスパは高い
まだ受注していないなら、コスパがよいとは思えないと受け止められる
今西さんは、大手向けの施策は「受注につながるのか」と聞かれても言い切れないものが多いと話します。意思決定者も巻き込んで認識を揃えておけば、決裁も取りやすく、営業の協力も得やすくなるといいます。
今西さんがABMをやめられない理由
最後に浜田さんは、会場から寄せられた「今西さんがABMを面白いと思うのはどこか」という質問を取り上げました。
今西さんは、ABMは目指すゴールが大きいから時間がかかると話します。導入はゴールではなく、大手企業の人事労務でウェルワーキングな世界を実現し、そこに貢献することがゴールだといいます。
マーケティングだけじゃなくて、営業もISもCSも、なんならプロダクトも、なんなら経営陣も、みんなで巻き込んで、みんな一丸となって取り組んで。
浜田さんが、大企業の変革という大きな社会的インパクトを支援でき、顔が見えるのが良さなのではと応じると、今西さんは前職の鉄道会社の話をしました。
今西さんによると、前職の鉄道会社がSmartHRを導入するまでに5年ほどかかりました。その間、営業担当と一緒に足を運び、売り込みより課題に寄り添う形で関係を積み上げていったそうです。
お前のあのSmartHRめっちゃええなってある方がおっしゃってくださったんですね。
スマートフォンにあまり関心がなさそうな方が目の色を変えて喜んでくれたことで、今西さんは大企業への導入が現場の多くの人に影響を与えると肌で感じたといいます。それをマーケティングの立場で営業と一丸になってできることが、ABMの魅力だと語りました。
まとめ
今西さんの話を通じて見えてくるのは、ABMが施策の名前ではなく、狙う企業との長期的な関係づくりに会社全体で取り組む活動だということです。始め方、撤退の判断、体制、施策選びのどれも、目的と認識を揃えることが土台になっています。
- ABMの対象社数に正解はなく、営業1人あたりの担当数(深さで3〜5社から30〜40社)×営業人数で決まる
- 第一歩は、トライアルを任せる人を明確に任命し、小さく始めて受注実績を作ること
- 商材がエンタープライズに合わない場合や、社内が短期の数字を強く求めている場合はイエローフラッグ
- 営業の中に連携役(大臣)を置き、その役割を評価に組み込むと連携の密度が変わる
- 施策は接点を「作る・広げる・深める」の目的から選び、既存コンテンツの届け方を変えるところから始める



