クマ注意の張り紙に「どないせっちゅうねん」
今回の収録は、長野県木曽のキャンプ場から。夕方の涼しさのなか、東横名人さんと坂本さんは、キャンプ場に貼られたクマ目撃の張り紙の話から始めます。
どうも皆さんこんばんは。東横名人です。本日も長野県木曽にあります、木曽駒冷水公園キャンプ場よりお届けしております。
お相手はいつものように私、東横名人と、今日も上等。長野からこの方です。
はい、おはようございます。坂本です。
まあ夕方なんですけど、もうそろそろ。いやー、いい感じの涼しさですね。
今日はそうですね、ほとんど太陽が出てないからね。
快適。クマも出てこなさそうで、本当に良かったなと思うんですけど、嫁さんには言えないけど、センターハウスにクマ目撃(の張り紙)めっちゃ貼ってるじゃないですか。
あれ貼っててどうすりゃいいんですか?僕らは。
それは落石注意と一緒で。
どうすりゃいいの?どうしようもないよね。
さっき行ったドン・キホーテには、クマスプレー売ってました。3800円で。
(クマスプレーは)5メートル先から噴射できるはずなんだけど、全然噴射できない粗悪品もあるみたいで。
でもそれって、生還者がおらん限りはわからんから。生存バイアスじゃないけど。
よく見るね。B29の、墜落(機の)穴開いてるとこね。
だから持ってて安心やけど、それで成功したかどうか確かめようがない。
いい商品やな(笑)
いや、助かりましたっていう人がいればいいけど。わからんからね、こればっかりは。
だからまあまあ気休めなんだろうなと思うけど、もうあの張り紙見て、どないせっちゅうねんって思う。
しかもその(張り紙の)横で、女の子が微笑んでるしね。
リスナーメール「あなた試しただけだよ」
ここで、リスナーのファッションセンターしまうまさんからのメールが読まれます。YouTubeにもコメントを寄せている常連の方だそうです。
おメールいただいております。ファッションセンターしまうまさんからです。昔から名前をいろいろ変えて、同じトーンでつぶやいていただいている方ですよ。
やり慣れたカキタレにあれが来ないと言われ、薬局で検査薬買って小便かける。待つ間、今までにないほどに長く感じる。カキタレが報告。あなた試しただけだよと。緊張感のある1日でした。人生には緊張感が必要ですね。それではさようなら。
それ、田原松か。
田原松よりも僕は、死後裁きに会うって、キリストの啓蒙してる人たちいるじゃないですか。軽トラで出てくる人。あれ(の読み方)ちょっと意識したんですけどね。
カキタレとかって、これって松っちゃんとかが言ってたのかな。ダウンタウンの。
俺、(カキタレって言葉を)初めて聞いたのは銭ゲバですけどね。
下品ですね。下品。そのカキタレって言葉ね。まあでも、サブカル界隈とか芸人界隈とか、銭ゲバ界隈では普通に言ってましたからね。
あれは何々兄さんのカキタレやねん、みたいな。
ああ、そういう言い方してたね。芸人ごっこじゃないの?
まあ、ごっこでしょうね。
話はメールの中身へ戻り、坂本さんは「試した」ことの意味に首をかしげます。
でも、それがいいのかどうかがわかんない。だってその二人の関係がわからへんから、もしかしたら(彼女は)ずっと待ってたんかもしれないじゃない。
カキタレって何なの?
え?遊びの女性。セフレってことですね。今風に言うと。
でもカキタレとセフレっていうと、セフレの方が上品っていうか、合意されてるような感じがしていて。
俺、カキタレイコール、ほぼほぼティッシュペーパー的な感じに近いもん。すごい下品なイメージしかない。
(セフレは)まだフレンドが入ってる。
で、(彼女は)何を試すの?一体。
その時に連絡一切取れなくなる男とか。
とか、腹蹴ってくるやつとかね。
いやいや、ほんと、そこで多分ちゃんとうろたえながらも、病院に一緒に行ってくれたっていうのは良かったんじゃないですかね。
彼女はカキタレじゃなくて、1番になりたいって思ってて。あなた試したのよ。
いや、なんかそういうのって、試された瞬間に終わってしまわない?
でもやっぱりほら、こういう関係性って対等でいたいじゃん。対等でいた方が、精神衛生上いいじゃん。
カキタレとカキタレじゃない人の対等とか、意味がわからへん。もうカキタレって言ってる時点で。
もちろんセフレがいたことないけど、セフレが対等っていうのは、女性が主導権を持ってる場合のみあると思いますけど。
あ、それ何?プルプルプル。君今から来れる?
主導権持った段階で、なんか男(の方は)興味なくなっちゃいそうな気がしますけどね。
でも呼ばれたら行くでしょ。絶対2回目も行くって。
いやいや、もう1回(メールを)言いますか、最後。
もういいです。
そうなの。もうね、そんな時間があるんだったら、キャンプ行きたい。
甥っ子姪っ子にインスタがバレて気づいた「幼稚さ」
メールのあと、東横名人さんは最近ずっと苦しんでいることを打ち明けます。夫婦で運用しているLOVOTのインスタグラムが、法事の席で甥っ子や姪っ子に知られてしまったという話です。
ずっとここ最近、僕が苦しんでることがあるんですよ。ポリンスキーと話した時にね、甥っ子姪っ子にインスタがバレちゃったと。というか、嫁はんがバラしちゃったと。
夫婦で共同運用している、LOVOTのアカウントというのがありましてですね。
法事の時にペットの話になって、インスタの話を嫁が言っちゃったと。いい年のおっさんがインスタとかなんとかって、ちょっと恥ずかしいし、思ってた大人像じゃないねって。
それってひとえに、我々(男性)が幼稚になったからじゃないのか?まあ女の人も含めて、精神が成熟してないんじゃないかと感じることがすごく多くてですね。
男はいつも少年みたいにバカだから、みたいな言い方もあるじゃん。で、まあこれをいろいろ調べたんですよね。
東横名人さんが調べてきたのは、成熟について語った思想家たちの言葉です。まずはユング ── スイスの精神科医・心理学者カール・グスタフ・ユング。分析心理学を創始し、「元型」や「集合的無意識」などの概念で知られますから。
ユングは、人は人生の前半で社会的役割を身につけ、後半で本当の成熟を迎える(と言った)。男性には「永遠の少年」という原型があると考えていました。
(永遠の少年の)特徴は、責任を避ける、自由だけを求める、飽きっぽい、現実よりも夢を追う。ユング先生もですよ、男性ってそういうもんだよねって言っているんですよ。
若い時は夢想家みたいな魅力だけども、そこから卒業できないと、中年になっても精神的には少年のままになると言っていると。
要は僕らは、趣味だけは若いけども、責任は取りたくないっていうおじさんになっているんじゃないかな、っていうのもちょっとあったりとか。
あともう一つ、エーリッヒ・フロムさんっていう人は、『自由からの逃走』っていう作品で、成熟とは自由を引き受けることと定義しました。
子供は責任を負わなくて済みます。しかし大人になると、判断、責任、他者への配慮が必要になる。それを嫌がる人は、自由ではなく幼稚性に逃げ込むと考えました。
(判断や責任は)一応してるつもりではいるんだけども、それができてなくて自分勝手みたいな感じになると、幼稚性はますます感じるっていうところ。
日本の心理学者の河合隼雄さんっていう人は、大人になるとは矛盾を抱え生きること(と言っている)。子どもは白黒つけたがる、正解を求める。
すぐ白黒つけたがるじゃないですか。敵か味方かみたいな。そうじゃなくて、グレーでええねん、グレーでよしなにみたいな。そういうこと許容できない人も多いのかな。
昔の思想家が問題にしたのは、少年の心ではなく、少年から卒業できてないだけなんだっていうまとめを(調べた先では)してるんですよ。
ただ今は、好きなものを好きって言える時代ではある。俺このアイドル好きなんだ、推しがねって言ったら、誰も否定しないじゃないですか。
ゲーム、アニメ、オタ活、SNSなどを楽しめる環境が今、非常に整っている。大人になっても少年時代のライフスタイルを維持する。胸に手を当てると、ずっとやってるよな俺。
まあ幼稚といえば幼稚ですよね、今はね。
SNSは「バカ発見器」、幕末の志士も幼稚園児?
東横名人さんは、昔にも幼稚なおっさんはいたはずで、SNSがその幼稚さを見えるようにしてしまっただけではないかと続けます。
ただ、たちが悪いことに、SNSっていうのがあると、大人の幼稚な部分がめっちゃ明らかになっちゃうだけっちゃだけなんですよ。
昔はSNSはないけど、幼稚なおっさんもいたと思うんだ。それをSNSってフィルターにかけちゃうと、バカ発見ツールみたいになっちゃって、幼稚だなーみたいなのがいっぱい出てくるんですよね。
東横名人がキャンプに行くよって、遠足の前の小学生みたいにはしゃぐもんだから、メールを送ってやったよってメール来たんですよ、さっき。ああ、そういう風に見られてたんだって。
まあ多分、昔の人も幼稚やったと思いますよ。
昭和10年ぐらいの人がタイムスリップで令和に来たら、多分バリバリにXとかやって、リテラシーがないもんだから大炎上するみたいな。そういうのちょっと想像できません?
もちろん子供の頃見た大人の人って、すごい大人には見えたけど、多分幼稚やったんですよ、きっと。
多分幕末のね、維新とか新選組とか、幼稚園児の塊やと思いますよ、みんな。やってることは。大人じゃないもの。子供やもん、まんま。
なんかよくわからんけど尊王攘夷だ、うおーって言って。
盛り上がっちゃって。
「おもしろきこともなき世をおもしろく」っていうキラーワード、あれ出してる奴いたら地雷だってよく言われる。あの吉田松陰の言葉。
高杉晋作やったっけ。
いやでもね、あれ(維新)はやっぱりね、ちょっと幼稚でないとでけへんよ。中二病と言っていいのか、なんと言っていいのかわからんけど。
これ大人やったら、もうちょっとなんかあったやろっていう。
でも大人じゃなかったら、ひょっとしたらあんなね、維新とか成功してないですよね。
子供やから。無邪気にやっちゃったから、なんとなく勢いでできちゃったっていうのはあるかもしれない。
「団塊の世代、大人やと思ったことがない」
坂本さんは、子どもの頃に大人に見えたのは戦争をくぐった世代だったと振り返り、そのすぐ上の団塊の世代には厳しい目を向けます。
昭和の俺らの上の世代、多分俺がギリやと思うんやけど、俺が子供の頃って、まだ戦争に行った人が周りにいっぱいいたんで、やっぱ大人に見えたんですけど。
どっかで死線をくぐってきた、死と隣り合わせに人生やってきたんで大人に見えただけで、俺よりちょっと上の団塊の世代、大人やと思ったことがないもん。わがままやし。
わがままですよね。じゃあ何をもって大人なのかっていうのも、定義もできないし。
しかも団塊の世代って、まあバブル世代もそうでしょうけど、謙虚さがないからね、本当に。
なんでもかんでもSNSで吐露することが多いから、子供がお父さんお母さんのことを見る(像)は、僕らが思ってるお父さんお母さんの像とは多分違うはずなんですよ。
全然違うし、友達家族みたいに、やっぱりなっちゃってるんだろうなって。
俺らが(子供の頃は)、お父さんが帰ってきただけで、一瞬家に緊張感が走ったでしょ。別に毎日殴られてたわけでもないけど。
何も言わんでも、テレビの時間は喋らへんとか、強権政治じゃないけど、そういうのがあったじゃないですか。で、それをまた大人やと思ってたんでね、俺らは。
言い方変えたら、子供に押し付けて大人らしくないって。今から考えたら、わがままやな、なんで巨人戦見なあかんねんみたいな。
俺も小さい頃からそういう環境で育ってきてたので、中学生ぐらいまでは、本当にいつも大人の顔色だけを伺う子供やったんで。
親戚の人に一回めっちゃ怒られてたもんね、うちのおかんが。なんでこんな大人の顔色ばっかり伺ってんねん、こいつは(って)。
俺が何するにしても、いいですか、いいですかみたいなこと何にでもつけるから。なんでやって言ったら、殴られるからみたいな。
つらいなぁ。
すごい親戚の人におかんが怒られてて、その後家に帰ってから、やいとさせられたんやけど。これはこっちが言うたんか、みたいな。
どっちが子供やって感じですよね。
だからね、うちの母親もそうですし、上の世代、ほんまに幼稚やと思ってますよ。大人に見えただけで。
その世代の人が、まかり間違ってSNSみたいなものがその時代にあったとしたら、目も当てられないかもしれないね。
それはあいつらアホやから、絶対浅間山荘に閉じこもりながら(投稿を)上げてたと思うで。
イエーイって言って。
そう、今籠城してまーすみたいな。で、やってることって総括でしょ。幼稚丸出しやん。
いやだからね、そもそもね、日本人って成熟したことないよ。大人なんかおる?
大人になるには、死を意識するしかない?
では人はどうすれば成熟できるのか。坂本さんは「諦め」と「死」をキーワードに話を進めます。
そうも思うんですよね。だからあんまり気を病む必要もないのかなとも思うんだけど。
やっぱりどっかで成熟しようと思ったら、やっぱ宗教いんのかなとか、いろいろ考えるんですよ。
どっかで達観せなあかんでしょ。大人になろうと思ったら、諦めて、ここらで一線引いてっていうのを、どんだけ諦めてきたかっていうのが大人でしょ。
そういうこと言うと、必ず「そんな大人になりたくない」って言うじゃないですか。別に大人になる必要ないから、今の社会は。
そうなんですよね。ただ、見ててちょっと痛々しいっていうのもあるから。
若い奴が天狗になるって不愉快やから。自分を顧みて、若い時恥ずかしいなって思う。
その恥ずかしいのを繰り返してきて、ようやくちょっと最近物心ついたかなっていう感じになってるだけで。
それ、何年も前から言ってる(笑)
本当に。いや、だから自分で大人になったって、まだ思ってないもん。
もう定年、還暦を迎えつつあるのに。
俺の中での大人って、ほんまに戦前生まれの人ぐらいよ。それでも大人かな、やってること大人げないしな、みたいな。
空襲で家燃やされたおばあちゃんとか、何回か死にかけて、全て自分のものなくなった人。津波で家流された人たちって、やっぱどっか達観してるじゃないですか。
物持ってたって、やっぱりなくなるし、最後大事なのは命とか家族やね、みたいな。
だから多分、ひとえにSNSやめたら発信の機会がなくなるから、だいぶ楽になるような気がする。
それは楽になるでしょ。だって絶対日本人に向いてないもん。
まあ、炎上させるのは向いてるかもしれないけど。
まあ向いてる向いてないというと、向いてるんですよ。この相互監視(に)。本当に日本人向きで、ある意味もう警察いらんやろっていう。
日本人向きではあるがゆえに、もう(SNS)なしでは生きていけない感じになってるんで。
そんなこと言い出したら、そもそもラジオをやってること自体が、いかに幼稚なのかみたいな。
大人はやらない。じゃあ浜村淳は何やねんって話やねんけど。
でもね、どっか幼稚にならないと喋れないからね。
だってあんだけ石原慎太郎とか、すごい大人に見えるけど、やってることって幼稚やん、学生の頃から。多分本人、大人やと思ってなかったと思うよ、最後まで。
だって三島由紀夫も幼稚やと思うよ。
女性で俺がほんまにこれ大人の女性やなって思うのって、加賀まりこぐらいで。本当にあれぐらい、酸いも甘いも、何もかもっていう。
もちろん美輪さんは俺らから見たらものすごい大人ですけど、多分本人に聞いたら「んなことないわよ」って言いそうじゃないですか。
じゃあ、俺みたいに虐待されてたりとか、美輪さんみたいな生まれとか、そういうのがないと大人になれないんですかっていう。
それはしんどいよな。
特攻の生き残りでないとダメなんですか、とか。
よく言うじゃないですか。知覧の特攻隊の記念館見に行って、遺書を見て、魂が震えました(って)。やっぱそこまで追い込まれないと大人にならないのかな。
あの遺書を読んで、感動というか魂震えるのかもしんないけど、あの境遇ではああ書くよねって。
俺も多分、ジャンボジェットに乗って、飛行機がダッチロール始めたら、やっぱ最後の遺書はああなるもの。
とりあえずクラウドに残すメモに、わーって書いとこう。
そんな細かいこと書けるやつおれへんやろ。絶対にハードディスクをお風呂に入れてくださいとか、それ書いたら逆に大人やなと思うもん。
やっぱ、ありがとうとか、そういうのしか書けないでしょ。やっぱそういうところで初めて、もう死ぬ間際かな。大人になれるかどうかって。
まあだから、少なくとも最低でも、ちょっと死を意識しないと無理ですよ。
だから昔の人が早めに大人になれるっていうのは、平均寿命が55ぐらいの時でしょ。だから40歳ぐらいになったらちょっと大人に見えるだけで、今でいうところの80でしょ、それ。
だから俺らが大人になれるとしたら、70過ぎてからやと思う。
って言って、70過ぎた時もさ、会ったら、まだまだやなって。
絶対まだ物心ついてないって言うんやけど。ただ少なくとも70になったら、だいぶ性的なものとか、そういう欲が全部なくなってるでしょ。承認欲も多分なくなってると思う。
ああ、まだちょっと僕ら承認欲求あるもんね。
承認欲求がちょっと残ってるうちは、まだ大人にちょっとなれないと思う。
そうか。でも幼稚性と関連することまで言うと、承認欲求かもしれないですね。
だって幼稚って、基本的にお母さんに褒めてほしいっていうのが基本なんで、そっからいかに解脱するかっていう。
いいねがついた。いいねがついた。
お母さんに褒めてもらうから勉強するんじゃなくて、自分のために勉強できるようになるっていうのが、どこでそうなるかっていうのが。
いや、僕はラジオを自分のためにやっています。自分の能力の向上を目指して、頑張っています。
それ逆に、大人じゃなくて別のもんになってるから(笑)
ラジオ道ですからね。ある意味ね。
「今の若い人の方が、俺より大人」
話は世代論へ。お二人は、今の若い人のほうがよほど大人ではないかと口をそろえます。
昔の人も幼稚だったんじゃないかっていうのは、薄々感じてたんです。
いや、今の若い人の方が、俺(より)大人やと思って。俺が20歳の頃って、もっとアホやったやん。
僕らも会社入った時に、会社の先輩方は「君らは〇〇だよ」って言ってたもん、やっぱり。
(その先輩の方が)よっぽどアホやってんで。あの年代って、大学生ぐらいの時に、なんでその企業に入ったんじゃ、潜り込んでみたいな。
学生の時何してたん?言うたら麻雀してたとか。あいつら、ほんまに勉強してないからね。
ほんまにあいつら勉強してないし、今の大学生とは勉強量が全く違うよ。大学も何で入ったか、ようわからんっていう。
だからね、大人やからって、無条件に尊敬する必要ない。
確かに今の新入社員ぐらいの子の方が、コロナですごい嫌な思いしたりとかっていうのもあったりするから。
若干達観してるよね。
大人でしょうね、今の子の方が。だから逆に俺は、若い子はちょっと尊敬してるもん。よう自分をそんなに抑えられるなって。
喧嘩っ早いもん、俺ら世代。ほんまに。会議で、ちょっと声を荒げてみました、強めに意見を主張してみましたみたいな。そういうのが(今の若い子には)ないからね。
だから逆に、最近の若者はなんて全然思わないですよ。もう僕らが幼稚で、こうなんですみませんみたいな。
俺が「最近の若者は」って思ってた若者は、もう今40歳ぐらいだからね。
(「最近の若者は」って)使ってみたかったっていうのもあるけどね。
あとやっぱりね、(今の若い子は)謙虚。謙虚すぎる。どこまででも謙虚なんすよ、みんな。もうちょっと天狗になってもいいのにっていう。
まあ責任も持ちたくないのかな。できませんとか、僕には無理ですって言っちゃうのが。
ああ、でも言うよね。僕には無理ですとか、あなたたちみたいにできませんとか。
難しいけど、いや僕は、まあまあ自信ないけどやってみますって言ってます。
やればできるからっていうこと自体がパワハラなの?
やればできるって言った、ティモンディ(も)ダメじゃないですか。
最近セクハラとパワハラの使い方がわからなくて。女の子に猫背っていうのはセクハラ?
身体的特徴を指摘するっていうのは、もう良くないかもね。
この猫背は、胸が大きいのを気にしてるんです(って言われたら)。
何それ?どっかのラブコメ?Xで流れてくるなんか漫画?
いやなんかもうね、ありとあらゆることがちょっと心配やから、何言ってええか。
大人になれよ(笑)
すいません。
おっさんに必要なのは「清潔感とエチケット」
最後に話は承認欲求へ戻り、お二人は今のおじさんとして気をつけたいことを確かめ合います。
まあでも、承認欲求がやっぱりこじらせるのかな。
いかにそこから脱出するかですね。
いや、僕は一個一個積み上げていくだけです。
でもおっさんやから、承認欲求はなくていいけど、最低限のエチケットと清潔感だけはね。
そう、不快感を与えないことだけは。だから、いろんなSNSの投稿とかも不快感を与えないように。それだけかな。
おじさん構文とか、絶対やっちゃダメなんです。頑張るぞ、みたいな。
幼稚性の話は、ちょっと一旦答え出たような気がするな。皆さんも大人になれればいいな。それでは皆さん、おやすみなさい。さようなら。
まとめ
この回では、ユングやフロム、河合隼雄の言葉を手がかりに、大人の幼稚性について語り合いました。お二人は、昔の大人も幕末の志士も団塊の世代も実は幼稚で、SNSがそれを見えるようにしただけかもしれない、と話しています。大人になるには諦めや死の意識が必要で、承認欲求を手放せるかがカギになりそう、という話の流れでした。最後は、おじさんとしては清潔感とエチケットで不快感を与えないことだけは守りたい、というところに落ち着いています。
- ユングの「永遠の少年」、フロムの「自由を引き受けること」など、成熟をめぐる言葉が紹介された
- 昔の大人も幼稚で、SNSがそれを可視化しているだけでは、という見方
- 坂本さんは、達観や死を意識することが大人になる条件ではと語る
- 今の若い人のほうが謙虚で大人びている、とお二人とも感じている
- 承認欲求からの脱出と、清潔感・エチケットが今のおじさんの課題


