キャンプの夜、汗と着替えとガウンへの憧れ
番組はいつも通りの雑談から始まります。長野のキャンプ場でお風呂上がりの話題になり、汗っかきのトー横名人さんが着替えのタイミングに悩みを打ち明けます。
どうも皆さんこんばんは。トー横名人です。本日も長野県木曽山中にあります木曽駒冷水公園キャンプ場よりお届けしております。お相手は私、トー横名人と今日も長野でこの方です。
はい、おはようございます。坂本です。
坂本さんはキャンプの時の着替えってどうしてるんですか?どういうスパンで下着とか替えてるんですか?
2泊3日だったらもうそのまま家に持って帰りますし、それ以上になったらキャンプ場のコインランドリーで洗う。
汗っかきだから、お風呂上がった後にまた汗かくじゃないですか。だからまだ着替えなくて、涼んで汗引いてから着替えるようにしてる。
僕はお風呂上がって、汗かいたシャツ着るのが大嫌いなんで。もうそこでドロドロになったらもう一回着替える。デブやからね。
だからちょっと今やってて絵面が嫌だからやってないんですけど、ガウンってありなのかなって。
あれはね、ヨーロッパみたいに湿気がほぼないとこやったらいいんですけど、大体日本でやると生乾きになって、なんか匂いもすごくあって。
干せないやん、マンションのベランダに。かといって上から吊ったら下の歩行者から「あ、ここ首吊ってる」みたいなことになって大騒ぎになったりするから。
いや、でもちょっとガウン憧れるんだよな。
そう、だからもう俺ガウン買うぐらいやったら真っ赤な闘魂タオルでいいじゃんって思いますけど。
風呂で聴くラジオと、ノギツを聴く場所
話題はお風呂の過ごし方へ。長風呂の二人が、湯船で何を聴いているかを語り合います。坂本さんは自分たちの番組を風呂で聴いていると明かします。
お風呂大好きなんですけど、汗がサッと引くようになったらもっと好きになるのになって。
だから僕は夏場の最高の贅沢は30分ぐらい湯船に浸かってめっちゃ汗かいて、風呂から上がってバスタオル一枚で扇風機を強にして、その前でうずきんときを食べるっていう。もうそれが一番の贅沢。
風呂も長いんですよ、時間が。長風呂だからもったいないな。風呂行くだけで1時間かかるやんみたいな。
男のくせに何もせんと1時間って何の処理をしてんねんと思うもんね。
それはもうお風呂スピーカーを買って、すごく充実してますよ。ラジオライフが。ラジコで地上波の深夜ラジオとかをもう一回、これ聴こうみたいな。
僕もね、本を持って入るんですけど、大体(この番組を)聴いてんのは風呂場。
ポリンスキーさん、ポリンスキー回を。
ポリンスキー回が来たらやったって思うし、パウエルが来たらやったって思うから、そういう回は聴くようにしてる。
自分の回は聴かないからね。
だって何言ってるか分かるもん。でもまあやっぱりポリとかパウエルが何喋ってんのかなっていう。
友達の近況報告聴いてるみたいなもんですから。
お便り「ガチとプロレス」。何がガチで何がプロレスか
ここからリスナーのお便りに入ります。岡山在住のフッキーさんが、芸能界の騒動をきっかけに「プロレス」という言葉の曖昧さについて質問を寄せました。
差出人フッキーさんっていう方です。題名「ガチとプロレス」っていうテーマでいただいております。ちょっと前にあった鈴木紗理奈さんとあのちゃんの騒動の中で、信頼関係のある相手とのプロレスというフレーズがまたプオタ界隈で話題になっておりました。
芸能界でいうところのプロレスの対義語はガチなんだろうと想像します。ここで思ったのが、そもそも芸能界ってガチって何なんでしょう。信頼関係のある相手とのプロレスっていうものを求められる。何がガチで何がプロレスなのか分からなくなってしまいました。
大阪府立臨海スポーツセンターのスーパータイガー対前田日明を現地観戦していたほどの坂本氏、プロレスというものについて一定の見解をお持ちなのではないか。思い切ってメールさせました次第です。何なんでしょう、この流れ。
トー横名人さんが、そもそもの騒動の経緯を整理します。
要は嫌いな芸能人を挙げてください的なこと言われて、(あのちゃんが)鈴木紗理奈って言っちゃったわけですよね。
あのちゃんがバラエティ番組で「鈴木紗理奈」って言っちゃったんですよね。鈴木紗理奈はInstagramで「本人がいない番組で名前出されるのは普通にいじめやん」と不快感を表明した。その後、番組側は不適切な演出だったと謝罪して、あのちゃんも番組を降板すると表明しました。
大人側が、制作側が影響度合いを想像しないといけないのが、そこがあまりできてない。あの佐藤二朗と橋本愛さんとの話にも共通することで。
あれ(佐藤二朗と橋本愛の件)はプロレス?
なわけないやん。
坂本さんの原体験。UWFを「プロレスの否定」として見ていた
坂本さんが、お便りで触れられた現地観戦の記憶を語り出します。当時の自分たちが、UWFをプロレスの否定として見ていたことを、少し苦い記憶として振り返ります。
(現地で見たのは)スーパータイガー対藤原やったと思います。藤原が腕折られた試合ですね。もうひたすらスーパータイガーが攻めてたんですけど、最終的に一瞬の隙に腕固められて、あとはもうスーパータイガーの悲鳴とゴロゴロ転がってるスーパータイガーしか覚えてないです。
あそこに顔出してた連中、俺も含めてですけど、多分当時若干プロレスを否定気味な人たちが集まってたと思うんですよ。
スーパータイガーとか前田日明が新日からずらした新しいやつを作ったのは、ある意味プロレスの否定からスタートしてるわけじゃないですか。だから僕らは、プロレスじゃないプロレスを見せてくれるんだって思って足を運んでたんですよ。
目の前で見た試合は、相手の技は絶対に受けない。受けたら終わりやから。四の字固め受けてロープに逃げるみたいなのはできないわけじゃないですか。アキレス腱固めにしろ、決まった瞬間もうギブアップやから。
でも僕はプロレスも好きやったんです。姫路までザ・ロード・ウォリアーズを見に行ったりとか、大阪府立体育館でジャンボ鶴田のAWAとか見に行ったりしてたんですけど、どっか、玄人好みの相手の技を受けない試合を見てる俺らはちょっと違うよねっていう、この当時の嫌なプロレスファンというか。まあ本当に黒歴史に近いね。
「これプロレスやん」はサイキック青年団から始まった
二人は、一般に広まった「これプロレスやん」という言い方の出どころを、深夜ラジオ「サイキック青年団」に見ています。ここから言葉の一人歩きの話へ広がります。
今の一般の人が、プロレスやんって言い始めたのは多分サイキックの辺りだと。あのやたら年取った方のおっさんが。
武先生がね。
こんなんプロレスやねんから受けなみたいなこと言うじゃないですか。ここら辺からサブカル的な人たちの間で、こういうのプロレスやねんから何本気になってんの?みたいな、マジで怒ったら恥ずかしいみたいな。
身内ノリっていうのもあるし、ちょっと冷笑的な面もあったりとか。
サイキック辺りからの、これプロレスでしょっていう言い方がね、あんまり好きじゃないんですよ。プロレスやから受けなあかんっていうのも、そもそもないからね。あくまでそれはお金取ってお客さんがおるっていう前提やから。
プロレスとは何か。清原と藤川、日米野球でたとえる
トー横名人さんが猪木対ドン・フライの試合を例に「あれはプロレスか」と尋ねると、坂本さんが自分なりのプロレス観を語り始めます。話は野球のたとえへと広がっていきます。
でも引退直前のイノキがドン・フライに勝てたっていうのはプロレスやろって、僕らは下り顔で言ってたわけですよ。
あれはプロレスじゃないよ。プロレスっていうのは別に勝敗が決まってるわけではないからね。相手の技を受けて、こっちの技も受けてもらって、お互いの技を応酬させて、客を楽しませて、でも決着はつけようぜっていうのがプロレスやと俺の中で思ってる。
野球でいうところの清原はプロレスやってました。清原がよく言うじゃないですか。あんなとこでストレート投げへんでチンポコついとんのか、ストレートが来るやろお前は、藤川って。
でも藤川の方はいや真剣勝負なんでフォークボール行きますよ、シュートですよねって。でも清原はプロレスなんですよ。みんな藤川と清原の力勝負見に来てんねんから、ここはど真ん中ストレートで勝負してこいや。どうせ三振すると思うけど俺は。
まあ哲学の違い。
哲学の違いや。それの最大公約数的に言えば、ストライクゾーンで全力のストレート待ってる外人にスプリット投げたらそりゃ空振りするよねって話。力勝負でずっとやってきてる文化と、ボール球投げる文化。
日本のピッチャーはプロレスしに行ってないですよね、誰も。
イチローなんかも特にそうでしょうね。
サイキックの人たちが言い始めたプロレスと、俺らプロレスオタクが思ってるプロレスと、今一般の人たちが使ってるプロレスって微妙に違う。
プロレスは同じ団体でしか成り立たない
坂本さんは、プロレスが成立する条件を「同じ団体・実力互角・リングの上」と整理します。そこから、あのちゃんと鈴木紗理奈の件はそもそもプロレスではないという結論に向かいます。
ひどい言い方をすると八百長とか茶番とか出来レース。もうちょいライトな言い方するとお約束。すっごい上等な言い方すると、合意のある対立、信頼のある対立、演出された対立。
長州力は最初維新軍で有馬と浜口と3人で出てきた時は、こんなにすごいことってあんのかと。そこから1年ぐらい引っ張って、最終的には藤波も倒し、猪木も倒す。あのアングルを作った人は天才やなと思いましたもん。
でも姫路とか行くと体育館の横にバス止まってて、ロード・ウォリアーズと鶴田が手振ってるんですよ。
いや、ほっこりするシーンやけど。
だから本当の意味であのちゃんと鈴木紗理奈が同じ事務所だったらプロレスやんって言えるけど。
別にあれで鈴木紗理奈がお金もらってるわけでもないし、周りのファンから声援もらうわけでもないでしょ。あの路上でいきなり猪木が大賀ジェットJr.に襲われたようなもんやけど、でもあれもプロレスやからね。
プロレスって基本はやっぱり同じ団体でないと成り立たない。
最終的に僕の中でそうだよねって思ったのは、小林まことさんのシャモ。総合格闘技系のシュートな連中が出てきて、それに対して昔ながらのプロレスラーが戦う漫画で、最終的に俺はプロやから負けられへんみたいなこと言うんですよ。プロレスラーはプロやから、お前らはアマチュアやからって。
K-1もプロレス? 突き詰めると面白くなくなる
坂本さんは、突き詰めた格闘技がエンターテインメントから離れていくと語ります。K-1もある種のプロレスだと捉える見方が示されます。
K-1はあれは本当によくできたプロレスやと思うんですよ。結果はもちろん決まってないですよ。でも受けざるを得ないじゃないですか。キックとパンチだけなんで、あれを受けないってわけにいかないでしょ。逃げ回ってたらもう判定で負けちゃうし。
初期のUWFの通好みの試合って、30分間ひたすらゴロゴロしてただけですからね。それ見て周りのやつもみんな頷きながら、「うーん、いいね、今の関節」みたいな。これ何が楽しいねん?って思いましたね、やっぱり。応援行ってるのにも関わらず。
だからそれ言い出したらもう何を持っても究極は殺し合いになっちゃうわけですから。
戦闘スポーツに特化したやつがレスリングでしょ。
レスリングでいいじゃん。
突き詰めていくとエンターテインメントからどんどん離れていくんで。だからそこを相手の技を受けますってしながら見せて、勝敗も決めるっていうプロレスがやっぱりよくできてる。しかもリングの外でちゃんとアングルというか、物語があって。
気軽に「プロレス」と言わない方がいい
話はあのちゃんの件に戻り、実社会で「プロレス」という言葉を使うことの危うさに二人の意見が集まっていきます。
それ含めて好きか嫌いかで分かれると思うんですよ。作りもんやんって言われたらそうだし、その筋がいいんだって言われたらそうかもしんないけど。
芸能界と格闘技ぐらいかな、プロレスって言えるのって。実社会でプロレスなんか言えないですからね。
プロレスっていう言葉がもう一人歩きしちゃってるんでね。本当にもう人を小バカにする時の言葉みたいになっちゃってるんで、あまり使って欲しくはないですよね。
あんまり簡単にプロレスって言わん方がいいよっていうことぐらいかな。僕らから言えることは。
僕の中では本当にプロレスやんっていうのはイコールサイキックというイメージがあるので。
みんながみんなネットが進みすぎると、みんなが竹内さんの視点になっちゃってるんですよ、今。だからサイキックも、もうみんな普通に。
もう竹内さんが、屋敷孝司ももしかすると今やったら埋没するかもしれない。
いつの間にかサイキックの話に。老害とプロレスラー
話題は往年の名物パーソナリティや、サイキック青年団が扱っていたきわどいネタへと流れ、二人は当時を懐かしみながらも、今の目で見ると危ういと苦笑いします。
また言ってるわ、老害がって。孝司今生きてたら老害って言われるでしょうね。
孝司ぐらいな人って今いっぱいいるからね。あの頃は本当にテレビでこんなこと言う人いるんだっていう感じやったけど。
でもあの人もある意味プロレスラーでしょうね。本当のプロのプロレスラーでしょうね、あれも。相手の技を受けるって生半可じゃないから。
孝司は、味の素を持って来いって言ったのに持ってこなかったから、ADにキレて泣ってたんでしたっけ。
好きやな。もうサイキックで、今考えたらもうそれええのかっていう。
だから終わったんですよ。
キダタローの髪の毛はプロレスじゃないですか。本人があの、いつでも技受けますよっていう感じだから。
あれは信頼関係は美しいプロレスだと思います。
だから誰がホモで、誰がゲイでとかっていうのも、もう今から考えたらそっとしといたれよっていう。なんかネットがない時代のネットだったんですよ、サイキックって。
個人情報のオンパレードやからね。
ということで、プロレスからいつの間にかサイキックって。
全方位的に喧嘩売ってたけど、最終的に山本リンダにシュートで反論されて、プロレスやんって多分言いたかったんやろうな、きっと。
いやいやいや、それは通じない。
だからまあ気軽にプロレスという言葉は言わないでいた方がいいっていうのが一つの答えかなと思います。フッキーさんおメールありがとうございました。
ありがとうございました。いつの間にか、プロレスの話なんか滅多にできないからね。
まとめ
今回は「ガチとプロレス」というお便りをきっかけに、二人がそれぞれのプロレス観を語り合いました。坂本さんにとってのプロレスは、お互いの技を受け合いながらも決着をつける、同じ団体・実力互角の上でしか成り立たないものです。一方で、世間に広まった「これプロレスやん」という言い方はサイキック青年団やサブカル界隈から一人歩きし、今では人を小バカにする言葉になってしまったと二人は見ています。結論はシンプルで、実社会では気軽に「プロレス」という言葉を使わない方がいい、という一点でした。
- 芸能界の騒動を安易に「プロレス」と呼ぶのは、坂本さんの定義では成立しない。プロレスは同じ団体・実力互角・リングの上でしか成り立たない
- 坂本さんにとってのプロレスは、技を受け合い客を楽しませつつ決着をつけるもの。八百長でも真剣勝負でもない「哲学の違い」で捉えている
- 「これプロレスやん」という言い方はサイキック青年団やサブカル界隈から広まり、今は人を小バカにする冷笑の言葉になってしまった
- だから実社会では気軽に「プロレス」と言わない方がいい、というのが二人の出した答え




