9年に出会った腐れ縁の3人
この2人とは、1999年に高田馬場にあった声優学院という養成所で出会いました。
もう25年目の付き合いになります。腐れ縁というか、飲み友達というかね。
私は途中で芝居の世界を離れて、今はウェブディレクターとして会社をやっています。でもこの2人は今も声優を続けているんです。
だからこういう場で会うと、いつも昔の飲み会みたいな空気に戻ってしまう。まあ、それが心地いいんですけどね。
四宮が言った「周りへの感謝」に、正直ポカーンとした
リスナーの方から「この2年で変わったこと、変わっていないことを一つずつ挙げるとしたら?」という問いをいただいたんです。
最初に答えた四宮が、いきなり「周りへの感謝が深まった」と言い出したので、正直、私は思わずポカーンとしてしまいました。
だって1999年に会った頃、こいつがそんなことを言うやつだとは思わなかったんですよ。
でも四宮の話を聞いていくと、だんだん腑に落ちてきました。自分が頑張るのはもう当たり前として、周りに目を向けられるようになったというんです。
一つの作品を作るのに、これだけ多くの人が携わっている。それを実感するようになった、と四宮は言っていました。
「当たり前じゃん。みんな真剣にやってんだからさ」。四宮のその言葉が、なんだか妙に響きました。
これは、自分でも主催で舞台や朗読をやるようになったから見えてきたことなんじゃないかなと、私は思いました。
最上が語った「教えることで自分が見えてくる」
一方の最上は、この2年で人に教える機会が増えたと話していました。
最上は昔から、芝居のことを全部理論立てて説明できる人なんですよ。滑舌も、舌の動きも、発声も、細かく言語化できる。
その最上が、人に教えるために一度自分のやり方をちゃんと見直さなきゃいけなくなったと言うんです。
今まで感覚でやってきたことを理論立てて考える。教えることで、逆に自分の方をよく見るようになったと最上は話していました。
感覚の言語化って、本当に難しいですよね。感覚でわかっていることと、それを人に説明できることは、まったく別ものなんです。
私が「ポジティブに諦めた」こと
じゃあ私はどうかというと、正直あんまり変わっていない気もします。毎日同じことをずっとしている感覚なので。
でも一つだけ言えるのは、会社の一線で自分が手を動かすのは、だいぶ減らしたということです。
今うちの会社には、私よりはるかにデザインのセンスもプログラマーのセンスもあるやつがいるんですよ。
今さら私がやる必要はないなと。自分でクリエイトするんじゃなくて、仕事をクリエイトする人をクリエイトする側にシフトしていったんです。
これ、諦めるのに5、6年かかりました。一線の現場でやりたいという気持ちがずっとあったので。
でも私はこれを「ポジティブに諦める」と呼んでいます。後ろ向きに諦めたわけじゃなくて、「そっか、俺がやることってそっちか、じゃあ次行こう」と思えるようになったという感じです。
経営者って、出発点は自分も一クリエイターなのに、会社が大きくなると求められるのがクリエイティブ能力より管理能力になっていくんですよね。そこにようやく納得がいってきたのかなと思います。
表現は、伝わった相手が100パーセント正義
「高橋洋子」さんというお名前でおハガキをいただいて、ものづくりに臨む時に考えていることは何か、と問われました。
四宮は、外画の吹き替えの仕事について「相手の芝居をいかに汲み取れるか、そこに自分の芝居をどう乗せるか」と話していました。そのバランスにいつも死ぬほど悩むそうです。
最上も、若い頃は「自分が自分が」で周りを見る余裕がなかったけれど、ベテランの先輩がうまくフォローしてくれていたんだなと今になって思う、と言っていました。
聞いていて、これは私がウェブで文章を書く時に考えていることと、まったく同じだなと思ったんです。
私はセミナーでいつも1枚のスライドを見せています。表現は、伝えた相手が100パーセント正義と書いてあるスライドです。
「俺がこう書いてるんだからわからないお前が悪い」と言っていい世界があるなら、私は希代の名優になっています。
芝居をしている人で「下手だと思われたい」なんて思いながらやる人は一人もいません。でも観る側は「なんだこいつ下手くそ」と言う。だから伝わらなければ意味がないんです。
声でも、文字でも、結局は相手にちゃんと伝わってこそなんぼ。そこに心を砕くようになったのは、私もやっとなんですけどね。
まとめ
この2年で3人ともそれぞれ変わっていましたが、根っこはたぶん同じで、「自分だけで作れるものは一つもない」というところに行き着いた気がします。まあ、私はまだ答えを出しきったわけじゃないんですけどね。いまはそんなふうに考えています。
- 四宮は「周りへの感謝」、最上は「教えることで自分を見直す」ようになったと話していた
- 私は会社の一線から退き、作る人をつくる側へ「ポジティブに諦めて」シフトした
- 芝居もウェブも、表現は伝わった相手が100パーセント正義で、伝わらなければ意味がない
- 自分だけで完結する作品はなく、多くの人が携わって一つのものになる





