そもそも本当に読まなくなったのか、調べてみた
質問をくれた方の会社では、毎月新人が配属されるそうなんですが、本が好きという人は皆無で、むしろ嫌いという人がほとんどなんだそうです。
そして「読むことが嫌いな若い方たちは、何かを書かせたら本当に信じられないぐらい理解しづらい文章を書いてきます」とも書かれていました。
気持ちはわかります。でも、じゃあ本当に若い人は本を読まなくなったのか。私も気になって、ちょっと調べてみたんですよ。
そうしたら、学校の読書調査というものがありまして。小学生の1ヶ月の読書量が、1993年は6.4冊だったのが、2023年にはなんと12.6冊になっていたんです。
中学生も1.7冊から5.5冊で3倍。高校生は1.3冊から1.9冊とちょっとだけですが、どの世代も減ってはいなくて、むしろ増えているんですよね。
だから、若い人が本を読まなくなっているというのは、少なくとも数字の上では思い込みなのかもしれません。
じゃあ何が変わったのか。ネットと「有限」の話
じゃあ何が違うのか。私は今年で49になりましたけど、私らと今の20代、30代の違いって、明らかにネットなんですよね。
私が若い頃、情報を得る手段はテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、そして本ぐらいしかなかったんです。体系的にちゃんと知ろうと思ったら、最後は本に行き着いていました。
でも今の方たちは、物心ついた時にはもうインターネットがあるわけですよ。SNSでも何でも、目の前に情報が転がっている。
ここでひとつ思ったんですが、本って実は「有限」なんですよね。街の本屋さんに行っても、見えている本の量って見渡せるぐらいです。
それに比べると、ネットの情報量はほぼ無限に近い。その中で、わざわざ見える範囲の本を読みたいとは思わないんじゃないかという気がするんです。
実際に読書量が減っていくのは、高校、大学あたりからなんじゃないかと思います。私の家は中学までスマホを持たせなかった方なんですが、その頃はやっぱり情報源が本になりやすいんですよね。
高校でスマホを持って、大人になって学校の勉強もしなくてよくなる。そうなると自分の可処分時間が本ではなくネットに向かう。それで習慣が身につかないまま社会人になるんじゃないかなと思います。
それでも私が本を勧める理由
ここまで書くと本を読まなくてもいいように聞こえるかもしれませんが、私はやっぱり本は読んだ方がいいと思っています。
理由は、本はちゃんと編集されて、起承転結や序破急でパッケージングされたコンテンツだからなんです。私はここが本の最大の素晴らしさだと思っています。
ネットの場合、編集が入っていないことも多いし、読んだ気にはなるけれど、バックボーンがすごく狭い情報だったりします。
これはもう仕方ない面もあって、ネットのニュースで長い文章なんて読んでもらえないんですよね。
私も自分の会社のブログで2万文字を1ページに書いたら、友達から「長くて読めねえよ」と言われたことがあります。
そういう瞬間的なものを、私は勝手に「フラッシュコンテンツ」と呼んでいるんですが、そっちの方が取り上げられて、知識欲も満たされてしまう。だから「ネットで全部事足りるでしょ」となるんじゃないかと思います。
生成AIの時代に、それでも人間が読む意味
ただ、これからはもっと難しい時代になるかもしれません。生成AIに聞けば、巨大な集合知として何でも答えてくれるようになってきましたから。
そうなると、体系的な知識を人間が持つことにどんな価値があるのか。これは正直、私もずっと気になっているところです。
それでも私は、新しいものは何かの掛け合わせでしか生まれないと思っているんです。掛け合わせるには、自分の中に基礎的な情報がないといけません。
生成AIが得意なのは情報を深くしていくことで、全く突飛なものをどんどん生み出すのは、まだそんなに得意じゃないんじゃないかと思っています。
だからこそ、新しいものを生み出すための「メタ情報」を自分の中にたくさん持っておく。その材料を増やすうえで、やっぱり読書はいいんじゃないかと、いまの私は考えています。
まとめ
若い人が本を読まなくなったというより、ネットという無限の情報源ができて、読書の習慣が身につく前に社会人になっている、というのが私の今の見立てです。それでも本のよさはあると思っていますが、生成AIの時代にどう変わっていくかは、まだ答えが出ていないというのが正直なところです。
- 読書調査を見ると、小中高いずれも読書量は減っておらず、むしろ増えている
- 変わったのはネットの登場で、有限の本より無限のネットに時間が向かうようになった
- 本の価値は、編集され起承転結でパッケージングされている点にあると私は思う
- 新しい発想の材料になるメタ情報を蓄えるうえで、読書はやはり有効だと考えている






