帰り際のエレベーターや廊下の会話が、実はいちばん大事だった
対面で打ち合わせをしていた頃、私が本当に大事にしていたのが、会議室からエレベーターまで送っていただくあの数十秒でした。
「お疲れ様でした、ありがとうございました」と言いながら歩いている間に、「さっきの話ですけど」とか「こういうのってどうですか」みたいな話が出てくるんですよね。
そういうタイミングだと、「ちょっと落ち着いてきたんで、キックオフで飲み会でもしませんか」なんて話も自然に言えるんです。
でも打ち合わせのアジェンダを消化している真っ最中に、真面目な顔で「是非キックオフの飲み会をいかがでしょうか」なんて、言えないじゃないですか。
この打ち解けた感じって、すごく大事なんですよね。リモート中心になってから、ここがごっそり抜け落ちてしまった感覚があります。
時代に逆行と言われても、私は意地でも会いに行く
で、じゃあどうしているかというと、もう答えはシンプルで、私はとにかく会いに行くことにしています。
時代に逆行してると言われたら、みんなそう言ってくれていいんですけど、最近はもう徹底して意地でも会いに行くぞと思っているんです。
都内だったら、時間がブッキングするとか移動が間に合わないとか、そういう物理的な事情がない限り、極力うかがいます。
ありがたいことに「そちらに行きますよ」と言っていただける場合もあるんですが、それでも「いえ、私の方がお伺いします」と言いますね。
交通費や移動時間を考えたらテレカンの方が効率的なのは分かるんです。でも、リアルじゃないと伝わらない微妙なものがある。最近そう言う人が、まわりでも増えてきている気がするんですよね。
「会ったほうが対面でわかるようなものがスポイルされてしまう」と話される方もいて、「会いに行きます」と伝えると、「本当ですか、ありがとうございます」と喜んでいただけることが多いんです。
会いに行かない人が増えるほど、会いに行く価値は上がる
もう一つ、ちょっと下世話な話かもしれないんですけど、私が思っていることがあります。
それは、周りの人が会いに行かないほど、会いに行くことの価値が上がるということです。
この番組でもよく言っているんですが、価値は希少性という言葉のとおりで、他の人がやらないからこそ、それ自体の価値が高まるんですよね。
だから、みんながあんまり会いに行かないままでいてくれるなら、私は一人でどんどん会いに行こうかなと思っているんです。
天邪鬼とか逆張りとか、いろんな言い方はあると思いますけど。
それに単純な興味として、初めての方だと「どんなオフィスで仕事されてるのかな」って見てみたい気持ちもあるんですよ。
いつか自分のオフィスを改装することがあったら、「あ、こんなかっこいいオフィスがあるんだ」というのが参考になったりもしますしね。
なので、世間一般がリモートの時代だからこそ、自分は何とか都合をつけて人に会いに行く。これが、私がいちばん意識していることかなと思っています。
まとめ
相談をくれた方が同じことを実践できるかどうかは、正直その方の環境次第なので、そこは無責任なことは言えないんですけど。いまの私は、リモートの時代だからこそ会いに行くという方向に落ち着いています。もしよかったら、参考にしてみてくださいね。
- リモートで抜け落ちた「帰り際の会話」の価値を、私はあらためて感じている
- 効率より、リアルじゃないと伝わらない微妙なものを大事にしたい
- みんなが会いに行かないほど、会いに行くこと自体の価値は上がると考えている







