AIが書いたか人が書いたか、を分けること自体がナンセンス
まず正直に言うと、コードベースで「なぜその実装にしたのか」を議論すること自体、今後はなくなっていくと私は思っています。
昔だって、人がコードを書いてた時も、納品するプログラムコードの全部を全員が説明できて理解した上で納品してたかというと、そうじゃない部分はあったはずなんです。
コードレビューでロジックは見ますよ。でも一言一句見てるわけじゃないし、関数の使い方や、可読性を上げる書き方のお作法だって人それぞれあったりしますよね。
だから、生成AIが書いたのか人が書いたのかを分けてチェックすること自体が、もうナンセンスなんじゃないかなと思っているんです。
昔だって、本人が書いたのか、Googleで検索して出てきたページのコードをコピペしてるのかは、わからないっちゃわからないわけですし。
しかもこれから「なぜこの実装にしたのか」と聞かれたら、たぶん今度は生成AIに「今回の実装意図を後でアウトプットして」とやり出しますよ。だから、結果的にあんまり意味がないんです。
テスト勉強の隣に、答えを開きっぱなしにしている状態
じゃあ人間が何をやるかというと、セキュリティに問題がないか、モノリスでどんどん作って後々メンテが大変にならないか、マイクロサービス化してAPIでつなぐべきか、といった設計方針のところ。ここは人間がやらなきゃいけないと思うんです。
要件定義やシステム設計ができる人が、生成AI時代にはいいものを作れる。逆に要件定義が甘くて、なんとなく動いてるけど納品物やサービスとしては危ないね、というものが、今ボコスカ量産されているような気がしています。
その中で「考える力」って、これがものすごく難しい。
今の生成AIの時代って、たとえるならテスト勉強の隣に、数学の問題集の答えを開きっぱなしにしているようなものなんですよ。もう使わないという選択肢はないわけです。
私も使うべきだと思っています。でもそうなると、考える力の「質」が、生成AI前と後で変わってしまったんじゃないかと思うんです。
コードの手前、「サービスの本質」を考える力へ
今までのエンジニアは、どういうロジックで処理したらこういうアウトプットができるか、というところを考えていたと思うんです。
でもこれからは、もっと手前。お客さんのサービスって何?とか、これでマネタイズするってどういうこと?とか、このサービスは誰のためにあって、なぜお金を払ってくれるんだろう、というところ。
そういう、商売に近い、サービスの本質に近いところを考える力が求められるようになると思うんです。
だってコードは、エンジニアだろうと書かなくなると思いますよ、残念ながら。
じゃあプログラマーが生き残る道はどこかというと、自分が作るものがなぜ世の中に求められているのかを、エンジニア視点で考えられて、それをドキュメントにできる力。これがたぶん今後必要になると思います。
となると、どちらかというと今まではウェブディレクターが強みを持っていた領域なんですよね。いろんなサービスを、使い手としてではなくプロとして見る。
なんでここにボタンを置いてるんだろう、なんでこの表現なんだろう、なんでここにエラー文言をつけてるんだろう、と。それを仕事でもプライベートでも、延々と考え続けられるかどうか、ということだと思います。
AIに丸投げすると、全員の答えが98点で均一化する
もちろん生成AIに「これどう思いますか」と聞くのは別にいいんです。でも、そこまでAIにやって手を抜きたいなら、ものづくりはしない方がいいと私は思います。
なぜかというと、今はそれっぽい答えが出せて「お前よく考えてるな」と言われるかもしれない。でも、みんながそれをやり始めると、みんなの出す答えが均一化しちゃうはずなんです。
しかも100点中98点というレベルで均一化していくので、どれを見ても差がなくなってくる。
そうなると、いずれ「お前これ生成AIで考えさせてるだけだろ、他の連中もみんな同じアイデアしか出てないじゃないか」となって、最後は「お前らいなくても大丈夫だよね」と言われちゃうんですよ。頭を使ってないから。
それって、生成AIが上司に自分の考えを伝える術を持ってないから、代わりにお前が喋れ、と言われている状態。もう生成AIの生体部品みたいなものですよね。
考える力を育てるのは、めんどくさいことに負荷をかけること
だから、考える力を育てるのは、前提として本当にめんどくさいことなんです。頭も痛いし、なんでこんなことせなあかんねん、というようなことをやらなきゃいけない。
でも、そこに負荷をかけられないとダメだと思うんです。もっとプリミティブな、サイトって何?サービスって何?誰のためにあるの?お金は誰がなぜ払ってくれるの?というところですから。
自分がウェブサイトを見た時に、エンジニアならエンジニアの立場で、これはいいと思う、これはダメだと思う、ということをどんどん長期記憶に溜め込んでいく。その結果として、考える力が身につくと思うんです。
言い古されている通り、アイデアは既存のアイデアの組み合わせしか出ないので、そもそもインプットがない人には考えることができないんですよ。考えるための種がないから。
だから、そこの前提から教えてあげて、ここは頑張れ、という形で育てていくしかないんじゃないかな、と今の私は思っています。
まとめ
コードを書く力そのものは、これからAIに寄っていくのかもしれません。でも、なぜそれを作るのか、誰のためなのか、というサービスの本質を考える力は、負荷をかけて溜め込んでいくしかないと思っています。めんどくさいけれど、そこが人間の残る場所なんじゃないでしょうか。
- AIが書いたか人が書いたかを分けてチェックすること自体、もうナンセンスになりつつある
- これからの考える力は、コードの手前にある「サービスの本質」に向かう
- AIに丸投げすると、みんなの答えが98点で均一化して差がなくなる
- 考える力の種はインプット。めんどくさくても負荷をかけて溜め込むしかない




