フィードバックを素直に受け取れないのは、若い証拠かもしれない
正直に言うと、私はこのお便りを読んで「別にいいんじゃない?」と思ったんです。
というのも、「確かにその通りだけどさ」という言葉が先に出てきちゃうって、たぶんお若い方じゃないかなと思うんですよね。
年を召された方だと、こういうことを思っていても、なかなか人には言えないんじゃないかと思うんです。別の意味のプライドみたいなものがあってね。
だからこそ、こうして素直に悩みを送ってくださること自体が、きっとまだ20代後半か30代前半くらいの、伸びしろのある証拠なんじゃないかなと。
そもそも私自身、めちゃくちゃそうでしたから。理不尽なことに対しては、いまだに納得いかないタイプなんですよ。
ちゃぶ台を返すとか灰皿を投げるとか、そういうことはさすがにしませんけどね。
「確かにその通り」なのに納得できないのは、まだ全部は腑に落ちていないから
お便りには「確かにその通りだと分かっていても」とありました。
でもこれ、たぶん全部は納得できていないんだと思うんですよ。
「こういうことも考えてたのに、そこを汲み取らずに潰されるのは納得がいかない」みたいな気持ちがどこかにあるんじゃないかな。
フィードバックをくれる相手って、たいてい本気で言ってくれてるんですよね。言い方はきついかもしれないけど。
自分も昔それで苦労したから言ってるんです。
でもね、そんな言葉だけで相手が分かってくれるなら、人間はもっと賢くなってますよ。一世代またいだくらいじゃ、本当に2センチくらいしか成長しないんじゃないかと思うくらいで。
否定する前に、まず体験してしまう
じゃあどうするか。私の答えはシンプルで、悩むより先に手を動かした方がいい、ということです。
なんでかというと、フィードバックを素直に受け取れない時って、お互いに実感の伴わない机上の空論をやってるんですよね。
言う側は「自分はダメだったから、お前はこうしろ」と言う。でも相手のバックボーンは分からない。
言われる側は「なんでいきなり頭ごなしに」と感じる。
だから、成長のためとか時間がもったいないと思うなら、否定をする前に体験をしてしまおう、というのが私の結論なんです。
言われた通りにやってみて「あ、やっぱりそうだったのか」と思えば、もう認めざるを得ないですよね。自分でやってみた結果なんだから。
逆に、やってみて違ったなら、次に同じことを言われた時に「やってみたんですけど、うまくいかなかったんです」と堂々と言えるじゃないですか。
そこから「じゃあなんでできなかったの?」という次のステップに進める。それはそれでいいわけです。
うまくいかなくて胃がキリキリするような感覚も含めて、実際に体験した結果として、納得感って生まれるものだと思うんですよね。
忘れてしまう知識は、「思い出せる」ようにしておけばいい
もう1つ、担当していない業務の知識を忘れてしまう、というお便りもいただきました。勉強し直す以外に何かしていますか、と。
正直に言うと、私は何もしていません。忘れるのは当たり前だと思ってますからね。
私、記憶力は本当に悪いんですよ。だから繰り返すしかないと自覚しているんです。
たとえば私の本の読み方は、1冊を10分くらいでざっと読むのを、月に何度も繰り返すやり方なんです。手元に置いた本を毎日どれか読んでいる感じですね。
一言一句を覚えているわけではなくて、大事にしているのは別のことなんです。忘れないようにするんじゃなくて、思い出せるようにすること。
この本のこのあたりに書いてあったな、と場所を覚えておければ、その気になれば読み返せますからね。だから私はほとんど紙の本しか読まないんです。
だから、普段使わないものを覚えておく努力の方が、むしろ無駄なんじゃないかなと思うんですよ。また使わなきゃ、どうせ忘れますし。
人間はそういうものだ、と思ってしまう方が、ポジティブに諦められる気がします。その上で次の一歩に進む方がいいんじゃないかなと。
まとめ
フィードバックにブレーキがかかるのも、知識を忘れてしまうのも、私はそんなに悪いことだとは思っていません。いまの時点で私がたどり着いているのは、悩んで空中戦を続けるより、さっさとやってみる・思い出せるようにしておく、という身も蓋もない答えなんですよね。
- 素直になれないのは、まだ全部腑に落ちていないだけ。若さの証拠でもある
- フィードバックは否定する前に体験してみると、納得感が生まれる
- 知識は「忘れない」より「思い出せる」ようにしておけばいい
- 普段使わないことを無理に覚えておくより、必要な時に勉強し直せばいい






