鳥取砂丘に行って初めて感じた「壮大さ」
この回のテーマは、理解することと経験することの間にある大きな壁です。きっかけは、たいぞーさんが先日、家族で鳥取へ日帰り旅行に出かけたことでした。
目的地は鳥取砂丘。たいぞーさんはテレビの中継で映る様子を見たり、小学校や中学校の社会の授業で学んだりして、砂丘の存在はもちろん知っていました。
そうした情報から「鳥取砂丘ってこんな感じかな」というイメージもある程度は持っていたといいます。
けれど実際に足を運んでみると、印象は大きく違ったそうです。空気感や質感、そして壮大さは、写真や教科書の情報からはなかなか伝わらないものだったと振り返ります。
これはまさに、理解していることと経験していることの違いだと、たいぞーさんは家族と一緒に砂丘を楽しみながら感じていました。
薬の作用機序は「理解」できても患者の体では違って見える
この感覚は、薬剤師の仕事にも当てはまるのではないかと、たいぞーさんは話します。
例えば薬の作用機序。この薬がどのように体に働いて薬効を示すのか、それによって副作用がどう起こるのかは、薬剤師であれば十分に理解できるものです。
薬が体の中でどう動くかという薬物動態学も学んでいるため、薬が体に働くとはどういうことかは、きちんと勉強している薬剤師なら理解にたどり着いていると、たいぞーさんは考えます。
ただし、それを実際の患者さんの体に当てはめると、また違った見え方をするといいます。
血圧の薬なら本当に血圧が下がるのか、下剤ならお腹のぜん動運動が亢進して排便が促されるのか。それを患者さんの体の中で起きている変化として捉えることが大切だと語ります。
そのうえで、患者さんから伝聞のように聞くことと、聴診器などを使って自分で変化を確認し、患者さんの体の変化として直接触れて経験することの間には、とても大きな違いがあるとたいぞーさんは指摘します。
作用機序や薬物動態学を通して、薬が体にどう働くかを知識として把握している状態
聴診器などで自分で変化を確認し、患者の体の変化として直接触れている状態
「わかる」と「やってみる」の間にある壁
さらにたいぞーさんは、「わかる」と「やってみる」の間にも大きな壁があると話します。
頭では理解していて、こうやればいいということも分かっている。それでも、実際にやってみないと分からないこともたくさんあるといいます。
やってみて思っていた通りにうまくいくこともあります。一方で、やってみて初めて「こんな失敗のポイントがあるのか」と気づくこともあります。
そこから「では次はどうしたらいいんだろう」と解決策を考える。やってみないと、次に進む一歩を踏み出す先が見えてこないこともあると語ります。
こうした一歩一歩、やってみることで越えていける壁が実際に存在します。頭の中で想像するだけでなく、行動するということもまた大切だと、鳥取の旅行から感じたと話します。
「薬学で患者を語る」も現場の試行錯誤から
たいぞーさん自身も、最初から「薬学で患者を語る」をうまく実践できたわけではないと明かします。
現場の中で一つ一つ実践しながら試行錯誤を重ね、今できるように少しずつ進んできたといいます。
「なぜこの症状は患者さんに起きているんだろう」「薬が体にどう働いて、なぜうまく働かないんだろう」。そうしたことを患者さんを通して考えながら、自分なりの仮説を立てて向き合っていく姿勢です。
「薬学で患者を語る」を現場で実践してみると、やろうとしていたこと、できることとできないことが見えて、一歩ずつ前に進んで成長していけるのではないかと話します。
行けば確実にわかることがある
鳥取の話に戻ると、行ってみないと分からないことがたくさんある一方で、行けば確実にわかることもあると、たいぞーさんは今回の旅行から感じました。
これは薬剤師の現場にも同じことが言えるといいます。
だからこそ、理解している、わかっているということで終わらせず、実際にやってみる。そして、それが患者さんにどうよりよく関わることにつながるのかを経験してみることが、とても大事なのではないかと語ります。
今日の放送が、理解から一歩踏み出してやってみるきっかけになればと、たいぞーさんは締めくくりました。
まとめ
鳥取砂丘で感じた「実際に行くと全然違う」という実感を入り口に、理解と経験、そして「わかる」と「やってみる」の間にある壁を薬剤師の仕事に重ねた回でした。行動することの大切さが一貫して語られています。
- 鳥取砂丘は教科書やテレビで知っていても、実際に行くと空気感や壮大さが全く違った
- 薬の作用機序は理解できても、患者の体の変化として直接触れて経験することには大きな違いがある
- 「わかる」と「やってみる」の間には壁があり、やってみて初めて見える課題や次の一歩がある
- 「薬学で患者を語る」も現場の試行錯誤から少しずつ形になってきた
- 行けば確実にわかることがあるように、やってみることで必ず得られるものがある


