4月開催のセミナーと誕生月キャンペーンの告知
本題の前に、たいぞーさんから2つの告知がありました。
1つ目は、4月3日の金曜日、夜10時から開催する第3回「薬剤師国家試験を実務に生かすセミナー」です。
このセミナーは、第111回国家試験で出題された問題をもとに、その知識を現場で生かして薬剤師として患者さんにできることを深掘りする内容だと説明されています。
2つ目は、たいぞーさんの誕生月にあたる4月の「オンラインサロン誕生祭」の案内です。
毎日投稿している記事が読める月額1000円の「活動応援プラン」を、今月に限って初月無料にするキャンペーンだと話されています。
興味はあったけれど申し込みづらかった人に向けて、一度覗いてみて、合わなければ今月中に退会すれば料金は発生しないと案内しています。
「薬に頼らない」という発信への違和感
今日のテーマは、薬に頼らないではなく、薬に上手に頼るという選択肢を届けたいという思いです。
たいぞーさんは、最近「できるだけ薬に頼らない生活」をキーワードに発信する人をよく見かけると話します。
この視点自体はとても大事だといいます。薬についつい頼ってしまうところを、生活を見直して薬を使わずに組み立て直すのは間違ったことではない、という立場です。
ただ、少し引っかかる点があるとも語ります。それは、このメッセージが一人歩きしていないかということです。
薬に頼らない方がいいということが、いつの間にか薬に頼るのは良くない、という情報にすり替わってはいないだろうか。
この2つは明確に違うと、たいぞーさんは強調します。なぜなら、薬に頼らずに生活できる人がいる一方で、頼らざるを得ない人も確実に存在するからです。
薬に頼らざるを得ない人がいるという事実
たいぞーさんは、慢性疾患を抱えている人、症状が生活に影響している人、薬によって生活の質が保たれている人がいるのも事実だと述べます。
こうした人にとって、「薬に頼らない」というメッセージは、時に治療という選択肢を狭めてしまうといいます。
場合によっては必要な治療から距離を取ってしまい、本来なら必要な治療が届かなくなるリスクすらあるのではないか、という懸念です。
だからこそ、もう一つの選択肢をきちんと持っておくことが大事だと考えています。それが「薬に上手に頼る」という考え方です。
「上手に頼る」とは何を指すのか
ここで言う「上手に」とは、ただ薬をもらって飲むことではない、とたいぞーさんは説明します。
その薬がなぜ必要なのかを理解すること、どのタイミングでどれくらい効くのかを見極めて把握し使用すること、副作用やリスクも見極めて安全に使っていくこと。こうした状態が「上手に使う」ということだと語ります。
そのうえで、患者さんが自ら主体的に治療に関わることも大切だといいます。
同時に、その薬が今の生活や治療にプラスに働いているか、効いて副作用なく使えているか、この先の未来がより良い方向に進む手助けになっているかを、専門的な視点から見極めることも欠かせないと述べています。
薬剤師と連携して治療を選び取る
たいぞーさんは、患者さんが薬剤師と連携を図り、薬剤師の目で見立てを立ててもらうことの意味を語ります。
その見立てを通して、患者さん自身が自分の治療を理解・把握し、治療を継続していくことを自ら選び取っていく。それが「薬を上手に使う」ということだといいます。
そして、そうした患者さんの選択を支援するために、薬学の知識を使って健康を届ける「薬学で患者を語る」を日々実践しているのだと改めて語りました。
大切なのは、両方をフラットに提示することだといいます。そのうえで、患者さんにとって最も最適なものは何かを、患者さんと薬剤師が一緒に選んでいく。
これが、薬に上手に頼ることを支援する薬剤師としての関わりなのだと、たいぞーさんは締めくくります。
この放送が、薬に頼ることを前向きに捉え直すきっかけになればうれしい、と語り、そのためにできる薬剤師としての関わりや薬学の専門性の活かし方を、これからも発信していきたいと話しました。
まとめ
「薬に頼らない」も「薬に上手に頼る」も、どちらも尊重されるべき選択肢だというのがこの回の軸です。薬剤師は両方をフラットに提示し、患者さんが自分に最適な選択を取れるよう支援する存在だと語られました。
- 「薬に頼らない」が「薬に頼るのは良くない」にすり替わっていないか、という違和感が出発点になっている
- 慢性疾患などで薬に頼らざるを得ない人がいるため、頼らないメッセージが治療の選択肢を狭めるリスクがある
- 「上手に頼る」とは、必要性の理解、効き方の把握、副作用やリスクを見極めた安全な使用を指す
- 患者さんが薬剤師と連携して見立てを得て、自ら治療を選び取っていくことが重要とされる
- 薬剤師の役割は、頼る・頼らないの両方をフラットに提示し、最適な選択を共に選ぶことだと語られた


