世間の盛り上がりが足りない、と小林が怒った理由
この回の冒頭で、小林は「世間に対して怒っている」と切り出します。とんでもないアニメが放送中なのに、盛り上がりが足りないと感じているからです。
今ね、とんでもないアニメがね、放送されてるのにね、世間の盛り上がりがね、ちょっと足りてないなと思ってですよね。
そこで今回は、そのアニメ『天幕のジャードゥーガル』を紹介する「布教の回」になります。清水はこの作品を知らなかったといい、小林は「知らない人がいて助かる」と応じます。
ちょっと今日は『天幕のジャードゥーガル』というアニメの話をしたいなと。
タイトルは「天井の天」に「幕」、そして「ジャードゥーガル」。清水も噛んでしまうほど覚えにくい名前ですが、小林は「なんとなくでいいので覚えて帰ってほしい」と話します。
13世紀モンゴル帝国、奴隷の少女が奥様の名を名乗る
物語の舞台は13世紀。モンゴル帝国が猛烈な勢いで西へ攻め込んでいた時代です。主人公はシタラという女の子で、現在のイラン北東部にある街トゥースに住む奴隷の子供です。
ああ、なるほど。奴隷の子の話なんですか。
シタラは奴隷でありながら、仕えていた学者の家の主人であるファーティマ奥様から、読み書きと学問を教わっていました。小林によれば、当時の感覚では例外的なことだといいます。
そこへモンゴル軍が攻めてきて、街が焼かれます。ファーティマ奥様はシタラを庇って殺されてしまいます。
シタラは、亡くなった奥様の名「ファーティマ」を名乗り、奴隷の身分を隠してモンゴル帝国の宮廷に入り込んでいきます。小林はその動機を、この場ではざっくりと「復讐のため」と説明します。
皇后ドレゲネと手を組み、帝国を内側から傾ける
宮廷でシタラが出会うのがドレゲネという女性です。実在の人物で、第2代皇帝オゴタイの第六皇后にあたります。
偉い人が。
ところがドレゲネ自身も、モンゴルに滅ぼされた部族の出身で、帝国への憎しみを抱えています。皇后でありながら、シタラと同じ側の立場にいる人物です。
シタラには知識はあるが地位がなく、ドレゲネには地位はあるが一人では動けない。この2人が手を組み、モンゴル帝国を内側から傾けようとするのが物語の骨格です。
なかなか面白そうですね、それは。
「魔女」の正体は魔法ではなく知識
タイトルの「ジャードゥーガル」はペルシア語で魔術師や魔女を意味します。しかし小林によれば、この作品に魔法は一切出てきません。
これはね、魔法は全然一切出てこないんですよ。
魔女と呼ばれるものの正体は「知識」です。文字が読める、数学がわかる、医学の心得がある、暦が読める。当時それらを持つ人間は、周りから見れば魔法使いと同等の扱いだったといいます。
「天幕」はモンゴルのテントを指します。テントの中で知識だけを武器に戦う魔女の話であり、小林は「タイトルで全部説明していて、構造だけで面白い確定」だと語ります。
トマトスープという作家の異様な調べ方
作者はトマトスープという名の漫画家です。ペン立てにトマトスープの空き缶を使っていたことが名前の由来だといいます。多摩美術大学の出身で、専攻は銅版画でした。
トマトスープ。緩い名前ですね、ペンネームですね。
2013年頃からネットで「歴史創作」の同人作家として活動し、2019年に17世紀イギリスの海賊で博物学者ウィリアム・ダンピアを描いた『ダンピアのおいしい冒険』で商業デビューしています。
題材はどれもマイナーで、現在は13世紀のジョージア(クルジア)を舞台にした作品も描いています。それでいて題材としては一級品を選んでくる、と小林は評します。
歴史考証も本人が行い、国会図書館から論文を取り寄せ、英語文献や海外の資料も購入するといいます。中近東文化センターや日本モンゴル民族博物館へ、同人仲間とオフ会がてら見学に行くこともあるそうです。
もうほぼ研究者ですね。
小林は、この番組が数日で仕入れた話をするのに対し、トマトスープは10年かけて題材を放り込んでいると対比します。そのうえで、一番強いのは好きで勝手に調べちゃう人だと話します。
「漫画がすごい」1位、それでも知られていない原作
原作漫画はすでに高く評価されています。「このマンガがすごい!」の2023年オンナ編で1位、漫画大賞2023でも第5位を獲得しています。連載は秋田書店のウェブ媒体スフレでした。
そんなに評価されてるんだけど、まあ僕は知らなかったんですけど。
それでも清水は知らなかったといい、ここに小林の「布教したい」という動機があります。小林はまず原作の絵柄の良さを挙げます。
歴史ものというとリアル系を想像しがちですが、キャラクターは4頭身から5頭身ほどで丸くデフォルメされています。素朴で絵本のような可愛さがあり、今どき珍しいレトロ調の絵柄だといいます。
残酷な歴史を可愛い絵で読ませる仕掛け
モンゴル帝国史には残虐なシーンが多くあります。作者本人が語るところでは、あえてデフォルメしたキャラクターで描くことで残酷さを中和し、情緒を引き立てているのだといいます。
これね、作者ご本人も言ってるんですけど、やっぱり残虐なシーン、残酷なシーンが多いんですよね、モンゴル帝国史って。
小林は「もし劇画で描いたら生々しすぎて読むのをやめてしまう人も多いだろう」と話します。可愛い絵だからこそ最後まで読めてしまう、というのがこの作品の仕掛けです。
読み終わった後にね、あれ、これなんか今歴史でやばい話をずっと読まされちゃったな、みたいなね。
奪われた『原論』が象徴する武力と知識の対立
モチーフの使い方も巧みだと小林はいいます。物語の最初の方で、モンゴル軍が奪っていくものの中に『原論』という一冊の本があります。
『原論』は紀元前の数学者が書いた数学の古典です。ギリシャで書かれ、イスラム世界で重宝されてアラビア語に訳され、残っていきました。
当時のイスラム圏は、天文学・数学・科学など、世界最先端の学問の集積地でした。その最先端の街に、草原から騎馬軍団がやって来て、武力が知識を踏み潰していきます。
主人公は、奪われ踏み潰された知識を集めて武器にし、戻ってきます。小林はこれを知識が弱者の持てる唯一の武器という話だと表現します。
サイエンスSARU+山田尚子、一見ミスマッチな人選
その原作が、2026年7月からアニメになりました。テレビ朝日系のIMAnimation枠で放送中で、Netflixなどでも配信されています。
制作は、放送中の『攻殻機動隊』も手がけるサイエンスSARUです。そして総監督は山田尚子で、『けいおん!』『聲の形』『リズと青い鳥』などで知られる監督です。
山田尚子は思春期の繊細な感情の機微や、指先・足元の動きを描かせたら世界一とも言われる作り手です。その人物が帝国の征服譚を担当したことに、清水は「一見ミスマッチ」と反応します。
うーん、なんか一見ミスマッチに感じる人選ですよね。
しかし小林は、この作品が実は感情の機微の話でもあると指摘します。描かれているのは大帝国そのものより、捕らわれた女性2人の視線や沈黙、手つきだといいます。
画面設計に組み込まれた幾何学模様と対比構造
映像面でまず異常なのがアートワークです。小林は素人が見ても狂気だと感じたといいます。
イスラムの幾何学模様が画面の設計そのものに組み込まれ、背景がただの背景ではなく文化として機能しています。
画面のデザインは、緻密で幾何学的な「知識の世界」と、だだっ広く風が抜ける「モンゴルの草原の世界」で描き分けられています。2つを見比べる楽しさがある、と清水は受け止めます。
キャラの動きも生々しく、可愛い絵のまま呼吸をし、指が震え、目線が落ち、裾がふわっと遅れて動きます。セリフなしでも感情が伝わる作りだと小林は語ります。
原作者が「30分の映画」と絶賛した第六幕
デザインだけでなくストーリーも凝っています。特に第六幕は、囚われの女性の過去を描く回で、原作者のトマトスープ本人が「30分の映画だ」と絶賛したといいます。
特に第六幕、これはね、原作者のトマトスープさん本人が、これはもう30分の映画だと絶賛してるんですよね。
この回にはスタジオジブリ出身のレジェンド級アニメーターも参加し、界隈が大騒ぎになったといいます。小林自身も見た後、感動して立てないほどだったと振り返ります。
でもそれを第六幕を見た後はもう非常に感動してですね、もう立てないぐらいでしたよ、私は。
第1話のアザーンとモンゴル語という音のこだわり
音の作り込みも見どころです。第1話からアザーンが流れており、小林は日本のテレビアニメの第1話がアザーンから始まるのは斬新だと話します。
セリフも凝っています。攻め込んでくるモンゴル兵のセリフは実際のモンゴル語で、字幕が入る部分もあれば入らない部分もあります。異民族が突然現れたときの混乱や訳の分からなさを、そのまま演出しています。
チンギス・カーンをモンゴル人力士が演じる理由
小ネタとして、モンゴル語を話しているのが現役の力士だと小林は明かします。モンゴル出身の玉鷲と玉正鳳の2人が、声優に初挑戦しています。
モンゴル人力士がアニメの声優になってるってことなんですか?
玉鷲関が演じているのがチンギス・カーンで、ネイティブのモンゴル語で演じています。
小林は、これが話題作りではなく「本物の音を聞かせたい」という一貫した方針の結果だと説明します。日本語で聞くより、理解できないモンゴル語で侵攻される方が、その恐ろしさが演出されるといいます。
日本語でね、我はチンギス・カーンであるってね、言われるよりもね、ちょっと怖そうですよね。モンゴル語で言われる方が。
主題歌も設楽の名も「星」でつながる
主題歌にもこだわりがあります。オープニングはSEKAI NO OWARIの『Stella』、エンディングは女王蜂の『HOSHIDAITO』で、どちらも「星」を意味します。
さらに主人公の名「設楽(シタラ)」も、ペルシア語で星を意味します。「Stella」と響きが似ており、偶然ではなく作品のテーマと噛み合っていると小林はいいます。
劇中音楽は日野皓正が担当し、独特の緊張感を演出しています。監督・制作陣から声優、音楽まで隙のない布陣だと清水はまとめます。
モンゴル帝国は「ただの暴力」ではないという視点
話はモンゴル帝国そのものへ移ります。清水は、勉強する前は「めちゃくちゃ強かった人たち」くらいの理解だったが、調べると「ただの暴力の話ではない」と感じたと語ります。
あれ、ただのね、暴力の話ではないなという、なんか側面もね、ありますよね。
モンゴル帝国は宗教に寛容で、商人を保護して交易路を安全にし、ユーラシア全体のネットワークを形成しました。長い平和が続いた時期は「パクス・モンゴリカ(モンゴルの平和)」と呼ばれます。
モンゴルの時代に東西の技術や情報が一気に行き来したという点が、「知識が動く」という作品のテーマとつながっていると小林はいいます。
モンゴル側を単純な悪役にしない描き方
モンゴル帝国には破壊者のイメージもありますが、実際は貪欲な収集家でもあり、有能な技術者や職人、学者は殺さずに連れ帰っていました。合理的でドライだと2人は話します。
この作品の良さは、モンゴル側を単純な悪役として描いていない点にあります。主人公にとっては家族や故郷を焼いた仇ですが、モンゴル側にも彼らなりの理屈や生活、痛みが描かれています。
この作品の良いところは、モンゴル側を単純な悪役として書いてないんですよね。
復讐の相手にも生活があるため、読む側も苦しくなります。小林はこの「居心地の悪さ」こそ作品の魅力の一つだと語り、清水は「勧善懲悪の話ではない」とまとめます。
ウズベキスタンで見た、滅ぼされた街の跡
小林は約1年前にウズベキスタンを訪れています。作品の舞台に近く、ここも同じくモンゴル帝国に滅ぼされた土地です。
かつてホラズムシャー朝という大きな国があり、サマルカンドやブハラもモンゴルに落とされました。小林は両方の街を訪れ、「こうしてやられてしまったのか」と考えながら見てきたといいます。
サマルカンドのレギスタン広場は学校に囲まれた広場で、小林は「知性を感じた」と話します。天文学や数学が発達した場所だと感じ、そのうえで作品を観るとより楽しめると語ります。
小林によれば、あの広場の建物は一度滅ぼされた後、1400年代から1500年代ごろに建て直されたもので、それほど古いわけではないといいます。それ以前にも似たものがあり、壊されたと考えられます。
中東の日差しまで描くアニメの解像度
小林は中東独特の日差しにも触れます。家に中庭があり、オリーブの木などが植えられ、砂地に太陽が照りつけて反射する独特の光があるといいます。
その独特の光がアニメでもちゃんと描かれていると小林は話します。行ったことのある土地が題材だと、同じアニメでも理解が広がりやすいと清水は応じます。
食事の話も出ます。ウズベキスタンのプロフ(ピラフに近い炊き込みご飯)は、油をたっぷり使いカロリーは高いものの、非常に美味しかったといいます。人柄も良く、道でぼんやりしていると子供が普通に挨拶してくるような土地だったと振り返ります。
本当は滅ぼされなかったらどうだったのかななんて思ったりもしてね。
一方で、滅ぼされたからこそ観光地として綺麗で映える面もある、という話にもなります。人類がひどいことをした場所が最も綺麗な観光地になっている例として、ローマのコロッセオが挙がります。
イスラム圏で割れた反応と、可視化された多様性
話題は評価に戻ります。まず海外、特にイスラム圏の反応が大きいといいます。日本のアニメがムスリムの登場人物とイランを舞台にした物語を描いていること自体に、多くの人が驚いています。
アザーンの扱いや生活の様子など、描写が丁寧だという評価が多いといいます。一方で第1話ではイスラム文化が前面に出たことに戸惑う声や、何か意図があるのではと勘ぐる声もあったそうです。
ただし第2話以降、話がモンゴル側へ寄っていくと、一方の宣伝ではなく両側面を描こうとしている作品だという評価に変わっていきました。
小林が良いと感じたのは、このヒットによって、イスラム圏にもいろいろな考え方の人がいることが日本側にも見えるようになった点です。賛成する人も渋い顔をする人もいる、その当たり前がきちんと可視化されたといいます。
一塊のイスラム圏みたいなものはなくて、賛成する人も、渋い顔をする人も、細かいことを喜ぶ人もいて、その当たり前が今回きちんと可視化されたと。
日本での評価と、攻殻機動隊と並ぶ舞台
日本での評価も高く、レビューサイトの点数は高く、毎週SNSで賑わい、その夏クールの大本命という声も出ています。
小林個人としては今年ナンバーワンではないかとし、さらに「今放送中の攻殻機動隊を超えたかもしれない」とまで話します。清水は「一番言ってはいけない、SFおじさんが沸いてくるところ」と笑います。
もっと言うと、この作品、ひょっとしたら今やってる攻殻機動隊超えたかもしれないななんて思ってます。
その根拠が、世界最高峰のアニメーション映画祭であるアヌシー国際アニメーション映画祭です。2026年のテレビシリーズ部門コンペティションに『天幕のジャードゥーガル』が選ばれ、同じ部門に『攻殻機動隊』も入っています。
同部門で審査員賞を取ったのが『タコピーの原罪』だといい、日本のテレビアニメの評価がそこまで来ていることを示しています。小林は「作品の出来は感想ではなく、世間の評価とも噛み合っている」とまとめます。
今まさに放送中、リアルタイムで巻き込まれてほしい
最後に小林はまとめます。原作は歴史を自分で掘るトマトスープが、可愛い絵で重い話を描いた作品でした。
アニメは新進気鋭のサイエンスSARUが制作し、映像も音も言語もセリフもすべて本気で、チンギス・カーンの声はモンゴル出身の現役力士が担当しています。
小学校高学年の子供でも見られるかという清水の問いに、小林は「全然見られる、むしろちょうどいいかもしれない」と答えます。
小林が最も伝えたいのは、この作品が今まさに絶賛放送中で、配信でも見られるという点です。後追いで「良かったらしいね」となるのが一番もったいないと語ります。
言いたいことは一つだけ。見てください。
まとめ
この回は、モンゴル帝国に故郷を焼かれた奴隷の少女シタラが知識を武器に戦うアニメ『天幕のジャードゥーガル』を、小林がひたすら布教した回でした。原作の絵柄と仕掛け、アニメの映像と音のこだわり、そしてモンゴル側を悪役にしない描き方まで、その魅力が語られました。
- 原作はトマトスープが自ら歴史を調べて描いた漫画で、「このマンガがすごい!」2023年オンナ編1位を獲得している
- 残酷なモンゴル帝国史を可愛くデフォルメした絵で描くことで、読者が最後まで読めるようにしている
- アニメはサイエンスSARU制作・山田尚子総監督で、幾何学模様の画面設計やアザーン、モンゴル語のセリフまで作り込まれている
- モンゴル側を単純な悪役にせず、復讐相手にも生活があるという「居心地の悪さ」を魅力にしている
- アヌシー国際アニメーション映画祭のテレビシリーズ部門に『攻殻機動隊』とともに選ばれ、国内外で高く評価されている




