なぜ2人は謙虚なのか? 「一番なりたいもの」になれなかった過去
この回は、今井さんの仮説から始まります。今井さんは、青木さんと内沼さんがポッドキャストを始める前に詳しい人へ話を聞きに行くような謙虚さを持っていると感じていました。
今井さんは、その謙虚さの理由の1つに「一番なりたいものになれなかった」経験があるのではないか、と問いかけます。青木さんも内沼さんも、かつて音楽に打ち込んでいた人です。
本当はだって多分あれですね、フジロックのグリーンステージに立ちたかった二人だと思うんですけど。
内沼さんが音楽の道をあきらめたのは、大学2年生のころだったといいます。当時の内沼さんは軽音楽部でバンドを組みつつ、宅録 ── 自宅で楽器演奏や歌を録音し、1人で楽曲を完成させる制作スタイル。機材の低価格化で広まりましたでも曲を作っていました。
内沼さんにとってのきっかけは、好きなミュージシャンの新譜を聴いたときの「すごいシンプルな事実」でした。
これ自分が作って、自分でさえそう思うのに、誰かが自分のやつの方がいいって思うわけないと思って。
内沼さんは、本当にミュージシャンになる人はこの壁を何度も乗り越えるのだろうと前置きしつつ、自分は「これはダメだな」と感じたと振り返ります。同じころ、雑誌や編集への関心も芽生えていたそうです。
ギター、ベース、ドラムの入門書を4冊。「界隈」がない青木さんの音楽活動
青木さんの場合は、音楽そのものより「何かを作れる人」への憧れが出発点でした。絵を描いたり、文學界新人賞に小説を2回ほど応募したりと、手当たり次第に試していたといいます。
いや、ひどい。今考えても、もうAさんとBさんとCさん足して、もっとひどいものにしたみたいなものを無理やり作って。
その中で音楽だけは、青木さんにとって「ちょっとこれ聞いてよ」と人に言えるレベルで作れた感覚がありました。青木さんが初めて「何か作れるかも」と思えた活動です。
青木さんが音楽を始めたのは20〜21歳ごろで、トラック運転手として働いていた時期でした。運転中に頭の中で曲が流れてきて、荷物を下ろしながら忘れないように歌い続け、帰宅して鼻歌をテープに録音したのが始まりだったそうです。
青木さんは自分を「いわゆる界隈っていうものがずっとない人間」と表現します。軽音部の仲間もいないため、本屋で『初めてのギター』『初めてのベース』『初めてのドラム』『初めてのキーボード』という薄い本を4冊買い、友達から楽器を借りて、カセットのMTR ── マルチトラックレコーダーの略。複数のパートを別々に録音して重ねられる録音機で、1人でバンド演奏を再現する宅録に使われましたで1つずつ音を重ねていきました。
なんか一緒にやるやつ増やすためにも、やってないやつ巻き込むしかなかったんですよ。
青木さんは妹や未経験の友達を巻き込み、「リズムキープだけしっかりやれば大丈夫だから」と声をかけてバンドを組ませていきました。インターネットが出てくる手前の時代で、チラシを作って友達にカセットテープを買ってもらうような活動も続けます。
やがて青木さんは、曲を作ることよりも、チラシ作りやイベント、仲間を巻き込む活動のほうが好きだと気づきます。クリエイションできる人たちと一緒に仕事をする席があるかもしれない、という発見でした。
そういうプロデューサーとか言葉知らないから、あの冷凍庫入ったりとかさ、トラック乗ったりとかしてるやつだから。
契約前日に「急に怖くなった」。ベッドタウンプロダクションズの撤退劇
青木さんは、一緒に音楽をやってきた仲間と大人になっても何かを続けたいと考え、起業を選択肢に入れます。最初に構想したのは飲食店でした。
当時の青木さんたちはベッドタウンに住んでいて、自分たちを「ベッドタウンレコード」と名乗っていました。色のないベッドタウンに飲食店を起点として商業施設を増やしていく、今でいうマイクロデベロッパー ── 小さな単位で建物や店舗を企画・運営し、街の一角の魅力を段階的に高めていく事業者を指す言葉ですのような構想です。
着想のもとには、青木さんが好きだったイギリスの音楽がありました。グラスゴーやアイルランドのベルファストのように、大都市ではない場所にも良いシーンがある。郊外で同じことができないかと考え、青木さんは有限会社「ベッドタウンプロダクションズ」を設立します。
妹をカフェに修行に行かせ、青木さん自身もパン焼き教室に通うなど、準備は進んでいました。ところが物件を契約する前日ぐらいに、青木さんは急に怖くなったといいます。
なんかすごい頭でっかちに、なんかコンセプチュアルに考えてはいるけど、これもうマジコンセプトだけで、実際絶対無理じゃんって急に思って。
青木さんはすぐに会社を清算し、就職しました。この経緯は、次のように整理できます。
構想
ベッドタウンに飲食店を起点とした街づくりを考える
準備
会社を設立し、妹はカフェで修行、青木さんはパン焼き教室へ
恐怖
物件契約の前日に「コンセプトだけで実際は無理」と気づく
撤退
会社をすぐ清算し、就職する
内沼さんは「その決断すごいですね」と驚きますが、青木さん自身は当時、自己嫌悪に陥ったそうです。「勇気がないからこうなっちゃうんだよな」と自分を見ていました。
青木さんは今では、あのまま進めていたら「100パーうまくいってない」と断言します。事業が軌道に乗ってから振り返ると、怖いと思うことを克服するのはダメなんだと、あの撤退はすごくいい決断だったと思えるようになったといいます。
青木さんは、自分がなれなかったのは「何かを自分で作れるディレクター」だったと語ります。生まれ変わったらディレクターになりたいと言いつつ、今世の役割は「作る人の周りで何かやる人」であり、それが結果的に向いていたと話します。
見切りの早さはどこから来る? 大きくしないのは「合理性がない膨張」だから
今井さんは、向いているものを見つけても、やりたいことのほうを優先する人もいると指摘し、何が違うのかを尋ねます。青木さんと内沼さんの答えは「見切りが早い」でした。
あとなんかやっぱ食えないとかは嫌じゃない。それは恐怖心がある。多分恐怖心が似てるんじゃない。
青木さんは、内沼さんが以前のブック・コーディネーターとしての本棚づくりの仕事を、人を増やして大きくしなかったことに触れます。青木さん自身もその状況なら大きくしないだろう、と話します。
青木さんによれば、本棚づくりの仕事は掛け算にならないからです。仮に1人が年間5棚作れるとすれば、10棚にするには2人、30棚にするには6人が必要になり、効率はほとんど上がりません。
内沼さんも、大きくなること自体を目的にした事業体に「かっこ悪い」という気持ちがあったと認めます。商学部出身だったぶん、余計にそう感じたのかもしれない、と内沼さんは話しています。
青木さんは、内沼さんの特徴として、文化的な素材を扱い、クリエイター気質やDIYの姿勢を持ちながら「謎に実はすっごい合理主義者」である点を挙げます。周囲から内沼さんがそう言われることはまずない、と内沼さん本人も認めます。
青木さんは、以前一緒に出たラジオでの例えを持ち出します。リンゴをメロンの大きさにしようとするのは合理性がなく、リンゴの大きさのまま美味しいリンゴにするほうが合理的だ、という話です。儲かりにくい本の世界にコミットすることにも、実は合理の側面があるのではないかと青木さんは考えます。
蓄積と複利が効く場所で続ける。本の世界にとどまる内沼さんの合理性
内沼さんが自覚している合理性は、本の世界で何者かになり始めたなら、それを続けるほうが合理的だという点です。青木さんはこれを「蓄積と複利が効く」と言い換えます。
結局ここで別に僕が飲食店を始めたところで、素人じゃないですか、いきなり。でもやっぱりやってきたから蓄積はやっぱあるんですよね。
青木さんは、複利 ── 利息が元本に組み込まれ、次の利息を生む仕組み。時間がたつほど増え方が加速することから、積み重ねの効果の例えにも使われますが効く分野で働き続ければ、1時間や1人分の価値が年々大きくなっていく絵が描けると話します。一方、人を足すだけの労働集約的な拡大は、非合理だと考えてやらないのだといいます。
人を増やした分だけ成果が増える。効率は上がらず、大きくしても楽にも良くもならない
続けるほど経験が積み上がり、1時間や1人分の価値が年々大きくなる
青木さんは、世の中で言われる経済合理性の多くは、拡大主義や成長市場主義といったイデオロギーに乗った、あまり合理的ではないものだと指摘します。そのうえで自分も「結構ソリッドに合理主義者」だと話します。
内沼さんは、まさかこのポッドキャストで自分を発見するとは思わなかったと驚きます。そのうえで、同じことを続けるのは苦手で、ルーティンに入ったと感じると自分ではない人に任せたくなる、とも打ち明けます。
青木さんは、内沼さんのそうした姿勢を「シンプルに合理的な経営者」と評します。ルーティンになったら誰かに任せて次の分野に進むのは、経営者として極めて合理的な判断だという見方です。
前回ポッドキャスト呼んでいただいた時、俺なんでこの人とこんなに楽しく喋れるのかなとかって思ったんだけど、前提としてる合理についてのプロトコルが非常に近かったかも。
青木さんは、規模の大小は何の果物を育てているかの違いにすぎないと話します。ブドウ農家にはブドウ農家の、スイカ農家にはスイカ農家の合理性があるという例えです。
目的は選べない? 合理主義の「裾野」と『ONE PIECE』の船
青木さんは「合理主義の裾野って広い」と語ります。合理主義とは目的に対する合理であり、人が持つ目的はバラバラなので、合理性も千差万別になるという考え方です。
青木さんはお金を稼ぐことを目的にする経済合理性も、誰にとっても前提になるわけではないと話します。例えば100代続いて1兆円の資産がある貴族の家に生まれた人が、お金を稼ぐことを目的にするはずがない、という極端な例を挙げます。
青木さんによれば、目的は縁があって「生成されるもの」です。生成された目的を無視して「普通だよね」と言われる目的に合わせる人は、実は目的なく手段だけに没頭している状態になっているのかもしれない、と青木さんは見ています。
青木さんは、合理主義を問い直すことが、いろんな人が共同できるプロトコルになると考えています。お互いの目的が違うと認めたうえで、どこで目的をそろえれば双方に合理的かを探る、という発想です。
一方で、合理主義なのに「私は合理主義じゃない」と言う人に合理的な語りかけをすると拒絶されることがある、と青木さんは話します。内沼さんは、その人たちにとって「合理イコール経済合理になってる」と指摘しました。
青木さんにとって経済社会は、合理性の問題というより、地球に重力があることを前提に建築を考えるようなものです。目的が違っても、合理にかなっている活動には経済が回り続けるという前提があり、議論の俎上に乗せる必要はあまりないといいます。
ここで今井さんが、話を『ONE PIECE』の例えでまとめます。
ルフィは海賊王になりたい。ゾロは世界一の剣士になりたい。で、サンジは、あらゆる食材が揃う海を見つけたい。
みんなその目的が違うけど、でもあの船に乗ることがみんなにとって合理的。
青木さんも内沼さんも「めっちゃいいまとめ」と賛同しました。青木さんは、こうした結びつきが増えれば、それぞれが自分にフィットしたものを選び取れる世界に近づくと話します。
ビジネス側からはお花畑、文化側からは金儲け。両側から誤解される立場
青木さんは、会社を上場させていることもあって、初対面の人や同世代の文化的な人からは「隙を見せると利益を簒奪していく経済合理モンスター」のように見られがちだと話します。
青木さんによれば、10歳ほど年下以降の世代は、文化と経済をセットで考えないとやれない感覚を自然に持っていて、軋轢は生じにくいそうです。一方、同世代や上の世代では、文化と経済が「髪を切って就職する」ようにはっきり分かれているといいます。
僕らのビジネスのことも、はい、お花畑のやつがフロックでうまくいっただけみたいな。
今井さんが「たまたま花売れてよかったね」と合いの手を入れると、青木さんはそうなりがちだと認めます。文化的な人からは文化盗用のように見られ、同世代や年長の友達はなかなかできない、と青木さんは打ち明けます。
今井さんは内沼さんに、「本で金儲けしやがって」のような軋轢を感じるかを尋ねます。内沼さんは、なくはないとしたうえで、同世代よりも業界で長くやってきた人たちのほうに、よく思われていないことがあるだろうと答えます。
青木さんが「本屋のイベントで収益を上げやがって」と、昔の本屋の理想像を信じる人には見えるのではないかと補うと、内沼さんは「まさしく」と応じます。
当然なんですけど、ダメになってきてるものはダメになってきているので、じゃあどうしたらいいんですか?ってやっぱなってきてるから。
そのため内沼さんは、昔よりは自分の声を聞いてもらいやすくなってきていると感じているそうです。
チャンスのために余力は空けない? 「常に両手いっぱい」な内沼さん
今井さんは、アパレルの仕事や嶋さんからの声かけなど、内沼さんが運でめぐってきたチャンスを的確につかんできたように見えると話します。そのうえで、チャンスをつかむために余力を残しておくことを意識してきたかを尋ねます。
いや、してないですね。常に両手いっぱいです。
内沼さんは、自分が作ったり書いたりする制作の仕事をまだ多く抱えていると話します。ルーティンになったら手放すのが理想でも、「それ俺が書いた方が早いから」と書く仕事を引き受けてしまうことがあるそうです。
面白そうなこと誘われたらやりますってすぐ言っちゃう。できるかどうかとか考えずに。で、やりますって言ってからものすごい忙しくなる。
内沼さんは、どうにもならなくなって溢れた仕事を、最終的に誰かに拾ってもらうと説明します。自分のリソースを無限だと思っているタイプで「非常に半人前」だと笑います。
青木さんは、内沼さんを「働き者」で、知的にも身体的にも体力がある器の人だと評します。内沼さんは体は弱いと返しますが、青木さんはすぐ疲れてしまう自分とは違うと受け止めていました。
「驚くべきほどに暇」な青木さんが文学フリマに出る理由
青木さんは、自分は「マジ驚くべきほどに暇」だと話します。戦略的にそうしているわけではなく、気がつくと仕事がなくなってしまうのだといいます。
やることがなくなっちゃうのよ。で、それはあんまいいことでもなくて、個の幸せ感はどんどん減っていくわけ。
青木さんは10月の文学フリマ ── 個人や同人サークルが自作の文学作品を直接販売する即売会。小説、エッセイ、批評など幅広い作品が並びますに当選し、出店することになりました。会社的には何をやっているのかという話でも、それを考えないといけないほど暇なのだそうです。
ただ青木さんは、インディペンデントな販路で尖ったものを出すことから大きなムーブメントが生まれるのではないか、という直感も持っています。参加して何かわかるのではないかという研究精神ですが、忙しかったらやらないと青木さん自身が認めています。
内沼さんは、青木さんがやっていた仕事を誰かが持っていくのかと尋ねます。青木さんの答えは、そもそも始めるときから自分ではやらないやり方をしている、というものでした。
2人の始め方の違いは、次のように整理できます。
| 観点 | 青木さん | 内沼さん |
|---|---|---|
| 始めるとき | 一緒にやる人がいないと始めない | 自分で始めることしかほぼ始めない |
| 最初の役割 | 方向感のディレクションだけ担う | 最初は全部自分でやる |
| その後 | 同期が進むと手放すまでもなく抜けていく | 『本の惑星』の編集も今も自分でやる |
青木さんは、ポッドキャストの編集ミーティングにも数回で出なくなったと話します。存在感を出すためだけに関わり続けるのは相手に悪い、と感じてしまうからだそうです。
青木さんは内沼さんを「すっげえレアな強いポケモン」に例えます。やりたい気持ちの泉が湧き出しているのに生かしきれていない人に、強く惹かれるのだといいます。
僕ってその、何て言うかな、泉がないんだよ。そのやろうと思う、やりたい泉がないから。
内沼さんが暇だと一度は言ってみたいと返すと、青木さんは「いいこと一個もない」と即答します。本を何冊も出した内沼さんのように、苦労して何回も改稿した記憶があるからこそ、振り返ったときに充実感があるのだと青木さんは話します。
その自分の家を自分の手で作ってきた、その時間軸とか思い出に価値がすごくある。
多動力ではなく不動力。妹と競わなかったことが会社を軌道に乗せた
青木さんは、自分の素晴らしいところは「我慢できるところ」だと話します。何もしないでぼーっとしている辛さに耐えられることを、特殊能力だと考えています。
青木さんは、この多動力 ── 堀江貴文さんの著書タイトルとして広まった言葉で、複数のことを次々と同時に手がける力を指しますと対になる「不動力」が、蓄積と複利の法則に合致していると話します。株などの売買でも、ちょこちょこいじる人よりも何もしないで寝ていたほうがいい、という例えです。
青木さんは、自分の会社クラシコムが軌道に乗った理由を、妹の佐藤さんの能力と競わなかったことだと考えています。
ただただ尊敬し、憧れ、手伝った。
青木さんによれば、喧嘩もたくさんして意見も言ったものの、青木さんの意見はほとんど間違っていたそうです。佐藤さんは社内やお客さま、取引先から判断を求められる一方で、青木さん個人は求められていない、と青木さんは話します。
だけどそこに争いに行かないっていうね、力がすごいのよ。
内沼さんは、ここまで自分のことがわかると思わなかったと話し、青木さんとだいぶ違うこともわかったと振り返ります。青木さんは、仕事の充実という意味では、内沼さんや今井さんのような働き方こそ「充実ってこれだよな」と感じるそうです。
内沼さんが、佐藤さんからすると思うところはないのかと尋ねると、青木さんは思いつきで浅いビジネスマン的なフィードバックをするので「うぜえな」とは思われているだろうと答えます。他人だったら追放されているかもしれない、とも話します。
それでも青木さんには、説明責任を果たすのが得意という役割があります。厳しいことを言われても、角を立てずにソリッドに理由を説明できるため、投資家との面談も好きなのだそうです。内沼さんは「絶対やりたくない」と笑っていました。
面白さが伝わらないときはどうする? 3人の数直線と旅の約束
今井さんは内沼さんに、企画の面白さをわかってもらえなかった経験があるかを尋ねます。内沼さんは「意外とない」と答え、わりと面白がってもらえてきた感覚があると話しました。
今井さんは最近むしろ、自分しか完成形をイメージできていない企画が増えていると打ち明けます。内沼さんの答えは明快でした。
でもそれって、その時に僕はもう自分でやっちゃう。作っちゃう。本当に面白いと思ってる時は。
今井さんは、話しながら1つ作ろうと思ったと応じます。ここで青木さんが、3人の位置を数直線に例えました。
青木さんが忙しいのに呼んでごめんと言うと、内沼さんは今日はかなり得るものがあったと返します。青木さんの話で、自分がどういうタイプなのかを初めて発見した感覚があったそうです。
最後は青木さんの「3人で旅行しようよ」という提案に、内沼さんも今井さんも乗り、日程を調整しようという話で締めくくられました。
まとめ
この回では、「大きくしない」「暇でいる」といった一見非合理な選択が、それぞれの目的に照らすと合理的であることが見えてきました。合理主義を経済合理だけに限定せず、目的ごとの合理として捉え直すことで、違う人同士が一緒に動ける可能性が語られています。
- 内沼さんが本の世界にとどまるのは、蓄積と複利が効く場所で続けるほうが合理的だから
- 青木さんにとっての「大きくしない」は、合理性のない膨張をしないという意味
- 目的は合理的に選べるものではなく、目的ごとに合理性は千差万別になる
- 目的の違う人同士が一緒に動く姿は、『ONE PIECE』の船の例えでまとめられた
- 青木さんは、何もしない「不動力」と、妹と競わなかったことを自分の貢献だと考えている


