30年前の自作曲を、なぜ今レコーディングするのか?
この回の冒頭は、青木さんが最近スタジオでレコーディングをしている話から始まります。青木さんは、共同創業者である妹の佐藤さんと20代半ばごろまでバンドを組み、曲作りを担当していました。
青木さんが当時作った曲は100曲ほどあり、そのうち97曲は「誰の目にも触れさせたくない黒歴史」だといいます。残りの3曲だけは、世に出さないと死ねないと感じていたそうです。
3曲だけ「なんか世に出さないとちょっと死ねないかな」みたいなのがありまして。
3曲のうち1曲は、2019年ごろにドラマシリーズ『青化けのテーブル』の第4話の劇伴に使われることになり、プロのミュージシャンを集めて再録されました。今井さんは最初にその話を聞いたとき、「めんどくさいクライアントをやっている」と一瞬思ったものの、実際に聴くと確かにいい曲だったと振り返ります。
青木さんはこの機会に、音楽の権利処理やリリース手順を知りたいと考え、JASRAC ── 日本音楽著作権協会の略称。作詞・作曲家などから著作権を預かり、楽曲の利用料を徴収して権利者に分配する団体ですへの登録やTuneCore ── 個人の音楽を各種配信サービスにまとめて届けられる楽曲配信代行サービスですでの配信まで一通り経験しました。今も、ときどき数十円ほどの印税が入ってくるそうです。
残る2曲について、青木さんはずっと一緒に仕事をしてきたプロデューサーに「仕事ではなく自己満足だけど、一緒に作ってもらえないか」と頼みました。今井さんが「本で言えばZINE」とたとえると、青木さんは「昔道端で売ってた詩集だよ」と返しています。
今回の2曲は、もともと青木さん自身の声に合わせて作った曲です。男性歌手を起用するつもりだったところ、プロデューサーが「青木さんが歌ったほうがいい」と言い出し、一緒にカラオケで練習したりボイストレーニングに通ったりしたといいます。ギターの1パートは、3年ほど前からギターを始めた息子さんが弾いています。
2019年の曲では、BLUE GIANTの玉田のドラムを演奏したイシワカさんが叩いてくれたそうです。今回もゴスペルのようなコーラス隊を招いて録音しており、青木さんは「何の意味も思惑もない活動」として楽しんでいると話します。
青木さんの曲がどう形になってきたかを、話に出た順に整理すると次のようになります。
リスナーが問う「かっこいい」の正体
本題は、考えすぎリスナーの田辺さんから届いたお便りです。ライターをしている田辺さんは、AIと仕事を扱った第5話への感想に続けて、今回のテーマを寄せてくれました。
私が2人に考えてほしいと思ったテーマは「かっこいいって何?」です。ここ最近、出会いを求めてアプリやらコミュニティやらに行っているんですが、パッと見のビジュアルがいいかっこいいもあれば、仕事への真面目さがかっこいいもあり、没頭できることがあってかっこいいもあります。子供の頃の容姿がいいとか、足が速いとか、勉強ができるといったステータスを超えたかっこいいを感じられる今、お二人はどんなことをかっこいいと捉えるのか聞いてみたいなと思いました。
このお便りを受けて、今井さんと青木さんはまず子どもの頃の「かっこいい」を振り返ります。足が速いことから始まり、中学ではおしゃれや部活での活躍、高校あたりからは頭のよさが加わり、そのあとは面白さやおしゃれが効いてくる、という流れです。
小学生
足が速いなど、運動能力
中学生
おしゃれ、部活での活躍
高校生ごろ
頭のよさが要素に加わる
その先
面白さ、おしゃれ
30年の歴史で初めて、ベンチに入れなかった三年生
青木さんに「運動できた系だよね」と聞かれた今井さんは、「それは非常に難しい質問」と答え、野球の話を始めます。今井さんは小学1年から高校3年まで12年間、真面目に野球を続けていました。
今井さんはスポーツテストの成績がよく、筋力も跳躍力も足の速さもありました。練習も真面目にこなし、監督の覚えもよかったそうです。青木さんはそこに「一貫してちょっと鼻につくとこあるよね」と笑いながら突っ込みます。
当時、エースで4番の島田さんという一学年上の先輩がいて、その島田さんに一番かわいがられていたのが今井さんでした。入部したばかりの1年生が、真剣な顔で別の2年生にこう聞いたといいます。
(1年生が)「なんで島田さんって今井さんなんですか?」って。
それでも今井さんは、高校の30年の歴史で初めてベンチ入りできなかった3年生になりました。水泳で国体に出た母親を持ち、陸上や水泳なら成績を上げられたかもしれない、と今井さんは振り返ります。
だから高三でそうなった時に、僕はこれから向いてることだけやろうっていう、割と決めたんですよ。
一方の青木さんは、小学校高学年あたりからサブカル寄りの世界にのめり込み、部活もせず、ひたすら本を読んでいたといいます。運動も勉強もそれほどできず、中高生らしいかっこよさはあまりなかったと話します。
漫画の貸し借りと、自分の中から出てきたアイデア
今井さんは、中高生時代の異性とのコミュニケーションで、漫画などの「貸し借り」が大事な手段だったと話します。今その手段がないなら自分はどうしていただろう、LINEで面白いことを言うくらいはできたかもしれない、と想像します。
青木さんにとってのかっこよさは、中高生の頃から今まで続く憧れでもある「何かを作れること」です。例として挙げたのは、妹の佐藤さんが何もない白い壁を見て、そこに飾る絵を言い当てる場面でした。
まだ何もない、ただ白い壁だけがあるところを見て、そこにこういうものがあったらいいっていうのをものすごい解像度で言えちゃう
青木さんが本にのめり込むきっかけも、そうした憧れでした。小学4年生のとき、公園に友達が北杜夫の文庫本『虹の彼人々』を持ってきて、10歳の青木さんは「かっこいい」と感じたといいます。親に北杜夫の本が欲しいと頼み、驚かれたそうです。
青木さんは、他人に影響されたのではない独自のインスピレーションを持つ人を見ると、昔からかっこいいと感じると話します。
作為のない明るさに憧れる
青木さんがもう一つ挙げたかっこよさは、作為のない「素」の人です。青木さん自身は、どう見られているかを意識した振る舞いをしてしまうことが多く、それは今も変わらないといいます。
青木さんが思い出したのは、先日のレコーディングに来た4人ほどのコーラスの人たちです。スタジオで技術と表現力を使って作品づくりに貢献するプロは、入ってきた瞬間から力強い陽のエネルギーを放っていたそうです。
僕はもう全くそういうのがなくて、そういう人たち入ってくると、その人たちにすごく憧れてるのに、ちょっとどう接していいかわかんなくて、おどおどしちゃう
千原兄弟が配信に乗せなかった漫才
今井さんは青木さんの2つの話に共感しつつ、プロフェッショナルの矜持にもかっこよさを感じると話します。例に挙げたのは、大好きなお笑いコンビ、千原兄弟の公演です。
千原兄弟は毎月千原トーク ── 千原兄弟の2人がフリートークを繰り広げるライブイベントを続けています。その記念公演がなんばグランド花月 ── 大阪・難波にある吉本興業の劇場。「お笑いの殿堂」とも呼ばれますで開かれ、今井さんは大阪まで見に行きました。配信は冒頭30分が現地の観客限定でした。
その冒頭30分で、コントで成り上がってきた千原兄弟が、揃いのスーツでほぼ初めて客前の漫才を披露しました。ところが配信が始まると、弟の千原ジュニアさんは漫才に一切触れず、「ここからが料金のうち」と話し始めたそうです。
けど、それでお金をもらえるレベルじゃないっていう判断をされていて、やる前から。
青木さんに「どこがかっこいいのか」と問われた今井さんは、商品やクオリティに対するプライドだと答えます。漫才を配信に入れれば売れたはずなのに、それをしない判断です。今井さんは、自分なら「全然売れるしええやん」となってしまうから、持ち得ないものに憧れるのだと話します。
青木さんに「ストイック系では」と聞かれた今井さんは、野球については「始めたことをやめるのが苦手」なだけかもしれないと答えます。仕事では、ツドイの名前で出る以上こだわる部分はあるものの、ジュニアさんと同じ判断ができるかというと、もっと目先のものに囚われそうだと話します。
「いいお父さんのふり」が見えてしまうとき
青木さんは、マッチングでさまざまな人に会えば「かっこいいって何だっけ」と迷うのは当然だとしたうえで、逆に「ダサい」とは何かを考えます。憧れの姿になれないこと自体は、別にかっこ悪くないといいます。
なんかあからさまになれないものなんだけど、なんか演じに行ってるみたいなのが透けて見えちゃうと、自分的にはなんかちょっときついなみたいな。
他人の演技は外からは見抜けなくても、自分のことならわかる、と青木さんは言います。社長っぽく振る舞おうとしていることや、息子さんの前でいいお父さんのふりをしようとしていることです。青木さんは、そうした演技をできるだけゼロに近づけたいと考えています。
青木さんは、息子さんに対しても、ムカついたらムカついた、興味がなければ興味がない、好きなら好き、とその時々の気持ちのままでいたいといいます。ただ、そう思っている時点で「すげえ作為がある」とも認めます。合コンやマッチングアプリの初対面でいい感じを演じてしまう振る舞いをなくそうと、何十年も続けてきて、昔よりは減ったけれどまだある、という感覚だそうです。
奥山由之に恐縮してしまった自分はダサいのか?
今井さんが「自分がダサい」と感じた例として話したのは、写真家の奥山由之さんとのエピソードです。今井さんは、くるりの写真を撮っていた学生時代の奥山さんと楽屋で出会い、年が近いこともあって打ち上げの端で一緒に飲む仲でした。
当時の今井さんは、奥山さんを「奥君」と呼んでいました。フリーになるか考えていると聞いたときには、業務委託で働いていた自分の立場から「大変やで」と返したそうです。今思うと恥ずかしい、と今井さんは振り返ります。
その後、原宿で開かれた奥山さんの大きな個展のレセプションでは、今井さんの前にも後ろにも二回りほど上の大御所が並んでいました。自分の番が来た今井さんは、「おめでとうございます、覚えてますか?」と恐縮した言い方をしてしまいます。
その恐縮しちゃった自分がめっちゃダサいなと。
今井さんは、これまで通り「おめでとう」と言えばよかったし、奥山さんも寂しかったかもしれないと考えます。それ以来、売れた昔の知り合いへの態度はできるだけ変えないようにしているそうです。
奥山さんの個展で恐縮し、「覚えてますか?」と言ってしまう
売れた昔からの知り合いにも、態度をできるだけ変えないようにする
青木さんは、自分も恐縮してしまうだろうと共感します。そのうえで、恐縮するのが素の反応なら、無理に振る舞いを変えることこそ作為になるのではないか、と問い直します。
その恐縮しちゃった自分って本当にダサいんだっけ?みたいな。
青木さんは、状況や出会い方が変われば、意識しなくても恐縮しない自分がいる瞬間もくるはずで、そのときにそうなればいい、と話します。
オーセンティックは「権威」ではなく「自分であること」
青木さんは、クラシコムの社内でよく使われている「オーセンティック」という言葉を紹介します。日本語では「権威」や「本格的」と訳されがちですが、アメリカで語られるオーセンティックリーダーシップ ── 自分の価値観や弱さを偽らずに表現することで信頼を得る、というリーダーシップの考え方ですは、そうした意味ではないといいます。
青木さんによれば、オーセンティックリーダーシップとは、その人の本当の姿を嘘なく表現することが、リーダーとしての力になるという考え方です。青木さんは、語源に「著者」を意味するauthorがあることから、自分の中から生まれたものの持ち主であることが正当性の源泉なのだと解釈します。
クラシコムでは、権威になりたいという意味ではなく、自分たちが何者かを観察して理解し、至らない部分や弱みも含めて表現することで「本物だ」と思われたい、という意味でこの言葉を使っているそうです。青木さんは、人の振る舞いや選ぶものが、その人の本当の姿と一貫して見えるとき、素敵だと感じると話します。
「うまい」より「らしいね」と言われたい
クラシコムでオーセンティックという言葉が使われ始めた理由には、「どういうふうに褒められたいか」という話し合いもあったと青木さんは明かします。褒め言葉ごとに、受け取ったときの感覚が違うというのです。
| 褒め言葉 | 青木さんの受け止め | 理由 |
|---|---|---|
| うまいね | あるレベルまでは嬉しい | その先は嬉しくなくなる |
| すごいね | 嬉しくなくはないが怖い | 相対比較なので、上が出てくればすごくなくなる |
| 本物だね・らしいね | 一番嬉しい | 嬉しいと感じるものを、かっこいいと思っているから |
青木さんは、今井さんの「目上の人によくしてもらえる話」が好きだと話します。少し鼻につくと自覚しつつ、場が和む形で出し、青木さんが軽くいじれる余地を残しているからです。それが今井さんの能力やキャラと一貫しているので、かっこいいと感じるといいます。
青木さんにとって、ただ尖って自分を表現するだけでは迷惑でしかありません。自分のいろいろな面を取捨選択せずに見せることと、周りへの配慮を両立できることが大切だと話します。
なんか他の人を脅かさない範囲で、そのらしさというか、素の自分っていうものを表現できている人とか見ると素敵だなと思う
青木さんは、そういう人には年配の人が多く、70代くらいの人に会うと「こういう大人になりたい」と思うそうです。そこまでには時間がかかるのだと感じているといいます。
大神神社で見た、真似できない参拝
青木さんが「究極」として語ったのは、奈良の大神神社 ── 奈良県桜井市にある神社。三輪山そのものをご神体とする、日本最古級の神社の一つとされますでの体験です。結婚した直後、20年以上前に、隣で参拝していたおじいさんの所作が今も忘れられないといいます。
青木さんによれば、おじいさんの礼の角度や高さ、柔らかさ、柏手の音が美しかったそうです。青木さんは真似しようとしたものの、まったく同じにはならなかったと話します。
だからそのさ、こういう風に参拝したいとか思ってる時点でもうならないんだよね。
今井さんが「お参りは誰かに見られているわけじゃない」と応じると、青木さんは「俺に見せようとしてやってるわけじゃない」と頷きます。青木さんは、自意識が芽生えてからの40年ほど、自意識を薄めたいと思い続けてきたと語ります。仲良くなる人や憧れる人も、自意識の薄い人が多いそうです。
大人のかっこよさは、まだ変わっていく
今井さんは、足が速い、頭がいい、おしゃれといった基準が大人になって変わったように、稼いでいることやコミュニケーション能力といった大人の基準も、まだ変わっていくのかもしれないと話します。
青木さんは、モテたい、仕事ですごいと思われたいといった目的のために何かをしている様子が、今はとてもダサく見えると言います。逆に、立ち回れば評価が上がりそうな場で、ただ朴訥とウーロン茶を飲んでいる才能ある若手を見ると、美しいと感じるそうです。
青木さんは、うまさへの敬意はあるものの、自分が「うまい」と言われたいわけではないといいます。自意識過剰で作為があるタイプだからこそ、放っておくと「うまい」方向に寄ってしまう、とも認めます。
今井さんも「うまい」がそれほど嬉しくないことには同意します。ライターさんの技術を褒めることはあっても、自社事業のやり方を「うまいよね」と言われるのは別だと話します。青木さんが「ナンパうまいよねみたいに聞こえる」とたとえると、今井さんは普通に「いいね」と言われるのが一番嬉しいと答えます。
青木さんは、そこにたどり着くまで「あと30年ぐらいかかりそう」と笑って話を締めくくりました。
まとめ
「かっこいいって何?」という問いに対して、2人がたどり着いたのは、作為なく自分らしさを表しながら、他人を怯ませない配慮も持つ姿でした。青木さんは、それを目指すこと自体が作為になるという矛盾も抱えながら、自意識を薄めようとし続けています。
- 子どもの頃の「足が速い」「おしゃれ」といった基準は、大人になっても変わり続ける
- 今井さんは、千原兄弟の「お金を取れるレベルではない」という判断に、プロの矜持としてのかっこよさを見た
- 青木さんは、演じている自分が透けて見えることをダサいと感じ、作為のなさに憧れる
- オーセンティックとは権威ではなく、弱みも含めて自分であることを表現することだと青木さんは考える
- 「うまい」「すごい」より「らしいね」「いいね」と言われるほうが嬉しい、という点で2人は一致した




