ゲスト回を終えて、点検の仕事から余白の話へ
冒頭は、永瀬さんをゲストに迎えた本編を終えてのアフタートークとして始まります。
中さんは、本編を通して点検という仕事の中身が見えてきたと振り返ります。点検はいろいろな業務があると聞き、単調な仕事が嫌な人には向いているかもしれない、と感じたようです。
点検がなんかいろんな業務をやるって言ってたじゃないですか。単調なことが嫌な人は点検ええかもなって思ってる人もおるかもしれない
それはそうかも。やれる作業としてはいろんなものがあると思うんで
話題は、吉田さんが自分を「追い込んでいる」という話へと移っていきます。追い込んで、その先に余白がある、という流れです。
追い込んだ先のビール――吉田さんの余白の作り方
吉田さんは、自分の余白の作り方を運動後のビールに例えます。ゴールにたどり着くまでのプロセスをあえてハードにして、簡単に到達しない分だけ価値が高まる、という考え方です。
スポーツわーってして、ジムとか行って激しい運動した後のビールがうまいみたいなあるじゃないですか。あれに近いですね
簡単にたどり着くと価値がないような気がして、価値を高めてるっす
極端な例として、空腹を我慢した後のご飯や、寒い時のお風呂の幸福感が挙がります。吉田さんは、その満足感を得るために今頑張ることが、自分のモチベーションだと話します。
それが私のモチベーションなんで、それをするのに価値を出したいから、今頑張る。だから仕事とかも頑張るみたいなところがある
何も考えられない――ぼ〜っとできない中さんの悩み
ここから、中さんの悩みが中心になっていきます。何も考えずにビールを飲むようなことができず、それができる人が羨ましい、というものです。
何も考えないってことができないんですけど、それできる人めっちゃ羨ましいです
中さんによると、思考は一生回り続け、何かあればずっと考えてしまうといいます。ボーっとしているように見える人も、本当は何かを考えているのではないか、という話にもなります。
うちの嫁とかボーッとしてる時あるんですよ。何も考えずにボーッとしてる。ほんまに?
吉田さんは、そもそも情報が多いところにいすぎるのではないかと指摘します。山の上や自然の中なら情報が入ってこない、と自身の実感を語ります。
私が山の上とか自然のことを言ってるのは、もう情報が入ってこないんですよ。都会にいるとやっぱ情報いっぱい入ってくるじゃないですか
一方の中さんは、たとえ画面を見ていなくても、今日話したことやメッセージのことを思い出して考えてしまう、と応じます。
「今」に集中する――極限まで追い込むという処方箋
吉田さんの処方箋は一貫しています。今よりこうしたいと先のことに思考が飛ぶから、今に集中するしかない状態まで自分を追い込め、というものです。
今よりこうしたいなとか思ってまうから、先のこととかに思考が飛ぶじゃないですか。だけど今に集中せなあかん状態になればもう考えられない
中さんは、山を登ってしんどい時はその瞬間しか考えられないから、思考すら邪魔になる、と自身の体験でうなずきます。永瀬さんは「走ればいい」と体を動かすことを勧めます。
山登ったらその時はその時しか考えられへんから、思考とかもう邪魔になるもんね
ただ中さんが求めているのは、しんどい思いをすることそのものではありません。しんどくならなければぼ〜っとできない、というのが引っかかっているようです。
じゃあボーっとしたいんですか?
永瀬さん さんからの質問
中さんは「ボーっとしたい」とはっきり答えます。それに対し永瀬さんは、ボーっとしている人を見て興味があるだけで、実際に自分がそうしたいわけではないのでは、と問い返します。
ボーッとしてる人を見たら、そんなふうな人もおるんやって興味があるだけでしょ。実際自分はそうしたいかって言われたら
ボーっとする時間を「ゴール」にするという考え方
話は、考える時間とぼ〜っとする時間を分けられたらいい、という中さんの願いに戻ります。中さんは、それがうまく分けられないのだと言います。
考えるのは好きやけど、その考える時と今日はもう何もしないっていう、ボーっとするみたいなんで決めれたらめっちゃええな
吉田さんの提案は、ボーっとするをゴールにして、そこまでを頑張るというものでした。ゴールが明確でないから到達できない、という見立てです。
ゴールを明確にしてないからやと思うんですよ。ボーっとするをゴールにして何かを頑張る
吉田さんは、寒い中の点検から帰ってお風呂に入った瞬間を例に挙げます。その一瞬はお風呂のことしか考えられない、というのです。
寒い時にお風呂ね、すっごい寒いところに点検とか行って寒かって、家帰ってお風呂入ったら一瞬お風呂のことしか考えへんでしょ
ただ入るだけの作業としてのお風呂では今に向き合えないが、温泉に行くというゴールを設定すればそこに向き合える、と吉田さんは説明します。物事を一つにしていると頭は開かない、というのがその論点です。
スマホの通知を切る――情報から物理的に離れる工夫
情報から物理的に離れる工夫の話にもなります。中さんは、常に通知が来るアップルウォッチを外したら楽になったと明かします。
これ外したんですよ、俺。アップルウォッチ。ずっと通知がくるんで、しんどいなと思って。外したらめっちゃ楽になった
吉田さんは、読書中や就寝時に機内モードにして通知が来ないようにしている、と自分の習慣を紹介します。
寝てる時も機内モードにしてるから、時計はずっと連動してるけど、機内モードにしてる時点で通知けえへん
一方、樋上さんは吉田さんのように追い込まなくても、ぼ〜っとしたいと思えばぼ〜っとできる、と話します。
そんな吉田さんみたいに上り詰めて頑張らなくても、ボーっとしたいなって思ったらボーっとできるから
「ぼ〜っと」とは何か――言葉の中身をめぐって
ここでは「ぼ〜っと」が何を指すのか、その言葉の中身が問われます。永瀬さんは、ボーっとしていても何かは考えているのでは、と食い下がります。
吉田さんは、何も考えずただ息をしているだけの状態を「ぼ〜っと」と説明しますが、そんなに長時間はできない、と付け加えます。
何も考えずにただ息してるだけでも。でもそんな長時間はできないです。だから一瞬
永瀬さんは、それは意識が飛んでいる、つまり寝ているのと同じで、物理的に無理ではないかと突っ込みます。これに対し吉田さんは、意味のないことが頭に浮かぶ程度ならいい、と線を引きます。
視覚情報とかあるんやから、スマホの通知切ったって、鳥とか飛んでたら、ああ鳥飛んでるとか
中さんは、自分の場合はその外の情報すら目に入らないのが問題だ、と打ち明けます。頭の中の考えごとに集中していて、鳥が飛んでいても見えていない、というのです。
外に何がある?鳥が飛んでるとか見えてないですよ
道を歩いていても花が見えない、心ここにあらずの状態はよくない――中さんはそう気づき、最近は少しずつ修正していると語ります。
横の道歩いてても花が見えへんっていうことですよ。常に考えながら歩いてるんで、それよくないなみたいな
何のためのハワイ?――発散と、貯めないことのあいだ
話題は、中さんがハワイでリセットできるという体験に及びます。帰ってくると視界が明るく感じられるほど、切り替わるのだといいます。
俺めっちゃグレーやったんやみたいな。視界が今まで
ただ中さんには引っかかりがあります。ストレスをかけて働き、それを発散しにハワイへ行くのなら、そもそもストレスを貯めなければいいのでは、という疑問です。
ストレスを貯めるようなことをして発散してっていう、だったら貯めんかったらええやんってちょっと思ってしまう
吉田さんにとっては、そこにプロセスと積み重ねる目標があるから「何のために」とは思わない、という違いがあります。次の大きな山に挑戦するための泳ぎや準備のように、目標が理由を消してくれるのです。
プロセスがあったら、何のためにと思わないですよ。これのためにやってんねやって
なお、ハワイに関しては、中さん自身よりも奥さんが熱望している面もあると明かされます。中さんは嫌いではないので一緒に行く、という距離感です。
俺別に嫌いじゃないから行くけど、俺より嫁の方が熱望してる
俺、意外と繊細やな――ストレスに気づきはじめた中さん
樋上さんは、自分はそこまで負荷をかけることがないので、吉田さんのように負荷をかけ続けられること自体がすごいと感じた、と率直に述べます。
そこまで自分に負荷かけることないかもって思いました。その話聞いてて
中さんは、自分がストレスを感じていることに最近ようやく気づいたと語ります。以前は、ストレスがかかっているとは思いもしなかったといいます。
俺やっぱストレス感じてるわっていうの最近ほんまに思うようになって。それまでは全然気づいてもなかった
40歳ぐらいになって気づくのかもしれない、体力が落ちてきたのもあるかもしれない――そう前置きしつつ、中さんは自分がもっと繊細だと気づいたと話します。
もっと繊細なんやな俺って。もうちょっと労ったらなあかんなって思うようにはなってます
樋上さんは、これまで中さんを見ていて疲れていそうだとは思っても、それがストレスの結果だとは思っていなかった、と外からの見え方を伝えます。言い方に思いやりが欠ける時は健全でないのかもしれない、とも指摘します。
喋りたくないのに喋りたくなる――人と話すという処方箋
終盤は、人と話すことの効用に話が向かいます。中さんは、話さないとやはりだめな気がする、と実感を口にします。
話さんとやっぱあかん気するわ
永瀬さんは、自分は話したくはないけれど、しばらく話していないとやはり話したくなる、と少し複雑な心境を語ります。一人でいると、普段は話さないお店の人にも勝手に話しかけてしまうのだそうです。
話したくないんですけど、しばらく話してなかったらやっぱ話したくなる
一方の吉田さんにとっては、喋ること自体がストレス発散です。喋り続け、なお知らない人とも話す、というスタイルだと語ります。
喋り続けて、なお知らない人ともしゃべるっていう。ずっと喋ってる
ぼ〜っとし続けて10分終わる収録もありでは、という冗談に対し、吉田さんは自分には無理だと即答します。人によって発散の仕方も、見ている世界も違う――そんな確認とともに、アフタートークは締めくくられます。
まとめ
情報過多で頭が休まらない中、どうすればぼ〜っとできるのか。追い込む吉田さん、思考が止まらない中さん、自然とぼ〜っとできる樋上さん、話したくないのに話したくなる永瀬さん――それぞれの流儀の違いが浮かび上がる回でした。
- 吉田さんの流儀は、ぼ〜っとする状態自体をゴールに設定し、そこまでのプロセスをあえてハードにすること
- 中さんは思考が止まらず、外の景色すら目に入らない「心ここにあらず」の状態を課題と感じ、最近修正しはじめている
- 情報から物理的に離れる工夫として、通知の来るデバイスを外す、機内モードにするといった手段が語られた
- ストレスをかけて発散するより、そもそも貯めないほうがいいのでは、という中さんの問いが通奏低音になっている
- 人と話すことは発散にもなり、処方箋の仕方も見ている世界も人それぞれ違う、というのが着地点







