そもそも「ロールモデル」がパッと出てこない3人
この回はお便り回です。ラジオネーム疾風ダッシュさんから届いた「皆さんにロールモデルはいますか?憧れの人物でも人物像でも」という質問に、樋上さん・吉田さん・中さんの3人が答えていきます。
質問には「三人とも異なるベクトルの意見を持っていて、それがどこから身についた考え方なのか気になりました」という一言が添えられていました。
ところが冒頭から、3人ともロールモデルがすぐには出てきません。中さんも吉田さんも、特定の「この人」という答えを持っていない様子です。
誰かとかはあんまりないけど。
(ロールモデルは)ちょっと全然まだ出てきてないんですよ。
質問には「憧れの人物でも人物像でも」とあり、この「人か、人物像か」という違いが、後の3人のすれ違いの伏線になっていきます。
吉田さんの「自分で生きていける強い人になりたい」
最初に語り出したのは吉田さんです。特定の誰かではなく、アウトドア寄りの「自分で何でもできる、生きていく力が強い人」になりたいと思った時期があると話します。
自分で何でも生きてく力強い人になろうって思った時期がありますね。
吉田さんが理想とするのは、災害などがあったときにも、人に頼らず自分で何とかできる人です。頼られることを目的にするのではなく、そもそも頼らずに生きていける状態がいい、という考え方でした。
(この人と)おったら、この人多分頼ることないよなと思う(人がいい)。
吉田さんは、頼らないとできない人を「弱い」と感じると言います。例として挙げたのは、行きたいお店があるのに一人では行けず、誰かと一緒じゃないと行けない人でした。
自分のやること制約出るってなんか良くないなと、なんかかっこ悪いなと思って。
ここで樋上さんが、それは「こうはなりたくない」という気持ちが理想像を作ったのでは、と問いかけます。吉田さんもそれを認めました。
じゃあ「こうはなりたくない」の方が、そう(強くありたいと)させたって感じですか?
樋上さん さんからの質問
吉田さんは「そうですね」と答え、こんな風になりたいという人の顔が浮かぶのではなく、こうはなりたくない人の顔の方が浮かんでしまう、と話しています。
吉田さんが憧れるのは、アウトドアガイドのように、頼らず自分でだいたいのことができる人たちの総称のようなイメージでした。オフになると、誰かに相談するでもなく、自分の力で行きたい場所へ行ってしまう人たちです。
自分のありのままで生きていくには、やはり自分の力がないとダメだと思って。
中さんの「餅は餅屋」型の分散したロールモデル
続いて中さんの番ですが、中さんも「何でもやれるロールモデル」のような一人の人物は挙げられません。ただ、行動の指針のようなものはあると言います。
(指針は)あるけど、それが誰かが言って、誰かがのような形でみたいなのがあんまないですね。
吉田さんは、本田圭佑のようにわかりやすい名前を挙げてくれると「あの人みたいになりたい」と伝わりやすいのでは、と水を向けます。
すると中さんから、意外な名前が出てきます。昔は西郷どんに憧れていた、というのです。坂本龍馬を挙げる人が多い中で、自分は西郷どん派だったと語ります。
龍馬って人多いじゃないですか。坂本龍馬ロールモデルですとか、憧れの人物像っていう人多いじゃないですか。(僕は西郷どん派やった)
中さんは実際に鹿児島まで行き、西郷どんが最期を迎えた場所も見に行ったそうです。惹かれたのは、その生き方でした。
新しい世に追いついていけない人たちを全部ひっくるめて抱えて戦うみたいな(生き方がすごい)。
武士ではなく、イーロン・マスクのようにアイデアが次々出てくるタイプの名前が出ると思っていた吉田さんは、西郷どんという答えに驚きます。ここでも3人の見立てはすれ違いました。
話の流れで、中さんは自分を「人情派」だと主張します。薄情に見られるけれど実は人情派だ、という自己申告に、吉田さんは面白がっていました。
結局、中さんのロールモデルは一人には絞れません。分野ごとに参考にしている人がいる、という形でした。
それぞれやっぱその道のプロみたいなのがおるじゃないですか。餅は餅屋に引けじゃないけど、そのプロの話を聞いて、あ、そうかみたいな。
具体的には、元マイクロソフトの中島聡さんのメールマガジンを長く読んでいて、その考え方を参考にしていると言います。組織論はこの人、内面はこの人、というように、分野ごとに人が分かれているのが中さんのスタイルでした。
そして身近な経営の面では、先代のオーナーである尾花さんを挙げました。ずっと横について学んだため、考え方や交渉の仕方に系譜が入っている、と話します。
身近なところのその経営とかはやっぱ尾花さんですよ。先代のオーナーにやっぱ教えてもらったことが多いので。
樋上さんの「その時々で変わる」憧れ
最後は樋上さんです。樋上さんも憧れの人が一人いるわけではなく、その時々で変わると言います。
樋上さんが憧れるのは、自分にないもの、自分に足りていないものをできている人でした。だからこそ、その時に接している相手や影響を受けている対象によって、憧れの向き先が変わっていきます。
自分に足りてないなって思うところできてる人には憧れるし、その時々でなんか影響受けてることで変わるかも。
これを聞いた中さんが「また出た適応性」とつぶやきます。特定の理想像を固定しない樋上さんらしさが、ここでも出ていました。
樋上さんが具体的に挙げたのは、有名人ではなく身近な人です。たとえば「悪口を言わない人」をすごいと感じ、そういう部分を尊敬すると言います。
単純に悪口言わん人とかはすごいなって思う。その時接してる人に対して、この人のここほんますごいなとか、そういうのはあります。
吉田さんも、ある程度の年齢になると悪口を言う人からはいい気持ちをもらえない、と同意します。少しチクッと刺すくらいならいいけれど、根底を揺るがすような悪口は、物事をそちらの側面でしか見られなくなるからよくない、という話でした。
「すごい人の奥様」に惹かれるという発見
樋上さんが憧れる身近な人として挙げたのが、尾花さんの奥様でした。優しいオーラと、しっかりした芯のある包み込むような雰囲気が好きだと語ります。
すごい優しいオーラすごくないですか?しっかりしてる芯のあるかつ優しい包み込むオーラみたいなのがめっちゃ好きで。
一方で中さんは、その奥様の「オーラ」を感じたことがない、と返します。ここでも見え方がずれました。吉田さんは、中さんが西郷どん目線で見ているから、奥様側のオーラは見えないのでは、と冗談めかして説明します。
(中さんは)セゴやから。セゴ目線で見てるから。(奥様側のオーラは見えない)
樋上さんは、中さんの奥様のこともすごいと感じていると続けます。会社の関連で呼ばれると「全然わかんない」と言いながらもふわっと来て、明るく笑いながらこなしてしまう姿を挙げました。
中さんによると、その奥様は畑でユンボを操作し、中さんより上手いと言われるほどだったそうです。すごい人の奥様はやはりすごい、という樋上さんの見立てを裏づけるエピソードでした。
樋上さんは、テレビなどでも「すごい人の奥様」が紹介されていると惹かれてつい見てしまう、と話します。優しさやかっこよさを圧倒的に放っている人が多いように感じるそうです。
圧倒的優しさを放ってたり、圧倒的かっこよさを放ってたりするように感じるかも。そういう人が隣にいるからそうなるんかな。
この話を中さんが整理します。何かに突出している人の隣にいられる人は、その人自身も別のベクトルで突出しているはずだ、という見方です。
吉田さんは、樋上さんは突出している本人よりも、その隣にいる人の方に憧れるのでは、と指摘します。サポートする側に憧れているのか、と問いかけました。
(樋上さんは)サポートするんが好きなんですかね。表に立つより、その目線で生きてるから同じ側のすごい人が気になるとか。
吉田さん さんからの質問
樋上さんは、サポートしている姿をすごいと思っているわけではない、と否定します。たまたま惹かれる人が、何かに突出して感じるものを持っているだけかもしれない、と話しました。
吉田さんが気づいた「全員バラバラ」という結論
ここで吉田さんが、この回全体を振り返って気づきます。3人が話しても、「あの人すごいですよね」と全員一致することが一度もなかった、というのです。
あの人すごいですよねって全員が誰もなってないのかな。ならなかったのがすごいなと。
これはまさに、お便りの「三人とも異なるベクトルの意見を持っていて」という指摘の通りでした。話してみて初めて、3人の憧れの向き先がこれほど違うことが可視化された形です。
3つとも皆さん異なるベクトルの意見を持ってるってことは(それぞれ違いすぎて)。
最後に思い出した中さんの「所ジョージ」
一度は諦めかけた中さんですが、20分ほど話したところで憧れの人を思い出します。それが所ジョージでした。
今思い出しました。僕あれですよ。所ジョージ。
中さんが惹かれるのは、所ジョージの「抜け感」でした。何でもないことも面白く見えてしまう視点で生きられたら理想だ、と語ります。
何でもないことも面白く見えるって、その人がそういう視点じゃないと見れないじゃないですか。だからそれっていいよねって思いますよね。
ここでも吉田さんはピンときません。所ジョージにならなくても、日常には面白いことがあると返します。ないものだからこそ欲しくなるのでは、という指摘でした。
ないものがやっぱ欲しいんやな、みんなって感じですね。見えてたら絶対欲しがらないですよ、別に。
樋上さんは、吉田さんはアウトドアの理想像に近づいているのでは、と見ています。なれる素養があるからこそ憧れるのではないか、という見立てです。
中さんは、リリー・フランキーが出演中のドラマにも触れ、その空気感に驚いたと話します。あの抜けた空気をどうやったら出せるのか、と感心していました。
リリー・フランキーやばないですか?あの空気出せるん?どんな生き方したらああなんねんやろって思って見てました。
吉田さんは、中さんには所ジョージ的に「スーッと飛んでいる」ときと、仕事にグッと向き合うときの二極があると見ています。中さん自身は、基本は3割くらいはそちら側になれていると言いつつ、まだ完全には振り切れないと話しました。
やっぱり今のこの背負うことによってのうまみもあるじゃないですか。そこを完全に手放しちゃうことはまだできひんかな。
中さんは、45歳か50歳か、どのタイミングで抜け感のある生き方に振り切るかを考えていると語ります。今はその3割を、少しずつ増やしていきたいという着地でした。
まとめ
同じ「ロールモデルは誰?」という問いに、3人はまったく違う答えを返しました。人物像で語る吉田さん、分野ごとに人が分かれる中さん、その時々で変わる樋上さん。話してみて初めて、憧れの向き先がこれほど違うと可視化されたのが、この回の面白さでした。
- 吉田さんの理想は「人に頼らず自分で生きていける強い人」で、「こうはなりたくない」から形づくられていた
- 中さんはロールモデルを一人に絞らず、餅は餅屋で分野ごとに参考にする人がいる。身近な経営面では先代の尾花さんを挙げた
- 樋上さんは有名人より身近な人に憧れ、「すごい人の奥様」など何かに突出した人に惹かれる。憧れの対象はその時々で変わる
- 中さんが最後に思い出した憧れは所ジョージで、何でもないことも面白く見える「抜け感」に理想を見ていた
- 3人で話しても全員一致する「すごい人」はおらず、憧れの向き先がバラバラだと気づいたこと自体が発見だった




