25年間の社長人生を終えて、いま何に悩んでいるのか
経沢さんはまず、自身の来歴を簡潔に紹介します。26歳で起業し、1社目は女性マーケティングのTrenders、2社目は日本にベビーシッター文化を広めるKidsLineを2011年から11年半続けてきました。
合計25年の社長人生を経て、2社目は先日M&Aで退任したばかりです。この回は、その退任後の空白から話が始まります。
合計25年間社長人生をしまして、先日2社目はM&Aして退任して、今はこれからを考えるみたいな感じで。
外から見ると開拓者、強い女性というイメージがつきやすい経沢さんですが、本人は25年間ずっと葛藤しながら走ってきたと語ります。株主がいるから結果を出さなければならず、独自ビジネスが多く競合もいない中で自分で模索してきたと言います。
その走り続ける役割がいったんゼロになった今、経沢さんが抱えているのは「自分ってどんな人なんだろう」という問いです。
今ゼロというかなって、改めてなんか、自分ってどんな人なんだろうなっていうのをなんか本当に悩んでる。
「経沢さんは嘘つき」——箕輪厚介に言われた素の話
経沢さんは、YouTubeでは素の自分を出していくしかないと考え、そのつもりで発信していると話します。しかし前日に箕輪厚介さんと飲んで動画を撮った際、「嘘くさい」と言われたと明かします。
(箕輪さんに)「恒澤さんは嘘つきなんだよ」みたいな。なんかまだ素が出せてないっていうか。すごく言われるんですよね。
言われてみれば、自分の素が何なのかもわからないと経沢さんは続けます。ここには2社の事業ドメインの違いも影を落としていました。
1社目のマーケティングでは派手な服装や髪色も許されました。一方、2社目のKidsLineは子どもの命を預かる保育の仕事で、国とも付き合いがあるため、おとなしく振る舞ってきたと言います。
(KidsLineは)お子様の命預かる仕事なんで、あんまり出ないようにしてたんで、お行儀よく真面目にみたいな11年間を過ごしてきて。
自分って本当はどっちなのか——お行儀のよい11年間を経て、経沢さんはYouTubeをやりながらその葛藤を抱えていると語りました。
YouTubeを始めた本当の理由は「次への仲間集め」か
高木さんは、退任後の経沢さんがYouTubeにかなり時間を割いている印象があるとして、その動機を尋ねます。経沢さんが最初に挙げたのは、KidsLineの良さを知ってほしいという思いでした。
在任中は自分の会社について語りにくいものの、辞めた後なら、会社がどれだけ安全管理や改革に取り組んできたかを外から言いやすくなると経沢さんは説明します。
じゃあ辞めて広報部長みたいな。
高木新平 さんからの質問
経沢さんはこの例えに同意します。M&Aで辞めたと言うと「なぜ辞めたのか」「次はどうするのか」と関心を持たれるため、会社の良さや安全管理への取り組みを語れる立場になったと感じていました。
もう一つの理由が、次への布石です。また何かを始めるとき、仲間が必要になります。KidsLineも最初はブログから100人ほどが集まったといい、いま自分を知ってもらうツールならYouTubeだと直感したと語ります。
もし次なんか挑戦する時のために自分を知っていただくツールって考えた時、今だったらやっぱりYouTubeなのかなっていう、なんとなくの直感で。
影響力はいらない——経沢が語るYouTubeへのスタンス
高木さんは経沢さんを「がめつい」と評します。悪い意味ではなく、上昇志向でどんどん取っていくベンチャーの物語が2010年代の時代と合っていた、それを女性でいち早くやった人だという認識です。
一方で高木さんは、いまの時代はさらけ出す正直さが求められており、駆け引き感のある「がめつさ」が少しずれてきているのではないかと指摘します。
時代を読めちゃう人だから、やばいチューニングしなきゃなと。でもそのやり方でこれまでやってきちゃったから、アンラーニングするのめっちゃむずいなと思ってる。
経沢さん自身も、「野球部に25年いて毎日練習してきたのにバットがなくなった」ようだと表現します。点を入れる、チームで勝つという生き方が時代とも合っていた、と振り返りました。
なんだろう、自分の人生っていうのを生きてみたいっていう風に結構最後の方は思ってたんですね、キッズラインやってる時に。
高木さんは、経沢さんの言葉はすべて本当だと思うと前置きしつつ、それが「社会にいいこと」としてオブラートに包まれるのが癖として染み付いている、それが嘘くさく見えるのではないかと分析します。
そこで高木さんは、経沢さんに「影響力の方が重要な資本だと思ったからYouTubeを始めた」と言えばいいのに、と水を向けます。しかし経沢さんはこれをはっきり否定しました。
影響力で世の中を変えれるっていうのは、あんまり私思ってなくて。(その世界を)深く入り込んでいくと中身がない人も結構いるなっていうのをすごく思った。
経沢さんは、チャンネル登録数やバズを求めておらず、マネタイズもしていないと言います。やっているのは、本当の自分を知ってもらうための自己開示の練習だと語りました。
(YouTubeで)何のマネタイズもしてないじゃないですか。ただただ本当に発信してるだけなんですよね。自己開示の練習みたいな感じ。
好きな人の基準は「影響力」なのでは、という指摘
高木さんは客観的に見て、経沢さんのYouTubeは立ち上げがうまいと評します。いまYouTube上で花開いている旬な人を的確に呼んでいる、オセロの四つ角を押さえるようだと表現しました。
今ツモるべき人をツモってってるっていう印象で。(呼んでいる人が)今こそっていう旬な人たち、YouTube上で。
経沢さんは、これは三谷さんにも「人脈番組でしょ」「なんで同じようなことを量産してるの」と怒られたと明かします。それでも本人は、影響力のためではなく「自分が会いたい人だけ呼んでいる」という感覚だと語ります。
影響力を持ちたいからその人呼んだっていうよりは、自分が会いたい人だけ呼んでるっていう感じ。自分の好きな人をもっと好きになってもらいたい。
これに対して高木さんは、その「好きな人」が結局は影響力のある人なのではないか、と切り返します。経沢さんが挙げる田端さんや箕輪さんも、影響力を持ったからかっこよく見えるのではないか、という指摘です。
好きな人とかかっこいいって、今(経沢さんが)おっしゃってるのは、やっぱ僕は影響力な気がしちゃって。
経沢さんは、社長業では会社という看板があり、会社が影響を持ちたいという気持ちは強かったと振り返ります。ただ個人になった今、田端さんや箕輪さんのように自分のビジョンや立ち位置を見つけている人を羨ましく思うと語りました。
KidsLineは経沢のスタイルに合っていたのか
高木さんは自身の経験を持ち出します。ファッションが好きでブランドを立ち上げたものの、ものづくりや小売りはオペレーションの世界で、自分のスタイルとは真逆だったと言います。
人生のテーマ的には好きだったんですけど、自分のスタイルは全然合ってなかったんですよ。
高木さん自身のスタイルは、変革が必要なタイミングの会社に入り、リブランディングやビジョンのアップデートをする「得点を作る」仕事だと説明します。日々0.1%を積み上げるオペレーションとは正反対だと言います。
この話を聞いて、経沢さんは「私もそうだった」と反応します。高木さんは、KidsLineは経沢さんの人生のストーリーではあったが、ビジネスモデルとしてはスタイルと合っていなかったのではと指摘しました。
そうだと思います。前半戦は合ってたと思うんですよ。でもその後半になっていくにつれ(オペレーションファーストになった)。
高木さんは、自分はもうオペレーション型の事業はやらないと決め、ビジョン人間として生きると決めたと語ります。人はやりたくないことを頑張れず、思わずやってしまうことが得意なことだという考えを示しました。
思わずやっちゃうことがやっぱり得意なことであり、好きなことだと思ってて。
連続起業家という宿命——過去を語るのはもうやめていい
経沢さんは、辞めてすぐのフェーズだから社員や関係者のためにKidsLineのことを語ってきたが、そろそろXの肩書きも「KidsLine創業者」をやめようか悩んでいると打ち明けます。
Xの肩書きもなんかキッズライン創業者とかやめようかなって悩んでるぐらい。次生まれ変わるとしたら、本当に何がいいかな。
高木さんは、心中するテーマなら関わり続けるべきだが、経沢さんはそうではない気がすると答えます。経沢さんは、人生の出来事やライフイベントとともに起業していくタイプだと見立てました。
人生の出来事とかライフイベントとかコンテンツとともに起業していくタイプの人だと思う。
SNSやブログ、女性活躍が太いテーマだった時期があり、その後はベビーシッターや育児がテーマになった。そのときスイッチが入り、開拓者的に起業してきただけだ、というのが高木さんの見立てです。
だからこそ高木さんは、残したメンバーへの気遣いも過度な語りも要らない、もう十分やったと言えばいいと促します。
別に会社をつくるでしょなんてそんなにいないんだから。もう十分やったと思って。ディールとして終わってるわけなんで、もう終了でいいと思う。
高木さんは、経沢さんを「連続起業家」と定義します。テーマをオタク的に深掘りするより、出会ってしまったものに火がついて起業していくヤンキー的なスタイルだと言います。そのスタイルをはっきりさせておけば十分だ、と。
出会っちゃったものにバッて火がついたものに対して起業していくっていうスタイルなのかなと。連続起業家的な。
1つのテーマやスキルを深く掘り下げ、1つのブランドを長く育てるタイプ。オペレーションを積み上げる。
人生で出会ったものに火がつき、その都度起業していく連続起業家タイプ。開拓と得点づくりが得意。
この定義に、経沢さんは「腑に落ちた」と応じます。そのうえで高木さんは、次の時代と自分が重なったときに一気に始めるために影響力が必要なのだ、と経沢さんのYouTubeを位置づけ直しました。
薄い接点でつながり続けるより、次に向けて構えるべきか
経沢さんは、楽天時代にFIREのような状態になった人を多く見てきたと言います。半年ほど社会と接点がないと人は忘れられてしまう、その薄い接点としてYouTubeを考えていたと語ります。
(社会と)半年間何も接点ないと、やっぱ人って忘れられちゃう。だからその、なんとなく薄い接点でYouTubeみたいに思ってて。
高木さんは、その「薄く関わりつつ誰かを元気にできればいい」という物語こそ逆に嘘っぽく、かまってちゃんに見えると指摘します。むしろ起業家としてネクストバッターサークルで待っている、と言い切るべきだと勧めました。
起業家だから、常にネクストバッターサークルで待ってると。特大ホームランを打つために、今の時代はYouTubeがないと打てないんだと言っちゃった方がいい。
この位置づけに、経沢さんは「じゃあ今日それにします」と応じます。高木さんは、経沢さんが影響力のある人を純粋に尊敬し、時代とシンクロしていたいのだろうと読み解きました。
時代から取り残されたくないっていう気持ちだね、きっと対談やってるのは。
なぜ小学5年生で「1億円貯めたい」と思ったのか
高木さんは、経沢さんの根っこにある欲望を尋ねます。経沢さんは、いまは「一応満たされてしまった」と答えつつ、Trenders立ち上げ当時は「めっちゃ乾いていた」と振り返ります。
起業したTrendersは思いのほかメディアに注目され、順調だったといいます。しかし子どもに障害があるとわかり、「この会社を続けられない」と感じたことが最初の挫折になりました。
経沢さんが起業を選んだ背景には、女性が未来を作るには自分の城が必要だという考えがありました。ライフスタイルが変わっても稼げる力がないと生きていけない、社長業はそのために自由だった、と語ります。
自分の城と自分が稼げる力がないと生きていけないって思う中で、社長業、起業っていうのはすごく自由だった。
そのドライブしていた欲望が「1億円貯めたい」でした。しかもそれは小学5年生の頃の発想だといいます。
(起業を駆動していたのは)まずはやっぱり、1億円貯めたいみたいな。
当時の日本の金利は7%で、1億円あれば結婚して子どもが生まれても生きていけると考えたと経沢さんは説明します。子どもの病気で社長を続けられないかもしれないと感じたとき、会社を組織にして上場しようと決めたと言います。
松戸の少女に「家政婦を雇える人間になれ」と言った父
1億円という発想の原点には、父親の存在がありました。父は千葉県松戸市でソフトウェア開発の会社を営む社長でした。母は富山出身の専業主婦だったと経沢さんは語ります。
父は経沢さんへの要望が非常に高く、男の子が欲しかったのに次女だった経沢さんを「男のように育てよう」としていたと言います。経沢さんはそれを、昨年父が亡くなって初めて気づいたと明かします。
父親なりにその家をちゃんと守ってくれる人を育てようと。本当は男の子が欲しかったけど、この女を男のように育てようと。
父からは、名門校へ行けとか、結婚して子どもを産んでも「家政婦を雇えるような人間になれ」と言われたといいます。専業主婦という生き方ではなく、自分が柱になる人間として生きるのだと経沢さんは受け取りました。
子育ては女性がやるものだと思っていたため、お金で解決できる状態にしておかなければならない——そう考えた末に出てきた金額が1億円でした。
旦那に捨てられても、子供育てて無職になっても生きていけるっていう思ったのが、その原点っていうか、1億円だった。
経沢さんは、父が亡くなったことが会社を辞めた一因でもあると語ります。親の期待、社会の期待に最適化して生きてきたが、今はもう誰の期待に応えなくても生きていけると感じているといいます。
港区にできた「都会のエリート」の宿命と終わりなきゲーム
高木さんは、経沢さんを「ある種のエリート」だと言います。ここでのエリートとは、都会で育ち、親のプレッシャーの中で自己肯定感より自己効力感を積み上げてきた人を指します。
できるようになっていく、競争で勝っていくことで、家庭内の居場所を手に入れるみたいなケースがすごい多い。
高木さんによれば、こうした人は「できること」がアイデンティティ化し、上には上がいる終わりなきゲームを走り続けることになります。経沢さんの1億円の動機も、親のプレッシャーによる設定だったと指摘します。
経沢さんはこれを「生存ですよ、生存」と受け止めます。サバイバルとして仕方なくやらざるを得ず、それで居場所を見つけてきたという構図です。
生存ですよ、生存。本当に。
高木さんは、生存のための設定を全部外したとき「あれ、以前に戻らなきゃいけない」となる、だからいま欲しいものがないのだと整理します。経沢さんはこれに同意しました。
娘には「資本主義を生き延びれる」と教えたくない
経沢さんには、もうすぐ18歳になる娘がいます。娘には自分と同じような人生を送ってほしくないと経沢さんは語ります。
娘には自分と同じような人生を送って欲しくない。「世の中に最適化して資本主義を生き延びれるよ」とか、そういうことは一切教えたくないんですよ。
高木さんはすかさず、「じゃあ『資本主義サバイバル』って言ってる場合じゃないじゃないですか」と切り返します。経沢さんのXのプロフィールにある表現へのツッコミです。
じゃあ「資本主義サバイバル」って言ってる場合じゃないじゃないですか。
高木新平 さんからの質問
経沢さんは「タイトル変えた」と応じつつ、娘にはありのままでいてほしいと語ります。何も注意も要望もしてこなかったのに、娘がだんだん自分に似てきていることに戸惑いを見せました。
経沢さんは、東京の超富裕層の子どもには「邪気がない」と語ります。自分にとってのがめつさは生き延びるためのものだったが、満たされた環境からこそ天才が生まれるのが羨ましいと言います。
(超富裕層の子は)邪気がないっていうか。がめつさって私にとっては生き延びるためだった。(満たされた環境から)天才って生まれたりするじゃないですか。めちゃくちゃ羨ましい。
高木が「面白い」と感じるのは、ひっくり返す側の物語
高木さんは、満たされた人を「幸せだと思うが面白くはなさそう」と評します。自身は富山の漁村で育ち、同調圧力や閉塞感が嫌だったと語ります。
高木さんが求めるのは、ニッチや裏、マイナーなものに日の目を浴びせることでした。個性を失いそうな創業者がいると、その物語を戻したくなると言います。
マーケットのしがらみとか世の中の習慣で個性を失いそうになってる創業者がいると、その創業者の物語戻したくなるんですよ。
この言葉に経沢さんは「私じゃないですか」と応じます。高木さんは、みんながオセロを黒にしていくなら「白でも黄色でもいい」とやっていくのが楽しく、それ自体が自分の救いになるプロセスだと語りました。
中指立ててる側のがドラマがあって面白いじゃんっていう。
高木さんは、経沢さんは松戸から出てきて港区にポジションができ、睨みをきかせていた父も亡くなったから、本当の意味で頑張る動機がなくなったのだと整理します。
「本当の自分は何がしたいのか」——最適化を外した先へ
経沢さんは、思い描いた2つのことを達成した今、「次は自分って何なのか」を知りたいと語ります。10歳の中学受験から53歳まで、43年間ずっと最適化と目標達成を続けてきたと振り返ります。
比較的こうしたいとか、こうしろって言われると、それに合わせてなんかクリア、目標達成。最適化をするっていうのを無意識にしちゃう人生を53年間歩んできて。
いまは義務的なこともなく、目標もない。だからこそ経沢さんが知りたいのは「何もない自分は何がしたいのか」でした。
じゃあ次知りたいのは本当に何もない自分は何がしたいの?っていう。全部筋肉緩めたら。
高木さんは、YouTubeも含めて経沢さんの活動には資本主義が絡んでおり、無意識に最適化ゲームをしている結果が今のチャンネルなのだと指摘します。やる以上は振る舞いとして最適化が出てしまう、それは経沢さんのキャラなのだと言います。
そのうえで高木さんは、自分らしさを見つける方法として「答えを出すゲームから一番遠いところに行く」ことを挙げます。最適化ゲームは答えを出して点数を取るものだから、そこから遠ざかるべきだ、と。
一つはやっぱり答えを出すゲームからなるべく遠いところに行くことだと思うんですよ。
高木さんが遠い場所の例として挙げたのが、学問の世界でした。ミミグリの代表で東大博士だった安斎さんの話を引き、アカデミアでは「わからないこと自体」がテーマにできると紹介します。
アカデミアっていうのは、そのわからないこと自体がテーマにできる。答えを出すゲームとは真逆にいる。
港区を出て、答えから遠いところへ——海外移住という選択肢
経沢さんは、退任後に考えた選択肢の一つに海外移住があったと明かします。娘がずっと海外にいて、大学もまた別の国に進むためです。
経沢さんは、いまの生活が「居心地が良すぎる」と語ります。友達も少なく、小さな円の中で生きている感覚があり、深まれない表面的な会話になるくらいなら家にいた方がいいと思ってしまうといいます。
自分っていう、本当にちっちゃい円の中で生きて今いるなっていうのをすごい感じてて。(会話が)深まれないみたいになっちゃうと、家にいた方がいいなって思っちゃう。
高木さんは、経沢さんが人前で酔えず、ずっとビジネススイッチが入っている状態だと見立てます。だからこそ、何者でもない場所、パフォーマンスがすぐに求められない領域に行くことが大事だと語ります。
高木さんは、経沢さんが箕輪さんに惹かれる理由を「こんなのでもいいんだ」という緩やかな救いになっているからだと分析します。変な駆け引きがないから楽なのだ、と。
(箕輪さんは)変な駆け引きがないから多分楽なんだと思うんですよ。
経沢さんは、かつて家入さんやサイバーの藤田さんには弱いところも全部出せた、だから目標を達成できたと振り返ります。弱さを見せないと人は手伝ってくれないからだと語りました。
しかし高木さんは、そこですぐ「目標達成のため」に話が戻ることを指摘します。資本主義から遠いところへ行こうとした矢先に、また最適化が始まってしまう、というのです。
すぐ始まっちゃうっていう。せっかく資本主義から遠いところ行こうと思って、弱みの話行ったと思ったら目標達成のためにってなってびっくり。
肉体的なチャレンジは、なぜ経沢に効くのか
高木さんは、いったん港区を離れ、結果を出すことから遠いところへ行った方がいいと勧めます。ここで経沢さんが挙げたのが、アスリート的な肉体のチャレンジでした。フルマラソン、トライアスロン、富士山登頂を経験してきたと言います。
肉体的なチャレンジはシンプルにいいじゃないですか。走ってる間って常に走りたくないけど走ってるし、脳みそが溶けるっていうか、すごく原始的なんですよ。
高木さんは、学問よりむしろ肉体の方がいいかもしれないと応じます。学問だと「哲学とAI」などと考えてしまい、資本主義的な思考が近づいてくるからだといいます。
高木さんが直感的に思い浮かべたのは登山でした。世界七大陸の最高峰を登るような明確な目標があった方がいいと言います。経沢さんも、世界の7つのマラソンを完走するとメダルがもらえる企画に挑もうとしていたが、コロナで中断したと明かします。
世界の7つのマラソンって全部走るとゴールドメダルみたいなのもらえるんですけど、それなんかちょうど始めた時にコロナになっちゃって。
経沢さんは、女性は喧嘩では男性に勝てないと感じてきたと語ります。だからこそ健康や肉体の強さが、メンタルの安定や自信の原点になると考えていました。楽しかった挑戦は、起業やM&A以外ではフルマラソンやトライアスロンの完走だといいます。
発信するなら「困っている」ではなく本気の追求を見せる
高木さんは、肉体的な挑戦こそ経沢さんに向いていると言います。それは自分というものの追求の一つになるのではないか、という見立てです。
それ向いてるんだと思って。それが自分っていうものの追求の一個なんじゃないですか。
経沢さんも、いま楽しく生きるためにはお金よりも肉体の強さや自分の強さが大事だと語ります。人は放っておくと弱くなり、弱くなると武器を使いたくなる、だから自分がまだ強いと思える一つがフィジカルだと言います。
どんどんやっぱり人間放っとくと弱くなったり、弱くなると武器を使いたくなる。自分がまだ強いんだって思える一つはフィジカルだなって。
高木さんは、発信の文脈でも肉体的な挑戦は有効だと語ります。目に見えないビジネスの努力と違い、吐きそうになりながら走る、死ぬかもしれないと思いながら登山する姿は、そのまま伝わるからです。
マジで本気で吐きそうになりながら走ってたりとか、登山してたりとかを見たら、多分結構見られ方変わるんじゃないかなと。
高木さんは、Xの肩書きが突然「七大トライアスロン参戦中」になったら面白い、その様子をYouTubeに出す方が見たいと語ります。それこそ素の自分ではないか、と。
なんか七大トライアスロン参戦中とかなったらむっちゃウケますよ。その様子とかをYouTube出してくれる方が見たいし。それは素の自分なんじゃないですか?
鎧を脱いで「強く生きたい」——一度きりの人生への欲求
経沢さんは、いま会社を辞めてから一番気持ちよく楽しいのがピラティスだと語ります。体を動かすのが好きで、ピラティスに行くと眠くなるほど神経が緩む、よほど固かったのだと気づいたと言います。
ただし経沢さんは、ピラティスの最中でさえ、難しいポーズでない時は株価を考えてしまうと明かします。高木さんは驚きつつ、それだけ資本主義に毒されている証拠だと指摘します。
ピラティスの間に株価考えたり、資本主義考えたり、相当毒されてるっていうか。ほぼ全ての瞬間、もう計算が働いてるわけじゃないですか。
だからこそ高木さんは、何かのテーマに無我夢中になるのではなく、これまでの考え方を忘れるほどの環境に自分を置くことが、結果的に頭をクリアにすると語ります。
経沢さんは、KidsLine時代は24時間365日「何かあったらどうしよう」と考え、眠れない日々を過ごしていたと振り返ります。朝から走れば、体が変われば思考も変わるのではないかと感じたと言います。
(KidsLineの時は)24時間常に何かあったらどうしようって考えながら生きてた。朝から走ってれば、自分の体が変われば思考も変わるんじゃないかなって思いましたね。
ここで高木さんが「『強く生きたい』っていい言葉ですね」と受けます。経沢さんは「何もなくなっても強さがあれば」と応じ、これが本音であることを認めました。
高木さんは、「強く見られる」から鎧を着るのではなく、とことん強さを追求していく方が潔く本当っぽいと語ります。経済的な強さではなく、フィジカルや気持ちの面での強さを追求したいと言えばいい、と。
強く見られるからっていうムーブすると嘘っぽいから。じゃなくてもう強くありたいんだと。もっとフィジカルに、気持ちの面で強くあるっていうのを自分なりに追求したい。
「走って強くなるぞ」——対話がたどり着いた結論
経沢さんは、話しながら脳みそがクリーンになりそうだと語ります。頭にダストが詰まっている感覚が、シンプルな「強く生きたい」という言葉で整理されていきます。
朝よく目覚めてご飯がおいしい、眠いみたいな、そういう人生になりたい。
高木さんは「もうフォレストガンプばりに走るしかないですね」と背中を押します。経沢さんは、Apple Watchを再起動して東京マラソンのような身近なところから始めようと考え始めます。
経沢さんは、最初は再生数が出なくてもいい、YouTubeに出さなくてもいいと言いつつ、伴走して撮ってくれる人がいるなら発信するのも面白いと語ります。高木さんは、その方がリアルで見たいと応じました。
最後に経沢さんは、これまでの「強くなる」は資本主義的な方向だったが、一旦は肉体を強くしたいと本音を口にします。
今までの強くなるって方向性は一応(資本主義)なわけじゃないですか。だから一旦肉体強くしたいって本当に思ってたから、めっちゃマラソンしようって思った。
高木さんは、優しくあらねばならない風潮の時代だからこそ「強くなりたい」と言うのが一周回っていい、経沢さんっぽいと締めくくります。経沢さんは「強くなります」と応じ、90分の対話を終えました。
強くなります。
まとめ
25年の社長人生を終えた経沢香保子さんが、「本当の自分がわからない」という葛藤から出発し、最適化ゲームを離れた先にある「強く生きたい」という素直な欲求にたどり着いていく対話でした。過去の肩書きや資本主義的な計算をいったん手放し、肉体的なチャレンジで自分を追求するという、シンプルな結論に着地します。
- 経沢さんは2社の起業・上場・M&Aを経て退任し、「何もない自分は何がしたいのか」を探している
- 高木さんは経沢さんを「人生の出来事とともに起業する連続起業家」と定義し、過去を語り続ける必要はないと促した
- 1億円という原点は、松戸で「男のように育てよう」とした父の期待と、金利7%時代の生存戦略から来ていた
- 自分らしさを見つける鍵は「答えを出すゲームから遠いところへ行く」ことで、肉体的な挑戦がその実践になり得る
- 鎧を着て「強く見られる」のではなく、フィジカルと気持ちの面で本気で「強くありたい」という本音に着地した




