確執のある母の介護、割り切れないモヤモヤはどうすれば?
今回のお便りは、50代のリスナー・ニャロメさんからの相談です。80代で一人暮らしをする母親の介護で、近くに住むニャロメさんが支援のキーパーソンになっています。
数年前に早期退職した50代の女性です。80代の母が一人暮らしをしており、私が他の子供より母に近いところに住んでいるため、必然的に支援のキーパーソンになっています。子供の頃から兄への依怙贔屓がひどく、ネグレクトのように育ってきた私としては、ものすごく葛藤を抱えながら母と対峙しています。
バタやんさんは、どこまで開示してよいかわからないとして、お便りの詳細を一部割愛して紹介しました。母親は節約を生きがいにしてきた人で、ヘルパーにお金がかかることを嫌い、子どもが面倒を見るべきだ、病院に付き添うべきだと圧をかけてくるといいます。
一方で、母親には万引きの気があったり、兄のほうへ保険金などのお金を工面しているようだったりと、ニャロメさんが心穏やかでいられない出来事が重なっています。
長年の冷えた親子関係のため、真に大切にしたいと思って支援をしているわけではありません。そんな自分も悲しいなと思います。支援はこれからが本番。親ではなく高齢者の支援と割り切ろうと思うのですが、未熟者の私はモヤモヤしてしまいます。この未熟さを何とかしてくれる本があればご紹介ください。
バタやんさんによると、このお便りはかなり前に届いていたものの、ずっと心に残っていたそうです。ようやく「これは」と思える本に出会えたため、今回紹介することにしたといいます。
(ニャロメさんのお便りは)ものすごく心に残っていて、何かご紹介できるといいなとずっと思っていました。
介護をめぐるモヤモヤについては、ほかにも何度かお便りが届いているそうです。介護が終わったあとも後悔が残っている人や、まさに介護の最中で気分転換になるものを求める人にも届くように、という思いも込めての選書です。
「疲れが取れない」の正体は感情労働?
今回の一冊は、恩蔵絢子さんの『感情労働の未来〜脳はなぜ他者の"見えない心"を推しはかるのか?』です。バタやんさんは店頭に並んだばかりの新刊を書店で手に取り、「はじめに」を立ち読みして購入したそうです。
バタやんさんの心をつかんだのは、「はじめに」の一節でした。充実した日常を送り、休みも取っているのに疲れが取れない。仲間とのランチにも喜びより疲れを感じる。リアルでもSNSでも24時間他人から評価されている気がして、「自分がいるようでどこにもいない」と書かれていたといいます。
ああ、これは本当に今の自分のことだって思ったんですよ。
バタやんさんは、この一節を読むまで自分が疲れているとはあまり思っていなかったと振り返ります。充実していて、休みも取れていて、体を鍛える時間もある。それでもどこかで自分がいない感じがする、という感覚が重なったそうです。
その違和感が感情労働による消耗だとは思っていなかったものの、そう言われればそうかもしれないと感じ、持ち帰って一気に読んでしまったといいます。
感情労働という言葉は、1983年に社会学者のアーリー・ラッセル・ホックシールド ── アメリカの社会学者。客室乗務員の働き方の研究などを通じて、感情を管理すること自体が労働になっていると指摘し、「感情労働」という概念を広めましたが提唱したものです。ホックシールドは、肉体労働や知的労働と並ぶものとして、感情を使う労働を定義づけました。
| 労働の種類 | お金になるもの | 本の中で挙げられた例 |
|---|---|---|
| 肉体労働 | 体を動かすこと | ― |
| 知的労働 | 頭を使うこと | ― |
| 感情労働 | 感情を使い、他人の気持ちに働きかけること | 客室乗務員、介護士、看護師 |
感情労働に共通するのは、自分が本当に感じているのとは違う感情の表出を求められることだと説明されています。バタやんさんは、これを端的にこう言い換えました。
嫌なことがあっても嫌な顔をせずに感じよくやれっていうことですかね。
客室乗務員の訓練に見る「表層演技」の落とし穴
ホックシールドが初めて感情労働という言葉を使った本は『管理される心』です。その中には、ある航空会社が感情労働の品質を担保するため、客室乗務員の感情をコントロールする訓練を行っていた話が出てくるそうです。
訓練の内容は、失礼な言い方で頼み事をされてもイラッとしないための考え方でした。絶え間なく頼み事をしてくる客を「迷惑な客」ではなく「飛行の恐怖の犠牲者」と考える、どうしても怒りが収まらないときは「この人と一緒に家に帰る必要はない」と考える、といったノウハウです。
なかなかちょっとこれはね、ちょっと人事部的には心がざわつく訓練だなと思いましたけれども。
バタやんさんは、今はカスハラ ── カスタマーハラスメントの略。客による理不尽な要求や暴言など、従業員への迷惑行為を指します。近年は自治体による防止条例の制定も進んでいます防止条例などもあり、何でも客の言いなりで笑顔でいなければならないという教育からは少しずつ変わってきていると見ています。
一方で、サービスの感じが悪ければSNSに書かれたり口コミの点数が下がったりするリスクは、1980年代にはなかったものです。バタやんさんは、丁寧に対応しつつ気持ちをどう受け流すかを学ぶ機会は、今もサービス業にはあるのだろうと話します。
こうした「この人は〇〇なんだと思うことにする」というやり方は、表層演技と呼ばれます。その場をやり過ごすには有効な一方で、続けていると疲弊してしまうことも本の中で指摘されているそうです。
その場の感情をなだめる
「一緒に帰るわけじゃない」などと考えてやり過ごす
小さな嘘が積み重なる
自分の感情とのギャップが残り続ける
消耗
何をしても疲れが取れない、自分がいないように感じる
バタやんさんは、表層演技を続けることを「ずっと小さく自分の感情に嘘をついているようなもの」と表現しました。そのギャップの結果が、冒頭の一節のような「自分がいない」感覚につながるケースもあるのかもしれない、と話しています。
『感情労働の未来』は、ホックシールドが指摘した感情労働の大変さを掘り下げつつ、約40年後の今の脳科学やAIの発展、SNSが人の感情に与える影響を加えて分析した本だと紹介されました。
なぜ家族との「感情作業」がいちばん重いのか
バタやんさんがこの本をニャロメさんに紹介した理由は、職場の外の感情労働にも触れているからです。ホックシールドは、家庭や友人同士といった私的な領域で相手の気持ちを考えて行動することを「感情作業」と呼び、仕事の感情労働と区別していたそうです。
客室乗務員や看護師、介護士などが、仕事の場で求められるもの
家庭や友人同士など、私的な領域で相手の気持ちを考えて行動すること
今はこの区別はあまりされておらず、脳は両者を区別しないらしいといいます。ただ本では、負荷の高さでいえば、最も私的なつながりにおける感情作業が最も激しいとも書かれているそうです。
仕事の場で会う人たちっていうのは、やっぱどっかで割り切れるところもありますけれども。
最も私的なつながりの端的なところが、お母様とか肉親ですよね。
さらにバタやんさんは、この本を、思い通りにならない一人の相手のことで悩み、その人の面倒を見て関わることに、脳科学のアプローチから寄り添おうとする本だと受け止めたそうです。
バタやんさんが特に感動したのは、恩蔵さんの文章そのものに感情労働がきめ細やかに働いていることでした。本の言葉でいう感情的知性 ── 自分や他人の感情に気づき、理解し、うまく扱う力のこと。心の知能指数(EQ)とも呼ばれますの高さを感じたといいます。
脳科学やAIなど専門的な話が続き、「自分の日常には遠い話だ」と白けそうになる少し手前で、「こんな実験がありまして」と例え話が差し込まれる。その展開に、バタやんさんは「読んでいる自分の頭の中がバレたのか」と思うほどだったそうです。
その背景には、恩蔵さん自身が認知症の母親を亡くなるまでの8年間介護した経験があるようです。母親との関係は良好だったようで、ニャロメさんの状況と同じではないとバタやんさんは断ったうえで、こう読み解きました。
思い通りにならない人と対峙する、毎日向き合う、そして自分を見失うことなくっていうことに、ちゃんと価値を見出したいっていう気持ちが、(恩蔵さんの研究と)この本の原動力になっているのかなと思って読みました。
神フレーズと「必要な言葉しか使っていない」という指摘
今回の神フレーズは、自分の感情の動きについての一節です。
この本には、感情的知性の高さを自分で測るチェックテストが付いています。バタやんさんは、高いか低いかを出すことより、33ほどある項目の一つひとつが味わい深いと話します。
恩蔵さんが特に注目してほしいとしているのは、9項目目の「私は自分の感情が動いたらそれに気づくことができる」という項目です。バタやんさんはその理由が気になっていましたが、あとがきにヒントがあったといいます。
あとがきには、恩蔵さんの介護経験が少しだけ書かれています。母親の介護をサポートしていた先生から、ある時「最近、必要な言葉しか使っていないのではないか」と指摘されたそうです。
「着替えてね」「食べてね」など、相手に何かをしてもらうための言葉
「花が綺麗だね」「キンモクセイかな、いい匂いだね」など、心が動いたことを共有する言葉
バタやんさんは、この本は介護をうまくこなすためのTips集ではなく、この言葉でやり過ごせという意味で紹介したわけでもないと念を押します。そのうえで、自分自身も家族や職場の身近な人に対して、必要な言葉しか使っていなかったかもしれないと感じたそうです。
あ、綺麗だねとか、いい匂いしたねみたいなのを言う機会ってとても少ないんだなって。それもあって、こう疲れていたのかもしれないと思いました。
災害対策の会議で湧いた「熱い気持ち」とは
バタやんさんは少し話がそれると断って、仕事での体験を語りました。首都直下型地震などの大きな災害がいつ起きてもおかしくない中、総務として社員の安全や社業を守るための対応を検討しているそうです。
2011年の東日本大震災やコロナ、能登の震災など、この十数年の大きな災害で社内にどんな混乱や被害があり、何をすべきだったのかを、いろいろな人に聞いてまとめているといいます。
話はためになる一方で、「あれもやらなきゃ、これも決めなきゃ」という必要な言葉ばかりになり、バタやんさんはいっぱいいっぱいになっていたそうです。
そんな打ち合わせの中で出てきたのが、東日本大震災の時の紙の話でした。石巻には講談社の大きな取引先である製紙工場があり、被害で生産が難しくなったものの、ようやく復旧したといいます。
復旧して最初に出来上がった大きな紙のロールには「復興」という印が押してあり、その紙で講談社の本を刷ってもらったそうです。レーベルごとに決まった用紙と工場があるため、工場の復旧はレーベルの本当の復旧でもあるといいます。
その話を聞いて、ちょっと(打ち合わせの)メンバーと何とも言えない熱い気持ちが湧いてきまして。
バタやんさんは、その最初の紙で刷られたページを読んで心を動かした人がきっといるはずだと話します。災害は強い感情が動いた時でもあり、だからこそそれぞれの鮮烈な記憶になっている、と振り返りました。
必要なことだけを話し合い、追い込まれていた
感情の話をし出したら、急にやる気が湧いた
僕たちは人の感情のために仕事をしているんだよっていう気持ちにも、そのメンバーとなった。
この体験を本を読んで思い出したバタやんさんは、仕事でも家庭でも話し合いは放っておくと必要なことばかりになると話します。だからこそ、感情を時々共有することや、そのとき自分がどんな感情になったかに気づく力が大切で、放っておくと摩耗してしまうと気づいたそうです。
番組の最後には、今回は割愛したAIが感情をどう扱うかや、SNSが思春期の感情に与える影響の話も興味深いと紹介されました。そして、とても大変で報われにくい状況にあるニャロメさんへ、少しでも報われる感情が動く言葉があればと願いを込めて締めくくられました。
まとめ
確執のある母の介護に悩む相談に対し、バタやんさんは『感情労働の未来』を通じて、最も身近な相手との感情作業がいちばん重いことを示し、自分の感情の動きに気づき、共有することの大切さを語りました。
- 感情労働とは、本当の気持ちとは違う感情の表出を求められる労働で、1983年にホックシールドが提唱した
- その場をやり過ごす表層演技は有効だが、続けると自分の感情とのギャップで疲弊しやすい
- 家族など最も私的なつながりでの感情作業は、負荷が最も激しいとされる
- 「必要な言葉」だけでなく、心が動いたことを言葉にして共有することが消耗を防ぐ手がかりになる




