今年を象徴する3作品を選ぶベストブックの選考基準
この回はバタやんによる2025年のベストブック発表回です。選考基準は、2024年12月から2025年12月までに刊行された新刊のうち、その年を最も象徴する印象的な作品を選ぶというものです。
今年は甲乙つけがたい3作品が選ばれました。バタやんは、各作品を解説したあとに、3作に共通するものや、そこから見えてくる今の社会についても分析すると話しています。
何がこの3人の小説家に書かせたのかなっていうのを、ちょっと私なりに分析してお話したいと思います。
第3位『イン・ザ・メガチャーチ』が描く推し活とファンダム経済
ベストブック小説編第3位は、朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』です。バタやんは、2025年がどんな年だったかを振り返ったときに、この年を代表するような作品だと感じたと話しています。
バタやんは、今年前半に音楽シーンを盛り上げた2つのオーディション番組を例に挙げます。会社で会う人が「あれ見た?」と話題にするような久々の国民的関心事だったと振り返ります。
『イン・ザ・メガチャーチ』は、推し活やファンダム経済をテーマにした群像小説です。各章ごとに視点を変えながら、推し活が単なる趣味ではなく、多くの人の行動や経済を動かしている様子を描いています。
主な登場人物は3人です。レコード会社勤務でアイドルグループのデビュー運営に携わる47歳の久保田良彦、あるアイドルにのめり込んでいく大学生の武藤澄香、かつて舞台俳優に入れ込んでいた30代契約社員の澄川文子が軸になります。
物語の黒幕として描かれるのが、アイドルグループのプロデュースにマーケティングコンサルタントとして加わる國見誠です。バタやんは、この作品が日経新聞で連載されていた点に注目します。
マーケティング、ファンダムビジネスの経済小説的な側面が朝井リョウさんの中でも強い作品だなと思って読みました。
バタやんによれば、出自の知れないカタカナ肩書の國見誠は、物語のヒール役を担いながら、推し活マーケティングやアイドルビジネスの仕組みを解説する役割も果たします。
もう一人の影の主人公が、デビューしたアイドルグループのメンバー・柿花未知也です。グループの中で最も地味で応援も少ないタイプですが、國見誠は彼こそが人気に火をつけるキーマンだと見ています。
熱狂を生み出すには彼(柿花未知也)をちゃんと物語としていかに売り出すかっていうのが大事だっていう風に見るんですね。
『イン・ザ・メガチャーチ』は中年男性の更年期小説でもある
バタやんが特に感心したのは、この小説が中年男性の更年期小説としても読める点です。少し乱暴な言い方だと前置きしつつ、そう感じたと話しています。
バタやんは、女性は比較的気軽に誰かにハマったり離れたりでき、感情の発露の回路がいろいろあると指摘します。推し活仲間ができやすかったり、知らない人とも共通の話題で内面的な話ができたりするといいます。
一方で男性は、そうした感情の発露の回路を複数持つことが難しいのではないかと、バタやんは指摘します。この対比が、この作品を中年男性の物語として際立たせているといいます。
象徴的なのが、久保田良彦が柿花未知也に、お茶をしながら1時間喋れるような友達がいるのかと問われる場面です。40代後半で体力も経験もあるのに、情熱の持っていき場がなく、感情を共有する機会も少ない姿が描かれます。
第2位『PRIZE』が暴く、作家と編集の相互依存
第2位は、村山由佳さんの『PRIZE』です。年末年始に印象に残った本として番組で紹介した作品で、その後も強い印象を残してベストブック入りしたと話しています。
主人公はベストセラーを連発する売れっ子作家・天羽カインです。世間的な人気や本屋大賞的な評価では満たされず、どうしても直木賞が欲しいという苦悩と、今の文芸界の舞台裏を赤裸々に描いた作品です。
バタやんは、多くの作家が、村山さん自身と主人公が重なるのかどうかに興味を持って読んだと指摘します。バタやん自身もそうだったといいますが、2回目に読んで印象が変わったと話しています。
この小説の陰のヒロイン、物語の主人公はカインの方じゃなくて、担当編集の小澤千尋さんだったんだなと感じましたね。
バタやんは、小澤千尋を動かすために天羽カインというキャラクターが必要だったのではないかと解釈します。作家と担当編集の間にある、相互依存や支配に近い関係を描いている点がゾクゾクすると話しています。
どちらが上でどちらが支配しているのか、表向きと実際のところはどうなのか。サスペンス要素もあり、最後にはどんでん返しもあって、エンタメとして満足度が高い作品だとバタやんは評価しています。
第1位『YABUNONAKA』が読者を9番目の登場人物に引きずり出す
第1位は、金原ひとみさんの『YABUNONAKA』です。今年は『ナチュラル・ボーン・チキン』『ミーツ・ザ・ワールド』『YABUNONAKA』と続き、バタやんにとって金原さんに再会したような一年だったといいます。
大学の同級生と久しぶりに会って、「ああ、やっぱこの人(金原ひとみ)すごいな、好きだな」ってなったみたいな、そんな再会感がありました。
『YABUNONAKA』は、出版業界の性加害と告発、それを取り巻く人々の欲求を描いた濃厚な長編小説です。文芸誌の元編集長・木戸という男が、年下の元交際相手から性被害を受けたとネットで告発される場面から始まります。
物語は8人の視点で章が進みます。冒頭では、木戸があまりぱっとしない男として描かれ、若い出版社志望の女性に手を出した最低な人物だという印象を、読者はまず持つとバタやんは話しています。
しかし真相は単純ではありません。元交際相手にもしたたかな下心があったのではないか、そして彼女をけしかけた人気作家・長岡ユリナという女性の存在も描かれ、告発後の登場人物たちの軌道も追われていきます。
バタやんは、最初に読んだときは、誰が悪者なのか、真相を早く知りたいという気持ちで急いでページをめくったといいます。ところが再読して、その焦燥感そのものに気づかされたと話しています。
こいつが悪いっていうのを決めたい、何らか判断をしたいっていう、この思い自体が加害性があるといいますか。
バタやんは、悪者を断罪したい、分かりやすい物語にしてすっきりしたいという黒い欲求が自分の中にあることに気づいたといいます。そしてその読者としての自分が、9番目の登場人物として引きずり出されていたと語ります。
バタやんは、現実でも子供の喧嘩や近所のいざこざのように、どちらが善でどちらが悪とはっきり分かれることは少ないと指摘します。そこに至る経緯や背景、語られなかったことがたくさんあるといいます。
金原さんは、その「それだけじゃなかった」ということをなるべくフェアに書こうとしている。バタやんは、分かりやすい物語として消化させないぞっていう渾身の長編だと評しています。
3作品に共通する、加害と被害の境界の曖昧さ
バタやんは、3作品を別々の時期に読んだものの、ベストブックとして読み返したら、ジャンルは違うのに同じことを書こうとしている作品のように渾然一体となって迫ってきたといいます。ここからは3作の共通点と現代社会の構造を分析します。
共通するポイントの1つ目は、加害と被害、搾取と被搾取の境界の曖昧さです。二元論では語れず、どちら寄りかはあっても、誰もがどちら側にも転び得るとバタやんは指摘します。
バタやんは、金原ひとみさんがインタビューで、長岡という40代の女性作家について語った言葉を紹介します。物語でよく言われる「闇落ち」に対して、「正義落ち」という表現をしていたのが面白かったといいます。
バタやんによれば、長岡も清廉潔白に生きてきたわけではなく、DV被害者だった側面もあります。それでも「これは許せない」という気持ちが強くなると、それ自体が一種の暴力性を帯びてくる。そこが非常に面白かったと話しています。
欲望や絶望からダークサイドに落ちること。物語で古くから使われる表現。
正義感が先鋭化しすぎて、正しさが暴力になること。金原さんが語った視点。
作品が売れにくい時代に、なぜ「物語を売る」構造が強まるのか
共通点の2つ目は、エンタメ業界における構造的なハラスメントの起こりやすさです。バタやんは、ハラスメントが問題化されやすくなった一方で、解消するどころか、より起こりやすく表面化しづらくなっているのではないかと感じたといいます。
3作品は出版業界と音楽業界を描いています。バタやんは両者に共通するのは、作品単位のヒットが出にくくなっていることだと指摘します。何枚売れた、何冊売れたという分かりやすい指標とパイプラインが弱っているといいます。
作品単体で利益が出にくいからこそ、長期的な関係を築くために物語を売る構造になる。バタやんは、関係性や共同体、応援や参加すること自体に価値が置かれる傾向が強まっているのではないかと分析します。
作品単位のヒットが出にくい
売上ランキングなど、分かりやすい指標とパイプラインが弱体化
作品単体では利益が出にくい
1作ごとの評価だけでは利益を生みにくい構造に
長期的な関係を築くため物語を売る
関係性・共同体・応援・参加に価値を置くようになる
人の背景も含めて物語化して消費
作品だけでなく作家の人物像や立ち位置ごと読み取ろうとする
バタやん自身も、朝井リョウさんがどういう立ち位置の人で、作家何周年でどんな作品を書いているかといった背景ごと作品を読んでいると認めます。金原さんとは同世代だという背景も含めて読み取りたくなると話しています。
バタやんは、ファンダム商売はとても強力な一方で、仕事と感情、プライベートとビジネス、応援と自己犠牲の境界を曖昧にしていくと指摘します。出版業界のように縮小している分野では、その傾向がより強まるのではないかといいます。
バタやんは、漫画は別として、文芸の世界は評価の回路が少なく、大きくヒットするチャンスも減っていると話します。そうするとより閉鎖的で閉じた権力が生じやすいと考えられます。
献身や忠誠心、情熱といった、スキルとは違う尺度が試される場面が多く、そこが一線を越えると時に倫理さえ歪めてしまう。とはいえ、健全なエンタメなら熱狂が生まれるかというと難しく、そこが悩ましいとバタやんは話しています。
物語に没頭することは、我を忘れられるから楽になれる
最後にバタやんは、朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』から一節を紹介します。物語に没頭するのは、手っ取り早く我を忘れられるからだと、國見が解説する場面です。
我を忘れて何かに夢中になっている方が楽だからです。ずっと我に返ったまま生きるには、この世界は殺伐とし過ぎていますし、人間の寿命は長すぎますから。
バタやん自身も、帰ったらオーディション番組の続きを見ようと思うとアドレナリンが出る感じがしたといいます。候補生を応援する人たちのタイムラインを追っていると、あっという間に時間が溶けていったと振り返ります。
それでも時間を無駄にしたという感じはなく、そういうものがないよりあったほうが充実していいとも思う、とバタやんは話します。物語への没頭を、単純に否定はしていません。
番組の締めくくりに、バタやんはリスナーに問いかけます。皆さんは何に熱中したどんな一年だったでしょうか、と。番組で紹介した本の中に一冊でも心に残るものがあれば嬉しいと語り、感想の共有を呼びかけました。
まとめ
この回は、バタやんが選ぶ2025年ベストブック小説編トップ3を通して、加害と被害の境界の曖昧さと、作品が売れにくい時代に物語消費が強まる構造を読み解く内容でした。
- 第3位は朝井リョウさん『イン・ザ・メガチャーチ』。推し活とファンダム経済を描きつつ、中年男性の更年期小説としても読める群像小説。
- 第2位は村山由佳さん『PRIZE』。直木賞を渇望する作家と担当編集の相互依存を、サスペンス要素とともに描いた作品。
- 第1位は金原ひとみさん『YABUNONAKA』。悪者を断罪したい読者自身を9番目の登場人物として引きずり出す渾身の長編。
- 3作の共通点は、加害と被害の境界の曖昧さと、作品が売れにくい時代に人の背景ごと物語化して消費する構造の強まり。
- 物語への没頭は我を忘れられるから楽になれる一方、応援と自己犠牲の境界を曖昧にしていくという両面がある。





