「行きます」とすぐ言うのに、直前で断ってしまう
今夜のお便りは、リクエストではないものの、バタやんがとても共感したというペンネーム・イチョウさんからのものです。
イチョウさんは最近この番組を知り、気になるタイトルの回から遡って聴き、先週すべて聴き終わって追いついたそうです。
私は寂しがり屋の出無精で、ご飯会のお誘いがあると、のけ者にされるのが嫌で「行きます」とすぐ言うくせに、約束の日が近づくとすごく面倒くさくなって、体調不良や子供が熱を出してなどと言ってドタキャンしてしまう癖があります。
でも後で友達のインスタなどを見て、やっぱり行けばよかったなと思ったりする、面倒くさい性格です。
イチョウさんは、真夜中の読書会を「行っても行かなくてもいいプレッシャーのない集まり」のようで心地いいと感じ、無理をせず長く続けてほしいと綴っています。
「スタンバイ状態」になってしまう、という感覚
バタやんはこのお便りに強く共感し、少し話を逸らしながら自身の性格診断の話へ入ります。
私、MBTI診断でいうとINFJというタイプなんですね。内向的で、直感とか計画性が高め、共感の能力が高いのかな。
バタやんは、あるYouTubeチャンネルでINFJの弱点として「予定があるとスタンバイ状態になってしまう」と解説されていたのを見て、深く納得したといいます。
すっごいわかる、なるほど、そうだわって思って。
バタやんが言う「スタンバイ状態」とは、たとえば日曜の夕方にご飯の約束があると、その予定に向けて一日中気持ちが拘束されてしまう状態のことです。
(日曜夕方の予定に向けて)何を着ていこう、今食べるとお腹が空かないかな、髪をいつセットしようかな、今NETFLIXを見始めると中途半端な時間になっちゃうかしらとか、その日一日がスタンバイの時間と化してしまう。
さらにひどいときは、前日の土曜、金曜、その週中がスタンバイ状態になり、「今日この下着を着ると日曜に着れないな」といったことまで考えてしまうそうです。
ただ、バタやんは計画を変えるのも嫌な性格なので、ドタキャンはできないと話します。最近は、気が重い集まりは最初から早めに断ることも増えてきたといいます。
読書量が多いと、共感力が上がる?
バタやんは、マヨドクのリスナーには寂しがり屋の出無精が多いのではないか、という勝手な印象を持っているといいます。
そう思った理由として、最近ネットニュースで見たドイツの大学の研究を紹介します。
読書量が多いと他者を理解する能力が上がる。ノンフィクションをたくさん読んでいる人は、共感したり、他人の感情を認識したりする能力が高いというのが証明された、と発表されていて。
興味深いのは、映像だとそこまでの向上は見られないという点です。小説を読むという行為から鍛えられる能力なのかもしれない、とバタやんは考えます。
その記事には、小説を読むと一つの事象に対して多面的な視点を得られる、と書かれていたそうです。
一つの事件でも、この人から見るとこう、犯人だと思った人にもこういう背景がある、被害者側にもこういう一面がある、というように、多様な視点から捉え直すトレーニング効果があるという内容です。
多面的な視点や他者の感情を認識する能力が上がると研究で示された
そこまでの共感力の向上は見られない
共感力が高いことの「副作用」
多面的に想像できる能力は利点である一方、バタやんはそこに「副作用」もあるのではないかと指摘します。
いろんな人の立場や、口には出さない感情を、合っているかどうかは別として勝手に思い巡らせてしまう。それは、複数人の集まりでは疲れやすさにつながります。
仲の良さにグラデーションがある複数人の集まりとかって、すごい疲れちゃう。
バタやんは、イチョウさんも自分も、多くのリスナーも、この疲れやすさは多様な視点で内面を想像するトレーニングの副作用なのかもしれない、とまとめます。
年末に一気読みしたい一冊『家族』
ここからは、そんなイチョウさんに年末読んでみてほしい一冊として、バタやんが最近読んだ小説を紹介します。今夜の勝手に貸し出しカードは、葉真中顕さんの『家族』です。
『家族』は直木賞候補作に選ばれており、バタやんは年明けの発表前に読んでみてほしいと勧めます。
この小説は、尼崎の連続変死事件をモチーフにした社会派ミステリーです。
バタやんによれば、この事件は印象に残っていたものの、ノンフィクションは何冊か出ていた一方で、小説には意外にもなかったといいます。
(小説がなかったのは)多分すごい登場人物が多くて、家族もその疑似家族だったりして、関係がちょっと複雑すぎて小説にしづらかったのかなと思いました。
実際、この『家族』のレビューにも「登場人物が多くて覚えられない」というコメントが見られたそうです。
ただし最後のページに人物相関図があり、バタやんも行ったり来たりしながら読んだといいます。時間が空くと関係性がわからなくなりそうなので、年末の一気読みを勧めるのはそのためでもあります。
主犯を主役に据えないという構成
登場人物が多いにもかかわらず、この小説が散漫にならず引きつけて離さない理由を、バタやんは構成にあると見ています。
その主犯格の60代の女性をメインに置いてないところなのかなと思いましたね。
物語は、家族に取り込まれてしまったある一人の男性を軸にしています。
なぜその男性が疑似家族の一員として取り込まれ、結果として妻に暴行を加えるまでに至ってしまったのか。彼を中心に据えることで、脇道に逸れすぎずストーリーを追える作りになっている、とバタやんは説明します。
「わかりたくない」のに読み進めてしまう理由
一方でバタやんは、この作品を「本当に胸糞案件」「後味の悪い話」と率直に語ります。途中の暴力の描写もしんどいといいます。
共感力が高いと自負している人でさえ、なんでそんなことになっちゃうのか、なんでそんな気持ちになってしまうのか、意味がわかんない、わかりたくないっていう気持ちになっちゃう話でしたね。
作中では「私たち家族だから」「血がつながっている家族以上に家族だから」と、何度も家族が強調されます。
バタやんは、その強調こそが気持ち悪く、だからこそ理解したいという気持ちで読み進めてしまったといいます。「わかんないな、わかりたくないな」を行ったり来たりしながら読んだ、と振り返ります。
神フレーズと「同じ釜の飯」の気持ち悪さ
バタやんは、この小説から一つの神フレーズを紹介します。
この小説の一つの肝は、なぜ警察が介入できなかったのか、という点にあります。何度か助けを求める瞬間があるのに、警察がこの家族に踏み込めていないのです。
その理由として作中では、家族は聖域であり、警察も踏み込めなかった、という話が書かれています。
結束力の高い集団は、この家族のあり方を模倣して作られている。警察も、宗教も、町内会もそうではないか、というのがこの小説の視点です。
バタやんが印象的だったのは、一緒に食卓を囲む食事のシーンが何度も出てくることです。しかもその味付けが、やけに甘みが効いているといいます。
焼肉のような肉料理も揚げ物も、甘じょっぱく後を引く。バタやんは、その描写を「絶妙に気持ち悪いけど、うまい描写」と評します。
同じ釜の飯って言いますけど、別に好きでも何でもない、むしろちょっと嫌悪感があったりしても、同じ食卓を何度も囲んでいると、共犯感、共同体感が醸成されていくんですかね。
バタやんは、それは体育会系のような集団にも通じるのかもしれない、と話します。
そして、乗り気がしなくなった飲み会をドタキャンしたおかげでできた時間で、ぜひ読んでみてほしいと、イチョウさんへの紹介を締めくくりました。
まとめ
ドタキャン癖への共感から始まった第233夜は、予定に縛られる「スタンバイ状態」や読書と共感力の関係を経て、年末に一気読みしたい社会派ミステリー『家族』の紹介へとつながりました。
- 予定があると一日中「スタンバイ状態」になってしまう感覚に、バタやんは強く共感を示した
- 読書量が多いと他者への共感力が上がるという研究があり、映像より小説で顕著だという
- 多面的に想像できる力の副作用として、複数人の集まりで疲れやすくなる面もある
- 葉真中顕さんの『家族』は尼崎連続変死事件をモチーフにした直木賞候補の社会派ミステリー
- 登場人物が多いため、人物相関図を使いながら年末に一気読みするのがおすすめ



