講談社のサウンドロゴ、どこに置くのが正解?
第228夜となった今回の『真夜中の読書会〜おしゃべりな図書室〜』は、冒頭に講談社のサウンドロゴが入る形で始まりました。講談社が手がけるポッドキャスト番組が増えたこともあり、会社としてサウンドロゴを作ったそうです。
ただ、バタやんさんはこの番組にサウンドロゴを入れる位置に迷っていると話します。最後は「おやすみなさい」で終わりたいので頭に置きたい一方、番組で紹介する本は講談社以外のものがほとんどだからです。
なんか他のブランドの商品なのに、うちの包装紙でくるんじゃうみたいな乱暴さがあるかしらと思って。
バタやんさんは「考えすぎかな」と笑いつつ、置き所は今後考えたいとしています。そのうえで、今回紹介する『爆弾』は講談社の作品なので、堂々とサウンドロゴをつけたと説明しました。
映画『爆弾』はどんな物語なのか
今回取り上げるのは、10月末に公開されて大ヒットスタートとなった映画『爆弾』と、その原作である呉勝浩さんの小説『爆弾』です。SNSでの評判も高く、リスナーにも観た人がいるかもしれないと考えて、このタイミングで紹介することにしたといいます。
バタやんさん自身は、単行本で原作を読み、映画を観て、そのあと文庫で読み返したそうです。この回では、原作と映画の印象の違いや、どこにワクワクしたかを、核心に触れない範囲で語っています。まっさらな状態で映画を観たい人は、先に観てから聞いてほしいとも呼びかけていました。
『爆弾』の物語は、酒屋の前で酔って暴れた身元不明の中年男性・鈴木タゴサクが警察に連行されるところから始まります。鈴木は取調室で「10時に爆発がある」と言い出し、その言葉どおり都内で爆発が起こります。
鈴木は自分には霊感があると言い、爆発はあと3度起こると予言めいたことを口にします。ただのボンクラの嘘つきなのか、とてつもない知能犯なのか分からない得体の知れなさが、この物語の出発点です。
佐藤二朗さん演じる鈴木タゴサクの「おちょくり」が物語を引っ張る
鈴木タゴサク役は佐藤二朗さんが怪演しています。バタやんさんは、鈴木の存在が映画の見どころの一つであると同時に、原作でも物語を引っ張る最大の魅力だと話します。
鈴木に対しては、「バカなことを言いやがって」と見下したい気持ちが湧きます。けれど謎解きのような事情聴取を経て、予告どおりに爆発が起きていくため、刑事たちは「自分たちより上手かもしれない」と認めざるをえなくなっていきます。
刑事さんたちももちろんですし、読み手であり視聴者である私たちもおちょくられているみたいな悔しさが、こうストーリーを前へ前へと引っ張っていっている感じがします。
バタやんさんによれば、『爆弾』のストーリーは半分以上が取調室での会話劇です。鈴木と対峙する刑事は4人いて、順番に鈴木と対決していく構成になっています。
| 役名 | 演じる俳優 | バタやんさんの見立て |
|---|---|---|
| 等々力 | 染谷将太さん | 後半の神フレーズに登場 |
| 伊勢 | 寛一郎さん | 4人のマッチアップの一人 |
| 清宮 | 渡部篤郎さん | 鈴木との対決が最初の大きなクライマックス |
| 類家 | 山田裕貴さん | 映画のプロモーションで最もフォーカスされている |
映画のパンフレットやプロモーションでは、山田裕貴さんが演じる類家類家(書き起こしでは「瑠衣計」)にフォーカスが当たっています。それでもバタやんさんは、原作を読んだ印象として、最初の大きなクライマックスは渡部篤郎さんが演じる清宮と鈴木の対決にあると感じたそうです。何が起こるかは伏せられています。
取調室の「静」と捜査パートの「動」
『爆弾』では、取調室での言葉と身振り手振りによる挑発や謎解きで話が進む一方、外で捜査が進むパートも並行して描かれます。捜査パートを担うのは、伊藤沙莉さん演じる倖田沙良巡査と、坂東龍汰さん演じる矢吹巡査のバディです。
鈴木と4人の刑事が密室でやり合う会話劇。言葉と身振りによる挑発と謎解きで進む
倖田巡査と矢吹巡査のバディが外で捜査する。コミカルな掛け合いもある
バタやんさんは、捜査パートを「静と動」でいえば動の部分だと位置づけます。二人のコミカルな掛け合いが、重苦しい取調室のやり合いにリズムをつけている大事なシーンだと話しています。
また、映画版ではこの動のパートが原作より分量多めに描かれていたように感じたそうです。ここはバタやんさん自身も「どうでしょうか」と、断定はしていません。
フーダニットよりホワイダニット、映画で変わった鈴木の見え方
『爆弾』のミステリー要素には、誰が爆弾を仕掛けたのか、鈴木が本当にやったのかというフーダニット ── 「Who done it(誰がやったか)」に由来するミステリー用語。犯人探しを主な興味とする作品の型を指しますの面もあります。それでもバタやんさんは、この作品は「なぜ爆弾を仕掛けたのか」というホワイダニット ── 「Why done it(なぜやったか)」に由来するミステリー用語。犯人の動機や理由の解明に重きを置く作品の型を指しますに重きがあると見ています。
この「なぜ」への向き合い方が、原作と映画でのバタやんさんの印象の違いにつながっていました。原作を初めて読んだときの鈴木は、もっと憎たらしい怪物という印象だったそうです。
原作を読んだとき:憎たらしい怪物
映画を観たあと:背景に色がつき、どこかチャーミング。「この人なりの理由があった」と思いたくなる
ちょっと可愛げというと言い過ぎなんだけど、なんかこの人(鈴木)にはこの人の理由があったと思いたい。
映画では鈴木の背景が描かれることに加え、佐藤二朗さんの演技もあって、観客の気持ちの重心が「なぜ」を見つけたい方へ移りやすくなっているとバタやんさんは話しています。
類家と倖田巡査、映画で魅力が増した登場人物たち
もう一人の主人公といえる類家について、バタやんさんの原作のイメージは、言葉遣いが乱暴で野暮ったい見た目のダークヒーローでした。サイズの合わない背広にダサいスニーカー、という姿を思い描いていたそうです。
山田裕貴さんはモジャモジャ頭とメガネを再現していたものの、バタやんさんには、メガネもスニーカーも似合ってしまうかっこよさが拭えなかったといいます。徹夜の取り調べの場面でも「家に帰ったら西野七瀬さんが奥さんなんだよな」と雑念がよぎったと笑っていました。
瑠衣(類家)がこんなに魅力的な人になると思わなかったという意味で素晴らしかったです。
原作は緻密に作られた完成度の高い作品で、バタやんさんは映画がセリフまでほぼ一字一句再現していたことに感動したそうです。読み返したときには、脳内で登場人物の声が演者の声で再生されるようになったといいます。
特に伊藤沙莉さんが演じた倖田巡査は、原作を読んだときのイメージとは違ったものの、キャラクターの立体感が増したと話します。そのおかげで、2回目の読書は非常に面白かったそうです。
一方で映画版は、グロテスクなシーンもはっきり描かれ、爆発シーンも一人ひとりがしっかり映されているため、音にビクッとすることもあるといいます。大きい音が苦手な人にはあまり勧めないとしつつ、ぜひ大きな劇場で観てほしいと話していました。
「気持ちは分からなくもない」と、押すかどうかの差
番組の締めくくりに、バタやんさんは原作『爆弾』から「神フレーズ」を紹介しました。染谷将太さんが演じる等々力刑事についての一節です。
作中では、等々力が少し納得のいかない思いから、よりによって週刊誌の記者に「気持ちは分からなくもない」と一言コメントしてしまいます。その一言が尾を引き、全人格を否定されて署内で孤立することになるとは、当時は想像もしていなかったと書かれています。
バタやんさんは、ホワイダニットに重きを置くこの物語では、作中のどの「なぜそうしたのか」に対しても「気持ちは分からなくもない」がついて回ると読み解きます。
頭に来たら、こういう状況に追い込まれたらこうしちゃうかもしれないっていうことと、本当にそうしてしまうっていうには大きな溝、大きな差があって、
バタやんさんは、気持ちは分からなくはないけれど、押すかどうかは全然違うという読み方をしたと話します。そのうえでリスナーに、作中の誰に対して「分からんではない」と思ったかを問いかけていました。
『爆弾』には続きがあるようで、バタやんさんはそれもまたどこかで紹介したいとしています。
まとめ
今回のエピソードは、映画『爆弾』と呉勝浩さんの原作を行き来しながら、取調室の会話劇と捜査パートの対比、そして「なぜやったのか」を追うホワイダニットの魅力を語る回でした。最後に紹介された「気持ちは分からなくもない」という一言が、作品の読み方を一段深くしています。
- 『爆弾』は物語の半分以上が取調室の会話劇で、鈴木タゴサクに「おちょくられる」悔しさが物語を前へ引っ張る
- バタやんさんは、この作品の重心は犯人探しよりも「なぜやったのか」にあると見ている
- 映画では鈴木の背景や佐藤二朗さんの演技により、原作の「怪物」像にチャーミングさが加わった
- 類家や倖田巡査は映画で魅力や立体感が増し、原作を読み返す楽しみも広がった
- 「気持ちは分からなくもない」ことと、実際にボタンを押すことの間には大きな溝がある




