娘の交際相手が女性と聞いて動揺する、というお便り
今夜のお便りは、ペンネームMさんから届いたものです。読書の楽しみを思い出させてくれたと感謝を伝えつつ、Mさんは26歳の娘について打ち明けています。
娘は今は社会人として自立した大人ですが、高校生から23歳頃までは不安定だったといいます。Mさんはその間、悩みながらもどんな時も味方でいてきました。
親としてどんな時も味方でいることを試されているかのように、本当にいろんなことがありました。
ところが今、娘の交際相手が女性だと聞いて、Mさんは動揺しているといいます。反対するつもりは全くないけれど、理解はできない、という正直な戸惑いです。
頭ではいろんな形の好きがあると理解しているつもりだったのに、反対するつもりは全くありませんが、理解はできないという感じです。
Mさんは、実際にお相手に会えばまた違う感情になるのかもしれないと書き添え、こんな私におすすめの本はありますか、と尋ねています。
カミングアウトを扱う本を探して、たどり着いた一冊
バタやんは、このお便りにぜひ本を紹介したいと考え続けていたと話します。最初は、カミングアウトをされた家族を扱った文学作品を探していました。
候補として挙げたのは、阿部暁子さんの『かふね』やキム・ヘジンさんの『娘について』でした。実際に読み返してみたものの、どう紹介しても説教じみたメッセージになってしまうと感じ、違うと思ったといいます。
そこで全く違う角度から選ばれたのが、最近映画を見て「あ、これだ」と思った一冊でした。今夜の勝手に貸出カードは、金原ひとみさんの『ミーツ・ザ・ワールド』です。
腐女子とキャバ嬢、価値観が違う二人が出会う物語
『ミーツ・ザ・ワールド』の主人公は、都内の銀行に一般職で勤める27歳の由香里です。彼女はBLアニメ漫画に心酔する腐女子で、稼いだお金のほとんどを推し活につぎ込んでいます。
ある日、乗り気でなく行った合コンで腐女子であることをバラされ、泥酔して歌舞伎町でうずくまっているところを、キャバ嬢のライという美しい女性に助けられます。由香里は生きる世界も考え方も違うライに惹かれ、その部屋に転がり込んで暮らし始めます。
ライは決して不幸を身にまとったタイプではないものの、この世界から消えなきゃいけない、死にたいという願望を抱えた女性です。既視燃料 ── 作中でライが抱える、消えたい・死にたいという願望を指す言葉として語られています。
由香里は、そんなライを救いたい、変えたいと思って一緒に暮らし始めます。二人がどうなっていくのかは、読んでのお楽しみとされています。
『蛇にピアス』の作者が見せた、作風の転換点
この本は現在は文庫になっていますが、初版は2022年に出ており、元々は雑誌『シュプール』で連載されていました。バタやんは連載当時から楽しみに読み、金原さんの作風が変わったのかなと感じていたといいます。
腐女子を主人公にすることも意外で、オタク独特の早口な脳内セリフが畳み掛けるように長く、その必死さにクスッと笑ってしまうシーンも多かったと振り返ります。
由香里が推すBL漫画は『ミート・イズ・マイン』という、焼肉を擬人化した作品です。焼肉の部位の名前がキャラクター名になっているという、ややコミカルな設定でした。
ヘビーにピアスの金原ひとみさんといえばヘビーにピアスの印象が強かったから、こう(既視燃料を持つ)ライさんを主人公にしそうなところをあえて逆にしてるのは、シュプールの連載だからかなと思ったりした。
文庫の解説にも、同じような指摘があったといいます。以前の金原さんならきっとライを主人公に一人称で書いていただろう、という見方です。
共感しやすい由香里の一人称にすることで、物語は明るい広がりを見せ、金原さんの作品の転換期になっているのではないか、と解説されていました。バタやんも、そうだったのかと納得したと話します。
映画で改めて気づいた、この物語の普遍的なこと
バタやんが改めてこの作品に感動したのは、杉咲花さん主演の映画を劇場で見たことがきっかけでした。「こういうお話だったんだ」と感動し、文庫を買って読み直したといいます。
腐女子とキャバ嬢、焼肉を擬人化したBL漫画、歌舞伎町という舞台は、雑誌連載ゆえのキャッチーさだと受け止めています。その上で、書かれている普遍的なことは別にあると語ります。
生きてきた世界が圧倒的に違う人と関わり、支え、仲間になることで、由香里とその周りの人たちが着ていた鎧がほどけていく。価値観が違う人と関わることで、開いていく物語だと受け止めたといいます。
はっきりした起承転結や結末があるタイプではないため、よく映画化しようとなったなと思ったとも話します。それでも杉咲花さんの早口オタク感がリアルで愛おしいので、公開されているうちに映画を先に見てほしいと勧めています。
母と対峙するクライマックス、その紅茶のシーン
バタやんがこの本をMさんに手渡そうと思った理由は、映画でも小説でも、由香里が母と対峙するシーンがクライマックスだと感じたからでした。
ライの家に転がり込んだ由香里のもとには、何度も母から電話がかかってきます。面倒に思って出ないでいたある日、母がいないだろう時間を見計らって実家にオタクグッズを取りに帰ると、たまたま母と会ってしまいます。
ここでどちらの気持ちに揺さぶられるかは人によるかもしれない、とバタやんは言います。由香里の一人称で進む物語ですが、この場面では母の気持ちがわかって切ない、と感じる人も多いかもしれないと話します。
作中で母は、こう畳みかけます。心配した、二十七年間実家暮らしの子が何の相談もなくルームシェアなんて、と。連絡もせず自分がヨガに行っている間に荷物を取りに来た娘に、嫌なところがあったんじゃないかと考えて鬱にもなった、と訴えます。
(母が)嫌なところは星の数ほどあったと思いながら出された紅茶を飲むユカリというシーンなんですね。
健康で幸せであってほしいと願う母と、わかりたいと言われるほど苦しくなる由香里。距離を詰められれば詰められるほど距離ができてしまう、苦しいシーンだと語られます。
「女の子なのよね」という母のセリフが映すもの
この対峙のシーンで、母はこんなセリフを口にします。「女の子なのよね。男の人じゃないわよね」「男の人でも構わないけど、それなら同棲する前に一言あるべきよね」と問い詰めるのです。
バタやんは、このセリフに引っかかったといいます。女だったらいい、ということなのか。由香里とライが恋愛関係として一緒に住んでいる可能性を、母は全く想像していないのだ、と感じたと話します。
(由香里)がそう思ったという描写はなくて、私が、読んでる私がそう思ったっていう、このお母さんのセリフを読んで。
作中で由香里とライの関係は、恋愛として描かれてはいません。それでも由香里はライを綺麗だと何度も思い、一緒にいたいと強く願っています。
(由香里は)ライさんのことを考えると胸がぐわっと熱くなりますが、それはライさんがいないからじゃなくて、そこにいるからなんです。
それはもう愛や恋なのではないか、とバタやんは思いつつ、そうとは描かれていないところもいいと語ります。由香里自身も、ライへの思い入れが何なのかわからないまま物語が進んでいくからです。
一方通行の願い、それでも相互作用は起きている
由香里は、死にたいと願うライをわかりたい、変えたい、幸せを願いたいと思っています。一方で由香里の母は、由香里に対して同じように、わかりたい、変えたい、幸せを願いたいと思っています。
けれど、そこは一方通行なのだとバタやんは指摘します。幸せを願ってはいけないのか、わかりたいと思ってはいけないのか。その気持ちを一方通行のまま描くところに、この小説の凄さと残酷さがあると語ります。
その上で、Mさんへの寄り添いや答えにはならないかもしれないと前置きしつつ、この小説の受け止め方を話します。人が人を変えることはできないことを描いているようでいて、でも相互作用はしていて、助けることはできる、と。
由香里からライへの片思いは一方通行に見えて、ライも由香里と出会って楽しそうだった。今までになかった幸せを感じた瞬間があったのではないか。「あったと思うよ」と言ってあげたくなる小説だと語ります。
Mさんと娘さんの関係性は手紙だけではわからないとしつつ、バタやんは希望を見出します。長く味方でいられたMさんのおかげで、交際相手が女性だと知られてもいいと思えるくらいには、娘さんは開いているのではないか、というのです。
由香里 → ライ
死にたいライをわかりたい、変えたい、幸せを願いたい
母 → 由香里
由香里をわかりたい、変えたい、幸せを願いたい
どちらも一方通行
でも関わり合いの中で相互作用が起き、両者とも開いていく
変えられるのは45度まで、というラストの神フレーズ
最後にバタやんは、この小説の神フレーズを紹介して締めくくります。人によって変えられるのは45度まで、90度・180度ねじれたら人は折れる、というものです。
バタやんは、これを娘さんを変えようとしちゃダメだと言いたくて紹介したのではない、と念を押します。むしろ、Mさん自身に向けた言葉として差し出しています。
わかってあげなきゃ、受け入れなきゃ、関係を良くしなきゃと、Mさんの方が変わろうとしなくてもいいのではないか。90度変えたら折れてしまうから、というのがその理由です。
開脚でいうと45度ってだいぶ狭いですけれども、そのくらいの範囲で開いて受け入れられることがあれば受け入れるところまででいいんじゃないでしょうか。
無理に全てを受け入れようとしなくていい。開いて受け入れられる範囲で受け入れる、そこまでで十分ではないか、というのがMさんへの答えでした。
まとめ
娘の交際相手が女性だと聞いて動揺する母への相談に、バタやんは金原ひとみさんの『ミーツ・ザ・ワールド』を手渡しました。人が人を変えることはできない、でも関わり合いの中で助けることはできる、という受け止めが軸になっています。
- 相談は、娘の交際相手が女性だと聞いて理解できず動揺している、というお便り
- 紹介本は金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』。価値観の違う腐女子とキャバ嬢が関わり、互いに開いていく物語
- 作中では、わかりたい・変えたい・幸せを願いたいという気持ちが一方通行のまま描かれる
- バタやんの読みは「人は変えられないが、相互作用で助けることはできる」というもの
- 神フレーズは「変えられるのは45度まで」。Mさん自身も無理に全部を受け入れようとしなくていい、という答え




