現実と非現実、という新しい軸
遊びの分類について、最近ひとつの軸を思いついた。
今を遊ぶのか、現実じゃない世界、空想の世界を遊ぶのか。現実を遊ぶか、非現実を遊ぶかという軸だ。
これまで僕は、遊びを日常か非日常かでしか区別してこなかった気がする。
でも、この現実と非現実という軸は、それとは違う切り口なんじゃないかと思っている。
ディズニーランドは、じつは「現実」だ
たとえば非現実的な世界に行きたい、という言い方をよくする。
ディズニーランドに行こう、海外旅行に行こう、ギリシャの真っ白な家の海辺の景色みたいな、あの非現実へ。
でも、これってよく考えたら全然現実なんだよね。
だってあなたが物理的にその国に行って、生身の自分がお金を払ってやっていることだから。
ディズニーランドに行くのは、現実を遊ぶことだ。生身の僕が実際にそこへ行っているのだから。
一方で、ディズニーの映画を見るのは非現実を遊ぶことになる。同じディズニーでも、まるで違う。
ゲームやインターネットが「非現実」を広げた
『スプラトゥーン』や『フォートナイト』をやる。これは非現実だと思う。
自分の生身の体でやっているわけでもなく、アバターという自分とは違う人間が動くのを、俯瞰で見てコントロールしている。
これはまさに非現実を遊んでいる。
ゲームやインターネットができたことで、この非現実という世界がかなり拡張したんじゃないだろうか。
昔は非現実を遊ぶ手段が、本や文学、映画くらいの文化的な活動しかなかった。
それが今は、SNS、YouTube、アニメ、ゲーム。僕らは非現実を遊びやすくなった。
同じ読書でも、現実と非現実が分かれる
入院中、暇だから本を読んでいた。小説を読んでいると、時を忘れる。
一昨日、東野圭吾さんの遺作になった最後の本を読んだ。とても面白かった。
読んでいる間、僕は本の世界に没入する。ガリレオの湯川教授、柴咲コウが演じた内海薫。架空の人物、架空の物語、架空の事件。
その世界に没入して、読んでいる数時間ずっとそのことを考えている。これは非現実の時間を生きているから、やっぱり非現実を遊んでいるんだと思う。
ところが、遊び関係の本や仕事関係の本、スポーツ政策の本を読んでいると、話が変わってくる。
「今度の授業で使えそうだな」「今度の講演で話そうかな」と、自分の日常と紐付いてしまう。
だから同じ読書という体験でも、小説や文学は非現実を遊んでいて、参考書やビジネス書は現実寄りになる。
もっとも、遊び関係の本を読むときは興奮しながら読んでいたりもする。新しいことを知れて楽しい、知的好奇心を満たして楽しい、という感覚だ。
これはこれで遊びのニュアンスが強い気もする。同じ読書のなかにも、現実と非現実のジャンルの違いがあるのかもしれない。
この着想は、以前も紹介した『北田明子先生の論文』から得たものだ。
大学生の遊びを調査した研究で、今の大学生は非現実を遊ぶことがすごく多い、逆に自分の体で自分のリアルを遊ぶ体験が少なくなっている、という話がちらっとあった気がする。
現実を遊ぶハードルが、上がっているのかもしれない
ここで気をつけたいのは、非現実と非日常はニュアンスが違う、ということだ。
僕がラフティングや川下りをするのは、僕の日常ではない。だから非日常だ。
でも生身の自分が実際にやっているから、これは現実ではある。
つまり非日常なんだけど、非現実ではない。言葉の意味をごっちゃにすると、ここでつまずく。
釣りをする、日曜大工で椅子を作る、サーフィンやテニスをする、散歩する。こういうのは生身の自分がやっているから、現実を遊んでいる。
そう考えると、僕らは非現実を遊ぶことに慣れてしまっている。
そのせいで現実の遊び方がわからない、現実を遊ぶハードルがすごく高くなっている。そういうことがあるのかもしれない。
くれぐれも言っておくと、現実的な遊びがよくて非現実的な遊びが悪い、と言いたいわけじゃない。どっちもあっていいと思う。
いいか悪いかは、また別の研究をしてみないとわからない。ここはこれからもっと精査していきたいところだ。
皆さんもぜひ、自分の遊びや行動を振り返ってみてほしい。「俺、結構現実を遊ぶタイプだな」とか「非現実を遊ぶタイプだな」とか、思いを馳せてみても面白いんじゃないだろうか。
ということで、今日も一日楽しく遊んでいきましょう。さらば。
まとめ
遊びには「現実を遊ぶ」と「非現実を遊ぶ」という軸があると思う。ゲームやインターネットで非現実は遊びやすくなった一方、現実を遊ぶハードルは上がっているのかもしれない。
- 現実か非現実かは、日常か非日常かとは別の軸で考えられる
- ディズニーランドに行くのは現実、ディズニーの映画を見るのは非現実
- 同じ読書でも、小説は非現実、参考書やビジネス書は現実寄りになる
- どちらがいい悪いではなく、自分の遊びがどちらのタイプか振り返ってみたい






