日本の博士は100万人あたり何人?
この回は、レンさんの「日本で100万人あたり博士号を持っている人は何人ぐらいいると思いますか」という問いから始まります。エマさんは大学進学率から逆算し、2万人くらいと予想しました。
レンさんが示した正解は、日本は100万人あたり約123人です。エマさんは「1万人に1人ぐらい?」と驚き、レンさんもおおよそその割合だと応じています。
あ、123人しかいないの?
続いてレンさんは他国の数字を挙げます。エマさんはイギリスのほうが少なそうだと予想しましたが、実際には日本の約3倍でした。
| 国 | 人数 | 日本との比較 |
|---|---|---|
| イギリス | 355人 | 約3倍 |
| 韓国 | 342人 | 約2.8倍 |
| ドイツ | 314人 | 約2.6倍 |
| アメリカ | 286人 | 約2.3倍 |
| 日本 | 123人 | ― |
レンさんによれば、日本はこうした主要国の中でほぼ最下位です。博士を増やすべきだという話は最近ニュースでもよく取り上げられ、エマさんも「博士卒なのに給料が低いので博士が減る」という問題は聞いたことがあると話します。
ただレンさんは、博士が少ないというニュースだけを見ても何の解決にもならないと考えています。博士課程とは何で、どんな歴史を経て今の状態にあるのかという解像度が上がらなければ、危機感も持てないからです。
僕(は)結構博士課程むちゃくちゃ楽しかった派なんで。
暗い話だけにしたくないというのもレンさんのねらいです。博士課程のプラスの面も語ることで、制度の位置づけや「なぜ博士が増えたほうがいいのか」を考える材料にしたいと話しています。
学士・修士・博士は何が違うのか
レンさんが「そもそも博士課程とは何か」と尋ねると、エマさんは「博士号を得るための課程」と即答し、レンさんに「本当に分解しただけだ」と笑われます。そこで二人は、知らない人にも伝わるように学位の段階を整理していきます。
4年制大学で取るのが学士、その後の大学院で2年かけて取るのが修士、さらに3年かけて取るのが博士です。レンさんによれば、正式には修士課程は「博士前期課程」、その後の3年間が「博士後期課程」と呼ばれます。
あー、じゃあ私、博士前期課程までは終わってたんだ。
段階ごとの中身について、レンさんは次のように説明しています。
レンさんは、教育は全体として「教わる側から教える側へ」ステップアップしていく仕組みだとも話します。学校の先生もはじめは教わる側だったのと同じで、博士課程もその延長にあるという見方です。
さらにレンさんは、日本には課程博士 ── 大学院の博士課程に在籍し、研究を進めて博士論文の審査に合格することで授与される博士号。海外では一般的な形ですと論文博士という2種類があると紹介します。論文博士は大学院に在籍せず、論文を提出して博士と同等の研究能力を認められるもので、社会人が働きながら取ることもできます。
レンさんによれば論文博士は日本独特の制度で、海外では課程博士が一般的です。アメリカでは大学院が5年ほどで、修士と博士の区切りがあまりなく、修了すると博士になるパターンも多いといいます。
博士課程は「研究者の修行」
レンさんは、博士課程にいる人は平たく言えば研究者の修行をしているのだと説明します。博士を取ると、自分で問いを立てて研究を進められる人と見なされるからです。
では研究とは何か。レンさんは「新しいロボットを作る」というたとえで、どの分野にも共通する研究の流れを語ります。
エマさんは「漫画の世界みたい」と笑いつつ、分野のことを知らなければそもそも研究できないと納得します。昔の人がやったことをもう一度やっても新しくないからです。
研究者を名乗るのに博士号が必要かという問いに対しては、レンさんは名乗るのは自由だとしたうえで、プロとしては博士号がひとつの基準になると答えます。修士卒で研究職として活躍する人ももちろんいて、境界は曖昧だとも付け加えています。
エマさんは、海外ではドクターかどうかで尊敬のされ方や就職のしやすさが違うと感じたと話します。日本は大学名が重視されがちだという見方です。レンさんは、社会が博士課程の中身をどれだけ理解しているかの差ではないかと応じます。
レンさんはもう一つ、博士へのステレオタイプも指摘します。「一つのことをひたすらマニアックにやっている、社会性の低い人」というイメージです。
すごい自分の専門領域は狭いかもしれないけど、そのために勉強してることは結構広いよみたいな。
レンさんは、問いを立てて答えを検証するという能力は、あらゆる仕事で使えると考えています。仕事の中で手際の悪いポイントを見つけ、効率化の方法を考えて答えを出すのは、研究のプロセスとほぼ同じだという見方です。
エマさんも、企業が修士や博士を採用するのは論理的思考力や課題解決力への期待があるからだと話します。レンさんは、その価値を企業がどれだけ理解しているかは国によって違い、日本はその理解もまだ高くないと示唆しています。
研究者は一部の天才だけでいいのか?
「研究は一部の天才がやればよく、博士は増えなくてもいいのでは」という意見もあります。レンさんは、それが本当にそうなのかを問い直します。
医師や弁護士、技術者のように、すぐ役立つスキルを持つ人はたくさんいます。けれどレンさんによれば、まだ世界の誰も知らないことに取り組み、人間の知識の一歩外へ踏み出す役割の人は意外と少ないといいます。
確かに。でもそういう人たちいなかったら社会発展しないもんね。
レンさんは、答えのない問題を考えることも研究者でなければ難しいと話します。例として挙げたのは地球温暖化への対策、ウイルスのパンデミック、そしてAIの使い方をめぐるセキュリティの議論です。
生活に役立つことだけをしている人が集まっても、教科書に載っていない問題には対処しにくいというのがレンさんの見方です。人間の知識の最先端を耕す役割の人は一定数必要であり、その数値化は難しいとしつつも、日本ではその数がとても少ないと話しています。
2040年までに博士を3倍にする国の目標
レンさんによれば、国も博士を増やす必要性は理解していて、2040年までに今の3倍にするという目標を掲げています。3倍という数字は、他の国がすでに日本の3倍ほどいることから来ています。
世界水準に今から追いつくぞって言ってるレベルって感じ。
最近は少し上向きになったものの、子どもの数そのものが減っているため、実数ではあまり増えていないかもしれません。目標は数ではなく割合の3倍だとレンさんは補足しています。
さらにレンさんは、企業が博士の価値を理解しなければ、博士が増えても受け皿がない状態になると指摘します。エマさんも、修士卒と博士卒で就職時の給料が同じなら「修士で行ったほうがいい」となってしまうと話しています。
900年前のパリ大学から始まった博士号
ここから話は歴史に移ります。レンさんによれば、研究者を養成する制度のルーツは900年前、1150年頃のパリ大学で最初の博士号が出たとされることにさかのぼります。
ただし当時の博士は今とは別物で、論文を出さなくても経験があり高度な試験に受かればなれるなど、統一された基準はありませんでした。
転機は1800年代のドイツです。ベルリン大学 ── 1810年に創設されたドイツの大学。研究と教育の統合を理念に掲げ、近代的な研究大学のモデルとされていますで、研究を通じて教育する、つまり研究と教育を一体にする大学が生まれました。
レンさんによれば、それまでの博士は「知識を覚えた人」という位置づけでした。ここから博士は「新しい知識を生む人」、研究で世の中にないことを見つけた人が取れる資格に変わったといいます。
よくよく考えるとさ、別に研究は(教育と)セットじゃなくてもいいわけよ。
その後、1876年にはアメリカでジョンズ・ホプキンス大学 ── アメリカ・メリーランド州の私立大学。ドイツ型の研究大学をモデルに創設され、アメリカの大学院教育の先駆けとされていますがアメリカ式大学院モデルの先駆けとなり、1917年頃にはイギリスのオックスフォードでも研究による博士が導入されました。
エマさんは、どこかの国際機関が一斉に採択したのだろうと想像しましたが、レンさんは否定します。各国が「あそこがやっているからうちもやってみるか」と、ドイツを起点にじわじわ取り入れていったのだといいます。
日本の大学院の始まりと「ドクター」の語源
日本もこの研究大学の仕組みをドイツから輸入しています。レンさんによれば、1880年に東京大学に学士研究科ができ、これが日本の大学院の起源です。アメリカの先駆けからわずか4年後で、当時の日本はかなり早かったといいます。
その6年後には帝国大学令 ── 1886年に公布された勅令。帝国大学を国家に必要な学術の教授と研究の場と定め、分科大学と大学院で構成するとしましたが出され、帝国大学は分科大学と大学院で構成すると決まりました。分科大学とは今でいう学部のことです。
これに合わせて博士号の授与も始まり、最初は法学・医学・工学・文学・理学の5種類だけでした。1918年には帝国大学以外にも大学院の設置が認められ、日本中に大学院が増えていきます。
「博士」という言葉は、古代の大学寮の教官の役職名が由来だそうです。明治に西洋から「ドクター」という言葉が入ってきたとき、教える人、学識のある人という意味合いでこの字を当てたとレンさんは説明します。
エマさんが英語のドクターに医師と博士の両方の意味がある理由を尋ねると、レンさんは、ドクターはラテン語の「教える」が語源だと答えます。もともとのドクターは、知を愛する人で教える資格がある人という意味のDoctor of Philosophy ── 博士号を指す英語表現で、略称はPhD。ここでのPhilosophyは哲学に限らず、学問全般を指しますでした。
レンさんによれば、医学の博士号を持つ人は一般の人と関わる機会が多いため、医師全般をドクターと呼ぶ習慣が広まったといいます。日本では博士と医者が別の言葉に分かれたので区別できていますが、直訳していたら医者も「博士」と呼ばれていたかもしれないと話しています。
ポスドク1万人計画は何を生んだのか
順調に始まった日本の博士制度が、なぜ今は少ないのか。レンさんは歴史的な経緯を説明します。1900年代半ばから大学院が増え、1991年頃には国が「知識社会だから博士を増やせ」と舵を切りました。
続く1996年にはポストドクター等1万人支援計画 ── 博士号取得後に任期付きで研究に従事するポストドクターを、1万人規模に増やすことを目指した国の計画が実施され、実際に博士は大きく増え、計画も達成されました。当時の博士は100万人あたり80〜90人程度だったといいます。
ところが、ここが大きな転換点になります。レンさんに「何が起きたと思うか」と聞かれたエマさんは、就職先が足りなかったのではと答え、正解でした。
知識社会への転換
1991年頃、国が博士を増やす方針へ
1万人計画
1996年からポスドクを増やし、計画は達成
受け皿不足
働き先を作る前に博士だけが増えた
ポスドク問題
高学歴ワーキングプアと呼ばれる状況に
進学者の減少
2003年の100万人あたり143人をピークに減少
レンさんは、知識社会を見据えた方向性自体はよかったのだろうと考えています。ただ基盤が整う前に無理に進めてしまい、その影響が今も出ているという見方です。
セットで考えてほしいよね。
他国は博士を増やし続けたため、日本とのギャップは開くばかりでした。2003年の143人から今の123人へと、日本は大きくは変わらないもののじわじわ減っていて、この時期を分岐点と見る人は多いとレンさんは話します。
日本企業の「博士アレルギー」とは?
エマさんは、就職先の問題は早くからわかっていたはずなのに改善されなかったのかと疑問を投げかけます。レンさんは、政策の問題でもあると認めたうえで、そもそも就職先が増えないのはなぜかという視点を示します。
日本企業ってね、結構博士アレルギーみたいなとこあるんよ。
レンさんが挙げる大きな要因は、新卒一括採用と終身雇用で社内育成するという日本企業のスタイルが、博士と合わないことです。若手をまっさらな状態で採用して自社に合うよう育てたい企業にとって、博士は「もう染まっている」と見られることがあるといいます。
レンさんはこれに対し、3年追加で研究していた人が本当に染まっているのかは微妙だと疑問を呈します。ほかにも「専門が狭い」「頭が硬い」という誤解や、年功序列の先輩後輩文化を乱す存在に見えてしまうことが理由として言われているそうです。
くだらな。え、そんな理由で?
エマさんは、よくわからない理由で博士の就職先が減り、結果として国力が落ちるのはもったいないと話しています。
博士がいる企業はイノベーションを生むのか
レンさんは、博士を採用しないことが企業にもたらす影響について、日本銀行の試算を紹介します。アメリカでは研究開発投資が多い企業ほど生産性が伸びる一方、日本では同じように研究開発費をかけても生産性が伸びない傾向があるといいます。
さらに、博士がいる大企業は博士がいない企業の2倍の割合で製品イノベーションを生んでいるという研究もあるそうです。レンさんは、日本で研究開発費が生産性につながらないのは、企業が博士を採用していないからではないかと示唆します。
いろいろな見方や分析データがあるとしつつも、レンさんは理論的に考えればそうなるはずだと話します。エマさんも、答えのない問いに答えを見つけ出せる人でなければイノベーションは起こせないと同意しています。
企業の誤解はまだ根強いようです。レンさんが紹介した経団連の調査では、従業員1000人以上の約120社のうち、次のような結果が出ています。
エマさんは、国力に関わる問題なのだから政府が企業にきちんと伝えるべきだと話し、レンさんも本当はそうだと応じます。まず博士への誤解を解くことが先で、博士を増やすのはその後についてくるというのがレンさんの考えです。
そのためレンさんは、ニュースで報じられている「博士3倍」の目標を、今の意識のままで進めれば歴史を繰り返すのではないかと見ています。
博士を増やすために国は何をしているのか
一方でレンさんは、国も受け皿づくりをセットで始めていると紹介します。博士進学後の支援として給付を増やすほか、企業が博士の新規採用で増えた人件費の一部を税額控除する仕組みが2024年から始まりました。
進学者を増やす取り組みとしては、次世代研究者挑戦的研究プログラム ── 博士後期課程の学生に生活費と研究費を大学経由で支援する国の事業。略称はSPRINGがあり、2万人ほどが支援を受けているそうです。日本学術振興会の補助も月20万円から26万円に引き上げられました。
レンさんによれば、2023年度には博士進学者が前年比4.4%増とプラスに転じています。博士の給料もようやく少し上がってきたものの、海外に比べるとまだ安く、目標の3倍にはまだまだだと話しています。
「博士=大学に残る」は本当か?
支援を受けた学生の中には、大学以外への就職を希望する人も多いといいます。レンさんは、博士は大学に残る人という固定観念が崩れつつあると見ています。
大学のポストは限られているため、博士課程を「大学の先生になる道」とだけ考えると狭い道に見えてしまいます。博士を取って企業に就職したレンさん自身がその反例です。
やっぱ学生もね、未来のこと考えるからさ。
レンさんは、出口をきちんと作ることが大事だとまとめます。博士を増やすだけではだめだということは、一度歴史が証明しているからです。
そのうえで、聞いている企業の人に向けて、博士の固定観念を捨ててほしいと語ります。狭い専門家ではなく、問いを立てて答えを生み出していくプロの人材として再定義するべきだという提案です。
レンさんは、この話題はみんな悲観的になりがちだが、まだ良くなる余地は十分にあると感じています。会社で活躍する博士がロールモデルとして見えるようになれば、状況は変わるかもしれないという期待です。
職場で感じる博士の即戦力感
エマさんは、実際に博士は職場で活躍しているのかとレンさんに尋ねます。研究職のレンさんの会社は博士が多く、身近な範囲では8割以上が博士だといいます。
レンさんは、修士の人が劣っているわけではないと断ったうえで、新入社員の話を聞くと違いを感じるそうです。就活の早期化もあり、修士の人は時間が足りず、先生が考えたことを進めてきた印象があるといいます。
就活で時間がなく、他の人や先生が考えた部分が多い
研究の展開を自分で考えてきた人が多く、専門外でも対応力がある
即戦力感は絶対ある。
学会発表の経験も大きいとレンさんは話します。発表の仕方を聞けばわかるほどで、エマさんも、いろいろ突っ込まれる機会がある3年間でどんどん良くなっていくのだろうと応じています。
レンさんはなぜ博士課程に進んだのか
エマさんに博士時代のことを聞かれたレンさんは、実は最初は博士課程に行かないつもりだったと明かします。周りのほとんどが修士で就職するため、自分の中で選択肢から外していたといいます。
修士のときに少し就活もしましたが、この先2〜3年を考えると大学で研究を続けたほうが面白そうだという直感がありました。研究室の人も含めた環境の面白さも大きかったそうです。
どうせそうなるんだったら、今の環境で(博士を)取った方がいいかなって思ったのもある。
レンさんがそう考えたのは、修士で就職したOBの中に、社会人博士を取りに行くか迷っている人がいたからです。
博士課程に進んでからは、自分で考えていろいろできることが楽しかったとレンさんは振り返ります。修士のころは先輩について論文を書いていましたが、自分主体の論文を出せたのは博士課程に入ってからでした。
研究発表も楽しみの一つでした。レンさんは学会の賞をほとんど取っていたそうで、「ハキハキ喋って元気よくやっていたら取れることに気づいた」と笑います。「いい発表だね」と言われるうれしさが、また研究を頑張る力になったといいます。
無給の研究室とハラスメントという課題
レンさんは、博士課程にお金の問題があることも認めます。自身も日本学術振興会の支援を受けていた時期があり、支援がもっと増えてほしいと話しています。
エマさんは、お金は制度を変えればすぐ影響が出るが、環境や人も進学を決める大きな要素だと指摘します。企業に入って感じたのは、アカデミアのコンプライアンス意識の低さだったといいます。
普通に私がいたところ、結構、アウトなことが行われてたりもしたから。
エマさんは、それで研究室に「行くのがいやだ」となったこともあったそうです。レンさんも同じような話をよく聞くといい、ハラスメントは未来を壊す行為で、改善されるべきだと話します。
さらにエマさんは、学生は学費を払いながら研究室のために働いているようなものなのに、給料も有給休暇もないと指摘します。海外では大学院生が教授から給料をもらうこともあるとレンさんは補足します。
エマさんは、強すぎる言葉かもしれないと前置きしつつ、日本の研究室はやりがい搾取 ── 仕事のやりがいを理由に、低賃金や長時間労働などの不当な条件を受け入れさせる状態を指す言葉のようになっていると感じたと話しています。
やりたいって思ってるけど(博士課程に)行けない人めっちゃいると思うよ。
エマさんの周りにも、アカデミア志望だったのに修士で就職した人は多いそうです。レンさんは、お金の問題などを解決する「サイエントーク奨学金」のようなものがあったらいいかもしれないと、未来への投資として語っています。
迷っている学生や親に伝えたいこと
レンさんは、博士課程を迷っている人、将来を考える中高生、その親御さんにも、この回が届いていたらいいと話します。行ってみたいという人の背中は押してあげたほうがいいというのがレンさんの考えです。
日本は最近良くなりそうな雰囲気が出つつあり、今はまさに分岐点だとレンさんは見ています。一方で、3倍という政策目標についてはよくわからないとしたうえで、こう語ります。
この回のきっかけは、コミュニティ「サイエントークラボ」からのリクエストでした。番組で当たり前のように出てくる修士や博士について、改めて話したことがなかったからです。
エマさんは、研究しない人も研究者が見つけた技術で生活し、仕事をしていると話し、レンさんも博士の問題は全員に関わると応じます。博士課程に進んだレンさんと進まなかったエマさん、二人の視点がそろったことで、データだけでない話になったとエマさんは振り返っています。
悩んでいる人は相談を送ってほしいとレンさんは呼びかけます。学生はサイエントークラボに無料で参加でき、学生の研究発表を聞く場も作っているそうです。レンさんは、企業などが学生の発表大会を開いて人材を支援する仕組みがあれば面白いというアイデアも話していました。
ポッドキャストシンポジウムをサイエンスアゴラで開催
最後はイベントの告知です。2024年から毎年開いているポッドキャストシンポジウムが今年で3回目を迎えます。これまでは東京のAmazonのスタジオ、大阪の梅田で開催してきました。
今年は日本最大級の科学イベントサイエンスアゴラ ── 科学と社会をつなぐことを目的とした科学コミュニケーションのイベント。研究者や企業、市民が参加し、展示やトークが行われますの中で開催されます。会場は東京お台場のテレコムセンタービルで、レンさんによれば毎年5000人ほどが訪れるそうです。
ポッドキャストシンポジウムの枠は9月12日土曜日の10時半から12時です。レンさんと番組「ものづくりのラジオ」の支部長さんがそれぞれゲストと対談する形で、ゲストは近日発表とのことです。
主催は国立研究開発法人科学技術振興機構で、参加はすべて無料です。サイエンスアゴラは2日間のイベントで、レンさんは翌13日にも別のステージに登壇する予定だと話しています。
まとめ
日本の博士不足は、博士を増やすだけでは解決しないことが、ポスドク1万人計画の経緯ですでに示されています。レンさんは、企業の誤解を解いて出口を作り、研究室の環境を整えたうえで、博士を「問いを立てて答えを生むプロ」として社会が応援するべきだと提案しています。
- 日本の博士号取得者は100万人あたり約123人で、イギリスなど主要国の3分の1ほどにとどまる
- 博士は900年の歴史の中で「知識を覚えた人」から「新しい知識を生む人」へと意味を変えてきた
- 1990年代の博士増加政策は受け皿が整わず、ポスドク問題を経て進学者が減少した
- 新卒一括採用などを背景に日本企業には「博士アレルギー」があり、生産性やイノベーションにも影響していると考えられる
- 無給やハラスメントなど研究室の課題を解決すれば、やりたい人が博士課程に進めるようになるかもしれない





