インテリジェンスという言葉は、実際のところ何を指すのか
番組冒頭、聞き手のウチさんは「インテリジェンス」というワードが起業家界隈では馴染みが薄いと切り出します。一般には知能やAI、あるいは情報収集の意味で受け取られがちだと稲村さんは指摘します。
やっぱりこう、ずばっと諜報活動とかスパイっぽいやつみたいな感じで言ってもいいんですかね?
そっち(スパイっぽい話)に寄せると逆にうさんくさくて。
稲村さんは元公安であることについて「かじった程度」と繰り返します。過度にスパイ寄りの表現に寄せると、かえって胡散臭くなるという距離感が、この回全体を貫く姿勢として最初に示されます。
プロミュージシャンから警視庁へ、異色すぎる経歴
稲村さんの経歴は、大学卒業後にプロのミュージシャンから始まります。事務所に所属し、CDを出して、渋谷や横浜のHMVにサインを書きに行くほど売れたと語ります。
大学出た後にプロのミュージシャンやってるんですよ。CDを出して結構売れたんですよ。
稲村さんの家系は祖父、父、兄と続く警察一家です。ただしストレートで警察に入ると視野が狭くなると父から教えられ、広い視野を持って経験した上で警察官になるという方針で育ったと言います。
ストレートで警察に入っちゃうと、視野がめちゃくちゃ狭くなると。必ず広い視野を持って経験した上で警察官になるんだ(と父に言われた)。
作っていた音楽は打ち込みのダンスミュージックで、渋谷のWOMBやASIAでプレイしていたそうです。警察官の父には猛反対されたと振り返ります。
公安になるのは秘密結社的なスカウトではなく、希望と適格
ウチさんは、優秀な警察官がスカウトされて作られる秘密結社のようなイメージを公安に抱いていました。稲村さんはそれを明確に否定します。
(優秀な人が選ばれる秘密結社というのは)ありえないですね。自分で希望する部門を選んで、手を挙げるんですよ、なりたいですって。
稲村さんの説明では、警視庁は警察庁のぶら下がりで、東京都の県警にあたる組織です。警視庁の中に公安部などの部があり、その部の中に公安総務課や外事一課・二課・三課といった課が置かれています。
一方で警察署(所轄)は別の体系で、品川署や渋谷署などの中に刑事係や公安係が置かれています。まず警察署に配属され、その中の公安係に入るのも大変で、そこから本部の公安部外事課へ行くのはさらに難しいと語られます。
人が良くて、ある程度こう、成績というか、着目される点がないと呼んでいただけないですかね。
希望した上で適格であれば公安に行けるという仕組みで、映画のような「すれ違った人物の特徴を言え」といった特殊な選抜があるわけではないと稲村さんは説明します。動機は、大好きだった『踊る大捜査線』で刑事に憧れ、公安もスパイっぽくてかっこいいと思ったからだと明かします。
警察を辞めるとき、大事件のさなかで疑われた情報漏洩
稲村さんは公安部で外事捜査を経験した後、警察を辞めて民間に移ります。外資系金融機関で社内不正を調査するマネージャーを務め、ベンチャー、Big4系コンサルファームを経て独立しました。
辞める直接のきっかけは、当時目指していた弁護士でした。刑事時代に威力業務妨害事件を担当し、被疑者側の弁護士が署に怒鳴り込んできた際、普段は鬼のように怖い係長が言い負かされる場面を目にしたと言います。
弁護士さんってすげえなってなって。法的な知識身につけたいっつって。(そこから)急に司法試験の勉強始めて。
辞意を伝えたとき、警察組織は強く引き止めはしなかったものの、稲村さんは激しく疑われたと振り返ります。ちょうど隣の班で、対ロシアの大きな諜報事件の立件捜査が始まっていたためです。
情報が漏れんじゃねえかみたいになるじゃないですか。めちゃくちゃ心配されて。
外事課は関心対象ごとに細分化されており、稲村さんは一課の対ロシア担当でした。立件捜査が始まると情報が漏れやすく、嗅ぎつけた相手が帰国してしまうこともあるため、情報管理が徹底されていたと語られます。そのため、一世一代の大事件のさなかに辞めると言い出した稲村さんは異常に心配されたと言います。
辞めてからの3年、警察への未練と迷い
民間に移ってからの稲村さんは、営業社員の金銭詐取やパワハラ事案など、内部通報から上がってきた案件を調査する仕事に就きます。弁護士を目指す勉強も順調でした。
しかし不正調査の現場で弁護士と一緒に働くうち、夜も寝ず土日も働く彼らの実務を見て、自分は弁護士になりたくないかもしれないと感じ始めます。やりたいことが分からなくなり、稲村さんはこの時期が一番苦しかったと語ります。
本当に苦しかったですね、民間出てから3年ぐらい。めちゃくちゃ苦しかったですね。
警察への未練も強く残っていました。最初の1年は交番の前を通れず、制服の警察官を見られなかったと言います。テレビで警察密着番組が流れると「見せんな俺に」という気持ちになったそうです。
刑事のバイアスを修正する、レビューという仕組み
ウチさんは、刑事の捜査でバイアスがかかることはあるのか尋ねます。稲村さんは、自分はかかりやすいタイプだったと率直に認めます。
例として挙げられたのは、防犯カメラに本人らしき人物が映り、日時も被害者供述と一致していたケースです。稲村さんは黒だと思い込みましたが、令状請求前の検事相談でバイアスが修正されました。
その防犯カメラ本当に本人なんですか?(と検事に聞かれた)。それは本人とどうやって断定するんですか?って言われて。
稲村さんによれば、自分が正しいと思った捜査手法や鑑定を都度チェックするレビューの仕組みがあり、先輩からも赤字で報告書が返ってくることがあったと言います。ペーペーだった自分はよく修正を食らったと振り返ります。
証拠が甘い箇所を一つずつ埋めていく作業は、企業でいえばプロジェクトを複数抱えるPMのようなものだと語られます。刑事は事件を茶箱に積み重ねながら、重要度や証拠の揮発性、時間経過による証拠消失のリスクといった複数の軸で優先順位をつけていきます。
表に出て語ることは、本当に国益になるのか
ウチさんが公安の実態について踏み込もうとすると、稲村さんは繰り返し慎重な姿勢を見せます。かつては自分も注目を集めるために煽る内容を発信していたと明かします。
稲村さんは、公安の裏側を語る自分の姿を振り返って恥ずかしくなったと言います。公安ってこうですね、と話したところで、それが国益に何にもならないという考えが根底にあるからです。
公安部とはなんぞやって、エンタメで消費される部分もあれば、言っちゃいけない部分って絶対あって。その線引きが喋る側に委ねられてるじゃないですか。
現在は「元公安」を前面に出さず、民間できちんと実装までやることを掲げていると語られます。最近はカウンターインテリジェンス、つまり対諜報・対スパイ活動を含む対策の支援にも注力し始めているそうです。
Fortisが手がける技術流出対策と経済安全保障
稲村さんの会社Fortis Intelligence Advisoryは、サイバー以外の生々しいセキュリティ、つまりフィジカルや人に関わる領域を支援する会社です。特に技術流出対策を軸足に置いています。
稲村さんは、技術流出のリスクをデータ・モノ・人の3つで分類します。データのセキュリティは進んでいる一方、モノの管理や、それに触れる人の把握、アクセス権の整備は不十分な企業が多いと指摘します。
じゃあそれ(技術)をどうやったら漏らされるんだろう、漏らすんだろうっていうのが、まあ僕は漏洩ルートって言ってるんですけど。
稲村さんは、漏らし方を徹底的に洗い出し、脅威評価をしてから対策を打つと説明します。守りたい対象がエンジンなら、その部品の管理、携わる人、情報のアクセス権まで含めて横断的に見ていくイメージです。
技術流出の手口として、外部からの接触で内部の人に情報を持ち出させる構図が挙げられます。稲村さんはこれを、外的脅威が絡む点を除けば内部不正対策と同じだと整理します。
外的脅威の接触
諜報機関員などがいずれかの環境で内部の人材に接触する
内部者による持ち出し
教唆された内部の人がデータやモノ、情報を持ち出す
外的脅威の見地
どこから漏れうるか漏洩ルートを洗い出し脅威評価する
中国のケースでは、公安調査庁が技術流出の類型を公表しており、その一つに人材の送り込みがあると語られます。そのため、従来の反社チェック中心のバックグラウンドチェックだけでなく、懸念される組織や人物との接点を確認する必要が出てきます。稲村さんはウチさんと共同で、こうしたリスクを検知するツールSignalDDを作ったと紹介します。
元公安の肩書きは、仕事では効かない
ウチさんは、元公安という経歴が仕事に効くのか尋ねます。稲村さんは、正直まったく効かないと答えます。
(元公安が)正直言うと全然効かないと思いますね。やっぱ民間のことわからないとできないですよね。
稲村さんによれば、仕事の土台にあるのは企業実務であり、特殊な経験は一部の専門知見として使える程度だと言います。顧客がそこをスコープに入れていなければ、警察OBの観点は役に立たないと語られます。
一方で、企業が変な行動を取る社員について警察に相談し、それが実際に問題事案だと明るみに出た例もあると紹介されます。国の重要なアセットを作る企業は、警察や公安調査庁の窓口に相談してよく、真摯に対応してくれると稲村さんは述べます。
リソースの優先順位、警察は全件を同じには扱えない
ウチさんは、警察や公安に持ち込まれる大量の事案を適切にさばくキャパはあるのか尋ねます。稲村さんは、事件には優先度があると答えます。
目の前で殺人事件があったのと、車傷つけられましたぐらいだったら、リソースはやっぱ殺人事件に振り向けますよね。
小さい事件は後手に回り、泣く泣く置かざるを得ないこともあると語られます。稲村さんは「警察の味方をする発言が多くなっているはず」と自分の立場を断りつつ、自身の経験でもそうだったと振り返ります。
刑事は複数の事件を茶箱に積み重ねて抱え、証拠の揮発性が高い重大事件はすぐ取りかかる一方、手がかりのない事件には余力を割けないと説明されます。稲村さんは、この説明が現役の方に失礼にならないか気にしながら話していると繰り返します。
VIVANTのリアル度、エンタメへの昇華に驚く
話題はドラマ『VIVANT』に移ります。稲村さんはシーズン1をよく見ていたと語り、脚本の完成度を高く評価します。
一(シーズン1)はめっちゃ見てました。
自衛隊内の情報組織「別班」に着目した脚本を、稲村さんは天才的だと評します。実際にやっていることは誰も知らないし、そのまま描いてもつまらないため、驚きと凄さのバランスがよかったと述べます。
この素材をドラマとして、エンタメとしてよくここまで昇華させたなっていう驚きの方がすごいんですけど。
外事課の担当者が大使館に赴任して活動する描写については「あると思う」と答えつつ、どんな情報活動をするかは言葉を濁します。稲村さんは、情報活動に従事する人からすればエンタメで消費されるのを良しとはしないだろうと語ります。
一方で、VIVANT自体はエンタメとして素晴らしく、間違った情報を垂れ流している印象は一切ないと明言します。問題視するのは、その風潮に乗って真面目に「公安はこうだ」「スパイはこうだ」と語る人の方だと稲村さんは言います。
MICELLS、人を籠絡する手口のフレームワーク
話は、人をどう抱き込むかという籠絡の技術に及びます。稲村さんはOBの経験談ではなく、リークされた文書やマニュアルから分析した内容を『謀略の技術』という本にまとめたと紹介します。
代表的なフレームワークがMICEです。ターゲットに以下の要素があると取り込みやすいとされ、冷戦期から培われてきたものだと説明されます。
金銭による動機づけ
思想や信条
名声や信用を失わせる、行動を強制すること
承認欲求
稲村さんはこの拡張版としてMICELLSを提唱しています。Lはラブで恋愛だけでなく家族愛・組織愛・自己愛を含み、Sはストレス、もう一つのSはシークレットです。シークレットは掴んでもバラすのではなく「一緒に守ろう」とアプローチする点が特徴だと語られます。
これらの弱みに対して、稲村さんは7つのアプローチを提唱します。相手を理解する、精神的に支援する、救済する、承認・評価する、依存させる、共鳴する、正当化する、という要素を順番を変えながら進めていくと説明されます。
基本的には根っこをつかみつつ、ゆする要素を持ちながら引き込んで引き込んで関係を築いていく。で、逃げたいってなった時にゆする要素をバッと出す。
1970年代にKGBが作成したマニュアルにも、物質的支援と精神的支援を通じて関係を構築する類似の考え方が記されていると紹介されます。稲村さんは、これらは必ず成功する手法ではないものの、相手を調べ、弱みを掴み、時間をかけて関係を築くというプロセスが共通していると語ります。
ハニートラップは、覚悟を決めれば防げる
ウチさんは、Fortisの代表である稲村さんが「単一障害点」として狙われるリスクはないのか尋ねます。稲村さんはまず筋トレしていると冗談で返しつつ、家族という脆弱性があると認めます。
稲村さんによれば、ハニートラップは諜報機関員が直接動くのではなく、機関員が使っている協力者、いわばアセットの一つが仕掛けてくるものだと説明されます。
そしてハニートラップは覚悟を決めれば防げると稲村さんは言います。関係を持ったことをネタにゆすられても、正直に認めて開き直れば怖くないという理屈です。
妻に土下座すりゃいいんだと。それでも僕はこの女性と関係持ちたかったんですって覚悟があって、正直に言えれば怖くないですよ。
逆に、覚悟のないまま綺麗だからと関係を持ち、バレたらどうしようと恐れる中途半端な人ほどやられると語られます。北京オリンピック時のロンドン市長の例では、部屋で何かを盛られて眠り込み、起きたら荷物をあさられていたケースが紹介されます。
自分の脆弱性を認識することが、最大の防御になる
これから防衛やインテリジェンスに関わる起業家や企業が増える中で、どう自衛すればよいかが問われます。稲村さんは、自分の脆弱性を理解しておくことが極めて重要だと答えます。
自己の脆弱性を意識させて、それを認識させた上で、アプローチの手法が歴史的に証明されてるので、これがあった時にあなたは耐えられるか、認識するだけで全然変わってくる。
一方で、家族を失うといった変えられない弱みもあります。その場合は個人で守るのか組織で守るのかという話になり、稲村さんは、機微情報に触れる社員の脆弱性を組織が把握し、機械的に検知できる仕組みを作ることが必要だと語ります。これがカウンターインテリジェンスの一環だと位置づけられます。
なお、国内では現代においてゆすりによって情報を取られた例はほぼないと稲村さんは述べます。ゆすりは相手が捜査機関に相談するリスクがあり効率的でないため、関係を根っこから築いてよき友人になった方が裏切られにくいという考え方が背景にあると説明されます。
公安警察は本当に最強なのか、他機関との比較
ウチさんは、日本の公安が他国と比べて優れているのか尋ねます。稲村さんは、世界で比べればCIAや中国の国家安全部の方が人も資金もはるかに潤沢だと答えます。
「日本の公安警察は尾行技術がすごい」とよく言われる点について、稲村さんは意外な見方を示します。
FBIとかそもそも尾行しないんですよね。通信傍受するんだよ、彼ら。だからやってない人たちからするとすげえって思うだけで。
さらに稲村さんは、辞めてから他省庁のインテリジェンス系の人と会い、レベルの違いに衝撃を受けたと語ります。情報の取り方や、収集・分析・報告というインテリジェンスサイクルの質が違うと感じたそうです。
公安警察がナンバーワンみたいな言い方されてるじゃないですか。僕は全くそうは思わないですね。
ただしこれは優劣ではなく住み分けの問題だと稲村さんは補足します。防衛なら軍事系、外務なら外交系、警察なら立件のための情報と、それぞれ関心対象と得意分野が異なるだけだと整理します。そのため、公安警察ばかりが日本の代表のように語られるのは他機関に失礼ではないかと述べます。
各機関はなぜ分かれているのか、情報関心の違い
ウチさんは、防衛省・警察・法務省・外務省などに諜報機能があえて分かれている理由を尋ねます。稲村さんは、情報関心が違うことが一番の理由だと答えます。
防衛だったら軍事系の情報が欲しいし、外務だったら外交系の情報が欲しいし、警察だったら立件のための情報欲しいしみたいな。
ただし関心が重なる領域もあります。防衛の対中部門が集める情報と、公安警察が捜査のために集める周辺情報は一部重なるものの、相互に密な情報共有がされているとは限らないと語られます。省庁横断で情報を結合するところまで進んでいるかは不透明だと述べられます。
ここで、人を介して情報を集める活動であるヒューミントの話題が出ます。稲村さんは、これを支援するツールやソフトウェアを作り、それを官に売ろうという発想が出ること自体が時代の変化だと指摘します。
インテリジェンスが民間に降りてきた時代
話題は、インテリジェンス系企業の起業スタイルへ移ります。稲村さんは、OBが辞めて食べていくための個人活動と、市場を取りに行く経営はまったくの別物だと強調します。
OBの人が辞めて食っていくための活動と経営って全く別物じゃないですか。だからそれはね、やっぱ混ぜ合わせるのはダメだと思います。
稲村さんは今回、ソラフネ社(ウチさん側)から出資を受け、資本提携したと明かします。技術流出や経済安全保障の知見を中小企業まで広める、いわば民主化を実現するには経営ノウハウが不可欠であり、それを持つウチさんの話に乗ったと語られます。
背景には、国として必要なケイパビリティを、政府側のプロセスでは必要なタイムラインで作れなくなっているという構造があると稲村さんは述べます。AIのように毎日進化する技術は、官のプロセスを踏むと完成時には古くなってしまうためです。
国として重要なアセットをスタートアップとか一企業が作れるようになってきた。
重工企業がソフトウェアを得意としない一方、AIによってソフトウェアが作りやすくなった今、表に出にくいインテリジェンスの知見を標準化し、さまざまな企業に提供する技術が生まれていくだろうと語られます。Fortisとソラフネの協業は、その一例と位置づけられます。
インテリジェンス企業は上場して情報を公開すべきか
ウチさんは、インテリジェンス系企業は上場しない方がよいのではと問いかけます。財務や社内体制の公開が、インテリジェンスと相性が悪そうだからです。稲村さんは、むしろ公開すべきだと答えます。
公開すべきですよ。上場して公開して、ちゃんと見せるべきだと思います。やましいことはないでしょ?って話ですよね。
ただしウチさんは、上場すれば誰でも株を買え、安全保障上リスクのある国のファンドが買収に動く懸念があると指摘します。稲村さんは、経済産業省の対内投資審査制度によって審査されるはずだと答えつつ、基準の詳細はまだ把握できていないと断ります。
例として、楽天がテンセントから出資を受ける際に大きな批判を浴びた件が挙げられます。実態が不透明な海外法人が動く場合、官の中で連携して対応しているはずだと稲村さんは述べますが、現場で見たわけではないと繰り返します。
どういう人が諜報活動に向かうのか、稲村さんの生い立ち
ウチさんは、どういう人が諜報活動に携わるのか関心を示し、稲村さん個人の生い立ちを掘り下げます。稲村さんは東京・足立区生まれ足立区育ちで、幼少期にカツアゲを経験した治安の中で育ったと語ります。
家系は祖父・父・稲村さんと続く警察一家で、警察官には2世・3世が多いと述べられます。コネではなく、父の背中を見て純粋に憧れるケースが多いそうです。
20歳のとき、貯めておいたお年玉をまとめて渡され、稲村さんはその資金で音楽機材を購入します。イギリスのダンスバンドUNDERWORLDに憧れ、就職活動をせずにレコード会社へ曲を送り続けたと言います。
何社かから返事が来て、うち一社はイギリスの大手レコード会社でした。しかし稲村さんは海外を怖いと感じて契約に踏み切れなかったと振り返ります。ミュージシャンとしての活動は約7年続き、マネージャーもついて、その収入だけで生活できていたそうです。
公安になる際、副業にあたるため配信やCDを全て取り下げ、印税契約だけを残したと語られます。警察学校では期の代表である総代を務めたと明かします。
被害者のためにこだわり抜いた、ザ・刑事という先輩
稲村さんが警察人生で最も心に刻まれていると語るのが、刑事時代のある先輩です。被疑者が証拠を突きつけられても否認を続けた事件で、稲村さんは途中で心が折れかけました。
(先輩に)どういう思いでやってるんですか?やっぱ被害者のことどう思ってるんですか?って言われて。
先輩は、被害者のために被疑者にきちんと認めさせて送検したいという強い使命感を持っていました。稲村さんは思い直し、否認する被疑者の供述の矛盾をいくつも引き出して調書にまとめ、検事に送りました。結果として実刑判決が出たと言います。
稲村さんが公安部に異動した後も、その先輩は事件の判決を連絡してくれたそうです。稲村さん自身は事件を忘れかけていたほどでしたが、先輩はずっと覚えていました。
公安ではこの構図が変わります。目の前に被害者がいない事件が多く、そこに全力を注ぐモチベーションの保ち方が刑事とは全く違うと稲村さんは語ります。諜報機関員と接触して情報を渡す日本人を追う場合、被害者は企業であり、どこか遠い存在に感じられるためです。
メディアで語る人の見極めと、正直さの価値
ウチさんは、なぜ元公安を名乗る人がメディアに多いのか尋ねます。稲村さんは、公安がバズワード化しており、はまりやすいのだろうと答えます。そして自分もその一派になってしまったと自省します。
稲村さんは、初期にネットメディアへ寄稿していた頃、片面的すぎる、法の解釈を間違えているといった指摘を、きちんとした人から受けたことがあると明かします。
多分正直にやってればくれる(フィードバック)と思います。正直にやってない方は、もう触っちゃいけない存在になってるので。
テレビ取材で「中国の諜報活動は今どのくらいの量か」と問われても、稲村さんは「全部見たことがないから分かりません」と正直に答え、その結果使われなくなったと語ります。面白おかしく煽るか、正直さを保つかは、自分のリテラシー次第だと述べます。
本を出す際も、編集者から「元公安とつけなきゃ出しません」「語る権威が必要だ」と言われたと稲村さんは明かします。肩書きを外すと「お前は何者なのか」という話になり、キャッチーさを失うため、そこにジレンマがあると語られます。現在はメディアも仕事も、元公安の肩書きは不要だという立場に着地したと述べます。
インテリジェンスとは何か、3つの意味
最後に、ウチさんがインテリジェンスの定義を整理します。ウチさんは、インテリジェンスには3つの意味があると説明します。
単なる情報と異なり、打ち手を取るための示唆を与える情報の総体
インテリジェンスを生成する主体としての組織
インテリジェンスを生成するための活動
ウチさんは、世に言うインテリジェンス関連企業がどの意味を指しているのか曖昧になっていると指摘します。何でもインテリジェンスと言えてしまう状況だからこそ、今一度正しく捉え直す必要があると述べます。ウチさん自身の会社は、知識としてのインテリジェンスと活動としてのインテリジェンスを大事にしていると語られます。
さらにウチさんは、企業でインテリジェンスサイクルを回す際、ハード面だけでなく組織内の信頼関係がないと破綻すると強調します。担当者が事業部から情報要求を直接取りに行き、質の高いインテリジェンスを返す。この循環が信頼で支えられていないと機能しないという趣旨です。
情報要求意識しないでインテリジェンスを生成してばらまき出すと、ニュースクリッピングサイトと同じ効果が始まって、受け手にとってノイズになってくるんですよ。
情報要求を取りに行かず口を開けて待っているだけの部門は、受け手からインテリジェンスを信頼されなくなり、やがて意味のない組織として死んでいくと語られます。ウチさんは、これが企業でインテリジェンス部門を立ち上げて失敗する典型例だと述べます。
まとめ
ミュージシャンから公安、そして民間のインテリジェンス企業へと歩んだ稲村さんの語りは、公安神話やVIVANTのリアル度への好奇心に応えつつ、最後は「インテリジェンスが民間に降りてきた時代に、それをどう正しく理解し還元するか」という問いに着地しました。
- 公安入りはスカウトではなく、希望と成績・適格に基づく仕組みで、映画的な秘密結社ではない
- 技術流出対策はデータ・モノ・人を横断し、漏洩ルートを洗い出して脅威評価する実務である
- 人を籠絡するMICEやMICELLSは、相手の弱みを掴み時間をかけて関係を築くフレームワークとして整理されている
- ハニートラップは覚悟を決めれば防げ、最大の防御は自分の脆弱性を認識することだと語られた
- インテリジェンスには知識・組織・活動の3つの意味があり、企業では信頼関係がなければ機能しない






