食中毒そのものには、いいことなんて一つもない
正直に白状しますと、直近ですね、食中毒になっていました。
原因はいまいちよくわかっていないんですけど、おそらく鶏の生焼けとか、そのあたりですかね。
夏場は原因のわからない食中毒もあるので、皆さんもくれぐれもお気をつけください。
最初に熱が出て、今回は39度ぐらい。私は平熱がそんなに高くない方なので、普通の人でいう40度ぐらいの感覚だったと思います。
熱だけでも大変なのに、その後お腹を下すわけですよね。
風邪みたいに1日、2日で薬を飲んで一気に治す、というわけにいかない。1週間以上、今もその後を引きずって苦しんでいます。とにかく長いんです。
仏教で「病苦」という言葉がありますけど、久々にこの病苦を感じました。
だから、食中毒になって良かったですね、なんてことは口が裂けても言えません。ならないに越したことはないです。
体はボロボロなのに、頭だけ妙に冴えていた
その上で、なんですけど。今回の食中毒で、もう何もできなくなるわけですよ。倒れてしまうんですから。
ところが、この強制的に休んだことで、初めて気づくことがありました。
体は全然本調子じゃないのに、頭だけやたら冴えている瞬間があるんですよね。薬の影響もあるかもしれませんが。
これでようやく分かったんです。自分はずっと寝ていなかったんだなと。
この期間は、もう寝るしかない。パソコンやスマホを見たい気持ちすら失せるくらい大変で。
その間もひたすら寝るわけですから、十分に寝る。すると、頭の感じがいつもと全然違うんです。
日常では常に動いていて、寝る時間を知らず知らず削ったり、遅くなったりして、睡眠の質が下がっていた。
それが普通になりすぎていて、自分では気づけなかった。
倒れて、ある意味強制的に横にならされて初めて、こんなに休みが足りていなかったんだなと分かった訳です。
悪いことは悪いまま。それでも変えるきっかけにはなる
これは当たり前のような話かもしれないんですけど、仏教の視点で見ると、結構大事なことを含んでいるなと思っていまして。
仏教には「転悪成善(てんあくじょうぜん)」という言葉があります。悪が転じて善となる、と読みます。
悪いことは悪いことでしかないんですが、その悪いことはそのままに、良い結果を得るという救いの言葉なんです。
人間って、自分のことが一番見えていないんですよね。
自分の習慣や状態や心を、自分が一番よく分かっていると思っている。でも、近すぎて見えていないんです。
そして大きな病気や大きな出来事があって、初めて自分の状態が分かる。
今までずっと続いてきた習慣を変えるって、本当に難しいことなんですけど、こういう大きなタイミングがあると変わるきっかけになるんですよね。
頭では変えた方がいいと分かっていても、「まあいいか」でいつもの習慣に戻ってしまう。そこが動く。
だから食中毒という出来事そのものには、何もいいことはありません。皆さん食中毒になりましょう、なんて言うつもりは全くないんです。
でも、自分の習慣を見直す大きなきっかけになった。その一点においては、喜んでいいことなんだなと思えたわけです。
これは食中毒に限った話じゃなくて、大きなトラブルや辛いことがあった時に、ただ悲観して終わるんじゃなくて、それをきっかけに一つでも変えられないかな、と。
出来事は選べないですけど、その出来事をどう受け止めるかは、こちらに委ねられているわけです。
もともと腸が弱くて、グルメじゃなくてよかった
もう少し個人的な話をすると、私、元々腸が弱いんですよね。
「FODMAP」という、あまり知られていないんですけど、消化分解がうまくいきにくい食品の分類がありまして、私はそれにかなり該当しているんです。
大豆もそうですし、発酵しているものやもろもろ、洋菓子も基本ダメだったりします。
アレルギーとは違うので全く食べられないわけじゃないんですけど、すぐお腹を壊しちゃうんですよね。
今までも食材にはそれなりに気を使ってきたつもりだったんですけど、今回の一件で、いや、まだ甘かったなと思わされました。
こういう体質は正直しんどいですけど、食べることへの感謝にもつながるし、作ってもらえる人への感謝にもなる。
まあ、グルメじゃなくてよかったなと思うんです。食べることに強いこだわりがある人だったら、大変だと思いますね。
だからこそ、この食への感謝を持って生きていきたいなと思いました。
まとめ
起きてしまった出来事そのものに、いいも悪いもないのかもしれません。それを「ただの災難」で終わらせるか「立ち止まるきっかけ」に変えるか。その受け取り方を鍛えていくための知恵が仏教なんだと、今回の件を通して私は思いました。
- 困ったことが、立ち止まるきっかけになることがある
- 人は自分の習慣が一番見えない。大きな出来事がないと、なかなか変えられない
- 悪いことが起きた時、「変えるチャンスが来た」と受け取り直せるかどうか
- 腸が弱い体質はしんどいけれど、食べることや作ってくれる人への感謝につながる






