父の死で没落するブラックウェル家
物語は、父サミュエルが家族を連れてアメリカに渡ったところから続きます。前回の終わりで、父はマラリアにかかっていました。
もうネタバレします。お父さんが亡くなっちゃいます。
父の死によって、裕福だったブラックウェル家は一挙に転落します。当時の家計は父の一馬力で支えられていたためです。
女性は社会構造上働きにくく、父を失うことは家庭にとって致命的でした。
アメリカでも父は砂糖工場を営んでいましたが、また火事になってしまいます。加えてインフレが起き、父にお金を借りていた実業家が破産し、貸したお金も回収できなくなりました。
家計は苦しくなり、召使いは解雇され、エリザベスたち娘が家事を分担するようになります。それまで1日5時間ほどしていたピアノの練習もできなくなり、近所の子どもにピアノを教えて給料を得るようになりました。
甜菜への賭けと、シンシナティ移住
工場を失った父は、ここで大きな決断をします。サトウキビから、甜菜を原料とする砂糖の生産へ切り替えようとしたのです。
この選択には根拠もありました。国産の砂糖であり、奴隷制を介さない砂糖の生産プロセスが確立できる可能性があったからです。
ピンチの時に攻める起業家。さすが起業家だなと思って。
父は再び移住を決めます。ニューヨークからニュージャージー州、そしてさらに西のオハイオ州シンシナティへと移りました。甜菜の栽培に適した気候だと聞いたためです。
家族は乗り気ではありませんでした。子どもたちはイギリスに帰りたいと思っていましたが、父は西にチャンスがあると家族を説得します。
シンシナティは新興都市でした。豚肉産業が盛んで、毎年16万頭の豚が屠殺され、地元の川が豚の血で赤く染まることもあったといいます。ゴミ処理のために豚を放し飼いにして食べさせるようなカオスな街でした。
生活の質は明らかに下がります。豚肉産業の街なのに、ブラックウェル家はお金がなくて夕食に肉が食べられず、ジャガイモとネギしか入っていないシチューを食べることもありました。
父の死と、残された遺産20ドル
新しい土地で再起を図った父でしたが、以前かかっていたマラリアが再発してしまいます。発熱で意識を失い、呼吸と脈拍が乱れ、落ち着きなく寝返りを打つような苦しい状態でした。
医者を呼んで手を尽くしましたが、当時の医学ではどうにもならず、父は48歳で亡くなります。
父の死後、エリザベスは日記を残しています。
父は死にました。私は全ての希望と喜びが失われ、死ぬこと以外何も残っていないように感じました。
父は、女だからと差別せず、兄や弟と同じ教育を娘たちにも受けさせてくれた人でした。その父を失い、一家は絶望に包まれます。
さらに追い打ちをかけたのが、父が残した遺産の額でした。
しかもなんとね、お父さんが残した遺産、たったの20ドルだったみたい。
おそらく資金の大半を事業に注ぎ込んでいたのでしょう。しかもおまけに借金まで残っていました。
娘たちが開いた寺子屋と、母との溝
遺産がほとんどないため、ブラックウェル家の子どもたちは、娘も含めて自活する必要に迫られます。エリザベスたち姉妹は、地域の女子のための寺子屋を開くことにしました。
自宅の応接間で教えるこの寺子屋は、意外にも生徒が集まって繁盛し、少しずつ収入をもたらします。兄や弟たちも外で仕事を見つけ、働きに行くようになりました。
すげえこれ子供たちでしょ?だって。すげえな。
一方で、母と子どもたちの間には溝ができていきます。決定的に仲が悪くなったわけではありませんが、信仰をめぐるずれが生まれたのです。
母はこの熱狂的な信仰復興運動に入れ込みます。荒野で数日間開かれる集会には何百人もの信者が集まり、賛美歌とともに人々が跪き、泣き叫び、体を痙攣させ、白目をむいて倒れる者まで出るほどでした。
この熱狂に、エリザベスを含む娘たちは引いてしまいます。母は夫を失った悲しみの中で救いを求めていたのでしょうが、娘たちは信仰の面で母と距離を置き、別の方に軸足を移していきました。
父の死から姉妹が学んだこと
父の死を通して、エリザベスたち姉妹はある事実を認識します。
夢を追うような夫は、必ずしも生活の安定を保証してくれるわけではない。女であっても、家の外で働いてお金を得なければ生きていけない時が来る、ということでした。
エリザベスも寺子屋で教えていましたが、教師の仕事は好きではありませんでした。生きるために仕方なくやっているという姿勢です。いつか結婚すれば楽になる、それまでのしのぎだと考えていました。
しかし彼女は、教師として一生を終えることは受け入れられませんでした。大きなことをして世界に認められたいという強烈な渇望があったのです。
奴隷州で見た現実と、消えない自己嫌悪
父の死から6年後、エリザベスは実家を出て、ケンタッキー州ヘンダーソンで教職に就きます。初めて家族を離れて働き始めたのです。
しかし、この仕事はつらすぎて半年で辞めることになります。孤独やホームシックもありましたが、より大きかったのはケンタッキーが奴隷州だったことでした。
初めて奴隷制のある環境で暮らしたエリザベスは、その現場が生々しすぎて精神的に耐えられませんでした。奴隷たちは肉体も精神も極限まで貶められ、夜明け前から深夜まで重労働に追われていました。
彼女はその人たちを助けたいと思いながらも、教師という立場では助けられません。加えて、自分自身への自己嫌悪も抱えていました。
奴隷制を嫌悪する一方で、現実の生活では、奴隷が視界に入ってくるよりも、奴隷を所有する人々との付き合いのほうが楽だと感じる自分がいたのです。その正すべき相手のほうが楽だと感じることに、彼女は自己嫌悪を覚えました。
末期がんの女性が放った一言
つらい半年でしたが、このヘンダーソンで、エリザベスは人生を変える出会いを得ます。医学を志すきっかけとなる出来事です。
近所に、おそらく子宮がんで末期の女性がいました。エリザベスはこの人を見舞っていたのですが、帰り際、女性はこう言いました。
あなたは勉強が好きだし、健康にも時間にも恵まれている。医者になる勉強をしたらどう?
女のお医者さんがいたらどんなによかったんだろう。
これは前のシリーズでも語られたように、女性の医者に診てもらいたかったという気持ちの表れです。女性医師なら、道徳的な罪悪感を抱かずに済み、病気ももっと早く見つかったかもしれない、という思いがあったのでしょう。
ところが、この言葉へのエリザベスの反応は意外なものでした。
いや、ありえないですって。
エリザベスは女性医師というテーマについて、伝統的な考え方をしていました。ナチュラルに「女性が医者なんてない」と受け止め、その場ではきっぱり否定して帰っていったのです。
なぜ「女性が医者」はありえなかったのか
この「ありえない」という返答の裏側には、いくつもの理由が重なっていました。まず、医者は男の仕事であり、性別役割分業の最たる仕事の一つだというのが当時の当たり前の価値観でした。
父から男女分け隔てない教育を受けたエリザベスでも、女性が医師になるほど前衛的な価値観までは持っていませんでした。
さらに、エリザベス自身が人間の体に嫌悪感を抱いていました。
人間の体、特に病気や怪我を見るのは嫌悪感を催した。
女性が肉体について詳しく知ることは「はしたない」とされる価値規範もありましたが、彼女自身、傷ついた体や苦しむ人を見るのが生理的に苦手だったのでしょう。今でいう「グロいのが苦手」に近い感覚で、医者の適性はなかったと語られます。
科学の衣をまとった、発展途上の近代医学
もう一つの背景として、当時の医学そのものが発展途上だったことがあります。近代医学は科学の衣をまとってはいましたが、「本当にこれで治るのか」という疑いの視線も世間から注がれていました。
特にアメリカは、医師や治療法への信頼、医学の権威という点でヨーロッパに一歩遅れていました。都市が過密になり、汚染された水やゴミ、家畜の糞尿がたまり、ノミやネズミ、シラミを媒介に伝染病が広がっていました。
結核、コレラ、腸チフス、インフルエンザなどで多くの人が命を落としましたが、なぜ広がるのか、どう救えるのかはまだ解明の途上でした。知見があっても、すぐには定着しませんでした。
定着しなかった例が2つ挙げられました。1つはハンガリーの医師の唱えた殺菌法です。手の消毒が大事だという、今では常識の主張が受け入れられませんでした。
もう1つはフランスの細菌学者ルイ・パストゥールです。病気の原因は細菌だと突き止めたのは、エリザベスが50歳ごろになってからでした。それでもすぐには受け入れられず、エリザベス自身が病原菌説を批判していたほど、常識は変わりづらいものでした。
射血と毒の薬。当時の治療の実態
当時は、体を触ったり、聴診器で心音を聞いたり、顔色や脈を見る以外に、体内で何が起きているかを正確に判断する方法がありませんでした。体温計もまだ診断に使われていなかったと書く文献もあります。
治療法も発展途上で、正規の医学の治療の大半は苦痛を伴うものでした。現代の水準から見れば、治癒に寄与するものはほとんどなかったといいます。
むしろ、処置が激しく、患者の反応が激しいほど効くとされ、目に見える激しい反応を起こせる医者が有能とされる側面もありました。
足つぼマッサージみたいやん。痛い、痛い、効いてますみたいな。
代表的な処置が射血です。体を切って血を体外に出し、たまった有害物を排出させるという考え方でした。血が出ても射血、下痢でも射血、咳でも射血と、とりあえず血を出していたのです。
薬も、今の常識では毒としか思えないものが処方されました。水銀、ヒ素、阿片などが成分に含まれ、嘔吐や下痢を促して体内のものを外に出させました。
医師たちは、これら限られた治療法を患者の症状に関係なく順番に試し、回復するか死亡するまで続けたと文献にあります。
治ったように見えても、実は患者本人の自然治癒力だったケースもあり、逆に処置によって神経障害が起きたり、死に至ることもありました。
それはそうだよ。だってね、血出したり悪いもん飲ませたりしてるわけだから。
正統派へのカウンター、代替療法
激しい治療で本当に治るのかという疑念が一般の人々から湧くのは自然なことでした。そこで、正統派医療のカウンターとして代替療法が広がっていきます。
薬草を使った療法、ホメオパシー、磁石を使った治療、水療法、食事療法など、さまざまな代替医療が登場しました。
治るかどうかは別として、患者の中には、学位を持つ正規の医者の激しい処置よりも、苦痛の少ない優しい処置を好む人もいました。文献の中には、魔女と呼ばれた民間医療者が長年培った薬草の処置が、近代医学より効果があったと書くものもありました。
白衣を着ている、ヒゲの生えている、いかにもできそうなお医者さんよりも、おばあちゃんが煎じてくれた得体の知れない薬の方が効くみたいな。
代替療法がブームになる中で、自分たちを正統派と自認する医学界にとって、代替療法は権威を脅かす敵となっていきました。
反対の嵐と、たった一人の応援者
女性が医者になることはありえない。この言葉の裏には、こうした医学界全体の事情も重なっていました。しかしエリザベスは、末期がんの女性の言葉をどうしても忘れられませんでした。
なんか脳裏にこびりついて離れなくて、なんかちょっと気持ちが傾くんですよ。
彼女は周囲に相談し、医者に手紙を書いたりもします。しかし、ほとんどの人は否定的でした。
診療に必要な知性や体力は女性にはない、月経の時は安静でなければならないのに治療中に月経になったらどうするのか、といった理由が並びました。手術や講義の空間は男性の空間であり、そこに女性が入るのは想定されていませんでした。
今の感覚で無理やり想像して例えると、男子トイレに女子が入るみたいな感覚だったんじゃないですかね。
女性が裸の肉体について学ぶ姿を男子医学生の前にさらすことも、道徳的にアウトとされました。エリザベスと親しい、オープンな思想を持つ女性の友人たちでさえ、女性医師は難しいという見方でした。
さらに、女性が男性と同じ高等教育を受けて同じ学識を持てば、夫と競い合う妻を作り出し、家庭という神聖な場の平和が乱される、という反対論もありました。
反対の嵐の中で、たった一人だけ応援してくれた人物がいました。文学サークルの男友達、パーキンスです。
じゃあやってみてほしいですね。あなたは勇気ある人だと僕は思う。
唯一自分の意志の道を後押ししてくれたのが男性だったという点が印象的です。これを聞いたエリザベスは、まるで世界を征服できそうな気持ちになったといいます。
励ましてくれる人もいましたが、女性医師という道が非常識であることを、エリザベスは実感します。それでも最終的に、彼女は医師を目指すようになります。その強烈な動機の正体は、次回語られます。
まとめ
父の死による没落、奴隷州で抱えた自己嫌悪、そして末期がんの女性の一言。いくつもの出会いと現実が積み重なり、「女性が医者になるなどありえない」と考えていたエリザベスの心が、少しずつ医学へと傾いていきます。彼女を動かした強烈な動機が何なのかは、次回へと持ち越されます。
- 父サミュエルの死により、ブラックウェル家は裕福な家庭から一挙に没落した
- 遺産はわずか20ドルで借金もあり、娘たちも寺子屋を開くなど自活を迫られた
- 奴隷州ケンタッキーでの経験は、奴隷制への嫌悪と自身への自己嫌悪をエリザベスに残した
- 末期がんの女性の「医者になる勉強をしたら」という一言が、医学を志すきっかけとなった
- 当時は射血や毒性のある薬が使われ、近代医学は科学の衣をまとった発展途上の分野だった
- 女性が医者になるのは非常識とされたが、エリザベスは反対を越えて医師を目指し始める





