0歳から聞かれた社長インタビューで何が見えたか
この回の冒頭は、中里さんがBranchの社内で受けたインタビューの話から始まります。スタッフから「中里さんの話を聞く回をやりたい」と連絡があり、オンラインで、10代の学生メンターと保護者スタッフが半々くらい集まったそうです。
何を聞きたいのかわからなかった中里さんは、その場で10代の男の子に「インタビュアーをやって」と頼みました。男の子は「やったことないですけど」と言いながら引き受け、なんと0歳のことから質問を始めます。
覚えてないし、最初はその幼稚園の時にどうでした?って聞かれても、覚えてることがやっぱり事件みたいなやつしか覚えてないわけ。でも最初に言ったのが、霜柱よく食べてたみたいな。
中里さんは幼稚園のころ、霜柱を食べたり、よく廊下に立たされたりしていたと振り返ります。経営者として経歴を聞かれる機会は多くても、高校より前の話をしたのは初めてだったそうです。
桜林さんは、10代から見れば大人は「大人でしかない」からこそ、子ども時代の姿を知るのはいい機会だと受け止めます。
社長とか大人っていうよりも、子供だったし、中学生だったし、高校生だったんだよっていうのがわかるのは結構リアルに、大人だからできてるわけじゃないんだみたいなのわかっていいよね。
話はさらに、中里さんの受験の話に進みます。映像をやりたくて武蔵野美術大学の映像と日本大学芸術学部の映画を第一志望にしたものの、両方落ちて早稲田に進んだといいます。ものづくりをする人へのリスペクトは今も強く、新聞の取材では話せない話ができたと振り返ります。
桜林さんは、結果しか見えないと「全部思い通りに動かしてきた」と思われがちだと話します。
思い通りに行ったことなんて一個もないよみたいな。なんとかしてきただけだよみたいなのとかも、多分そのなんとかした感じを知りたいんだろうね。
ちゃんと話聞かないと、やっぱ成功者バイアスというか、良いところとか結果だけ見えてたりするから、その過程とか悪戦苦闘した話とかね、意外とちゃんと聞かないと出てこないもんね。
お便り「娘が何をしているか気にし続けてしまう」
この回の相談は、ラジオネーム「そら豆のカエル」さんからのお便りです。桜林さんが読み上げました。
私には小学5年生の娘がいるのですが、彼女はYouTubeを見る事、携帯ゲームをする事を楽しみにしていて、塾の宿題をするとそれで一日が終わってしまいます。他に楽しみを見つけてほしくて、YouTubeとゲームの制限時間、動画1時間、ゲーム2時間を気にしては声をかけ、彼女が絵を描いていると、今度は本を読まないのかななどと気になってしまいます。
こんな娘を監視するようなことは良くないと思い、自分の趣味をやり始めたりしますが、気づけば娘を横目で見る始末。余計なお世話だと思いつつ、定期的に娘の動向を伺ってしまいます。どうすれば気持ちよく娘を放っておけるでしょうか。
相談者自身が「監視はよくない」とわかっていて、それでも目が離せないという点が、このお便りの悩みの中心です。
本はYouTubeより上という価値観はどこから来るのか
中里さんはまず、子どもを気にしすぎてしまう悩み自体は「あるある」だとしたうえで、このお便りの奥にある価値観を指摘します。そら豆のカエルさんには、ゲームやYouTubeが下で、本を読むことが上だという序列がありそうだというのです。
桜林さんも、いろいろな楽しみを見つけてほしい気持ちはわかるとしつつ、言葉を選ばずに言えば、YouTubeとゲームが少し「気に食わない」のだろうと受け止めます。そのうえで、ヒントはお便りの中にすでにあると話しました。
(娘のことは)自分の責任ってなりすぎてて、全部自分がみとかなきゃ。なぜなら自分の責任だからって思ってるんじゃないかな。
中里さんは、親がよく本を読んでいる家では子どもも気づけば本を読んでいる、という話をよく聞くと続けます。桜林さんも、結局それしかないと応じました。
家に本がないのに本読みなさいって無理じゃん。
桜林さんによれば、親が何かに夢中になったり一生懸命に取り組んだりしていると、まったく同じことでなくても、子どもは「そういうもんなんだ」と自然に受け取っていくようです。
桜林さんの家では、本とペンと紙が当たり前だった
桜林さんの家では、本棚を親子で分けずにオープンにしていて、娘は読みたい本を勝手に取って読んでいたといいます。「読んでいいよ」と言うことすらなかったそうです。
出かけるときの習慣もありました。お茶をして休憩するときのために桜林さんが本を持ち歩き、娘も真似して「今日どれにしようかな」と本を選んで持っていくのが当たり前になっていたといいます。
そういう習慣か。それいいな。
ただ、娘が特別な読書家になったわけではないと桜林さんは話します。ゲームや漫画、アニメにはあまり向かわず、自分で描く側の子だったので、本と一緒にペンと紙をいつも持っていて、休憩中もお絵描きをしていたそうです。
一方で桜林さんは、当時はスマホやYouTubeが今ほど身近ではなかったので比べられないとも付け加えます。時間制限も親が決めたのではなく、娘が「宿題をやってからやる」と自分でルールを作っていて、それは少し特殊かもしれないと話しました。
中里さんが「絵を描いてほしいと望んでそうなったわけではないですよね」と確かめると、桜林さんはこう答えます。
ほっとくとやるから、それをやってるのが一番楽しいんでしょうねって思ってて、邪魔しなかったみたいな感じ。それがYouTubeだったらどうしてたかっていうのはちょっとわからないんだけどね。
まあでも少なくともだから、本を読まないかなって気にしたとて、本を読むようにはならないでしょうね。
桜林さんは、監視してしまうのは、子どもが自分の思ったのと違うことをしていると「それじゃない」と感じてしまうからではないかと整理します。
でもそれ(一番気が済む状態)はさ、娘のしたいことじゃなくて、親が、子の理想だよね。
夢中にさせるために作られたゲームを、ほっとけるか?
中里さんは、子どもを管理したほうがいいのか、しないほうがいいのかは、永遠に語られ続けるような根深いテーマだと話します。桜林さんは、そもそも携帯のゲームが時間を使わせるために作られている点に触れました。
いわゆるドーパミン出るだけみたいなさ、報酬系のゲームとかにハマってたら、あなたそれが好きなのねとはちょっと思えないよね。踊らされてんのよってさ。
桜林さんは、まんまと時間とお金を使わされているように見えるなら、止めたくなるのも自然だと話します。YouTubeも内容によっては「そんなの見て時間を潰して大丈夫?」と思うものがあり、心配になる気持ちは理解できるといいます。
気になっちゃうのはわかります。ただ、やりすぎちゃってんなって自分で思うんだったら、まずやっぱ自分がなんか思いっきり夢中になることやったりするのを、子供に見せるというか、のはしてもいいのかなと思う。
思春期の手前で、監視は子どもに何を残すのか
中里さんは、小学5年生という年齢に注目します。ここから思春期に入り、親の気持ちとは関係なく、親離れ・子離れが一度起きるだろうという見立てです。
中里さんによれば、子どものやりたいことを遠目で見守り、「やりたい」と言われたときに支えてくれる母親だと、仲のいい関係が続くことがあるそうです。高校生や大学生のころに再び仲良くなり、娘の好きなライブに一緒に行くような未来もありうると、家族によるという前置きつきで話しました。
桜林さんは、子どもの性格にもよると付け加えます。桜林さん自身は飽きっぽく、何かに没頭するタイプではなかったので、やることがなくて時間を埋めてしまう子もいるだろうと考えています。
そのうえで桜林さんは、自分が子どものころ親に見られていると感じたときの経験を語ります。
見られたくない。こっち見んなって思って、バレたくない。自分が何をやってるかとかバレたくないから隠すようになっていって。
桜林さんは、いろいろな人の話を聞くと、監視や干渉への反応は子どもの性格で分かれると話します。どちらに転んでも、あまりいいことは起こらないと知っておいてほしいといいます。
見られたくない、バレたくないと感じて隠すようになる。桜林さんはこのタイプで、母親は寂しい思いをするだろうと話す
親の期待どおりにやらなきゃと頑張ってしまう。桜林さんは「予後が悪い」と表現する
中里さんも、Branchの保護者の話から、中学生くらいで部屋に自分の世界を作り、推しのグッズなどを親に見せなくなる子がいると話します。小学6年生ごろまでは見せてくれても、関係によっては隠すようになる年齢だといいます。
見たらまたわかったふりされるから、ああだこうだ言われるから、もう見ない。マジこっち見ないでほしいってずっと思ってた。小学生ぐらいの頃から。
マイクラは「すごい」、どら焼きゲームは「もっとやんなよ」とは思えない理由
中里さんは、自分の息子の話をします。レゴやマイクラが好きだった息子は、コロナ禍の中学時代にDiscord ── ゲーム仲間などが集まって、文字や音声でやりとりできるコミュニティ型のコミュニケーションサービスでグループを自分で作り、運営しながら交流していたそうです。
こんなに自分でなんかいつの間にか運営してるんだ、すごいなこいつってなって。何も気にしなかったんですけど、そしたらなんかもう今ほんとコミュニケーションお化けみたいになってて。
中里さんは、それがいいか悪いかは別にして、子どもがやっていることを親がどう受け止めるかも大事な視点だと話します。YouTubeやゲームを減らしてほしいものと捉える親もいれば、まったくそう捉えない親もいるというのです。
子供側からはかなり感じ方が変わってくると思うんですよね。あ、お母さんお父さんこれ嫌がってんだなっていう場合と、なんか逆にリスペクトされてるぞみたいなのとね。
桜林さんも、子どもには絶対に伝わると同意します。娘から「私が喜ぶ絵と喜ばない絵がある」と言われたことがあり、自分の絵を描けばいいと何度伝えても、喜んでくれないのはすぐわかると言われたそうです。
桜林さんは、自分にもゲームへの偏見があると認めます。友人の子どもがマイクラで建物をコツコツ作る姿には「すごい」と感じる一方で、ドラえもんがどら焼きを作り続けるゲームには同じように思えないといいます。
もうどんどんどんどん追われて、どんどん作って、やったできたみたいなのをずっと繰り返すの。地獄のようにずっと繰り返すんだけど、それに関してはすごいね、いいねってあんま思わないわけ。
建物をコツコツ作る姿に「すごいね」「建築に強くなりそう」と感じる
追われて作って達成するのを繰り返すだけに見え、「もっとやんなよ」とは思えない
報酬系ゲームにしかこだわれない子に、何が足りないのか
中里さんは、周りから見れば報酬系にハマっているだけのゲームでも、本人にしか見えない魅力がある場合があると話します。たとえばロジスティクス ── もともとは物流管理のこと。ゲームでは、資源や物の流れを効率よく組み立てる仕組みを指すことが多いを組み立てるゲームに、整理整頓が好きな人がハマるような例です。
一方で、ただ「次へ次へ」と繰り返すだけでハマっている場合もあります。中里さんによれば、小中学生でそうなっている子は、ほかにやれることがなかったり、孤独感があって新しいことを始める心の余裕がなかったりすることが多いそうです。
ちょっとやっぱ孤独感を感じていて、新しいものに触れられない、自分のメンタルに余裕がなくて、新しいことを始められないみたいな状態になってることが結構あって。
中里さんは、Branchでの例を紹介します。マイクラの決まったルールしか遊ばないと決めていた子が、友達ができてカラオケ部に参加し、ほかの子が歌うのを見て「僕もやりたい」と言い出したそうです。
こだわり
マイクラの決まったルールしか遊ばないと決めている
友達ができる
Branchで遊べる友達ができ、心に余裕が生まれる
ほかの子を見る
カラオケ部に参加し、ほかの子が歌う姿を見る
新しい興味
半年後ぐらいに「お母さんカラオケ行こう」と自分から言うようになる
桜林さんはこれを「余裕の問題」と受け止め、ゲームから興味を広げる仕組みがあればいいのにと話します。自分はテトリスにすぐ飽きたけれど、ずっとハマれる人はほかのことも得意かもしれない、というアイデアです。
このゲームが、にハマるってことは、こういうの得意かもみたいにちょっとずつ広がっていくようななんかあるといいのにね。
中里さんは、遊び方によっても見えるものが変わるので、子どもを観察するとわかってくる部分がありそうだと応じます。最後に、桜林さんが最初に話したことに戻って相談への答えをまとめました。
本当にさくちゃんが最初に言ってくれた通り、そのそらまめのカエルさんご自身がやりたいことをこう集中していくっていうのがいいフェーズなんじゃないかなと僕も思ってます。
まとめ
娘の過ごし方が気になって目が離せないという相談に対し、二人は、親が自分に集中すること、そして子どもの遊びを親がどう受け止めているかを見直すことを提案しました。監視は思春期を前に、隠す、または期待に応えようと無理をするという形で、子どもに残りやすいと話されています。
- 子どもを気にしすぎる背景には、「本は上、ゲームやYouTubeは下」のような親の価値観や、「全部自分の責任」という思いがあるかもしれない
- 親が何かに夢中になる姿を見せることが、子どもの過ごし方に自然に影響する
- 監視や干渉への子どもの反応は、隠すか、期待に応えようと頑張るかに分かれやすく、どちらもいいことは起こりにくい
- 親が子どもの遊びを嫌がっているのか、リスペクトしているのかは、子どもに伝わる
- 報酬系のゲームにしかこだわれない子は心の余裕が足りないことがあり、友達などで余裕ができると興味が広がる場合がある






