なぜビジネスパーソンこそアートなのか
番組冒頭、GO三浦さんはこの回で扱いたかったテーマを明かします。それが「ビジネスパーソンこそアートをやるべきだ」という考えです。
この日のゲストは2人。国際アートフェア「Tokyo Gendai」のフェアディレクター高根枝里さんと、美術解説家の美術解説するぞさんです。
高根さんは、Tokyo Gendaiを「国際的で、いろんな素材やジャンルの作品を海外からも国内からも両方見られるフェア」だと説明します。
GO三浦さんは、行くと日本の作品も海外の作品もフラットに見られる、ある意味テーマパークみたいな楽しみ方ができる場だと語ります。
一方でGO三浦さんは、多くの人が抱く疑問も率直に挙げます。「これくらい俺でも描ける」「なぜ何百万、何十億もするのか」という謎です。この回は、その謎を3人で解いていく構成になっています。
そもそも「現代アート」とは何なのか
まずGO三浦さんは、するぞさんに「現代アートとは何か」を尋ねます。
するぞさんの答えは、質問の意図とは少しずれるという前置きから始まります。前提として「現代に作られたものは全部現代アート」だと注釈を入れます。
そもそも論として、現代に作られたものは全部現代アートですっていうことは注釈で入れておきたいんですけど。
そのうえで、時代を象徴したり、議論を巻き起こしたり、違和感を感じさせる要素があるものを現代アートと捉えることが多い、と続けます。
例として挙げられたのが、アーティスト集団チンポムの作品「スーパーラット」です。繁華街のドブネズミを剥製にして黄色く塗った作品で、大きな議論を呼びました。
するぞさんは、この作品が「今生きている我々が共感できると同時に、これってどうなの?と思わせる」点に、現代アートの特徴があると話します。
GO三浦さんは、解釈や意味性が重要になる現代アートの構造を、AI時代の仕事に重ねます。
答えがありふれたAIの時代に問いを見つけなければならない、という仕事の状況と、現代アートの構造は似ているという指摘です。
わからないことが面白い、という入り口
高根さんは、フェアを主催する立場から現代アートの魅力を語ります。その核心は「わからないことが面白い」という点です。
わからないからダメというよりは、自分が理解できないから、なんでこういう構造で、なんでこう考えたんだろう、この作家はというところから興味が湧くんですよね。
するぞさんも、わからないまま終わるのではなく、わからないことに出会えて、そこから掘っていく面白さがあると応じます。
高根さんは、商品開発やデザインとの違いも整理します。商品は「買いたい」と思わせるために答えを提示していく、というのです。
届くために、わかりやすく答えを提示する
答えを提示せず、問いを投げかけるだけで終わってよい
GO三浦さんは、アートを「問いの源泉」として捉えると分かりやすいのではないか、とまとめます。見た目の美しさだけでなく、これは何なのか、なぜ重要なのかを考えるきっかけになる、という見方です。
「俺でも描ける」への答え
GO三浦さんは、多くの人が口にする声を持ち出します。「私でも描けそう」「俺でもこれ作れそう」、それが何億円もするのか、という反応です。GO三浦さん自身はこれを「愚かな声」と表現しつつ、するぞさんに答えを求めます。
「俺でも描ける」という声に、どう答えていますか。
GO三浦 さんからの質問
するぞさんは2つの答えを示します。1つ目は「描けないので安心してください」。実際に色鉛筆でも画材でもいいので描いてみると、描けそうで描けないことがわかる。作ることで良さがわかる「制作鑑賞」だといいます。
2つ目は、仮に結果にたどり着けても、そのプロセスは再現できないという点です。
例として、便器を倒したデュシャンの作品が挙げられます。同じように便器を倒しても何億円にもならない。そこに至るプロセスを再現できるかが問われる、という説明です。
GO三浦さんは、そのプロセスや、その人の人生における意味が社会とどう接続しているかに価値があるのだと受けます。
さらにGO三浦さんは、優れたものほど無駄がなく「自分でもできそう」に見える、という共通点にも触れます。メッシのドリブルや青木真也の寝技を例に挙げました。
象徴的なのがピカソの逸話です。ファンの前でさらっと絵を描き、300万円だと告げる。短時間で描いたのになぜ、と問われ、「35年と30秒だ」と答えたというものです。
つまり、その人が生きてきたことで生まれた作品だから、人生の分の値段が乗っかっているというわけです。
3つの型で作品を分類する
ここからは鑑賞法へと話が移ります。するぞさんの著書『現代アートがよくわからないので楽しみ方を教えてください』では、楽しむための9つの型が紹介されています。帯はGO三浦さんが書いたそうです。
するぞさんは、まず前半の3つの型を押さえればいいと言います。作品の中を見る、表面を楽しむ、それでもわからなければ外側を見る、という3つです。
作品の中を見る
絵画の中の物語や景色に入り込んで楽しむ
作品の表面を楽しむ
色や質感など、表面そのものを味わう
作品の外側を見る
置かれた状況や空間全体、体験を楽しむ
この3つで、意味がわからないものもある程度分類できる、というのがするぞさんの分析です。
キャンディーの海が問いかけるもの
最初の作品は、フェリックス・ゴンザレス=トレスの作品です。箱根のポーラ美術館で展示されており、青いプールのように見えるものです。
この青い四角は、一粒一粒が本物のキャンディーです。鑑賞者は手に取って持ち帰ることができます。
するぞさんは、この作品はまず「作品の外」から楽しめるといいます。空間全体に色が敷き詰められた感じを、現場で味わうものだ、という説明です。
さらに、解説を読み解いていく「謎謎系」の面白さもあります。ここで種明かしがされます。
このキャンディーは、亡くなっちゃった作家の恋人と同じ量が敷き詰められてるんです。
恋人の質量を持った物体を、鑑賞者一人一人が持ち帰って舐める。それは切なくも、グロテスクにも感じられる体験です。
するぞさんは、舐めて体に吸収されたものは排泄され、雨風になって世界のどこかに残ると続けます。恋人は墓の中にいるかもしれないが、その物質は巡り巡ってまたどこかにいる、という思いに浸れる作品だといいます。
GO三浦さんは、見て楽しいレイヤーと、参加して考えて楽しいレイヤーの違いを指摘します。同じ内容を文章で紹介することもできるが、体験としての情報量は全然違う、という点で2人は一致します。
高根さんは、作家がゲイでAIDSで亡くなった時代背景があったのではないか、と補足します。
GO三浦さんは、自分が無意識にパートナーを女性だと思い込んで話していたことに気づいたと語ります。作品について話すだけで、自分の思考の檻や思い込みが見えてくる、という体験です。
するぞさんは、もう1つの視点も加えます。アートといえば絵画や彫刻と思いがちだが、地面に飴玉を置き、持ち帰らせる作品もある。そのアイデアを吸収すること自体が、特にビジネス視点ではめちゃくちゃ面白いといいます。
GO三浦さんは、これはThe Solutionsで扱うソリューションと同じだと受けます。多くのソリューションは「これやっちゃっていいんだ」という気づきに答えがある、という指摘です。
写真が「真実」を裏切るとき
2つ目の作品は、GO三浦さんも好きだという杉本博司の写真です。ジオラマシリーズと呼ばれるもので、白クマがペンギンを食い殺しているように見えます。
ところが、これは生きていません。博物館にある剥製を本物っぽく演出して撮った作品です。
これ実は生きてないんですって言ったらちょっと驚きませんか?という、そこがまず面白いポイントで。
するぞさんは「写真」という訳語に注目します。フォトグラフィーを「真実を写す」と書くが、加工し放題の現在、真実などどこにもないというのです。
杉本の時代は、写真は本物を撮っているという認識がさらに強かった。証拠写真という言葉があるほどです。
そこにこの作品は、生きているように撮りながら実際は死んでいるという「嘘」を提供します。しかも被写体をそのまま撮っているので、厳密には嘘をついていない、という入れ子構造です。
剥製自体も、生きているように見せるためのもの。その嘘を写真でさらに二重に構築し、鑑賞者に「真実とは何か」を問いかける作品だと整理されます。
Tokyo Gendaiの一作品を鑑賞する
3つ目は、Tokyo Gendaiでも展示されるサラ・ルーカスの作品「ブルーバニー」です。GO三浦さんは初見のまま感想を語ります。
女性の形をした布の塊のようなもので、乳房が強調され、顔がない。GO三浦さんは、今の女性が置かれた社会環境や、引き裂かれるような無気力さ、諦めを感じたと話します。
高根さんは「正解はない、それでいい」と応じます。そのうえで作品の背景を解説します。
この作品はバニーシリーズの一つで、女性を性的対象として扱うと批判される雑誌のウサギのイメージから着想を得ているといいます。
高根さんは、彼女が石膏や大理石のような高価な素材ではなく、ぬいぐるみやタイツといった日常的な素材を使う点を面白いと語ります。
影響を受けた試みとして、女性たちが卵を壁に投げつけてペインティングを作る作品も挙げられます。
卵は命の象徴です。それを投げつけて壊す暴力性がありつつ、割れて黄色くなっていく様子を楽しんでしまう自分がいる。意味はないが、卵という主題への価値観を考えさせられる作品だといいます。
こうした一連の背景があるからこそ、この作品は重要であり、価格も高い。サラ・ルーカスの作品は相当な価格になると高根さんは示唆します。
Tokyo Gendaiの歩き方
最後は、実際にTokyo Gendaiをどう楽しむかの話です。高根さんはまず「会場に来てもらう」ことを挙げます。入ったら地図を見て、ギャラリーやシャンパンブース、レストランの位置を確認するのがいいといいます。
会場は想像より広く、天井も高い。ひとギャラリーに1分かけても70ギャラリーで70分、移動を含めると1万歩ほど歩く規模です。
するぞさんのおすすめは、全部を見なきゃと気負わないことです。オープンブースなので、さらっと回って気になったものだけ寄っていく回り方を提案します。
GO三浦さんのおすすめは、予算を決めて一つだけ買うと決めて回ることです。買えなくてもいい、その気持ちがあるだけで見え方が変わるといいます。自身もバーゼルで予算700万円で行き、気に入った作品が8000万円で買えなかった経験を明かします。
するぞさんは、美術館とアートフェアの違いも整理します。美術館は評価済みの作品の「答え合わせ」の要素が強い。一方アートフェアは、値段が見え、新作が多く、自分の目利きや感覚との対話の要素が強いといいます。
高根さんは、公式サイトのオンラインカタログで、会期前に提出されたギャラリーの作品や値段の目安が見られると案内します。
そして番組は、するぞさんと高根さんによる解説ツアーの構想にも触れながら締めくくられます。GO三浦さんは、アートの話ができる人が増えたら嬉しいと語り、来場を呼びかけました。
まとめ
この回は、「俺でも描ける」「なぜ高いのか」という素朴な疑問を入り口に、現代アートの鑑賞法とビジネスへの活かし方を解説する内容でした。答えを求めず問いを楽しむ姿勢が、発想力を鍛える鍵として繰り返し語られています。
- 現代アートは答えを提示せず、問いを投げかけるもの。わからないことを面白がる姿勢が入り口になる
- 「俺でも描ける」への答えは、作ってみると描けないこと、そしてプロセスと人生が価値になっていること
- 「作品の中・表面・外側」の3つの型で、意味がわからない作品もある程度分類できる
- 地面に飴玉を置く、剥製を撮るといった発想は「これやっちゃっていいんだ」という思考の枠を外す練習になる
- Tokyo Gendaiは全部見ようと気負わず、予算を決めて自分の感覚と対話しながら回るのがおすすめ







