世界一の美食家は、どんな生活を送っているのか
ゲストの浜田岳文さんは、世界中を旅してレストランを巡る美食家です。三浦崇宏さんは、カンヌライオンズへ向かう飛行機の中で浜田さんの著書『美食の教養』を読み、着陸後すぐに感想を送ったことから交流が始まったといいます。
世界一のグルメっていうと、あだ名みたいに思われちゃうと思うんですけど、この人(浜田さんは)世界一のグルメなんですよ。
浜田さんの生活は、年間で約5ヶ月が海外、4ヶ月が地方、3ヶ月が東京という配分です。世界のレストランランキングの審査員を務め、世界のベストレストラン50 ── イギリスのメディアが主催する世界的なレストランランキング。各地の評議員や食の専門家の投票で順位が決まりますとアジアのベストレストラン50では日本の評議員長を務めています。
浜田さんが今いちばん通っているのは群馬県の前橋です。9月下旬から12月末まで3ヶ月間開かれる前橋国際芸術祭で、食のプログラムのキュレーションとプロデュースを担当しているためです。
ガストロノミーとは何か。「うまい」と「おいしい」の違い
三浦さんの求めに応じて、浜田さんはまずガストロノミー ── 「美食学」とも訳される言葉。料理を味だけでなく、歴史・文化・芸術などと結びつけて捉える考え方を指しますという言葉を説明します。語源では「ガストロ」が胃袋、「ノミア」が規範を意味し、一般には食と文化が交わる領域を指すそうです。
浜田さん自身は、食を3つのレイヤーに分けて考えています。お腹がすいたから食べる栄養摂取の食事、うまいからわざわざ食べに行く食事、そして本の中で定義した「うまいとは違うおいしい」です。
浜田さんのいう「おいしい」は、生理的な快感だけではありません。料理人の技術や考え方、背後にいる生産者のストーリーまで含めて味わうものだといいます。
茶道って別にお茶がうまいから飲んでるわけじゃないですよね。それはやっぱり文化的体験としてのお茶が、いわゆる美味しい(ガストロノミー)に当たるところで。
茶道とうまいお茶の対比で、うまいとおいしいは別のレイヤーだという区別がわかりやすくなります。三浦さんも、体験・文化・認識まで総合的に味わうのが「おいしい」だと受け止めていました。
まずい寮食から始まった美食の原点
浜田さんの食への関心は、美食ではなく栄養補給から始まりました。アメリカの大学では1年目は全員が寮に入る決まりがあり、その寮の食事が「ありえないぐらいまずかった」といいます。
浜田さんが例に挙げたのは、ビュッフェに並ぶ緑色のゼリーです。果汁成分ゼロで劣化しないため、誰も取らなければ翌日もまた並んでいたそうです。
3日連続並んで誰も取らないと、さすがに誰か取れよってなるのかわかんないですけど、4日目ぐらいからホイップクリームが乗り始めるんです。
ホイップクリーム乗っけたからこれでどうだって多分言いたいんでしょうけど、逆にこっちからするとホイップクリーム乗ってるやつは4日目だからやばい。
寮の食事は健康を害すると思うほどひどく、浜田さんは生き残るために外食を始めました。ただ、30年前のニューヨークには、うまい店すらそれほどなかったといいます。
そこで浜田さんは大学の単位を半年早く取り終え、大学4年の最後の半年をパリで過ごします。うまいものを食べようとしたパリで、「おいしい」にもぶち当たったのです。
なぜ肉と魚介を合わせるのか。パリで受けた衝撃
浜田さんが初めて「おいしい」を感じたのは、21歳ごろのパリでした。訪れたのは、地方からパリに出てきて初年度に二つ星、翌年から三つ星を取り続けるレジェンドシェフ、ピエール・ガニェール ── フランスを代表する料理人。独創的な食材の組み合わせで知られ、パリの本店はミシュラン三つ星を長く保っていますの店です。
ピエール・ガニェールの店で出てきたのは、肉と魚介を合わせた料理でした。30年前のパリでは一般的でなく、今でも抵抗を覚える日本人がいるかもしれない組み合わせだといいます。
うまいだけだったら、多くの人が「え?何これ」って抵抗覚えるようなことする必要ないじゃないですか。
ちょっと考えさせるし、一瞬抵抗あるかもしれないけれども、食べてみたら「あ、なるほど、これはうまいわ」となる。
浜田さんにとって、「なぜこんなことをやるのだろう」と思ったことが「おいしい」に興味を持ったきっかけでした。三浦さんは、感動する力と疑問を持つ力の両方が浜田さんの人生の扉を開いたのだろうと応じます。
浜田さんはもう一つ、デザートで有名だったフレンチ「ターブル・ダンベール」の例を挙げます。パティシエのフィリップ・コンティニは、キューバの葉巻モンテクリストのフレーバーエッセンスを使い、香ばしさや苦味で甘い皿が3皿続いても飽きない構成にしていたそうです。
好き嫌いではなく、いい悪いで評価する理由
浜田さんは、料理を自分の好みではあまり評価しません。好き嫌いで評価すれば、それは自分の感想でしかなく、他人の好みと交わる点がないからです。
いい悪いは議論になると思ってるんですよね。つまり、なぜいいかという説明につながるし、そこに対して「僕はそう思わない。なぜならこうだから」っていう、よりロジカルな議論が生まれる。
個人の感想で終わり、他人の好みと交わらない。覆す必要もなく会話が止まる
理由の説明につながり、反論も含めたロジカルな議論が生まれる。見解が変わったり共通理解が生まれたりする
世界中の人とコミュニケーションを取るうえで、浜田さんはロジックに立つ議論を大事にしています。そのうえで、いい店の第一の条件として挙げたのが「どこまで深く考えられているか」でした。
浜田さんによれば、考えていない料理は、質問したときに明確な答えが返ってきません。考え抜いた料理人はあらゆるシナリオを潰したうえで今の形を選んでいるので、何を聞いても答えがすぐに返ってくるといいます。
考えた結果何かをするっていうことは、逆に言えば何かをしないってことでもあるから、たった一つのそれ以外をしなかった理由が語れるかってことですよね。
伝統を再検証する料理人は、何が違うのか
考え抜いている料理人の例として、浜田さんは新橋の日本料理店「星野」を挙げます。日本料理は歴史が長く、多くの選択肢がすでに先人に検証されているため、何もわからず真似しても大きく外れないといいます。
それでも星野さんは、習ったことをあえて自分なりに再検証し直すそうです。三浦さんは、刺身には醤油とわさびと言われていても、本当にそれがベストかを考えることだと言い換えます。
10トライしたら9はやっぱり先駆者の言うことって正しかったんだな、理由があったんだなと思えるかもしれないけど、10のうち1、もしくは100のうち1かもしれないけど、「あれ、こっちの方がいいんじゃない?」みたいなことも起きうるわけですよ。
もう仕事してる人全員聞いてほしい。
浜田さんは、元の形に戻った99回の検証にも意味があると話します。自分の言葉で理由を説明できるようになること自体が進化であり進歩だという考えです。
三浦さんは、検証の多くは無駄になるかもしれず、それでも時間と体力を割けるかどうかが問われると受け止めていました。
考えを形にする技術。忍野村「野鳥」のシェフ
浜田さんが挙げる2つ目の条件は、考えたことを形にできているかどうか、つまり実際に手を動かす技術です。特に海外のイノベーティブな料理では、面白いアイデアがあっても手を動かす部分が追いつかない人もいるといいます。
浜田さんは、技術だけでも新しいものは作り出しにくく、考える力と手の技術の両方が必要だと話します。三浦さんはこれを「検証する知性と遂行する技術」とまとめ、どのビジネスにも通じると応じました。
技術の例として浜田さんが挙げたのが、山梨県忍野村の森の中にある「野鳥」です。最近注目されている若いシェフの店です。
今のトレンドは、一皿の構成要素を減らしてシンプルにまとめることです。わかりやすく、食材の質で勝負でき、仕入れを頑張ればあまり手を加えなくても美味しくなるといいます。
構成要素を減らしてシンプルにまとめ、食材のクオリティで勝負する
地元の限られた食材を多く盛り込み、技術でとっちらからずにまとめ上げる
ちょっと頭悪い感想しか出てこないんですけど、やっぱり料理が上手なんですよ。
浜田さんが「料理上手だよね」と伝えると、野鳥のシェフはほかの料理人からも同じことを言われるそうです。料理人が思う「料理が上手な人」だと浜田さんは表現しています。
発信できない店は、どう広がるのか
3つ目の条件として浜田さんが挙げたのは、発信力です。お客さんに知ってもらわなければ来てもらえないため、ストーリーをどう紡ぎ出すかも大事だといいます。
三浦さんは、職人には発信を苦手に感じたり無粋だと思ったりする人もいて、発信しないから信頼できるという客もいると問いかけます。
浜田さんは、発信が苦手な日本の料理人は多いと認めつつ、ストーリーが料理の魅力の一部なら発信が必要で、関係ないと考える人は無理にしなくていいと答えます。その場合は、ファンが代わりに発信してくれることで広がっていくといいます。
ファンに発信してもらううえで浜田さんが大事だと考えるのは、素人でも簡単な言葉で魅力を説明できることです。「なんかいいんだよな」と思う店は、一言で説明できなければ口コミとして広がりにくいといいます。
例えば「ここは薪焼きが得意なイタリアンだよ」だったら伝わりやすいじゃないですか。
三浦さんは、自分の価値を一言に凝縮し、それをお客さんに用意できているかという点も含めて、ものを作る仕事をする全員に通じる話だと受け止めていました。
料理に集中する。食べ手に求められること
食を通じて文化を学びたい人へのアドバイスを求められ、浜田さんはまず、店の料理にしっかり興味を持って行くことを挙げます。先入観なしで行くのも、シェフの背景を調べて楽しむのも、どちらもありだといいます。
実際に店に行ったら、料理にきっちり集中することが大事だと浜田さんは話します。メディアでは必ず何軒行ったかを聞かれますが、浜田さん自身は件数や回数に意味はないと考えています。
浜田さんは、ほかの店の話や予約困難な店の話ばかりで料理に集中できていない状況は、あまり良くないと考えています。
批評はクリエイティブか。審美眼の育ち方
好き嫌いではなく、いい悪いで判断する基準をどう身につけたのか。三浦さんの問いに、浜田さんは持って生まれた性格だと答えます。
曲の構成だったりとか、コード進行がこうなるから、ここでめっちゃエモくなるんだなとか、そういう聞き方を昔からしてた。
浜田さんは逆に、作る才能は「1ミリも」ないといいます。子どものころは絵を描かされることすら大きなストレスだったそうです。
三浦さんは、作品の見方を新しく作る批評もクリエイティブな行為だと返します。さらに、商品の素晴らしさがどこにあるかを示す広告の仕事は、批評に近いと話しました。
権威に騙されないために。前情報との付き合い方
三浦さんは、世界一の美食家として権威になった浜田さんに、若いころ権威に騙されたことはないかと尋ねます。
あんまり多分他人に影響を受けない人間というか。だから前情報を入れて食べに行くことに躊躇がないんですよ。
浜田さんは、前情報に良くも悪くも影響されない自信があるため、ほかの人の評価と自分の感想が違うこともあるといいます。三浦さんは格闘家・堀口恭司さんの「おめえは俺じゃねえんだ」という言葉を紹介し、誰かの意見を聞くことと影響されることは別物だとまとめました。
食はアートになりうるか。前橋国際芸術祭のプログラム
最後に浜田さんは、前橋国際芸術祭での取り組みを紹介します。テーマは「Food as Art?」で、食がアートの領域に入りうるかを検証するプログラムだといいます。
プログラムを代表する店として、デンマーク・コペンハーゲンのアルケミスト ── コペンハーゲンにある革新的なレストラン。演劇的な演出や社会問題を扱う料理で知られていますのシェフを日本に招き、浜田さんとのトークや料理のデモンストレーションを行う予定です。
アルケミストでは、海洋プラスチック問題を提起するために、食べられるプラスチックのようなものを料理に添えているそうです。
そういう躊躇したりネガティブに思う経験ほど記憶に残るんですよ、人間って。
三浦さんは、この回の話はグルメ論というより仕事論であり、形のないもの、答えのないものにどう向き合うかの話だったと締めくくりました。前橋国際芸術祭にはGOも協賛しています。
まとめ
浜田岳文さんの美食論は、「うまい」と「おいしい」を区別し、好き嫌いではなく理由を語れる評価軸で料理を見るものでした。考え抜くこと、形にする技術、伝える力という条件は、料理に限らず仕事全般に通じる視点として語られています。
- 食は栄養摂取、うまい、おいしいの3レイヤーに分けられ、「おいしい」は技術やストーリーまで味わう文化的体験
- 好き嫌いは感想で終わるが、いい悪いは理由を伴う議論になる
- 一流の店の条件は、考え抜くこと、形にする技術、発信の3つ
- 伝統を再検証する99回の失敗も、自分の言葉で理由を語れるようになる進歩になる
- 件数より、一回一回の食事に向き合い何を得たかが大事






