どこで見たか思い出せないのに、見たことがある看板
番組冒頭、きぬたさんが差し出したのは、街でよく見かける「あの看板」です。三浦さんは、その存在感をこう表現しました。
何が怖いって、どこで見たか覚えてないのに見たことある気がするっていうのが一番怖い。
三浦さんは、GOのバックオフィスチーム「グラウンドコントロール」に入った川口さんを、この回で初出演者として紹介しています。川口さんの前職はアイドルでした。
今回のテーマは、街でよく見かける「あの看板」に隠されたアイデアです。看板に思い切り顔を出しているきぬた歯科の院長、きぬた泰和さんをゲストに迎えました。
僕こういうのってよくメールとか来るんですよ。(収録は)大体都内じゃないですか。めんどくさいからみんな断っちゃうんですよ。
きぬたさんが今回の出演を決めたのは、三浦さんへの興味からでした。三浦さん自身のことをアルゴリズムで見かけ、数年前から気になっていたと話します。
(三浦さんは)能力のある方だから、なんか上から疎まれていじめに遭って辞めちゃったのかなとか、いろいろ考えました。
きぬたさんは、1996年にJR西八王子駅前できぬた歯科を開業しました。八王子を拠点に独自の大規模な屋外広告戦略で知名度を上げ、現在では首都圏を中心に約250か所もの巨大看板を設置しています。
ただし、この250か所という数字は控えめだといいます。三重県伊勢市には1.4キロにわたって電柱看板が並んでおり、それを1本ずつ数えれば設置数は300を超えるそうです。
75万円の看板と月100万円のネット広告、集客数が同じだった
看板を始めた理由について、きぬたさんはまずSEO(検索エンジン最適化)に力を入れていたと振り返ります。インプラントという商材で「インプラント費用」などのキーワードを検索上位に乗せていました。
ところが、きぬたさんがアンケートを取ってデータを検証したところ、意外な事実が判明します。集客数を比べると、看板とネット広告の効果に大きな差があったのです。
この検証のきっかけは、危機でした。NHK「クローズアップ現代」でインプラントの死亡事故が報じられ、日本中の歯科医院でインプラントの数が減ったといいます。数を多くこなしていたきぬた歯科は、その影響を大きく受けました。
コケとか雑草って風が吹いても揺れないじゃないですか。僕はものすごい高い木なわけですよ。ちょっとした風で揺れちゃうんですよ。
追い詰められて手が空いたきぬたさんは、その時間を使って過去10年分のアンケートを検証しました。そこで、看板だけが集客と合致していたと気づいたのです。
だからクローズアップ現代にめちゃめちゃ感謝してるんですよ。だからもう本当にピンチはチャンス。
三浦さんは、心が折れそうなピンチのタイミングで過去を内省し、勝ち筋を見つけられたことを評価します。きぬたさんは、若い頃の挫折を検証する癖が役立ったと語りました。
ビフォーアフター看板からの転換。なぜ「顔」だけになったのか
看板のデザインは、最初から顔を出していたわけではありません。きぬたさんは当初、歯槽膿漏の汚い口と、治療後のきれいな歯を並べたビフォーアフターの看板を出していました。
この看板は、思わぬトラブルを生みます。汚い歯茎の写真がある駐車場を通って入る場所に、後からハンバーグ屋ができたのです。
ハンバーグ食べに行く人が、汚い歯茎の写真の駐車場を通って入る。ハンバーグ屋の営業妨害だってなった。
家族からも看板そのものをやめてくれと言われ、経営者、医療者としての葛藤の中で、きぬたさんは次のインパクトを模索します。そこで行き着いたのが「顔」でした。
視線って結構感じるじゃないですか。だって俺、視線って絶対いけるなと思ったんで、次は顔しかないなっていうところで顔にした。
三浦さんは、この直感を広告の理論から裏付けます。人間の脳は、人の顔を最優先に認知するようにできているというのです。
人間ってどんなものがあっても、人間の顔を見つけたら、それに最優先に意識が向くように脳がなってるんですよ。
興味深いのは、この発見がきぬたさん自身の負の感情から生まれた点です。周りの目を気にする性格が、人間の顔が大事だという発見につながったと三浦さんは指摘しました。
胡散臭さは狙い。タレントでは「風景」になってしまう
きぬたさんが自分の顔を使うのは、コストと事業への直結を突き詰めた結果でもあります。有名タレントを起用しても看板は「風景」になってしまうといいます。
結局ね、タレントを乗せても風景になっちゃうんですよね。大手企業がみんなそれをやってて、何やってんのかなっていう。
風景にならないためには違和感が必要で、最もコストが安く事業に直結できるのは自分自身だという結論に至りました。きぬたさんは、これを覚悟の問題だと語ります。
自分が体張らないと。戦国時代でも大将が逃げちゃダメだし、やっぱ先陣切らないといけないですよ。その覚悟ですね。
なぜ地元から遠い三重県にも看板を出すのか
設置場所の選び方について、きぬたさんはまず前提を説明します。きぬたさんが始める前、屋外広告は完全に「オワコン化」していました。
屋外広告ってのはもともとオールドメディアでいい場所にあったんですよ。あったのがみんな空いていた。そこを僕は埋めてっただけです。
一方で、きぬたさんは取材などで「効果はありません、これは男のロマンです」と語ってきました。しかし、それは本心ではないと明かします。
地元から遠い三重県に看板を出す理由は、観光地戦略にあります。伊勢神宮には東京から多くの人が訪れるため、その来訪者に届けることを狙っているのです。
八王子のきぬた歯科の(商)圏内の方も通るであろうという観光地戦略だった。
景観論争と脅迫。それでも「議論そのものが価値」
看板は公共のメディアになるため、見たくない人にも届いてしまいます。三浦さんは、広告には条例とは別に、見る人の気持ちを害さないというモラルがあると説明します。
きぬた歯科の看板をめぐっては、景観を壊しているという批判が絶えませんでした。過去には八王子警察署に被害届を出したこともあったといいます。
殺すとかさ、直接お前のところに行って白黒つけるって。何の白黒。(そういう怖いのが)いっぱい届いた。
三浦さんは、思想信念を持って取り組んでいるなら、批判に対して単にやめるのではなく議論を深めるべきだと述べます。
その議論そのものが世の中に対する価値の提案になるので、その炎上したきっかけについてちゃんと議論を深めることが重要だ。
きぬたさんは、組織で受けるバッシングと違い、個人攻撃を一人で受け続けたしんどさを振り返りました。それでも、人生をかけていたからやり抜いたと語ります。
看板づくりの勝ちパターン。「Zの法則」と余計な言葉
きぬたさんに看板の勝ちパターンを尋ねると、まず「3行以内」に情報を絞ることを挙げました。もう一つが、視線の動きに沿った「Zの法則」です。
目線の動きに沿うため、一瞬で見た人の心と脳をつかめる
一瞬見ても頭に入らず、すぐ過ぎ去ってしまう
きぬたさんは、他社の看板をX(旧Twitter)で添削することでも知られています。縦書きでNの形になっている看板を横書きに直したところ、格段に見やすくなったといいます。
さらにきぬたさんは、看板に「架け橋」「社会貢献」といった言葉が入ることに強い違和感を示します。中小企業がそれを言う必要はないという立場です。
税金が最大の社会貢献ですよ。(中小零細企業は)ちゃんと利益を生むように真剣にやりましょうよと。
三浦さんは、屋外広告は基本的に集客と認知アップのためにあるものだとして、そこに余分な情報を入れることへのきぬたさんのこだわりを、焼肉の例えで受けとめました。
焼肉焼いてるところで、隣の人がいきなり網の上にフグの刺身置いてきたらそれはダメって言っちゃう。
年間2億円の広告費で売上10億増。一気に賭けた覚悟
看板にかける費用について、きぬたさんは2025年で看板だけで約2億円だと明かしました。そして、その投資による効果をこう語ります。
きぬたさんが看板を本格的に増やし始めたのは、危機に見舞われた2012年からです。当時、内部留保は1年半ほどで尽きる計算でした。
それでもきぬたさんは、少しずつではなく一気に賭ける道を選びます。週1のペースで看板を増やし続けました。
もう一旦突き切っちゃおうと思ったんですよ。だから追い詰められるってそういうことなんですよ。
三浦さんは、この判断の重要性を強調します。マーケティングでは少しずつ投資する人が多いものの、大きな変化を起こすには勝負をかける必要があるというのです。
一気にグッと上がるっていう、認知の角度を上げるのはめちゃくちゃ大事ですね。
結果は数字に表れました。2013年に一気に売上が上がり、2024年、2025年と過去最高を更新し続けています。看板をそれほど増やしていないのに伸びている理由を、きぬたさんはこう説明します。
同業者が真似してくれてるんで、それが相乗効果になって、脳内変換が起こるんですよ。どっかで見た看板、違う歯科医院なのに、俺だって、みんな。
真似もグッズも「フリー素材」。認知が全部利益に集約する
三浦さんは、圧倒的な認知を先に取ると、後続の二番手・三番手の模倣が競合ではなく一位の認知向上に貢献すると整理します。カップラーメンをカップヌードルと呼んでしまう現象と同じ構図です。
きぬたさんは、自分のグッズが勝手に作られて売られていることについても、金銭を受け取っていないと明かします。
グッズもいっぱい出てるんですよ。僕別にお金ももらってないし。だから勝手に作ってみんな勝手に儲けてるんですけど。
きぬたさんがこれを許容するのは、薄い利益より認知の広がりを優先しているからです。金銭のやりとりが不満を生むことも避けたいと考えています。
向こうには向こうで儲けてもらえれば、僕は本業で儲けるんで、それでいいんじゃないかなと。せこいことは言わない。
三浦さんは、あらゆる場所に認知を飛ばした結果が最終的にビジネスの成果に集約されている点を評価します。きぬたさんはこれを過去の経験則で実現していました。
三浦さんが提案する、事業を伸ばす次の一手
ここできぬたさんが、逆に三浦さんへ相談を投げかけます。ここまでやってきて限界を感じているというのです。
僕はここまでやりました。でももう限界を感じてるんですよね。三浦さん、これをやったらもっとすごいんじゃねえの?みたいな。あります?
三浦さんが提案したのは、物量ではなく情報量を変えるアイデアです。歯学部に通うきぬたさんの子どもを看板に登場させる案でした。
300箇所以上の広告のうち一部を「きぬたジュニア」にして、あ、医者2人いるんだというニュースを作って、認知量を変えないままフレッシュさやインパクトを変える。
きぬたさんは、以前お金を払ってアドバイスを聞きに行ったこともあったものの、ピンとこなかったといいます。しかし、この提案には手応えを感じたようです。
今の話が一番ピンと来ましたね。頭でシミュレーションしたら、いけるなっていう感じはしますよ。
三浦さんはもう一つ、「きぬた看板コンサル」という会社を作り、格安で看板の添削をする代わりに看板の右下にきぬたさんの顔を入れる案も提示しました。
インテル入ってるとか食べる100名店みたいな感じで、きぬたコンサルっていう(マークを)右下に入れとく。
平安時代からある看板を、なぜ誰もスルーしたのか
川口さんが、顔出し看板は今も有効なコミュニケーションかを尋ねます。きぬたさんは、地域限定のマス広告としてめちゃめちゃ有効だと断言しました。
きぬたさんによれば、看板そのものは平安時代のおふれ書きから存在していました。それでも効果がないとされてきたのは、置き方に理由があったといいます。
今まで1個とか2個しか置かなかった。顔もないから文字いっぱい書き込むっていうことで。常識となってたことを疑ってみる。
きぬたさんは、BtoCの事業者にとって顔出し看板は特に有効だと勧めます。地方なら年間10万円ほどで設置でき、自分の店から近い国道沿いに3つほど立てれば効果があると具体的に語りました。
三浦さんは、この話を戦略として整理します。屋外広告は地域全体の認知を一気に取りに行くためのメディアであり、集客につながる商売と相性がよいというのです。
「人生はどこまで行っても新記録」。悶々とする人へ
最後に、きぬたさんは角川から出版した本を紹介しました。日頃悶々としている社会人や学生に向けて、自身がどう悶々としながら今に至ったかを赤裸々に書いた一冊です。
本の帯には「人生はどこまで行っても新記録」とあり、三浦さんは思わずその意外さに反応します。第2章のタイトルは「やられたらやり返せ」でした。
きぬたさんが三浦さんに贈った本には、生き方を凝縮したメッセージが書かれていました。
他人の人生にみんな感動しすぎだと。自分の人生に感動しろと。
番組は、看板というテーマを超えて、広告のコミュニケーションの本質まで踏み込む対話となりました。
まとめ
患者がほぼゼロになる危機を、きぬたさんは過去10年分のデータ検証と一気に賭ける覚悟で乗り越え、顔出し看板を年商18億超の事業に育てました。看板という古い手法を、置き方と発想で刷新した点に、その手があったかと言える鮮やかさがあります。
- 75万円の看板と月100万円のネット広告の集客数が同じという検証結果が、看板戦略の起点になった
- タレントは「風景」になるため、コストが安く事業に直結する自分の顔を看板に据えた
- 内部留保が1年半で尽きる状況で、少しずつではなく週1ペースで一気に看板を増やして勝負をかけた
- 同業者の模倣やグッズの流通が「脳内変換」を生み、後続の認知がきぬた歯科の集客に集約されている
- 屋外広告は地域全体の認知を一気に取るマス広告であり、集客型のBtoC事業と相性がよい


