ソニー・ワーナーはAnthropicの何を訴えたのか?
2026年8月28日、Sony Music PublishingとWarner Music傘下のWarner Chappell Musicが、Anthropicを提訴しました。被告にはCEOのダリオ・アモデーさんと、共同創業者のベンジャミン・マンさんも含まれています。
訴えの中身は、数万曲分の歌詞や楽譜を生成AIが無断で学習していたのではないか、というものです。提訴先はカリフォルニア州北部の連邦地裁とされています。
読売新聞などは原告を音楽出版など約35社と報じています。ただCEOセオさんによると、一次ソースでは内訳がわからず、主原告として記載されているのはソニーグループとワーナーグループだといいます。
侵害の対象として例示された楽曲には、マライア・キャリーやテイラー・スウィフトの作品も含まれています。
CEOセオさんはこのニュースに触れたうえで、AIの学習をめぐる訴訟はすでに多く、判例も出ていると指摘します。そのうえで、問題の所在は一般に思われているところとは少し違うと話します。
(AIの訴訟で)どこが問題なのかっていうのは実はちょっと違うんですね。学習することが実は問題ではないんです。
訴えの核心は「700万冊超の海賊版書籍」
原告側の主張の中心は、Anthropicが2021年と2022年に700万冊を超える海賊版の書籍をダウンロードし、そこに含まれる歌詞や楽譜を学習に使っていた、という点です。
請求内容としては、法定の損害賠償として1作品あたり最大15万ドル、日本円で約2200万円が求められています。さらに著作権管理情報を削除したことについて、1件あたり約365万円の支払いも求めているといいます。
これに対してAnthropicは、主張には同意せず、法廷で強く防御すると表明しています。
ただCEOセオさんは、Anthropicはおそらく負けるだろうと見ています。理由の一つはIPOを控えていることで、訴訟が長引けば上場が遅れかねず、年内には決着をつける必要があるからだといいます。
負けた--もう負けといた方がいいんじゃないかなっていう判断もありますし、え、そもそも(Anthropicは)過去に(前例を)作っちゃってるんですね。
AI企業にとって学習データは「仕入れ」である
CEOセオさんは訴訟の背景を理解するために、OpenAI、Anthropic、Geminiといったファウンデーションモデル ── 大量のデータで事前学習され、さまざまな用途に応用できる大規模なAIモデルのこと。基盤モデルとも呼ばれますの事業構造を整理します。
1つ目のコストは計算資源です。NVIDIAやTSMCなどからGPUを仕入れ、データセンターを作る必要があります。
2つ目は人材です。研究者やAIエンジニアは常に開発を続けなければならず、優秀な人材の取り合いになっているといいます。CEOセオさんは、アメリカのAI企業にも中国出身の人材が多くいると言われている点に触れています。
3つ目が学習データです。テキスト、画像、音声などあらゆるデータがモデルの育成に必要で、CEOセオさんはこれを「仕入れ」と表現します。
計算資源
NVIDIAやTSMCなどからGPUを仕入れ、データセンターを構築する
人材
研究者やAIエンジニアを確保し、開発を続ける
学習データ
テキスト・画像・音声などを仕入れてモデルを育てる
すべての学習データにお金をかけるとコストが膨大になるため、AI企業の本音はできるだけ効率的に学習したいところだろう、とCEOセオさんは推察します。
なぜAnthropicは海賊版から仕入れたのか?
CEOセオさんの見方では、Anthropicは「海賊版から仕入れてしまえ」という判断をしており、それはグレー、むしろ黒に近いグレーだといいます。海賊版自体の責任にできるという発想があったのではないか、という読みです。
さらに社内メモには、海賊版ならお金を払わずに済むことや、やっていることを知られたくないといった記述があったとされます。CEOセオさんは、これを「確信犯」だと表現しています。
要するに(ライセンス料を)払わないようにするためにどうするかということをもう明確に考えてる。
AnthropicはOpenAIと比べて、AIの暴走防止や倫理観を強く打ち出してきた会社です。それでも学習データの入手については「結構緩い」とCEOセオさんは指摘し、人類の英知のためには多少の犠牲も仕方ないという感覚なのではないか、と推し量っています。
音楽出版社が「負けられない」理由
音楽出版社の立場から見ると、海賊版はそもそも害悪であり、自社の権利がフリーライドされている状態です。アーティストや作家の権利を守る立場として、こうしたやり方には対応せざるを得ません。
加えて、音楽の収益源はCDからライブやグッズなどへ広がってきました。その中で、著作物を学習ライセンスとして提供することも、一つのビジネスモデルになりかけているといいます。
実際に、音楽生成AIのSuno ── テキストの指示から楽曲を生成するアメリカの音楽生成AIサービスやUdioとの間では、ユニバーサルなどが和解して対価を得て、今後もライセンス料を払うモデルにしているとCEOセオさんは説明します。
つまり音楽出版社にとって今回の訴訟は、AIによって新しい収益源を作るという戦略の一部でもあります。だからこそソニー、ワーナー、ユニバーサルとしては負けられない、という構図です。
時価総額150兆円のAIと1兆円の音楽出版
CEOセオさんは、両者の規模の差にも注目します。Anthropicは現時点で時価総額150兆円を超えるとも言われ、上場時には200兆円、場合によっては300兆円を超える史上最大級のIPOになるのではないかと語られています。
Anthropicの年間ランレート売上も6兆8000億円に達しており、10兆円に届くかもしれないとCEOセオさんは見ています。売上が垂直に伸びている状況です。
一方、米国の音楽出版・ソングライティング産業は約1兆200億円規模とされます。10年連続で2桁成長しているものの、CEOセオさんは二極化も進んでいると付け加えます。
時価総額150兆円超とされ、年間ランレート売上は6兆8000億円
約1兆200億円規模で、10年連続2桁成長
さらに伸ばす必要がある音楽出版にとって、最もお金があふれているAIから取りに行くのは自然な流れだといいます。ただ、Anthropic1社の規模と比べれば出版市場がいかに小さいかがわかり、AIからどうお金を引っ張るかは真剣に考えなければならない段階に来ている、とCEOセオさんは話します。
SunoとUdioについては、いくつか和解が成立しています。ただSunoはユニバーサルなどと今も争っている部分があり、全面的な和解ではありません。それでも全体としては、音楽生成をすればするほど作家にお金が入るモデルに向かいかけているといいます。
前例の15億ドル和解が示した本当の争点
CEOセオさんが冒頭で触れた「前例」とは、Anthropicが書籍をめぐって訴えられ、約15億ドル、約2400億円の和解金を支払ったケースです。海賊版の電子書籍データベースから取得した数十万冊のデータを、無断で学習に使ったとして提訴されていました。
この書籍訴訟には、主な争点が2つありました。1つは海賊版からダウンロードしてデータを保有する行為、もう1つはそのデータを学習する行為です。
CEOセオさんによると、和解に至った争点は前者の「海賊版からの取得・保有」でした。対象となる約50万点について1冊あたり3000ドルとされ、合計で約2400億円になったといいます。
一方で、AIの学習そのものについてはフェアユース ── アメリカ著作権法の考え方で、批評・研究・変容的な利用など一定の条件を満たせば、権利者の許諾なく著作物を利用できるとするものにあたり問題ない、という判断だったとされています。
違法なダウンロードとデータ保有が問題とされ、約2400億円の和解につながった
フェアユースとされ、罰金などは課されていない
このことからCEOセオさんは、問われているのは学習ではなく入手経路だと整理します。今回も歌詞や楽譜を海賊版から取っている以上、前回と同じ構図でAnthropicは負けるだろう、という見立てです。
Napsterからストリーミングへ、繰り返される歴史
CEOセオさんは、今回の流れを音楽業界の過去と重ねます。かつてNapster ── 1999年に登場したファイル共有サービス。音楽ファイルを無料で交換できたため、著作権侵害として訴訟を受け、のちに停止しましたで違法に音楽がダウンロードされ、それは駄目だという流れを経て、ライセンスを払うストリーミングへ移行しました。
ストリーミングの便利さは誰もが納得しています。同じように、AIに多くのデータが学習されて便利になることも、多くの人が納得しているとCEOセオさんは見ます。だから学習自体はしてほしいが、違法な方法ではなくきちんと払いなさい、というのが争点だといいます。
CDの時代は移動中に10枚ほどしか持ち運べなかった音楽が、ストリーミングでは何十万曲、何百万曲も持ち運べるようになりました。CEOセオさんは、この利便性を一度体験したらもう戻れないと話します。
CDの時代。持ち運べるのは10枚ほどだが、数千人のファンがいればCDを売って食べていけた
ストリーミングの時代。何百万曲も持ち運べるが、インディペンデントやミドル層のアーティストは食べられなくなった
結果として起きたのは二極化です。テイラー・スウィフトやジャスティンのような世界的なアーティストは稼げる一方で、それ以外の人はほとんど食べられなくなり、ミドル層のアーティストが一掃されてしまったとCEOセオさんは指摘します。
AIのライセンス料はアーティストを救うのか?
CEOセオさんは、ストリーミングで起きた「希釈化」が、AIでも再び起きると見ています。AIの学習にライセンス料を払わせても、個々のアーティストに入る金額は雀の涙だろうという予想です。
(AIの学習で)ライセンス料払ったとしても、まあ胴元は儲かるかもしれません。ただ、アーティストは厳しいと思いますね、これ。
ただし、無断で学習されてよいわけでもありません。CEOセオさんは、アーティストの取り分が1000円から100円へ、100円から10円へと下がってきた歴史を挙げ、それが繰り返されていると話します。
背景には、コンテンツがあふれかえり、全部を聴くことも見ることもできない状況があります。その中で1作品あたりの単価が下がっていくのが現状だ、というのがCEOセオさんの見方です。
やったもん勝ちの時代に、アーティストはどう生きるか
今回の訴訟について、CEOセオさんはソニーとワーナーがおそらく勝つと予想します。Anthropicにとっては上場を考えればすぐ払ったほうがよく、和解金も彼らの規模からすれば小さな額で、払って終わりになるだろうという見立てです。
しかしそうなると、データを利用することが当たり前になり、「海賊版からどんどん拾ったほうが勝ち」という、やったもん勝ちの話になってしまうとCEOセオさんは懸念します。結局、害を受けるのはアーティストだといいます。
CEOセオさんは、アーティストも視点を切り替え、例えばPodcastのような形を含めて著作物以外の収益源をつくらなければ生き残れないと話します。そのための柔軟な思考が必要ではないか、と問いかけて番組を締めくくっています。
まとめ
ソニー・ワーナーによるAnthropic提訴の争点は、AIが学習したこと自体ではなく、海賊版からデータを入手したことにある、とCEOセオさんは解説しています。前例の書籍訴訟でも学習はフェアユースとされ、和解の理由は違法な取得・保有でした。一方で、ライセンス料が支払われても、ストリーミングの時と同じくアーティスト個人への恩恵は小さいかもしれず、著作物以外で稼ぐ柔軟さが求められると語られています。
- ソニーとワーナーは、海賊版書籍に含まれる数万曲の歌詞・楽譜を学習に使ったとしてAnthropicを提訴した
- 前例の約15億ドル和解では、学習はフェアユースとされ、問題は海賊版からの取得・保有だった
- AI企業にとって学習データは「仕入れ」であり、音楽出版はAIを新たな収益源と見ている
- ストリーミングでミドル層が苦しくなったように、AIのライセンス料もアーティストを救いにくいとCEOセオさんは見ている
- アーティストは著作物以外の形でビジネスをする柔軟な思考が必要だと語られている





