アンドリーセン・ホロウィッツ引退報道は本当か?
第101回となるこの回は、前週のYouTubeライブへのお礼から始まりました。草野さんは、オフ会などができなかった中で、リスナーと一緒に話せたような感覚があって楽しかったと振り返っています。
本題のきっかけは、宮武さんが紹介したブルームバーグの記事です。記事は、アンドリーセン・ホロウィッツ ── マーク・アンドリーセンとベン・ホロウィッツが2009年に設立したシリコンバレーの大手VC。a16zとも呼ばれますの創業者であるベン・ホロウィッツさんとマーク・アンドリーセンさんが、そろそろ一線を退き、世代交代が行われるのではないかと伝えていました。
ブルームバーグがそう判断した理由は2つあります。1つは、ベンさんがLinkedInの居場所をカリフォルニアからラスベガスに変え、マークさんもラスベガスのあるネバダ州に家を買ったことです。
もう1つは、二人が務める社外取締役の数が減っていることです。宮武さんによれば、ベンさんは2020年ごろの16社から今は11社に、マークさんは4年前の11社から今は7社ほどになっています。
ただし宮武さん自身は、この見立てに「本当かな」と疑問を持っています。二人もすぐに反応を出しており、マークさんは自分のカレンダーとTODOリストを見て、そんなことが起きているのかと驚いてみせたといいます。
カレンダーびっしりなのに。
ベンさんのほうも、300人規模の会社と11社の社外取締役を抱え、毎週80時間ほど働いている状態が、ブルームバーグからすると軽い仕事なのか、と返しています。宮武さんは、アンドリーセン・ホロウィッツが昔から記者とあまり話したがらない理由も、こうしたところにあるのかもしれないと話しています。
アメリカの一番の貢献はベンチャーキャピタル?
宮武さんは当初、アンドリーセン・ホロウィッツの戦略を話すつもりでした。ところがVC業界を調べるうちに、VCの歴史そのものを自分でもあまり理解していなかったと気づいたといいます。
前回の第100回では、オランダが資本主義を作ったという話をしていました。イギリスなら産業革命のように、各国は経済とイノベーションに新しい革命を起こしてきたと宮武さんは整理します。
じゃあアメリカの一番の貢献って何だろうって考えた時に、まあ一つアイデアとして出たのがベンチャーキャピタル。
宮武さんの言うベンチャーキャピタルとは、イノベーションと資本主義を一緒にしたものです。そのうえで、シリコンバレーが成功した理由を大きく3つに分けて示しました。
2つ目のCoopetition ── Cooperation(協力)とCompetition(競争)を組み合わせた造語。競合しながらも協力し合う関係を指し、ビジネス戦略論で使われますについて、宮武さんは、VCやテック、シリコンバレーに非常にフィットしている言葉だと話しています。草野さんも「面白い言葉ですね」と反応しました。
VCはなぜ「ありえない世界」に投資するのか?
VCを理解するうえでまず押さえるべきなのが、パワーロー ── べき乗則。ごく少数の事例が全体の成果の大半を占める分布のこと。VCでは一握りの投資先が投資全体のリターンをほぼ生み出すことを指しますという考え方だと宮武さんは言います。VCが投資する会社のほとんどは失敗し、利益が出るのは1社、2社とごくわずかです。
そのためVCはよくホームランビジネスと呼ばれます。しかし宮武さんが紹介したベンチマークの投資家ビル・ガーリーさんの言い方は、さらに極端です。
(ビル・ガーリーさんが)言うには、「VCはホームラン事業でもない」と。もう満塁ホームラン事業だと。
だからこそVCは、今ならWeb3や宇宙旅行、メタバースのような、ありえないように見える世界に投資する必要があります。草野さんは、投資した時点では「こんなのに投資すんの?」と見えてしまうと応じています。
宮武さんは、企業や政府の投資モデルとVCを比べました。企業や政府は過去のデータをもとに投資し、うまく予測できないものに投資するのは無責任だとされがちで、ロングテールの出来事を基本的に無視します。
過去のデータをもとに、予測できる「なんとなくあり得そうな世界」に投資する。ロングテールは無視しがち
産業を変える革命はロングテールからしか来ないと考え、一見無茶な世界に投資する
草野さんが「簡単なようでめちゃくちゃ難しい」と言うと、宮武さんも、一見すると無茶な話だと認めています。
ヘルスケアに投資するなら業界の人ではない?
宮武さんは、コスラベンチャーズのトップで、かつてクライナー・パーキンスにいたヴィノッド・コスラさんの考え方を紹介しました。コスラさんは、ヘルスケア企業に投資するなら、ヘルスケア業界の経験を持つCEOには投資したくないと言っているそうです。
やっぱりその新しいアイデアを考える人っていうのが経験者じゃないっていう。
宮武さんはその裏付けとして、業界外から生まれたイノベーションの例を挙げています。
| 業界 | 既存の大手 | イノベーションの出どころ |
|---|---|---|
| リテール | ウォルマート | アマゾン |
| メディア | フォーブス、タイム | YouTube、Facebook |
| 宇宙 | ロッキード・マーティン | スペースX |
ジェフ・ベゾスさんもリテールの経験者ではありませんでした。宮武さんは、エキスパートから来たメジャーなイノベーションは少ないと話し、本当に業界を変えるレベルのものほどそうだとしています。そしてそこに投資するリスクを考える人たちこそがVCだ、と位置づけました。
八人の反逆者はなぜショックレーのもとを去ったのか?
話はシリコンバレーの始まりに移ります。宮武さんも、これまでちゃんと調べたことはなかったと前置きしたうえで、よく言われる起点はウィリアム・ショックレーさんだと説明しました。
ショックレーさんはトランジスタなどの半導体を作った発明家で、シリコンをカリフォルニアに持ってきた人物です。だからシリコンバレーと呼ばれる、と宮武さんは話しています。
ショックレーさんはノーベル賞も受けた有名な科学者でしたが、上司やマネージャーとしては怒鳴るなどひどかったといいます。その下で働いていた8人の研究者が独立し、自分たちの会社を立ち上げたことが、シリコンバレーの始まりとして語られています。
わぁ、なんか神話みたいですね。
この8人は英語でTraitorous Eight、日本語では八人の反逆者と呼ばれます。宮武さんは、PayPalマフィア ── PayPalの創業メンバーや初期社員のこと。退社後にTesla、LinkedIn、YouTubeなど多くの企業を生み出し、こう呼ばれていますの元祖のような存在だと例えています。
一般には、八人の反逆者の独立は大企業に対するカウンターカルチャーとして始まったとされます。しかし宮武さんは、裏ではもっと複雑で、独立を可能にしたのは当時アドベンチャーキャピタルと呼ばれていたもの、のちのベンチャーキャピタルだったと話しています。
本当に冒険するための。
まだちゃんとした名前がなかった時代のこの呼び方に、草野さんは「いいですね、アドベンチャーキャピタル」と返しました。
独立を提案したのは科学者ではなくVCだった?
八人の反逆者は、最初は独立ではなく、一緒に辞めて別の会社に移りたいと考えていました。そこでメンバーの一人ユージン・クライナーさんが、父親の取引先の金融ブローカーに手紙を送り、8人の次の会社を探してほしいと頼みます。
宮武さんによれば、当時は独立という考えがなく、科学者にお金を渡すこと自体がありえない話でした。しかも不況で、ベンジャミン・グラハムさんと部下のウォーレン・バフェットさんのように、時価総額が保有キャッシュより低い会社に投資する、損をしにくい手法が知られていた時代です。
そうした環境では、ほとんどが失敗するようなリスクの高い投資はありえないものでした。草野さんも「危ないですもんね」と応じています。
手紙を受けたブローカーは引退間近で、後継として担当を任せたのがアーサー・ロックさんでした。ロックさんはAppleの初期投資家としても知られ、西海岸のVCを立ち上げた人物とされています。
ロックさんはサンフランシスコに飛んで8人に会い、独立したらどうかと提案しました。宮武さんは、提案は科学者側からではなくVC側から出たと強調しています。
いや、でももしやるとしたら、資金っていくらぐらい必要なんですか?っていうのを聞いたところ、まあ7000万、8000万ぐらいかなっていうところで。
じゃあ1億探しに行くよってアーサー・ロックさんが言って。
従業員に株を渡すのは非常識だった?
会社の立ち上げで重要だったのは、8人自身が会社の株を持つことでした。さらにロックさんは、今後の採用に備えて従業員専用の株式プールも必要だと考えます。
スタートアップの資本政策の基本を作ってくれるVCみたいな。
宮武さんによれば、1950年代当時は従業員に株を渡すことはありえない話でした。従業員のロイヤルティは無償で得られるものなのに、なぜわざわざストックオプション ── あらかじめ決めた価格で自社株を買える権利。株価が上がるほど得をするため、社員の意欲を高める報酬として使われますを渡すのか、という発想だったといいます。
そのアプローチを変えたのがロックさんです。株の配分は次のようになりました。
| 対象 | 株数 | 補足 |
|---|---|---|
| 創業メンバー8人 | 各100株 | 1人500ドル。当時の1〜2週間分の給料で、家族から借りた人もいたとされる |
| アーサー・ロックさんの会社 | 225株 | ロックさん側が購入 |
| 今後の役員・マネージャー | 300株 | 将来の採用のために確保 |
結果として各創業者の持ち分は7.5%ほどでした。草野さんが8人の創業メンバーは多いと驚くと、宮武さんは、当初はその8人でないとできない話だったと説明しています。
初の西海岸VC案件はなぜ相手に有利だったのか?
ロックさんは1億円を集めると言ったものの、資金集めは難航しました。ようやく出資を決めたのがフェアチャイルドという企業で、140万ドル(1.4ミリオン)を最初はローンとして出し、のちにエクイティに変えられる形にしました。
さらにフェアチャイルドは、全株を300万ドル(3ミリオン)、つまり会社を約3億円で買収できるオプションを付け、議決権もすべて持つ条件にしました。宮武さんは、交渉力のない立場だったロックさんには仕方なかったとし、これが西海岸で最初のVC案件だったと話しています。
8人の会社フェアチャイルドセミコンダクターは成功し、2年目に売上650万ドル、2億円ほどの利益を出しました。2年目の終わりごろ、フェアチャイルドはオプションを行使して会社を3億円で買収します。
出資
フェアチャイルドが140万ドルをローンで出資し、買収オプションと議決権を確保
成長
2年目に売上650万ドル、利益2億円ほど
買収
2年目の終わりにオプション行使で3億円で買収
創業者のリターン
1人約3000万円。500ドルの投資が600倍に
宮武さんは、創業者にとって良い結果だった一方で、利益の1.5倍で買収したフェアチャイルドが明らかに有利だったと指摘しています。
VCが人材をアンロックするとはどういうことか?
それでも宮武さんは、この案件が重要なポイントだったと見ています。VCが株という経済インセンティブを科学者、特に応用科学の分野に渡し、そこにコマーシャライゼーションの文化が組み合わさって、成功できるモデルができたという見立てです。
アーサー・ロックさんは、財務諸表ではなく人を見ることも当時から話していました。起業家から受け取ったビジネスプランの事業計画は飛ばし、一番後ろにある創業者の履歴書にひたすらフォーカスしていたといいます。
八人の反逆者の一人で、フェアチャイルドセミコンダクターのCEOだったロバート・ノイスさんは、のちに同社を辞めて新しい会社を立ち上げます。ロックさんや他の反逆者も投資したその会社が、のちのインテルです。
宮武さんは、エクイティカルチャーを作ったのはロックさんだと個人的に考えています。成功させたのは8人の起業家であり、起業家も重要なピースだが、ベンチャーキャピタルがそれを可能にさせたことを理解しないといけない、と話しています。
アンドリーセンは「インターネットを広げたくない人たち」に何と言ったのか?
宮武さんは、ここまでの話がマーク・アンドリーセンさんの経歴と似ていると続けます。アンドリーセンさんはMosaicを作り、のちにNetscapeを作りますが、なぜMosaicを続けなかったのかが、この話とつながっているといいます。
アンドリーセンさんがイリノイ大学を選んだのは、費用のかからない良いコンピューターサイエンスのプログラムがあり、学校に通いながら働けたからです。大学にはNCSA ── National Center for Supercomputing Applications。イリノイ大学にある米国立スーパーコンピュータ応用研究所で、政府資金で研究を行っていましたという研究部隊がありました。
全米にあったこうした研究プログラムは、ティム・バーナーズ=リーさんとHTTPやワールドワイドウェブを開発するなどしていました。アンドリーセンさんも、そういうことをやりたいと考えたといいます。
Mosaic以前のアンドリーセンさんの発想で面白いのは、周りの頭の良い人たちほど、インターネットを広げたくない、簡単に使えるようにしたくないと考えていたことへの気づきです。理由はビジネスではなく、コミュニティを汚すからでした。
で、マークさんはそれ(インターネットを広げたくない考え)に対して「違う」と。「誰でも使える方がいいぞ」と。
こうしてMosaicのプロジェクトが立ち上がります。宮武さんは、第90回で話したアル・ゴアさんが1991年に、NCSAなどへの資金提供を含む法案を通していたことに触れ、アル・ゴアさんがMosaicの政府系のVCだったとも言えると話しています。
時給7ドルの学生が作ったMosaicはどれほど伸びたのか?
当時のアンドリーセンさんはほぼパートとして働いており、時給は7ドル以下でした。Mosaicは1993年2月に公開されると、急速にユーザーを増やしていきます。
宮武さんは、そもそもインターネットというものが普及していなかった時代を考えるとすごい成長だと話しています。それでもアンドリーセンさんは、最終的にMosaicから離れることになります。
Mosaicでテック業界のセレブになったアンドリーセンさんに、NCSAはフルタイムで働かないかと誘いました。ただし条件は、ブラウザー事業をやめることでした。
宮武さんはこれをコーポレート的な動きだと見ています。NCSAは、アイデアを考えたのが若手だということにしたくなく、NCSAが考えたことにしたかったといいます。アンドリーセンさんは「じゃあ辞めます」と言って、シリコンバレーへ向かいました。
ジム・クラークと任天堂64がNetscapeを生んだ?
シリコンバレーに移ったアンドリーセンさんは、PC時代がある程度過ぎていて、もう遅いのではないかと迷っていました。そこへ、Silicon Graphicsの創業者ジム・クラークさんがMosaicを試して「これすごいぞ」と電話をかけてきます。
二人は朝食でミーティングをしました。アンドリーセンさんいわく、20代で唯一朝7時に起きたのがその日だったそうです。そこでクラークさんは、ブラウザーをコマーシャライズするべきだと伝えました。
当時Silicon Graphicsは任天堂と組んで任天堂64 ── 任天堂が1996年に発売した家庭用ゲーム機NINTENDO64。3Dグラフィックスに強く、Silicon Graphicsが中核チップの開発に関わりましたを作っており、クラークさんはこのゲーム機経由でインターネットを世界中に届けようと考えていました。パソコンを持っている人が少ない時代だったからです。
ところがコンソールの開発は1年ほど延期します。宮武さんは、もし予定通りに進んでいればNetscapeは多分立ち上がっていなかったと話し、任天堂64経由ではうまくいかなかったと思うとも付け加えています。
アンドリーセンさんはMosaic Communications Corporationとして会社を立ち上げ、のちにNetscapeに社名変更しました。社内向けのコードでのブラウザー名はMozilla、つまりモザイクキラーを意味していたといいます。
明らかに(Mosaicを)潰しに行くとっていう話になると思うんですけど。あの、やっぱりカウンターカルチャー的だなっていうのは思いますよね。
Netscapeに生まれた「新しい八人の反逆者」とは?
イリノイ大学もMosaicで事業を立ち上げようとしていました。それより良いブラウザーを作るため、アンドリーセンさんは大学に戻り、一緒にMosaicを作っていた7人に採用の面談をします。
7人はアンドリーセンさんと同じく時給7ドルほどでした。そこに提示されたのは、年収6万5000ドル、宮武さんの換算で700万円弱の給料と10万株です。
イリノイ大学で時給7ドルほど
年収700万円弱の給料と10万株
なんで7人引き抜いて、マークさん入れると八人の反逆者が生まれましたと。
Silicon Graphicsで一度成功したクラークさんと、Mosaicを作った人たちが組んだことで、多くのVCが集まり始めます。NEAのディック・クラムリッチさんは、アソシエイトにクラークさんのストーカーになれと言うほどだったといいます。
ところがシリーズAの3〜4億円ほどは、クラークさん自身がすべて自分のお金で出しました。次のラウンドではクライナー・パーキンスのジョン・ドーアさんとヴィノッド・コスラさんと面談し、45分で決まります。クライナーは5億円を出資し、株の25%を取得しました。
上場初日にマイクロソフトの3分の1へ届いたNetscape
Netscapeはその12か月後にIPOします。宮武さんは、今でもありえないスピードだと話しています。IPOを担当したモルガン・スタンレーには、Netscape、Cisco、AmazonのIPOを担当したフランク・クアトロンさんと、メアリー・ミーカー ── モルガン・スタンレーのインターネットアナリストとして知られ、毎年の「インターネット・トレンド」レポートで有名になった投資家さんがいました。
上場初日に株価は大きく上がり、時価総額は30億ドルになります。当時のマイクロソフトは100億ドルで、Netscapeは1日でその3分の1に達しました。その6日後にはWindows 95がローンチしています。
宮武さんが上場資料を確認したところ、アンドリーセンさんの持ち分は上場直前で3.7%、上場後で3.2%しかありませんでした。最も多く持っていたのはVCではなく、ジム・クラークさんです。
最終的に3%ほどしか持っていなかった
その学びを生かし、シリーズAを自ら出資してシェアを取りにいった
その後、ビル・ゲイツさんは1995年に有名な社内メモを書き、会社の戦略を完全にインターネットに寄せると打ち出します。マイクロソフトはNCSAからスピンオフしたブラウザーのソフトウェアをライセンスして猛スピードでブラウザーを出し、のちにInternet Explorerにつなげました。
結局Netscapeはブラウザ戦争に負け、AOLへ渡ります。この回は話が長くなったため前後編に分けられ、アンドリーセン・ホロウィッツの話は後編に続くことになりました。
まとめ
この回では、ベンチャーキャピタルを「イノベーションと資本主義を一緒にしたもの」と捉え、八人の反逆者とアーサー・ロックからNetscape上場までをたどりました。どちらの物語でも、反骨の起業家と、株によって人材を解き放つ資本が組み合わさっていた点が共通しています。
- VCはほとんどの投資が失敗する前提で、ロングテールの「ありえない世界」に賭けるパワーローのビジネスです
- 八人の反逆者に独立を提案し、創業者と従業員に株を持たせたのはVC側のアーサー・ロックさんでした
- 最初の西海岸VC案件は出資側に有利な条件でしたが、株というインセンティブで人材をアンロックするモデルを作りました
- アンドリーセンさんはNCSAの条件を蹴ってMosaicを離れ、元同僚7人を株と給料で迎えてNetscapeを作りました
- Netscapeは上場初日にマイクロソフトの3分の1の時価総額に達しましたが、ブラウザ戦争に敗れてAOLへ渡りました



