学会で聞いた「ありがとうの反対語は?」というクイズ
この回のきっかけは、夫が学会のランチオンセミナーで聞いた話でした。ある産婦人科の先生が「人を褒めるには」という文脈で、あるクイズを出したそうです。
ある産業医の先生が「褒め達(ほめたつ)」っていう資格を持ってて、「ありがとうの反対語は何でしょう?」っていうのをね、喋ってたのよ。
その話が個人的にすごく気に入ったので、その話をしたいと思います。
さっそくナギさんに問いが投げかけられます。ナギさんは「ごめんね」ではないだろうと当たりをつけつつ、感謝を示す言葉の反対だから「感謝じゃない態度」あたりかと考えました。
(ありがとうの反対は)恩着せがましいとか、あなたは感謝してませんみたいな態度ってこと?
夫は「無視するは結構近い」と反応しつつ、ヒントとして「感謝を感じない状況」を挙げます。ナギさんは、相手が良かれと思ってしたことが自分には必要なかった「ミスマッチ」ではないかと答えました。
答えは「当たり前」。職場でも家庭でも起きること
少し遠ざかったところで、夫が答えを明かします。感謝を伝えることと伝えないことという軸で考えたときの答えです。
この答えを、夫は職場の例に当てはめます。部下が何かをしたときに「するのが当たり前」と思うと、ありがとうという言葉が出てこなくなる、というわけです。
これは家庭とかでも同じことが当てはまるんじゃないかと。
夫は、夫婦の家事や仕事などのタスクを「相手がするのが当然」と思ってしまうと、感謝の言葉が消えてしまうと続けます。皿洗いも料理も、お金を入れることも含めて、当たり前だと思うのは良くないのではないか、と問いかけました。
いやいや、至極その通りだと思いますよ。全く異論はございません。
当たり前を生む「規範」と、赤信号でありがとうを言わない理由
話が「そうだよね」で終わりそうになるのを危惧した夫は、最近の自分の関心事だという「規範」の話を持ち出します。 規範 ── 社会やコミュニティの中で共有される、当然視される行動やルールのこと。ここでは「こうあるべき」という暗黙の前提を指しています。
規範というのはある種当たり前なんだよね。
夫が挙げたのは信号の例です。赤で止まり青で渡るのは当たり前なので、そこにありがとうは生まれません。
赤なのに止まってくれてありがとう。(とはならないじゃん)
家庭の中にも規範が持ち込まれると、それが「当たり前」に変わってしまう。当たり前が生まれる根本には規範があるのではないか、と夫は整理します。ナギさんはそれを、日本人に根付いた「こうあるべき論」だと言い換えました。
家庭ってこうだよねとか、お父さんってこうだよね。男性がこれやるよねみたいな。
夫は、これは刷り込みに近いと応じます。どのレベルで掃除や片付けをするか、何を汚いと見なすかも価値観であり、その当たり前からの逸脱を許すか許さないかという問題が出てくる、というわけです。
俺が床に落ちてるティッシュを拾ったところで、ナギちゃんはそれは当たり前でしょと思うから、そこに感謝が生まれないわけだ。
2泊3日で家を空けたら、掃除された部屋に感動した話
ここでナギさんが、自分が2泊3日で県外に出ていたときのエピソードを持ち出します。帰ってきたら、お風呂も部屋も散らかっておらず、ちゃんと掃除されていたそうです。
ナギさんが感動したのは、掃除そのものよりも「夫の行動としては当たり前ではない」ことをしてくれた、と受け取ったからでした。
私は当たり前だと思ってるけど、(掃除は)ゆーちゃんの行動においては当たり前だと思ってないから。だから感動したんだけど。
一方、夫のほうは「なんのこと?」という反応で、自分の中では当たり前だと言ったそうです。普段やっていないのに何を言っているんだ、というナギさんのツッコミも入ります。
ここからナギさんは、感謝が生まれる条件を一歩深めます。自分の規範を相手にも無意識に押し付けると感謝は生まれないけれど、相手には相手の当たり前があると自覚していれば、感謝が生まれるという整理です。
夫が学会で感動したのも、もともとは職場での円滑なコミュニケーションの話の中で出てきたものでした。挨拶をする、名前を呼ぶ、レスポンスするといった「存在承認」の文脈です。 存在承認 ── 相手の存在そのものを認めること。挨拶や名前を呼ぶといった小さな関わりを通じて、相手がそこにいることを認める行為を指します。
夫のありがとうは意識的?職場と家庭での感謝の使い分け
ナギさんは、夫はもともとありがとうを口にするタイプだと感じているので、なぜそんなに感動しているのか不思議だったと言います。
ゆーちゃんが(ありがとうを)言うから私も言わなきゃなって思わされる。
夫は、家庭での感謝がどのくらい意識的なのかを自己分析します。家庭ではおおむね自然に出ているものの、一部は意図的だと振り返りました。
なんかまあ3分の2ぐらい自然で4分の1ぐらい意図的なのかな。
仕事になると、その比率は逆転するそうです。夫は「仕事ではもう少し演じる気はする」と話します。ナギさん自身は、同僚や上司にはほぼ素で、看護師さんなどには意識的に感謝しているといいます。
夫は、忙しかったり余裕がなかったりすると感謝を忘れがちなので、そこは意図的にしたほうがいい部分だと言い添えました。
振り回してしまう相手にこそ、意識的にへりくだる
ナギさんが特に意識的に感謝を伝えるのは、自分たちドクターの指示で振り回されてしまう事務や看護師の人たちです。やってもらうこと自体が負担をかけていると感じるからだと言います。
やってもらってること自体がすごい負担かけてるなって思うから、それを当たり前と思う態度をしちゃうと、ちょっとストレス与えすぎてしまうかなと思って。
具体例として、ナギさんより何歳も年上の事務の人が「取りに行きますよ」とわざわざ足を運んでくれる場面が挙がりました。自分だったらしたくないことを普通にしてくれる相手だからこそ、言葉だけは意識的に言わないと釣り合わない、というわけです。
自分だったらしたくないことを普通にしてくれちゃうのよ。取りに行きますよみたいな。
「甘え」というもう一つのキーワード
話は「甘え」というキーワードに移ります。夫は、当たり前という言葉とセットで、されて当然という甘えの感覚があると指摘します。
なんかそれはされて当然という、甘え感。自分のまさに横柄だったり傲慢だったり、そういう尊大な感じ。
夫は、年を取ってくると横柄な態度がまかり通ってしまう場面があると打ち明けます。そこで感謝を怠ると、横柄な自分が肥大化していくと感じるそうです。
さらに二人は、当たり前とまでは思っていなくても「言わなくても伝わる」という甘えがあると整理します。
それを言わなくても伝わるという甘えだよね。
夫は、小さな甘えが大きな甘えにつながっていくと続けます。小さなところから意識的に感謝をせず甘え始めると、それが助長されていく、というわけです。だからこそ感謝は自分への戒めになる、と二人は話しました。
意識的に感謝を口にすることで、甘えすぎちゃいけんぞっていう。
靴下・布団・ポストの荷物──ありがとうが出てこないもの
夫は自分がかなりありがとうを言っている自覚がないと言いますが、ナギさんはよく言う人だという印象です。では、なぜ言わない場面があるのか。ナギさんは、それは夫が必要だと思っていないことだと分析します。
私がいいと思ってやってるだけで、ゆーちゃんが別に頼んでない。例えば靴下を揃えてるとか。
布団を整えることについても同じで、夫はそこに価値を感じていないと言います。ナギさんは、これこそ自分が最初に言った「ミスマッチ」ではないかと振り返りました。
ところが話が進むと、ナギさんは決定的な例を思い出します。夫あての大量の郵便物や本を、ナギさんが毎日ポストから回収しているのです。
私が回収してるもの、ほとんど自分のもの以上にゆーちゃんなもんね。
これは良かれと思ってではなく、放っておけば夫がやらない「必要なこと」です。それでも感謝が生まれない理由を、二人は「甘え」だと認めました。
これはね、当たり前だと思ってないけど甘えてるわ。その通りです。
ありがとうの反対語にあるグラデーション
ここでナギさんが、この回の結論となる整理を示します。ありがとうの反対語には、実はグラデーションがあるという見立てです。
一番極端な反対語が「当たり前」だとすれば、そこまではいかないけれど対極にあるのが「ありがとうを言わない甘え」だ、とナギさんは分けます。
ただし、そのグラデーションが意味を持つのは、ありがとうという言葉が存在している場合だけです。ナギさんは、言葉がなければ両者は区別できないと釘を刺します。
当たり前と思ってる人間も、ありがとうを言わない甘えがある人間も一緒なんだよ。ありがとうがなければ。
夫は「わかってたのに」「忙しかったのに」といった言い訳を挙げますが、ナギさんの結論は動きません。言わなければ一緒なのだ、というのがこの回の着地点でした。
今日のテーマをなんか3分で終わるかなと思ったけど、ちゃんと広がって自分の中で学びがあってよかった。
まとめ
「ありがとうの反対語は何か」という一つのクイズから、感謝が消える心理が家庭と職場の両面で掘り下げられた回でした。当たり前と甘え、そして規範という言葉を手がかりに、感謝を口に出すことの意味が語られています。
- ありがとうの反対語は「当たり前」。感謝に値しないと捉えると言葉が出てこなくなる
- 当たり前が生まれる根っこには「こうあるべき」という規範があり、それを相手に押し付けると感謝は生まれにくい
- 相手には相手の当たり前があると自覚していれば、同じ行動にも感謝が生まれる
- ありがとうの反対には「当たり前」と「言わない甘え」というグラデーションがある
- どんな言い訳をしても、ありがとうを言わなければ受け手には両者の区別はつかない






