ポップコーン片手に始まる、カンファレンスの思い出
この日のおつまみはポップコーン。妻が研修医だったころ、外科の先生たちが夜のカンファレンスで食べていたのを懐かしく思い出して取り寄せたものです。
研修医の時に、外科の先生たちがよくポップコーンをレンジでチンして作れるやつを大量買いしてて、それをポリポリ食べながらカンファレンスをするのがお馴染みでした。
その流れで話題は、日本の会議の「真面目すぎる空気」へ。妻は学生時代のポリクリポリクリ ── 医学生が病院で行う臨床実習のこと。学生も実際の診療やカンファレンスに参加しますで受けた衝撃を語ります。
救急のカンファ中、北欧から来た留学生が紅茶とクッキーを持参して、平然と食べながら参加していたそうです。
今カンファ中だよ?って(彼に)言ったら、え、何がダメなの?これ普通だよ?って言われて。衝撃を受けたんです。
飲み物すらちょっとタブーみたいな風潮があるけど、冷静に快適な状況でカンファした方が絶対建設的で、いい議論ができるよね。
この一件以来、妻はカンファ前にコーヒーを買っていくようになったそうです。快適さと議論の質は両立する、というちょっとした発見でした。
一年間の育児、前半はほとんど覚えてない?
今回のテーマは「一年間の育児を振り返る」。子どもが1歳を迎えたのを機に、夫婦それぞれがこの一年をふり返っていきます。
正直ね、前半はほとんど覚えてないって感じ。写真を見て、こんな時あったなとはめちゃくちゃ思うけど。
夫は少し前に、知り合いの生後3か月の赤ちゃんを公園のカフェで抱っこさせてもらった時のことを持ち出します。自分の子にも確かにあったはずの時期が、遠く感じられたそうです。
こんな軽かった時期、絶対あったはずなのに。首座ってない時期とか、忘れちゃうもんだね、っていうのが一番の感想です。
夫によると、育児が大変だった人ほど「記憶がない」と話すことが多いといいます。無我夢中で乗り越えた分、後から振り返りにくいのかもしれません。
「忘れた」のではなく「引き出しにしまった」だけ
一方の妻は、夫とは少し違う感覚を持っていました。忘れたわけではなく、日常に追われて振り返る余裕がないだけだといいます。
思い出そうと思えば全部思い出せるんだよ。ただ目の前の今日を乗り越えることに必死すぎて、わざわざ後ろを振り返らないっていうか。
妻はこの状態を「忘れた」ではなく「記憶の彼方にしまっている」と表現します。真っ白になっているわけではない、という区別です。
ただし例外もあります。出産時の陣痛の「痛みの感覚」だけは、情景は覚えていても再現できないほど真っ白なのだそうです。
夫の記憶に真っ先に浮かぶ「大変だった自分」
育児と聞いてパッと浮かぶ情景は何か。夫の答えは、赤ちゃんそのものより「大変だった自分」の場面でした。
感情や痛みではないんだけど、とにかく眠かった記憶があるね。夜に泣き声で起こされるのが、育児の記憶として一番強いかな。
夜中に起こされ、抱っこして寝かしつけても寝ない。そんな場面が真っ先に出てくるといいます。妻は、それが夫にとって一番つらかったからだろうと受け止めます。
後半で妻はこの点を鋭く指摘します。夫が思い出しているのは、子どものことというより「育児をやっている自分」なのではないか、という気づきです。
それって自分についての記憶じゃん。育児をやってる自分じゃん。子供については?
妻の忘れられない情景、帝王切開のベッドの上
妻に「育児のベスト3の情景」を聞くと、まず挙がったのは帝王切開のベッドの上でした。痛みは思い出せなくても、その時の感覚は鮮明に残っているといいます。
朝5時ごろの陣痛から始まり、病院に向かう途中で破水。痛みで尿が出なくなる尿閉尿閉 ── 膀胱に尿がたまっているのに排尿できない状態。強い痛みやストレスなどでも起こることがありますにもなり、夜10時にようやく帝王切開が決まったという長い一日でした。
帝王切開は下半身麻酔で意識はあるはずなのに、妻は朝からの陣痛で体力が限界を迎え、痛みが和らいだ瞬間に猛烈な睡魔に襲われたそうです。
オペ中何回も寝そうになったよ。なんなら途中、多分寝てた。寝てる場合じゃないって、頑張って目を開こうとしてた。
そして我が子が生まれ、泣き声が聞こえた瞬間のことを、妻はいちばん強く覚えていました。
何の涙かわからないほどの安堵。無事にこの世に誕生したんだ、という感覚まで含めて、まるごと記憶に残っているそうです。
母乳の日々、真夏の記憶が忘れられない
妻が挙げた2つ目の忘れられない記憶は、母乳をあげていた時期でした。夫も「かなりつらそうだった」とふり返る、この一年で最もきつかった期間です。
入院中は、周りのお母さんたちが母乳をうまくあげられているのを見るたびにつらかったといいます。退院後も、去年の夏は猛暑でした。
家の中で汗だくになりながら、自分の母乳が溢れ出て発酵する臭い匂いに、自分で嫌気がさして。毎日、母乳パッドを変えては、うわ臭って繰り返してた。
前半のこの時期がいちばんつらかったからこそ、妻にとってそれ以外のことは「些末なこと」に感じられるほどだといいます。
夫の情景、寝かしつけと衣装ケース
改めて夫が育児で思い出す情景も、やはり「大変だった自分」に寄っていました。ソファでミルクをあげる場面、廊下でひたすら寝かしつける場面などです。
どうしても寝ないから車に連れてって、後部座席に走らせながら寝かしつけたとか。大変だった記憶しかほとんど残ってないな。
一方で子どもの「初めて」の瞬間、立ち上がった時やお茶を一人で飲み始めた時のことは、うれしかったはずなのに、なぜかすぐには出てこないといいます。
立ち上がって歩き始めたとか、いろんな初めてのシーンが出てくるけど、その瞬間瞬間は意外とパッとは出てこないな。
非日常は覚えている、日常は流れていく
妻がまるごと覚えている育児の記憶として挙げたのは、子どもが生後3か月ごろに行った海外旅行でした。ベビーカーを押す夫を追いかけて撮った写真や、オレンジ色の光の中でのおむつ替えなど、情景が丸ごと残っているそうです。
赤ちゃんとゆうちゃんがベビーカーで公園を歩いてるのを、後ろから追っかけて写真撮ってる情景とか、まるっと覚えてる。
ただし夫は、それは非日常だから覚えやすいのだと冷静に指摘します。日常の育児は、どうしても忙殺されて流れていってしまう、という話です。
だからこそ、週末の外出や旅行、写真や動画を意図的に残すことが大事になる。二人はそんな結論にたどり着きます。ただ「毎回出かけるのも違う気がする」というバランスの難しさも語られました。
1年続いた日記、忘れたくないから書く
そんな中で、妻が去年の産休から1年以上も毎日続けているのが日記です。続けられない性格だと自認する妻が、これだけは続いているといいます。
忘れたくないからっていうのが一番強い。自分のための日記だったらとっくにやめてる。子供のことを書くのがメインだから続けたい。
妻いわく、感想や特別なことは書かず、ただ事実を淡々と書いているだけ。子ども軸で記録していることが、続ける意志につながっているようです。
日記の抜き打ちめくり、記憶が次々よみがえる
ここから、夫が日付を指定して妻が日記を読み上げる「日記振り返り会」が始まります。まず夫が挙げたのは3月3日でした。
3月3日は、家族で順番に体調を崩し、最後に妻が発熱していた時期でした。日記には、出張から戻った夫が有給を取って子どもの世話をした様子が記されていました。
朝ご飯の味噌汁を作ってくれたけど、めっちゃしょっぱらくてゆうちゃんらしい、って書いてある。
続いて11月11日。育休中の一日で、夫の歯科に家族3人で付き添い、食堂やアイスに立ち寄り、ニトリで絵本の棚を買った日でした。離乳食にほうれん草やトマトのペーストを作ったことまで記録されています。
さらに7月7日、生後2週間のころ。日記には、夫が腰を痛めずに沐浴する方法を模索していた様子が書かれていました。
衣装ケースを四段から二段に減らしてうまくいくと思いきや、今日もやっぱり腰が痛いと嘆いている。でも育児頑張ってくれて嬉しい。
この記述に、夫は自分がひどい腰痛だったことすら忘れていたと驚きます。あれだけ大変だったのに、記憶からすっかり抜け落ちていたのです。
二人が口をそろえたのは、文章だけでも、写真がなくても思い出せるという発見でした。歯医者の駐車場に停めるのが大変だった、という細部まで一気によみがえったそうです。
ちょっとだけでも、あの日だってなるキーワードがあれば思い出せる。
この「日記振り返り会」があまりに良かったので、二人は半年後か1年後にまたやろうと約束して締めくくります。たった1年でも忘れてしまう記憶を、日記が確かに引き出してくれた回でした。
まとめ
育児の一年をふり返るうちに、記憶は「消える」のではなく「引き出しにしまわれる」だけで、日記のような小さなきっかけがあれば鮮明によみがえる、と気づいた回でした。忙殺される日常だからこそ、写真や日記で記録を残す意味が伝わってきます。
- 育児の記憶は、忘れるというより日常に追われてしまい込まれている状態に近い
- 夫は「育児をやっている自分」を、妻は出産や母乳など感覚を伴う場面を強く覚えていた
- 海外旅行のような非日常は覚えやすく、日常はそのまま流れていってしまいやすい
- 妻は子ども軸で1年以上、事実を淡々と記す日記を続けている
- 日記のキーワード一つで、忘れていた腰痛や細部の記憶まで一気によみがえる






