2年ぶりの復活と、体調不良からの「ただいま」
番組冒頭、体調不良で長く休んでいたひげもとさんが、2年ぶりに二人での収録に戻ってきたことを報告します。
ご視聴いただきありがとうございます。ひげもとです。
マツシタです。
ご無沙汰。大変ご無沙汰しております。
お久しぶりです。
休んでおりました、体調不良で。
はい、おかえりなさい。
ただいまです。お待たせいたしました、皆さん。もう終わったと思ってる方もたくさんいらっしゃったと思いますし。マツシタさんもね、いつでもいいよとか、やりたくなったらやろうみたいな感じで言ってくださってて。なんとか帰ってこれました。
復活という感じもそんななくてね、とりあえずちょっとぬるっと始めて、別に今後どうしていこうかも全く話し合ってないし。
気が乗ればまたやるかなっていう感じで。皆さん生温かい目で見守っていただければという感じですかね。
人肌、人肌ぐらいのぬくもりですね。
ちょうどいいやつでね。
『オデュッセイア』ぶっちゃけ感想、二人の温度差
今回のお題は、クリストファー・ノーラン監督作品『オデュッセイア』。IMAXフィルムで撮られた3時間近い大作を、二人がそれぞれの温度で見てきました。
今回、感想を喋りたいなと思っている映画は、クリストファー・ノーラン監督作品『オデュッセイア』でございます。
早速ネタバレありで、ぶっちゃけ感想レビューですね。見てきてどうやったこうやったっていうのを話していきたいなと思います。
大阪はエキスポシティのIMAXレーザーGTが、日本には2館しかないという最高峰のIMAXシアターで。そりゃ見ないとと思ってね。
さあ、ぶっちゃけ感想どうでしょうか。まずは松下さんに聞いてもいいでしょうか。
結論から言うと、すごく複雑な感情です。
僕はなんだかんだ、(ノーラン監督とは)結構相性悪いんすわ。今回こそ今回こそって毎回思って、今回もかなり期待して。ただ、その相性の悪さはかなりマシな方で、結構良かったです。
点数で言うとしたら70点ぐらいの感じなんですよ。100点を期待しての70点なんで、その落差で結構ガッカリきてしまったというか。
最後の1時間ぐらいはもう心離れてたなっていうのが、すごく残念なんです。
僕はもろ手を挙げて「よっしゃー最高!うわぁすげぇ」って僕はやってました。確かにノーランの映画だなというところはあるんですけど、概ね気になるところもなく、むしろすげえってなって。
(ひげもとさんは)結構前からのノーランは好きやから、僕から見て、これはひげもと好きやろなと思いながら見てた。
「性格は好きだけど顔が好きになれない彼女」という関係
ノーラン作品との相性を、マツシタさんは独特のたとえで語ります。嫌いにはなれないけれど、見るたびに気になるところがある、という距離感です。
(ノーラン作品は)どうしても顔が好きになれない彼女みたいな。眉毛の角度がいつも気になるなみたいな、そのレベルのなんかこう。
愛はあって好きではいいんねんけど、会うたびに気になるっていう。
そうなんです。嫌いにはなれないというかね。
(ノーラン監督は)単調な話、シンプルなお話を無駄に過剰に複雑にする癖があると。
やっぱりそこ。オッペンハイマーよりかはマシでしたけど、そこですよね、今回も。
その絵が撮りたいが先にきてるような気がするのね、いつも。その絵を撮りたいがために、ストーリーの肉付けが置き去りにされてる。
(例えば)テネットなんか、時間が逆行する絵を撮りたいが先に来ていて、ストーリーの作り込みを割とすっぽかすところがあるので。無限に突っ込みどころがあるんだけれども、絵がすごいからそれでごまかせてしまってる。
全編IMAXフィルムの功罪と、「20年の重み」問題
今回、史上初となる全編IMAXフィルム撮影。マツシタさんは、その挑戦が逆効果になった面を指摘します。
今回、全編IMAXフィルムで撮っていると。IMAXフィルムは巨大なフィルムを使うから、ワンカット3分までしか撮れないらしいのね。
トム・ホランドが長く演技してたら、何回もノーランにカットカットって切られて。彼はもうクビになるって思ってたらしいねんけど、それは単に3分以上撮れないからだったっていう。
だからが故に、結構カットがずっとぶつ切りなんよね。感情を長く見せないといけないところも、無理やり絵をつなぎ合わせてる感がすごくあって。
戦いが終わって、海に出て、どっかの島に着いて、また海に出て、またどっかの島に着いて。結構やってることが一緒で。
僕はテンポがよくて見やすくてわかりやすい、飽きることなかったって捉えたんですけど。確かに松下さんが言うように、(オデュッセウスが)帰ってくる20年の重みが、もっと抑揚をつけれたら良かったのは確かになっていう。
20年の重みは俺もすごく思うところ。奥さんペネロペーとめっちゃ喋るのに、あんな気付かれへんもんかねっていうね。
あんだけ愛してて、あんだけ待ってたら。毎日帰ってくると思って待ってんのに。
(クライマックスで)求婚者たちを皆殺しにするっていうのも、もうちょっと事情を聞いた方が良くないかなっていうね。そんな求婚者たち悪いかなって思ってて。
(オデュッセウスは)帰ってこなかったら再婚しときなはれやと奥さんに約束してたわけで。であれば、求婚者たちが求婚するのもしょうがないし。
個人的にはあの辺は、あの時代の価値観なのかなと。やらんかったらやられるし、刃向かうものは皆殺しだというところだったのかなとか。
この物語は事実か、蓮の花のトリップか
オデュッセウスの冒険譚は本当に起きたことなのか。それとも帰りたくなかった男の作り話なのか。二人の解釈が交わります。
(オデュッセウスは)結果的に一人で帰ってきたわけで。彼が言っている話、カリュプソの存在そのものですらも、あれは本当なの?っていうね。
この映画においては、こういうことがあって、頑張ってオデュッセウスは帰ってきたでいいと思うんですよ。リーダーたるもの、こういう人間であるべきだと、理想のリーダー像を描いているなと思うんですよね。
本当のオデュッセウスでいうと、2800年前のお話ではあるんですけど。帰りたくなかったんじゃないかなとか。
虚言癖でだいぶ話盛ったっていう可能性もあるし。あとはその戦争でたくさんの人を殺した経験がPTSDみたいな形になって、蓮の花でトリップして妄想が世界を作り出してたっていう可能性もあるんじゃないかな。
ノーラン作品に描かれるのは、勝ったけれど心に傷を負った、実は弱い男だとマツシタさんは読み取ります。
(オデュッセウスは)たくさん傷ついた、あるいは負けた男というか、戦争には勝ったけれども、心に傷を負った、すごく実は弱い男というかね。
結果的に最後、帰ってきて腕っ節のみで皆殺しにして、ハッピーエンドで終わる。すごく爽やかに終わっていったから、なんかもったいないんちゃうかな。
オッペンハイマーとの共通点、そしてキクロプスのコント感
ひげもとさんは、前作『オッペンハイマー』との構図やテーマの近さを指摘します。神のルールを破ってしまう人間、という共通項です。
気になってオッペンハイマー見直したんですよ、昨日の晩。あの映画は結構バッドエンドで、世界を壊してしまったっていう終わり方で。
その次の映画が2800年前の物語で、全然人類変わってへんやないかーいっていうね。
それが言いたいことやったよね、多分ね。ずっと人間は愚かだし。
そもそもオデュッセウスもトロイの木馬で神のルールを破ったわけですよね、ゼウスの掟を。
キクロプスに仲間を食われたその仕返しに、目に弓を放つじゃないですか。結局ゼウスの怒りだけじゃなく、ポセイドンの怒りも買うわけじゃないですか。
怒り買いすぎやで。あの時の目刺した時の声、すごくなかった。何重にも音を重ねてるみたいな。ほんで喋れんのかいっていうね。
人間食べるじゃないですか、2人ずつ。一発目食った後すぐ寝るじゃないですか。あそこちょっと面白くなかったですか。
めっちゃ笑った。
我が子を食うサトゥルヌスをやりたかったんでしょう、絵的にね。うわ人食った、この後どうなんねや、寝るんかいってなって。
(一同笑)
なんやねんが多いの。なんかバカコントみたいな感じ。
キルケーの豚と、オールスターキャストのノイズ
一つ目巨人のくだりに続き、キルケーの魔女や、豪華すぎるキャストについても掛け合いが続きます。
(豚に変えてたけれど)豚が元の姿であるっていう。それは結局どういうこと?っていうのはちょっとなったけどね。
だから僕らは豚なんですよ。脳みそがあって賢ぶってはいるけど、結局はありなってっていうね。ここだなあっていう風刺やと思いますね。
(今回は)オールスターキャストすぎる。脇役にあれだけのビッグスターが出てくると、もう意識持っていかれんのよね。
まさにあれですよね。『スパイダーマン ブランニューデー』を見た後やから、パニッシャーとスパイディやんかってなっちゃうんですよね。
ゼンデイヤが出てきたら、もう(トム・ホランドの)嫁やと思ってまうから。
ジョン・レグイザモめっちゃいい配役で。この映画においてキーパーソンで、あれこんな年取ってたっけって思うぐらい。演技も素晴らしかったですよね。
トラヴィス・スコットに関しては、その最初にあの歌を紡ぐ人、吟遊詩人をラッパーがやるっていうのはすごく意味深いと思うし、意図はよくわかる。でもトラヴィスもやっぱ強すぎるのよね、存在感が。
今回ね、トラヴィスに始まりトラヴィスで終わるっていう。個人的にはなんか粋な演出やなみたいな。
ドヤ感なんよ。そういうことをしたら観客がどう感じるかっていう視点が、やっぱりノーランはちょっと欠けてるなって、僕から見たらね。
相性はマッチングしないけど、これを語る場所が映画ばなし
一通り語り終えて、マツシタさんはノーラン作品との相性を改めて振り返ります。世の中の高評価の中で、正直な感想を言うことへのためらいもにじみます。
こんだけ世の中好評な状況で、一人文句言ってる奴みたいになったらすごい嫌なんやけど。まあでもノーランとはやっぱりマッチングアプリやったらマッチングしない人みたいな感じなんで。
会って一回飲んで、もう二回目はないかなって感じですよね。
僕はね、好き代表、良かった代表で話してますし、マツシタさんの言いたいこともめっちゃわかるし。これをやる場所が映画ばなしなんですよ。
綺麗な流れをありがとうございます。
今後はちょっと自分が調子のいい時であったり、僕とマツシタ兄さんが見て、これはちょっと話したいぜってなれば、またやると思いますので。次は2年空かないかなとは思います。
『デューン パート3』であったりとか、それこそ『アベンジャーズ ドゥームズデイ』も出ますので。やりたくなったらやるっていう感じで。
じゃあもうさよならで。
バイバイ。さよなら。
映画最高。
映画最高。あ、そうだ。マツシタさんにいつも言ってもらってた気がするな。
グッドでハッピーな映画ライフ。
グッドでハッピーな映画ライフを。
まとめ
ノーラン監督『オデュッセイア』を、絶賛派のひげもとさんと、複雑な感情の残ったマツシタさんが忖度なしで語り合いました。IMAXフィルムの功罪や「20年の重み」の描き方、豪華すぎるキャストがノイズになる感覚など、良かった側と気になった側が交わる対話になっています。同じ映画でも、感じ方はこんなに違う。それを楽しく持ち寄れるのがこの番組の良さですね。
- マツシタさんは70点。100点を期待した落差で、後半は心が離れたと語る
- ひげもとさんは絶賛派で、テンポの良さと理想のリーダー像として楽しんだ
- 全編IMAXフィルムはワンカット3分制限があり、ぶつ切り感につながったという指摘も
- 物語が事実か、蓮の花のトリップによる妄想かで解釈が分かれ、『オッペンハイマー』との共通点も語られた







