AIがサムネイルまで作る時代に、外注の仕事はどう変わるのか
冒頭では、先週配信した「インフレでも教育費を運用で準備するメリットはそれほどないのでは」という回の話題に触れています。
井上さんは、最近のYouTubeのサムネイル作成が自動化されてきていることに驚いたと話します。動画をアップロードした後にサムネイル作成を依頼すると、文字起こしの内容を読み取り、適切な文言のサムネイルを作ってくれるといいます。
しかも過去の画像から顔写真を生成しているのか、自分の顔がうまく作られたサムネイルになっていたそうです。井上さん自身はサムネイル作成を外注していますが、こだわりのない人なら外注をやめる選択もありうると話します。
動画編集についても、ワンカメラの定点撮りで噛んだ箇所をカットするだけの形式なら、近い将来自動化されるだろうと予想します。
恐ろしいですね。
一方で、テクノロジーが奪う仕事には傾向があるとも指摘します。
この人これにお金払うのちょっとなみたいなものの仕事を取る傾向があります。あ、これにはお金払った方がいいなとかっていうのは、あんまりこう奪われない気がする。
インフレには過敏なのに、株の変動には鈍感なのはなぜか
ここからは、先週の回に寄せられたコメントを起点に、リスクの感じ方の話へ入ります。井上さんは、金利がついている今、あえてリスクを取るべきか改めて考えてもいいのではという立場です。
コメントをくれたみったんさんの言葉が、この日の本編にも近い論点だったと紹介します。
インフレリスクには過敏に反応するのに、株の価格変動リスクには鈍感というのは興味深いです。
井上さんは、人が反応するのは長期的なリスクではなく、今日目の前にあるリスクだと解釈します。物価上昇のように緩やかで気づきにくいものには動かず、急にザッと負った痛みには反応するといいます。
この非対称さは、人間が上手にできていない部分だと話します。ここで井上さんは、興奮した状態と冷静な状態を互いに予測できないことを指摘します。
自分が興奮している時に、冷静な時の自分の感情を予測できないように、冷静な自分で興奮している状態の自分を予想できないんですよね。
だからこそ、相場がいいときに自分がどう動くかを見積もれていない人ほど、暴落時に売ってしまう傾向があると井上さんは考えています。
冷静な自分は、テンパる自分のための余地を残していない
売るタイミングは、周囲が悲観的なニュースに覆われ、信頼していた人や同僚もみな売っている、冷静とは言えない状態でやってくると井上さんは説明します。
問題は、投資を始めるときに人はそうなる自分を想像しない点だと指摘します。
あの時多分自分はすごいテンパると思う。だからテンパった時の自分のためにちょっと余地を残してあげようみたいな設計はしなくて。
多くの人は「冷静に考えたら売らない」と、ずっと冷静な状態が維持できる前提で始めてしまうといいます。
ここで井上さんは、投資家ハワード・マークスのインタビューを引き合いに出します。下げ相場で感情が動かない人は、どこかおかしい人だと彼が語っていたと紹介します。
マークス自身はリーマンショックのときに積極的に買いに行っていましたが、怖くなかったのかと問われると、こう答えたそうです。
怖いよ。いや、怖いに決まってるやん。もしそれを感じない人がいるんだったら、その人はどこかおかしい人だと思いますよ。
教育費の運用と、統計の平均が自分に当てはまると思う錯覚
もう一人のコメント者、空耳さんの話題から、井上さんは教育費の運用の難しさへ移ります。
教育費は必要な時期と金額が決まっているため、冷静に考えると運用が難しいといいます。18年運用できるとしても、出口に向けて株式比率を下げ、債券比率を上げるようなリバランスが本来必要だと説明します。
しかし、前半調子がよくても後半に沈めばほとんど増えないのに、なぜか増える気がしてしまうと井上さんは指摘します。ここには統計の難しさがあるといいます。
平均したら何パーセント増えるって聞いたら、こう、自分のリターンはそうなるって思えてしまうのが、僕らのその上手に考えられない部分ですね。
17年目に暴落が来る可能性があっても、自分の場合はそうならないと思えてしまうのも、人間の悪い癖だと話します。
良い・悪いの判断は、自分にとって心地よいかで決まっている
ここから本編です。井上さんは、長期目的という言葉であっても、その選択はかなり短期的な感情によって選ばれているのではないか、というテーマを提示します。
前提として、人が良い悪いを判断するとき、自分にとって好ましいものを良い、好ましくないものを悪と定義している部分が強いと井上さんは話します。
つまり、自分にとって心地よいものがグッド、都合が悪いものがバッド、という決め方をしているというのです。
ここで井上さんは、シェイクスピアの格言を引きます。物事に良いも悪いもなく、心が善悪を作るのだ、という言葉です。
善悪はその人の立場やその瞬間の感情で判断されるため、普遍的な善や悪を定めるのはかなり難しいと井上さんは考えています。
長期に良いことと、短期に良いことは一致しないことが多い
続いて井上さんは、日頃から意識すべきこととして、長期の影響と短期の影響の違いを挙げます。ある行為の短期的なメリットと長期的なメリット・デメリットは、同じでないことが多いといいます。
だからこそ、今これをやることで長期的に失われるものは何かを考えるべきであり、逆に長期的に良いことをするときは短期的に何が失われるかも考えて意思決定すべきだと話します。
その例として、忍耐力を挙げます。忍耐力は快適な環境ではなく、日々の不快な感情や不遇な環境によって養われると井上さんは考えています。
健康的な習慣を身につけるなら快楽を抑える必要があり、日常的な運動には怠惰な気持ちに打ち勝つ必要があるといいます。
さらに井上さんは、ヒルティの幸福論の内容を紹介します。狭い交際関係は精神の寛容さを奪い、その逆は寛容さを養う、という指摘です。
今日心地よくストレスのない人間関係は望ましい一方で、不寛容さを育てている可能性もあると井上さんは話します。友達だからと甘え、なぜこんなことをしなければならないのかと思う土壌を作りうるという例です。
もちろんそうならない人もいるとしつつ、長期と短期の結果が必ずしもイコールで結びつかない点を強調します。
運動好き・勉強好きなら、短期の快と長期の益がつながる
一方で、短期の快と長期の益が一致する例もあると井上さんは補足します。
運動そのものが好きな人は、長期的に健康的な未来を手に入れる確率を上げられるといいます。ただし健康には運の要素もあり、努力は変数ではあっても確定要因ではないと付け加えます。
勉強が嫌いでない、好奇心を持っている人にとっても、長期的に良い結果を招くだろうと話します。井上さんは、自分が該当するのはこの分野だと語ります。
知らないことをゲームしてるよりかは本読む方がやっぱ楽しくなってるところがあるので、まあ報酬みたいなもんですよね。
親密な人間関係もリラックスでき、それがさらに密になれば良い関係が残るかもしれないといいます。
総じて、快楽的な喜びは長期的に良い結果を招きにくく、長期的に良いものは短期的な快楽を抑える必要がある、というのが井上さんの見立てです。
快楽が最大の投資と、リターンが最大の投資は違う
ここから井上さんは、投資に話を戻します。快楽が最大化される投資と、リターンが最大化される投資はイコールで結びつかないものが多いというのです。
例として、2つの投資手法を対比します。
20年のうち19年コツコツ利益を積み重ね、最後に大損する
毎日細かく損をし続け、最後に大儲けしてトータルで利益が大きい
トータルで見れば後者の利益が大きいのに、多くの人は前者を望むと井上さんは指摘します。
この観察は、上げ相場になるとみんなのリスク許容度が上がる現象につながるといいます。
みんなはどうして上げ相場の終盤に向かうにつれて株式比率の高くなってしまうのか。
株を多く入れているほうが今日のリターンが大きいため、長期的には投資を継続できる確率を下げ、リターンを下げる可能性があっても、短期的には良い結果を招くからだと井上さんは分析します。
さらに下げ相場は頻繁には来ないため、株式比率を高めてリターンが大きくなると「自分の判断は正しかった」というフィードバックを得てしまう点も難しさだといいます。
債券は送りバント、トータルで見ると意味が生まれる
現金や債券への向き合い方にも、同じ構図があると井上さんは話します。手元に現金を残したくない理由も、短期的な感覚によるものだといいます。
債券については、本来長期投資では持たない方がいい資産だと考えていると率直に述べます。長期で見ればインフレにほとんど勝てず、金利が上がる時代ならなおさら良くない可能性があるからです。
それでも、トータルでうまくいくために債券を入れざるを得ない、という感覚を井上さんは野球の送りバントにたとえます。
これとホームランどっちがいいですか?と、ホームランに決まってるじゃないですか。でも、トータル試合の中で送りバントというものに意味が生まれるわけじゃないですか。
債券だけを見れば魅力に欠けても、全体の中では意味がある。トータルで見ることは、それだけ難しい行為だと井上さんは話します。
長期目的でも、評価しているのは今の感情である
ここで井上さんは、この回の核心を言葉にします。
長期の目的を持ってないわけじゃないんですよ、僕ら全員。でも、長期目線で選ぶ場合でも、その目的を、こう今感じられる感情で評価してることが非常に多いっていうことですよね。
つまり、長期の判断の良し悪しを、長期目線ではなく短期的な今の感覚で評価してしまうから、長期は非常に難しいというわけです。
人間の心そのものも同じだと井上さんは付け加えます。この先10年で自分がどれくらい変わるかと聞かれると、ほとんどの人は変わらないと答えるといいます。
しかし過去10年を振り返れば、結構変わっていると感じる。それでも未来については変わらないと思えてしまう、と指摘します。
みんなが簡単と言うことほど、疑ってかかる
井上さんは、自分は何でも疑う傾向があると打ち明けます。自分でそう思ったのでなければ、信用に足るか分からないと感じるタイプだといいます。
そのため、みんなが簡単と言うことこそ簡単ではないと考えるといいます。
人が簡単って言うやつはだいたい簡単じゃないと思ってるんで。みんなが簡単っていうことは、これは簡単じゃないんだなって自分で思うと、勉強がはかどるというか。
昔からそうだからという理由も、今もそうとは限らないと疑ってしまうと話します。そして、人が良し悪しを決める基準はかなりあやふやだと感じているといいます。
自分の価値観も、自分で積み上げたようでいて、受動的に受け取った価値観で出来上がっていることが多い。だからこそ良い悪いの判断はブレていると井上さんは考えています。
長期の計画は、本当に長期で評価されているのか
最後に井上さんは、この回全体をまとめます。良い悪いの判断はブレやすく、長期に良いものと短期に良いものも必ずしも結びつかないといいます。
そして、長期を考えるときも人はどうしても短期的な感情に軸足があるため、長期目的だとしてもそれを評価しているのは今この瞬間の感情だと整理します。
その分を差し引いた上で、本当にこの長期の計画は、長期において評価を受けているのかを考える価値があると井上さんは投げかけます。
まとめ
この回は、長期目的の選択でさえ、実際には短期的な今の感情によって評価されているのではないか、という視点を投資や人間関係を通して掘り下げる内容でした。良い悪いの判断のあやふやさを前提に、自分の長期の計画が本当に長期で評価されているのかを問い直すことがテーマです。
- 人が反応するのは長期的なリスクではなく、今日目の前にあるリスクである
- 興奮した自分と冷静な自分は、互いの状態を正しく予測できない
- 長期的に良い結果には、短期的なストイックさが伴うことが多い
- 快楽が最大化される投資と、リターンが最大化される投資は一致しないことが多い
- 長期目的であっても、それを評価しているのは今この瞬間の感情である





