和牛をホルスタインに移植すると繁殖が遅れる?
この回の質問は、川上さんが所属するコミュニティで知り合った、まだ16歳か17歳の学生さんから届いたものです。
山地酪農をやる酪農家の後継者で、全国を回って勉強しているそうです。
お疲れ様です。今、川上さんのstand.fmのラジオを聴いていたのですが、和牛の受精卵移植をすると搾乳復帰が遅れるのでしょうか?
川上さんはまず、正確には「搾乳復帰」というより次の繁殖が遅れる「繁殖回帰」の話だと整理します。
黒毛和牛は高く売れるので、ホルスタインに和牛を産ませて子牛を売り、酪農経営の副収入を上げるという手法が主流になりつつあります。
体が小さくなる乳牛と、大きくなる和牛のミスマッチ
なぜ繁殖回帰が遅れるのか。その背景には、乳牛と和牛が正反対の方向に品種改良されている事情があります。
ホルスタインは、メタンガスや餌代高騰への対応から、飼料効率を上げるために体をどんどん小さくする改良が進んでいます。
川上さんによれば、最先端のゲノムを扱う海外の牛は体高が150センチを切るほどで、それでいて1日60キロ級の乳量を出すといいます。
一方で黒毛和牛は、枝肉重量を増やす改良で体がどんどん大きくなっています。
島根県で枝肉重量トップになった牛は平均600キロで、生きた状態の体重は1トンを超えてくるそうです。
飼料効率を上げるため体を小さくする改良が進む
枝肉重量を増やすため体を大きくする改良が進む
つまり体の小さいホルスタインに、体の大きい和牛を移植することになります。
骨盤が広がったり子宮を傷つけたりする例があるほか、栄養要求量が満たされずに代謝の病気につながる懸念もあると話します。
IVFと過大児のリスク、そして遅れる分娩間隔
さらに、最近増えている移植には注意点があると川上さんは指摘します。
川上牧場は昔から受精卵移植を続けてきましたが、今どんどん増えている酪農家が使っているのはIVFが多いそうです。
体の大きい和牛に加えて分娩間隔が長くなることで、過大児になりやすいリスクがあると言います。
牛の許容サイズに合わないミスマッチが、ホルスタインと和牛の間で起きているというわけです。
数字で見ると、ホルスタインの分娩間隔は約280日、黒毛和牛は約285日で、平均でも5日ほど遅れます。
この5日が、100頭200頭規模の牧場では全頭分の生産ロスとして積み上がってしまう、という点も念頭に置いてほしいと話します。
アンガス牛に学ぶ、繁殖性のゲノム改良
では、この遅れをどう改善していくのか。ヒントはアメリカのゲノム検査にあると川上さんは語ります。
アメリカで多く飼われるアンガス牛では、ゲノム検査がかなり普及しています。
その項目の中に、繁殖の再帰性を示す指数として分娩間隔日数「DC」があると紹介します。
DCの数値が低いほど、その牛の子は早く受胎し、雌牛なら性成熟や分娩後の発情再帰が早い傾向があるとのことです。
ほかにも在群性や機能的長寿性、雄牛では受胎率につながる項目まで、ゲノムで数値化されていると言います。
こうした改良が日本の黒毛和牛にも追加されればよいのですが、そこには壁があります。
ゲノム数値の信頼度を上げるには多くの牛を検査する必要がありますが、その頭数が少ないため、遺伝率の低い項目が数値化されるのはまだ先だろうと個人的な見方を示しています。
これから和牛を移植する人へのアドバイス
改良が進まないまま安易に和牛を産ませると、分娩の難易度が高すぎてホルスタインが潰れてしまう、と川上さんは警鐘を鳴らします。
結果として大事な牛にはホルスタインの雌を産ませる酪農家が増え、和牛の生産が落ちていく状況になりかねないといいます。
そのうえで、これから和牛を移植する人には具体的な備えを勧めています。
最後に川上さんは、専門的な話ができてテンションが上がる一方で、視聴者との距離は離れていく気がする、と笑いも交えます。
より詳しい内容は、繁殖農家向けのnote有料記事やKindle本「酪農未経験者のために」で読めるとのことです。
まとめ
和牛の受精卵移植で母牛の繁殖回帰が遅れるのは、小さくなる乳牛と大きくなる和牛のミスマッチが背景にあります。ゲノム改良と産ませる技術の両面で向き合っていくことが、これからの鍵になりそうです。
- 和牛を移植すると「搾乳復帰」というより次の繁殖回帰が遅れる
- 乳牛は小型化、和牛は大型化と正反対に改良され、分娩時のダメージが大きくなる
- ホルスタインと和牛では分娩間隔が平均5日ほど違い、多頭数だと生産ロスになる
- アンガス牛ではDCなど繁殖性のゲノム改良が進むが、和牛は頭数が少なく数値化は先の話
- これから移植するなら分娩の軽い牛選びと、難産に対応する技術を磨くことが大切



