音声配信で餌の成分表を扱うのが難しいワケ
この回は、6月の牛乳月間にあわせて、川上牧場の川上さんが子牛の飼料設計や栄養学を研修生と勉強していく企画です。実際の餌の成分表を見ながら話を進めます。
ただ、成分表を音声で配信するのは簡単ではありません。餌の組成には企業秘密や企業努力が詰まっていて、エサ屋さんがとても嫌がるからです。
さらに、餌は全国どこでも同じ商品が手に入るわけではなく、代理店が扱っていない地域もあります。川上さんが「このミルクいいですよ」と言っても、聞いた人がそのまま買えるとは限らないんですね。
企業秘密なとこもあるし、全国いろんなとこで餌を販売してるんだけど、取り扱いしてない地域とかもあるわけですよ。
そんな中で、川上牧場でも使っている日本農産工業株式会社が、餌の成分表や給餌マニュアル、情報の提供を許可してくれました。この協力のおかげで、成分表を見ながらの勉強が実現しています。
生まれたての子牛はなぜミルクだけなのか
今回勉強するのは、生まれたばかりの子牛から離乳するまでの期間です。子牛は親牛と違って、まだルーメン(第一胃)が未発達なのがポイントです。
子牛はミルクを四胃で消化しています。四胃は人間の胃袋と同じような働きをするので、入ったものがそのまま栄養になると考えていいそうです。
ルーメンだとルーメン微生物が活動したりとか、pHがどうだのこうだのを考えなきゃいけないんだけど、子牛の場合はそのようなことを考えなくていい。
だから、草や配合飼料をむりやり食べさせても、四胃では消化・分解できません。この時期のエサはミルクだけで、離乳までに配合を食べられるように管理することが哺乳期の重要なテーマになります。
餌はミルクだけで、離乳までに配合を食べれるように管理するのが、この哺乳期で重要なんです。
子牛は難しい飼料設計を細かく考えるより、とにかく大きくすることが大事だと川上さんは話します。これから草を食べていく体を作るために、飲むなら飲むだけ、食べるなら食べるだけという方針です。
これから牛乳になるためにしなきゃいけないものなのに、(哺乳期に)制限する必要はあんまないかなと思ってます、僕の中では。
日本農産のマニュアルは何を推奨しているか
ここで、日本農産のホルスタインメス向けの保育マニュアルを見ていきます。離乳は56日が推奨で、ミルクはおおむね1日6リットル、冬場や寒冷地は8リットルまで上げる設計です。
生後3日からはスターターと水も自由に食べられるようにして、スターターの摂取量を最大で1日100グラムずつ増やしていくのが目安です。
離乳のゴールは、代用乳を1日3リットルまで半分に減らしつつ、スターター摂取量が最低1.5キロに届いたところ、という設定になっています。
マニュアル通りにやるのは本当に現実的か
川上さんが「これを見てミルクやれそう?」と聞くと、研修生はマニュアルの限界を率直に語り始めます。誰かが作ったマニュアルは、その場所でしか通用しないルールかもしれない、という疑問です。
結局、誰かが作ったマニュアルは、そこでしか適用されないというルールが間違いない。だから「お宅はどうされてるんですか?」っていう感じ。
川上牧場では常時8頭ほどの哺乳中の子牛がいます。1頭ずつ日齢を見て量を変えるのは、搾乳も噴霧も餌やりもある中で現実的なのか、という話になります。
(子牛の)番号がしっかりわかるわけでもなくて、目に見りゃわかるんでしょうけど、って時に、現実的じゃないというか。
一方で川上さんは、マニュアル通りにすれば下痢もせず牛も大きくなる、と念を押します。ただ、群飼いか個別飼いか、換気や暑さ寒さ、地域性といった条件はマニュアルに書かれていません。
群飼いも違うし、個別飼いも違うし、換気扇があるのかないのか、暑さ寒さが、地域性とかも全くこのマニュアルには書いてないわけだ。
だからこそ、酪農家自身が哺乳の基礎を勉強しておく必要があると川上さんは言います。ミルクを買えば大きくなる、という話ではないんですね。
初心者にいきなり哺乳を任せる怖さ
研修生は、哺乳期の重要度をあらためて言葉にします。どの日齢の子牛も大事だけれど、生後21日ごろまでは特に濃い時期だという実感です。
命の中で、だいぶ重要度の高い時期が、言うたら21日まで。そこで適当したら、あと何年かそのベースの子と一緒になるわけやし。
だからこそ、未経験の人にいきなり哺乳を任せるのは順番が違う、と研修生は指摘します。搾乳での小さなミスと、子牛の哺乳でのミスでは、取り返しのつかなさの幅がまったく違うという見方です。
初産で絞り方が悪かった幅と、子牛の時のこのミスの幅は全然(違う)。
もう哺乳なんて本当に大変で。僕はもう哺乳ロボットに任せてしまった部分がある。
研修生は、たまたま補乳の場面だけを見た人には哺乳が繊細に見えないかもしれない、とも話します。でも実際は変化幅が一番大きく、託せるレベルまでやり込むのは簡単ではないんですね。
マニュアルと現場の「落としどころ」
研修生は、マニュアルはあくまで物差しとして必要だと考えています。問題は、その物差しに対して「うちはこうしている、理由はこれ」まで共有されないと話が噛み合わないことです。
一応これ(マニュアル)はスタンダード。だけど「うちこれ」に、なんで?理由はこれ、までを情報として与えないと、ほんまの意味でスムーズにならへん。
この共通の物差しがないと、教科書も年代も違う人同士でうまく話し合えません。研修生は、疑問を言い出せない状態が続くと、働く側のやる気が削がれていくと語ります。
もう割り切っちゃうと思うんですよ。「ごめんなさい、9時までなんで」「今9時2分ですよ」みたいな感じになっちゃう。
子牛の足が出ていても時間だからと割り切る、そんな関係になってしまうのはお互い損だと研修生は言います。だからこそ、量やグラム、量り加減まで含めて話し合える関係が大事だと強調します。
川上さん自身は、餌のコンセプトや試験内容、その結果まで餌屋さんに聞くそうです。同じ物差しで喋ることが、歩み寄りの前提になっているんですね。
餌屋さんのコンセプトこれで、僕らはこういう感じにしたいから使ってるっていうのが伝わってないから、同じ物差しで喋ってないから、話にならへんから喋らない、で終わる。
子牛こそ農場で一番の最先端という視点
川上さんは、子牛の栄養を軽視すべきでない理由を語ります。優秀な父牛・母牛から生まれる子牛は、農場の中で一番高い能力を秘めた存在だからです。
農場の中で一番成績が高い、一番高能力の可能性を秘めてるのは子牛なんだよ。子牛が一番最先端を走っている。
最先端を走る牛に、過去の「良かった哺乳方法」をそのまま当てはめるのは無茶がある、というわけです。むしろ質が上がっている分、より良い餌を与えないと追いつかない構造になっています。
むしろ栄養の必要性とか品質で言うたら、もっといいもん与えないとあかんくなってる構造ではあります。
それでも現場では、搾乳牛がメインで子牛は後回し、という空気が残りがちです。研修生は、こっちを大事にしたらあっちは大事にしなくていい、という感覚がにおう気がすると指摘します。
ミルクの成分表を読み解く:エンジェルベビーとは
ここから、川上牧場で使っているミルク「エンジェルベビー」の成分表を読み解きます。粉ミルクですが、本来は母牛の母乳、つまりバルク乳に近い成分を狙って作られています。
近年よく使われてきたのは「強化保育」という考え方です。母乳よりタンパクを高くして体を大きくし、脂肪は下げて体脂肪が増えすぎないようにするコンセプトのミルクが主流でした。
これに対してエンジェルベビーは、タンパクと脂肪の幅がそれほど広がっていない、母乳に近いミルクです。強化保育に少し異を唱えるようなコンセプトが、川上さんには面白く映っているんですね。
(エンジェルベビーは)そんなにタンパクと脂肪の幅が広く広がってないようなミルク。母乳に近いというか。
スターターへの移行と栄養の切れ目
離乳に向けては、ミルクからスターター(人工乳)へ移行していきます。川上さんはここで、日本農産のスターター「ニューカーフ」の成分表を見せます。
四胃で消化。タンパク26%・脂肪21%。母乳に近い成分
ルーメンで消化する前提。タンパク20%・脂肪2%・繊維10%。トウモロコシや大豆など穀類が中心
ニューカーフは脂肪が極端に低く、繊維が上がっています。これは、四胃で消化していたものを一胃(ルーメン)で消化するように切り替えていくためです。
四胃で消化されたものが、一胃で消化されるように変わってきてるんだよ、ニューカーフになると。これからルーメンを作っていこうという状況になってきて。
量にも大きな違いがあります。ミルクは1回250グラム、2回でも1日450〜500グラムほどですが、離乳時のスターターは1日1.5キロほど食べます。
つまり、ミルクは成分が高いけれど量は少なく、スターターは成分が下がる分だけ量が多くなります。乾物摂取量で見ると、栄養給与量が同じくらいになるように移行するのが狙いです。
成分としてはミルクの方が高いんだけど、食べる量はスターターの方が多い。栄養給与量は同じぐらいになるよっていうのを目指していかなきゃいけない。
問題は、スターターの食いが悪いまま早く離乳すると、栄養が足りない時期ができてしまうことです。50日で離乳したのにスターターを1キロも食べていない、という状態は栄養要求量を満たせていません。
何日で離乳するってやめちゃった場合に「スターターまだ1キロも食べれてないですぜ」ってなった時に、栄養要求量は満たされてないということになる。
代用乳とスターターはセットで見る
研修生は、マニュアルがミルクだけを中心に語ると哺乳期を乗り越えられない、と整理します。代用乳とスターターはセットで、行ったり来たりでバランスを取る必要があるからです。
ミルク飲まへんかったらこっち(スターター)食べさせなあかんし、こっち食べへんのやったらミルクせなあかんねんから、両方のバランス感を見せないと、絶対的に(栄養的に)死んじゃう。
しかも、これは働く側が勝手に決められることではありません。牛がどれだけ飲んでくれたかに応じて、こっちで補おう、と判断できる情報が共有されている必要があります。
せっかくいい子が生まれたとしても(栄養が足りずに)、って考えると、そのバランス加減を(共有しないと)。
どちらをメインに食べさせるかは、時期や、その子牛のキャラクターによっても変わってきます。川上牧場では、牛群検定やゲノム検査のデータから体高や体重の傾向まで把握して飼い方を選んでいるそうです。
育成配合ニューグロアバルキーと草の役割
離乳が進むと、スターターから育成用の配合飼料へ切り替わります。川上牧場で使っているのが「ニューグロアバルキー」です。
| 段階 | タンパク | 1日の摂取量の目安 |
|---|---|---|
| 代用乳(エンジェルベビー) | 26% | 450〜500グラム(乾物) |
| スターター(ニューカーフ) | 20% | 1〜1.5キロ |
| 育成配合(ニューグロアバルキー) | 16% | 2〜3キロ |
注意したいのは、ニューグロアバルキーは成分の数字だけ見ると低く見えることです。でも食べる量が2〜3キロと増えるので、乾物で計算すると栄養は足りている設計になっています。
さらにこの段階では、草も食べてもらう必要があります。ルーメンが動き始めているので、ルーメンアシドースを防ぐためにも草での中和が欠かせません。
スターターを十分食べていないのに、日齢が90日を超えたからと配合をどっさり与えると危険です。マニュアルの日数だけを見て機械的に切り替えると、事故につながりかねません。
こいつ全然スターター食わないから、もうニューグローバルキーをしこたまやってやれってやったら、ルーメンアシドースであーってなる。
餌屋さんが川上牧場にエンジェルベビーを勧めた理由
川上さんは、餌屋さんに自分の飼い方をすべて伝えています。初乳を与えたらすぐ群外にし、水もスターターも飲み放題・食べ放題、1頭あたりの使用面積も一般的なカーフハッチの倍から3倍という環境です。
その環境と要望を伝えた上で勧められたのが、エンジェルベビーでした。餌屋さんは、増体がその後の乳量に影響するというデータを示した上でこのミルクを提案しています。
コスト、設備、密度が許すのであれば、川上さんの実施されている多球哺乳は、牛のポテンシャルを最大限生かすという面から最も良いかと思います。
つまり餌の選定は、牧場の環境とコンセプトを踏まえた計算の上に成り立つべきもの、というわけです。ここで研修生は、こうした確認ができている現場ばかりではないのでは、と疑問を投げかけます。
育成環境と、出る答え。「このミルクがええんちゃうか」に、プラスアルファ牧場主のコンセプトを考えた時に「これがいいですよね」って絶対あると思うんですけど。
F1レースで考える酪農家・従業員・餌屋さんの役割
離乳の日数も牧場ごとにバラバラです。マニュアルでは56日推奨ですが、川上牧場は哺乳ロボットを使うため労力がかからず、90日で離乳しています。
日数の違いは餌代の考え方とも関わります。ミルクは餌代が高いので、早く離乳させてスターターに切り替えるほうがコストは下がる、という発想も成り立ちます。
とにかく餌安くしたいっていう人は、離乳時期を早めてしまえばミルクやる期間少ないんで。
ここで川上さんは、酪農の役割分担をF1レースにたとえます。ホルスタインはF1の車、酪農家や哺乳する従業員はドライバー、そして餌屋さんは整備士だ、という見立てです。
F1の車
高い能力を持つホルスタイン
ドライバー
哺乳・給餌をする酪農家や従業員
整備士
最適な餌を提案する餌屋さん
この構図で言えば、ドライバーが「安い燃料で整備しといて」とだけ頼んでおいて、車が走らない・ハンドルが利かないと文句を言うのはおかしい、という話になります。
餌屋さんに「安い燃料で整備しといて」って言えば、そういうふうに整備して、車が動かん、ハンドル利かんっていうのはやっぱおかしい。
さらに、知識のある経営者が良いコンセプトを描いても、哺乳を未経験の人にやってもらうなら話は別です。免許のないドライバーを走らせるようなもの、と2人は笑い合います。
「一番安いのどれ?」がもったいない理由
餌を選ぶとき、「とりあえず一番安いのどれ?」と聞くのは、とてももったいないと川上さんは言います。餌屋さんは飼料のプロなので、農場に合ったミルクを幅広く扱っているからです。
研修生は、そもそも何をもって安いと言うのかが曖昧だと指摘します。高級ブランドの一番安い商品でも、他店の高い商品より高いことがあるのと同じ、という例えです。
トータルでほんまにお金を残す、儲かるようにしてない人の方が多いなって、言うてるのに安いの買っとんのに。
だからこそ、子牛の管理方法や哺乳回数、個体管理か群管理か、哺乳瓶かバケツか、温度は測るか、パステライザーはかけるか、といった条件を餌屋さんに全部伝えるべきだと川上さんは言います。
要望を伝える。誰が子牛にミルクやるとか、哺乳回数何回までできるとか、個体管理なのか群管理なのか、そういうのを全然伝えるべきだし。
似た成分・似たバランスなのに、なんとなく気に食わないからと別の餌に変えるのは理にかなっていません。同じ成分にわざわざ変えるくらいなら、コンセプトごと乗っ取るくらいの理由がほしい、と研修生は話します。
結論は「大きく病気なく育てば、それでいい」
1時間以上かけて成分表やスターターの種類を見てきましたが、川上さんの結論はシンプルです。子牛の時期は、どの成分がどうという細かい話より、大きく病気なく育てばそれでいい、というものです。
大きく育って自分の思うような子牛になればそれでいい。この1時間あまり話しているけど身も蓋もないけれども、それが正解かなと思います。
飲めるだけ飲んで、食べられるだけ食べてもらう。哺乳器でこけたら元も子もないので、なくなったら追加してね、というのがその方針の表れです。
川上牧場ではスターターと代用乳に加えて、TMRやイタリアンなどの草も自由に食べられるようにしています。ミルクで栄養要求量は満たしつつ、牛が自由に暮らせる環境を作りたいという川上さんの考えが根っこにあります。
ただし草の与え方には注意が必要です。生まれたてで胃が未発達なうちに草が入ると消化不良になるため、スターターを少し食べ始めた頃から草を与える、という選択をする人もいます。
生まれたばっかりのやつから草を食べれるようにすると、胃がまだ未発達なのに消化不良になったりするので、その時期は草を与えないっていう選択をしている人もいます。
まとめ
子牛の飼料設計は、成分表の数字を暗記することよりも、牧場の環境やコンセプトを餌屋さんと共有し、マニュアルを物差しとして使いこなすことが核になる、という回でした。最後の結論はシンプルで、大きく病気なく育てばそれでいい、という一点に集約されます。
- 生まれたての子牛はルーメンが未発達で、四胃でミルクを消化するため、離乳までは基本ミルクだけで飼う
- マニュアルは「そこでしか通用しないルール」ではなく物差しとして使い、「うちはこうする・理由はこれ」まで共有することが大事
- 代用乳とスターターはセットで見て、乾物摂取量ベースで栄養がつながるように移行させる
- 餌選びは環境・哺乳方法・コンセプトを餌屋さんに伝えた上で決めるべきで、「一番安いの」だけで選ぶのはもったいない
- 子牛の細かい成分にこだわりすぎず、大きく病気なく育てることを最優先にするのが川上牧場の結論




