職場体験中に生まれた双子の子牛、やりがいはどこに?
この回は、川上牧場に地元の高校生と中学生が職場体験に来ているタイミングで収録されています。水曜日から金曜日まで受け入れる毎年恒例の研修で、中学生が学校から頼まれた質問を、川上さんと高校生に聞いていく形で進みます。
最初の質問は「働く中で一番やりがいを感じる時はどんな時か」。川上さんの答えは迷いなく「子牛が生まれた時」でした。
実は職場体験の最中に、ちょうど子牛の分娩がありました。しかも双子で、オス2頭が無事に正常に生まれ、どちらも元気に生きているそうです。
双子の分娩にはリスクがあるため、川上さんは中学生たちに、2頭とも死ぬかもしれないと心の準備をしておくよう最初に伝えていました。
その双子はリスクがあるから、その両方死ぬかもしれないって心の準備はしといてねっていうので伝えたからね。
中学生の一人は、生まれた瞬間の子牛がぐったりしていて、本当に死んでしまったのかと心配になったと振り返ります。もう一人の中学生も、同じようにドキッとしたあと、子牛の様子を見てほっとしたそうです。
最初出てきた時、なんかグテーってしてて、大丈夫かなって思ったんですけど、ちゃんと呼吸しとったり、手を動かしたりしてるのを見て、すごく安堵感に。
農業系の高校に通う高校生は、分娩自体は何度か経験しているものの、双子はどうなるかわからないと感じていました。獣医の仕事にも興味があるため、この日は駆けつけた獣医さんの技術に見入っていたといいます。
逆子も夜中の分娩も、まずは一人で判断する
今回の双子の分娩では、川上さんが分娩の始まりに気づいて手を入れ、2頭いるとわかった時点で獣医さんを呼びました。そこで中学生から、1頭のときは川上さんが一人でやるのかという質問が出ます。
川上さんによると、逆子や足がひっくり返っている、上を向いているといったケースも、ほとんどは自分一人で直してしまうそうです。直せないときは獣医さんを頼みますが、それが夜中のこともあります。
いろんな判断そこでしないといけないっていうのはありますね。
今回は無事に生まれたことで、川上さん自身も安堵していると話されています。
きっかけはゲームボーイの『牧場物語』
2つ目の質問は「なぜ牧場を始めようと思ったのか」。毎回中学生に聞かれるという質問に、川上さんはまず「最初に買ったゲームソフトを覚えているか」と聞き返します。中学生の答えは『マリオオデッセイ』で、プレイ時間は通算680時間ほどだそうです。
川上さんが最初に買ったのは、お年玉とお小遣いで手に入れたゲームボーイ用の『牧場物語』でした。それしかソフトがなかったので、とにかくやり込んだといいます。
動物好きだったし、で、酪農っていう仕事知っちゃったんで、ゲームで。
『牧場物語』で酪農を知ったあと、農業高校、農業大学校へと進学。農業大学校で後輩だった今の奥さんと付き合い、奥さんのところに来て牧場をやっている、という流れです。
牛と接するとき、あえて「なるべく接しない」理由
3つ目の質問は「牛と接する時に何を大事にしているか」。川上さんの答えは、意外にも「なるべく接しない」でした。
川上さんの考えでは、人間が「かわいい」「よく見てあげよう」と構いすぎると、牛にとってはストレスになり、休めなくなることもあります。そのため、できるだけ牛舎にいないようにしたいそうです。
(牛舎に)いないとリスクがあるじゃないですか。餌食べないとか病気発見できないとかあったりするんで、ああいうののリスクをなるべく下げて、なおかつ接しないっていうのを心掛けて。
愛情の表れというイメージがあるが、牛にとってはストレスになり、休めないこともある
牛の自由を優先しつつ、餌の食べ残しや病気を見逃すリスクは下げる
ずっと接することが愛情だというイメージについて、中学生は「固定概念」と表現しました。川上さんも、やり方は人それぞれとしながら、なるべく自由にしてあげるのが自分のスタイルだと話しています。
30万円の受精卵から生まれた牛、いちばん嬉しかったこと
4つ目の質問は「牧場を経営していて一番嬉しかったこと」。川上さんが挙げたのは、海外から取り寄せた1個30万円ほどの受精卵で受胎させ、その牛が生まれた瞬間でした。
その受精卵はアメリカのもので、品評会でトップを取るような牛の子どもだといいます。川上さんによると、見た目でもスタイルが全然違うそうです。
その子はその共進会とかで勝って、なおかつその成績がいい牛でやったやつなんで。
ちなみに、職場体験中に生まれた双子も、血統的にとても優秀な牛だと川上さんは話しています。
コロナ禍で「牛乳がいらない」と言われたとき
5つ目の質問は反対に「苦労したこと」。川上さんの答えはコロナ禍でした。中学生たちもコロナ禍の世代で、転校前に都会でオンライン授業を経験したという中学生は、トータルで1ヶ月以上は休校したと振り返ります。
川上さんによると、休校で学校給食が止まり、給食に出す分の牛乳の行き先がなくなりました。売ろうにも買い控えが起き、飲食店にも人が行かず、スイーツやチーズ、バターを使ったものの消費も落ちたそうです。
休校
学校給食が止まる
給食用の牛乳
行き先がなくなる
消費の落ち込み
買い控えや外食控えで、乳製品を使ったものも売れなくなる
物流の停止
海外から餌を運ぶ船やトラックも止まる
さらに、海外から船で運んでいる餌の物流も止まりました。毎日餌をやり、子牛を産ませ、さあ出荷しようというときに「いらない」と言われる状況だったといいます。
よし出荷しようってなった時に、みんなにいらないって言われたらどう思います?
心折れるっすよ。
いちばん辛かったのは、その状況がいつ終わるかわからないことだったと、川上さんは振り返っています。
海外の餌から、もやしカスと土手の草へ
高校生から、コロナ禍でどんな対策をしたのかと質問が出ます。川上さんは国の支援を頼ったうえで、餌のやり方を180度ぐらい変えたと答えました。
それまではアメリカやカナダの餌を、餌屋さんに注文して運んでもらっていました。コロナ禍を機に、もやしカスや豆腐カスなど、地元で「いらない」と言われているものを、いろんな会社にメールや電話をして、頭を下げて集めるようにしたそうです。
アメリカやカナダの餌を餌屋さん経由で仕入れる
もやしカス、豆腐カス、酒粕、土手の草など地元で手に入るものを使う。コストは安いが品質にばらつきがある
コストは今のほうが安いものの、品質が安定せずばらつきがあるのが大変なところ。川上さん自身は「それしかないという選択かもしれない」とも話しています。
地元の餌は、もやしカスや豆腐カスのほかに酒粕、そして刈った土手の草も使っています。高校生たちがこの日やった餌やりにも、その草が含まれていました。
(地元のものを活用)しないと、それこそなんか大きいね、ことが起こった時に継続するのが難しいなって、そのコロナ禍の時に思ったので。
牛を出荷するときの気持ちは「卒業」
6つ目は高校生からの質問で、牛を屠殺するときにどんなことと向き合っているか。川上さんによると、牧場でお肉にするわけではなく、出荷して食肉公社 ── 家畜を受け入れ、と畜や解体を行って食肉に加工する施設を運営する組織ですでお肉にされます。
牛が牧場から出ていくとき、川上さんは消費者に「卒業していく」という気持ちだと伝えているそうです。かわいそう、残念というより、無事にちゃんとお肉にできたという感覚だといいます。
学生時代には食肉公社で解体の様子を見て、枝肉 ── と畜後に頭や内臓、皮などを取り除き、背骨に沿って左右に分けた状態の肉。吊るされた形で取引されますになるところまで見たこともあります。そのときも、かわいそうよりも「ちゃんとお肉になった」という気持ちのほうが強かったそうです。
もともと僕はその愛玩動物と経済動物を完全に切り分けてるものなので、犬や猫とは違う。
高校生も、自分が育てた牛がお肉になって帰ってきたとき「立派に育ってくれた」「いいお肉になれてよかった」と感じたと話します。一方で二人とも、牛の死を見られない酪農家や、涙を流しながら出荷する酪農家もいて、向き合い方は人それぞれだと認めています。
顔が見える農産物の時代、どちらが選ばれる?
出荷の話から、川上さんはもう一歩踏み込みます。今は「誰々さんが作った野菜」「誰々さんが作った牛乳」のように、顔が見える農産物が好まれ、SNSで「この人の農産物が食べたい」となる時代です。
そうなると消費者には、出荷のときに涙を流す酪農家のほうが、愛情を持っているように見えるかもしれません。川上さんは、そこにもどかしさも感じているようです。
僕の方が絶対愛情持ってると思うんだよ。わかんないけど。
牛に向き合ってるかどうかって言ったら、負けない気持ちはあるんで。
それでも、結局は売って食べてもらわないとどうしようもない。どちらの農産物を食べたいと思われるかは、農業に携わる人が考えなければいけないことだと話されています。
牧場に必要な資格は?証明書をずらりと見せる
7つ目は「牧場経営にあたって、どこで何個ぐらい資格を取ればいいか」。川上さんは畜産を学ぶ農業大学校に進学し、そこで資格をすべて取ったそうです。毎年見せるのは嫌だと言いつつ、証明書を見せながら説明してくれました。
代表的なのは、種付けのための家畜人工授精師 ── 牛などの家畜に人工授精を行うための国家資格。都道府県知事の免許を受けて業務を行いますと受精卵移植師です。家畜人工授精師は国家資格で、川上さんは当時の島根県知事に任命されたと話しています。
このほか、川上さんが見せた資格は次のとおりです。
- 小型車両建設機械(バケットの付いたホイールローダー)
- アーク溶接(電気で鉄をくっつける)とガス溶接
- フォークリフト
- 小型移動クレーンと玉掛け
- 大型特殊免許と牽引免許
高校生が初めて聞いたという玉掛けは、荷物を引っ掛けて運ぶための資格です。クレーンの免許は車を動かすためのもので、玉掛けがないとクレーンだけでは作業にならないそうです。
日常でよく使うのは、フォークリフト、小型特殊、家畜人工授精ぐらい。溶接は本職の人に頼むことが多く、クレーンに乗る機会もあまりないといいます。
資格がなくても牧場はできる、それでも取る理由
高校生が「これぐらいの資格があれば牧場ができるのか」と聞くと、川上さんの答えは「なくても全然できます」でした。人工授精は人工授精師さんに頼めますし、フォークリフトやトラクターも私有地なら免許なしで乗れるそうです。
ただし従業員の立場になると話は変わります。この日、免許のない中高生は手作業で餌やりをし、免許を持つ川上さんは機械でさっと済ませていました。
自分が社長になったつもりで、その手作業で頑張ってる人と機械でササッとやってくれる人とどっちの給料を上げるか。これが資格ね。
会社は資格のない人には頼めないので、資格のある人に仕事が集まり、自然と給料も上がる。川上さんは、取れる資格は取っておいたほうがいいとまとめています。
酪農を支える人がいなくなっている
8つ目は「人材を募集するなら、どんな人を求めたいか」。川上さんは、農業そのものが担い手不足だという話から始めます。
餌を注文しても「配達する人がいないので取りに来てもらえますか」と言われたり、宅配便が以前より遅れたりする。それと同じように、牛乳や餌を運ぶ人、家畜人工授精師、獣医さん、搾乳を手伝う人、牛の爪を切る人など、酪農を支える人たちがどんどんいなくなっているそうです。
川上牧場は従業員を雇っていないので、自分の牧場の人手不足ではあまり悩んでいません。課題は、業界全体の担い手をどう増やすかだといいます。
だから獣医さんにマジになってほしいんですよ。君たち興味があるならば。
獣医さんが足りないため、夜中の診療は控えてほしいと言われたり、機械メーカーが時間外料金や遠方料金を取るようになったりと、現場への影響もすでに出ていると話されています。
朝5時から夜まで、酪農家の1日
9つ目は「川上さんが1日に働く時間はどれくらいか」。答えはこんなスケジュールでした。
夜中にはAIを使ってソフトやアプリの開発もしているそうで、全部を仕事と呼ぶなら1日16時間ぐらいになります。ただ、そう言うと誰もやってくれないので、と笑いつつ、実際に牛舎の中で働いているのは5時間ぐらいだと話しています。
でも自営業ってそんなもんだからね。
AI時代の中学生へ「とことん好きなことを」
最後の質問は「職業を学ぶ上で、中学生へのアドバイス」。川上さんはまず、AIを使っているかを聞きます。中学生の一人は使っていて、もう一人はあまり使わない、高校生は授業でも使うという答えでした。
AIに仕事が奪われるという話は、中学生たちもよく聞かされているそうです。川上さんは、今までAIはなかったので自分のアドバイスも参考にならないし、これからどうなるかは誰にもわからない、と前置きします。
興味あることとか好きなことはもう自分でもう負けないぐらい、人に負けないと思うぐらいのめり込んでやるっていうのが一番何にしても。
そこから、仕事がなくなったら何をするかという問いかけが続きます。中学生が「配信活動」と答えると、川上さんは、自分のInstagramはすでにAIが投稿文や動画を作って自動投稿していると返しました。
「芸術活動」と答えても、イラストも映画も音楽もAIで作れると返され、中学生は「何もねえ」。「AIに仕事を与える側になれたら強い」という案にも、AIが自分で仕事を考えて動くようになると答えています。
自分がやりたいなと思ったことは何でもいいから、そのAIに奪われるとか奪われないとか関係ないのよ。自分がやりたいんだったらやればいい。
AIに奪われるかどうかではなく、自分がやりたいかどうかで選ぶ。それが川上さんのアドバイスでした。翌日は、何歳まで働き何歳まで生きるかを考える、恒例の「ライフプランシミュレーション」をやる予定だそうです。
まとめ
職場体験の中高生の質問に、川上さんは双子の分娩やコロナ禍の経験など、現場の実感を交えて答えました。牛との距離感、出荷への向き合い方、資格の意味、業界の担い手不足、AI時代の働き方まで、酪農という仕事のリアルがよく伝わる回です。
- やりがいは子牛が生まれる瞬間。体験中には双子のオスが無事に生まれた
- 牛にはなるべく接しすぎず、自由にさせながら病気などのリスクは下げる
- コロナ禍で牛乳の行き場と輸入飼料を失い、地元の餌へ切り替えた
- 資格がなくても牧場はできるが、仕事と給料の差につながるので取れるなら取ったほうがいい
- AI時代だからこそ、奪われるかどうかより、好きなことにとことんのめり込むのが大事

