職場体験の3日目は「ライフプランシミュレーション」
川上牧場では毎年、中高生の職場体験を受け入れています。この日は高校生が3日目、中学生が2日目で、川上さんは恒例の「ライフプランシミュレーション」をやると宣言します。
ライフプランシミュレーションを知っているか聞かれた中高生は「知らない」と答えます。そこで川上さんは、まずファイナンシャルプランナー ── 家計や人生設計について、貯蓄・保険・投資・税金などの面からアドバイスするお金の専門家。略してFPとも呼ばれますという職業の話から始めます。
中高生は「投資の専門的なアドバイスをする人」と答えました。川上さんは、近いけれどそれは仕事の一部だと説明します。人生にはお金がかかるので、それをどう準備するかを考え、そのための手段として貯蓄や投資があるという順番です。
君たちの人生設計をちょっとシミュレーションしてみて、あ、大体こんな感じなんだっていうのをイメージしてもらって
やり方はシンプルで、横長のグラフのような紙の左端に今の年齢を書き、そこから人生の出来事と、そこにかかるお金を書き足していきます。
大学進学、最初にいくら必要?
最初の分かれ道は進学です。中高生はそろって高校に進学し、18歳で大学に行くと答えます。大学の費用を聞かれた生徒は、大学によると前置きしつつ「入学金で200万ぐらい」と予想しました。
川上さんが紹介した平均額では、大学の入学金は国立大学で28万2000円、公立大学で22万〜38万円ほどです。授業料を含めた費用は、国公立か私立か、自宅通学か一人暮らしかで大きく変わります。
| 区分 | 4年間の総額 |
|---|---|
| 国立大学 | 243万円(初年度納付金81万円) |
| 公立大学 | 245万円 |
| 私立大学 | 410万円 |
| 私立大学(理系) | 540万円 |
| 私立大学(医学系) | 2300万〜2350万円 |
上の表のとおり、同じ「大学に行く」でも、進路によって必要な額には数倍から10倍近い差があります。
一人暮らしの初期費用は誰が払う?
大学で一人暮らしをしたいかと聞かれ、中高生は「したいです」と即答します。ただ、一人暮らしの初期費用がいくらかかるかは「わかんない。買ったことないけど」と、イメージが湧かない様子でした。
でも大学に行くってなったら、あと3年、4年ぐらいってことでしょ?君たちにとっては。
川上さんによると、大学生が一人暮らしを始める初期費用は、全国平均で約40万〜60万円です。内訳は次のとおりです。
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 敷金・礼金 | 10万〜15万円程度 |
| 家具・家電・生活用品 | 25万〜32万円 |
| 引っ越し費用 | 3万〜10万円 |
このほか、仲介手数料や日割り家賃、火災保険料なども加わります。では、このお金をどう準備するのか。生徒から最初に出たのは「奨学金」で、「一応借金ですけど、消去法的に」という答えでした。
別の生徒は、前もってバイトで少しでも貯めておくと答えます。川上さんが気になったのは、3人とも「親に払ってもらう」とすぐには言わなかったことです。生徒は「負担かけたくない」と話しています。
ここで川上さん自身の話が出てきます。川上さんは16歳のとき学校に無断で原付の免許を取り、バイトを始めました。1日に3件掛け持ちすることもあり、大学の入学金も費用も自分で出したそうです。
その理由は、酪農家になりたいと思っていたものの、親に反対されると考えていたからです。反対されても進める方法を、中学生のころから考えていたといいます。
親に反対されても絶対行きたいと思ってたから。反対されない方法をするにはどうしたらいいだろうって中学生の時から考えてたから
大学生の1ヶ月、生活費はいくら?
次は一人暮らしの1ヶ月の生活費です。生徒の予想は「30万」「12万ぐらい」と分かれました。川上さんが示した全国平均は13万1710円で、12万と答えた生徒は「センスいいよ」とほめられます。
ここからは、生徒が自分の暮らしを想像しながら、項目ごとに金額を書いていきます。食費は「満足できる1食」で考えて1000円、3食で1日3000円、30日で9万円になりました。
ところが全国平均の食費は2万6110円です。生徒はすぐに「つまり自炊するっていう」と気づき、川上さんも、多くの人が自炊でやりくりしていると話します。
家賃では、ある生徒が「ギリギリを攻めたい」と月3万円を選びます。川上さんは、東京や関西ではまずないと指摘しました。この辺りでも一人暮らしなら5万円は必要で、それでもボロボロだといいます。
どうする?彼女とか友達とかができて、ちょっとお前ん家遊び行こうぜつってやっても、トイレねえんだよね、うちの。
この問いかけに、生徒は「住めば都」から一転して「最悪だ」。ちなみに家賃の全国平均は5万6090円です。
スマホは、iPhoneを選んだ時点でローン込みで月1万円ほど、動画やゲームで通信量を使えば5000円は超えると川上さん。娯楽費は飲み会やボウリング、旅行を想像して月1万〜1万5000円、服は古着が今は高いという話も出つつ月5000円〜1万円に落ち着きました。
4年間で800万円超、誰が準備する?
項目を足すと、生徒たちの1ヶ月の生活費はおよそ17万〜22万5000円になりました。川上さんは、自分の暮らしを真剣に書き込んだ生徒に「向き合ってますね、人生に」と声をかけます。
これを12倍して1年分、さらに4年分にし、初期費用を加えます。生徒の計算では、4年間の合計は764万円や880万円という金額になりました。
お父さんお母さんに出してもらう。奨学金を頼る。自分で準備する。この3つが選択肢になります。
親と大学の費用の話をしたことがあるかと聞かれ、多くの生徒は「ない」と答えます。一方である高校生は、大半は自分のバイト代で稼ぎ、受験が終わったらバイトを始めるつもりだと話しました。
川上さんがここで伝えたのは、入学の費用だけでなく、その後の生活費まで見えていないと、どこかで詰むということです。学校に通えなくなるか、生活ができなくなるかの選択が、どこかで来るといいます。しかも川上さんにとって、ここまでは「準備体操」にすぎません。
初任給で一人暮らしは回るのか
続いて、働き始める年齢です。生徒たちは大学4年を出て22歳、6年制なら24歳と答えます。初任給について、ある生徒は学校の先生が「手取り18万ぐらい」と話していたことを思い出しました。
| 最終学歴 | 初任給平均 |
|---|---|
| 大学院 | 29万9000円 |
| 大学 | 26万2300円 |
| 高専・短大 | 23万5500円 |
| 専門学校 | 23万700円 |
| 高校 | 20万7300円 |
この表の額から税金や社会保険料が引かれます。大学生のときの生活費17万〜22万5000円と比べると、初任給の手取りではまかなえないことが見えてきました。生徒の口からは「現実の味です」という言葉も出ます。
手取り18万円なら、17万5000円の生活費で月5000円しか残りません。月1万円は貯金したいという生徒に、川上さんは「どこを切り詰めますか?」と聞きます。
生徒たちはまず食費を選び、安い食材で料理する、割引弁当しか買わないと答えます。川上さんは、今元気なのは親がちゃんと食べさせ、休ませてくれているからだと話し、若いときの無理が30代・40代で糖尿病などの持病として返ってくることもあると注意しました。
では娯楽を削るかというと、川上さんは「大学生の時にしか遊べないよ」と返します。社会人になれば友達もばらばらになるからです。結局、みんな月1万円ずつ貯金することにして次へ進みます。
結婚費用454万円、貯金1万円なら何年?
結婚の年齢を聞かれ、ある生徒は「相手がおるんだったら学生結婚でもいい」と答え、別の生徒たちは「めっちゃリアルな話、27から30」とうなずき合います。
結婚式についても意見が分かれました。「1日だけお祭り騒ぎしてもな」という生徒に、川上さんは、相手が結婚式にお金をかけたいと思っていたらどうするかと問いかけます。すると「せっかくなら一発かましたい」という声も出ました。
川上さんが示した結婚費用の全国平均は、結納・婚約から新婚旅行、新生活の準備まで含めて454万円です。月1万円、年12万円の貯金で割ると37年かかります。2人で半分ずつ出しても、13年ほどかかる計算です。
世の中の皆さん、結婚しない理由が分かってきました?
川上さんは、これが晩婚化 ── 結婚する年齢が上がっていく社会の傾向。経済的な理由のほか、働き方や価値観の変化などさまざまな要因が挙げられていますの背景のひとつとして出てくると話します。さらに奨学金を借りていれば、働き始めた時点で返済も始まります。
生徒が「終わった」とつぶやくと、川上さんは「終わってないよ。ここから始まるんだから」と返しました。結婚を機に引っ越すなら新生活の費用、車が欲しくなれば200万円ほどのローンも加わり、スマホのローンも残っている、という状況が見えてきます。
子ども1人2000万円超、そしてマイホーム
次は子どもです。生徒からは「2000万ぐらいかかる」という声がすぐ出て、何人、何歳で、と書きながら「苦しい」ともらします。
ここで川上さんは自分の歩みを紹介しました。2年制の農業大学校を出て20歳で働き始め、酪農ヘルパー ── 酪農家が休みを取れるよう、代わりに牛舎の作業を担う仕事。毎日の搾乳や世話が欠かせない酪農家にとって、休日を確保するための大事な存在ですとして一人暮らしを始めます。出勤した日だけ給料が出る働き方でした。
川上さんは酪農家になる夢のため、月29日働き、昼もアルバイトや手伝いに出て、20歳で月30万円ほど稼いでいたといいます。北海道で新規就農するための準備として、お金を貯めていました。
子どもにかかるお金について、川上さんによると、正常分娩の出産費用の全国平均は50万6000円です。国の補填があり自己負担は2万〜数万円程度とされますが、ケースバイケースです。子ども1人を育てる総額は、およそ2000万〜3500万円が目安とされています。
マイホームについて聞かれた生徒は「夢も見れない」と言いかけます。それに対する川上さんの答えがこちらです。
生徒は平屋がいい、新築でなくてもいいと答えます。川上さんが紹介した住宅の平均価格は、土地付き注文住宅が5000万〜5233万円、土地なしの場合が3936万円、中古物件が2966万円、中古マンションが3321万円です。
「中古の方がまだいい」という生徒に、川上さんは子どもに「お父さんボロボロだよこの家」と言われたらどうするかと聞きます。生徒の答えは「趣があります」。川上さんは「前向きに生きられるよね」と笑います。
定年と寿命から見える老後の3000万円
次は仕事を辞める年です。「死ぬまで働きたい」という生徒もいれば、本当はすぐ退職したいけれど、定年が70歳に引き上げられるという話があるので現実的には70歳、という生徒もいました。
最後に、自分が何歳まで生きるかを書きます。男性の平均寿命は81.35歳と紹介され、生徒は「孫の成長も見たい」「健康には気をつけている方なので」と85歳を選びました。
1ヶ月の生活費
17万円(生徒の試算)
1年分
17万円×12ヶ月=204万円
働かない15年分
204万円×15年=3060万円
70歳で仕事を辞めて85歳まで生きると、15年間は働かない期間になります。上の計算では3060万円が必要で、生徒は「年金じゃ無理だな」と口にしました。
川上さんによると、今の年金は若い世代が年配の世代を支える形です。生徒たちが年を取るころには若い労働人口が減り、年金額も減ると予測されています。だからこそ、自分で貯蓄や投資をしようという話が世の中で出ているのだと説明します。
生徒は、これまでの費用を頭の中で合わせて「じゃあ2億円ぐらいかな」とざっくり見積もりました。川上さんはそれを受けて、月にどれだけ貯めればいいかを考えないと、やりたい生活がお金の問題でできなくなると話します。
親の立場になったら、どうする?
川上さんは視点を変えて、50歳ぐらいになり、自分の子どもが18歳や20歳で一人暮らしをしたいと言ったらどうするかと問いかけます。生徒は「最初だけは払いたい」と答えました。
700万円以上かかると言われると、生徒は前もって貯金する、我慢すると答えます。川上さんは、もっと働いて稼ごうという発想はないのかと聞きますが、生徒の答えは「もう年だし」でした。
ちょうどその50歳とか40歳ぐらいの時にそうやって思い始めるのが今の君たちのお父さんお母さんです。
川上さんは、ライフプランシミュレーションに自分の子どもや親、祖父母まで書き込むと、祖父母が退職したときや子どもが大学に入ったときに誰がお金を払うのか、という問題が見えてくると説明します。
灰色の人生から、逆算で見えたこと
「バラ色の人生をシミュレーションしてみましたけど」と川上さんが感想を聞くと、生徒の答えは「バラ色じゃなかった」「灰色」でした。
それでも川上さんは、ここまでシミュレーションすると今何をすべきかが見え、ハードルが下がると話します。たとえば、結婚式を2人の記念写真だけにする、一人暮らしの代わりに友達とシェアハウスを借りる、車は親戚や親から中古で譲ってもらう話を今のうちに作っておく、といった具体例を挙げました。
費用を積み上げるほど「夢も見れない」「灰色」と感じる
できることが見えて「少し楽になりました」と話す
この変化を、生徒自身が言葉にしています。
ただし、人生はどうなるかわからず、病気ひとつで大きく変わります。だから夜更かししない、ご飯をしっかり食べる、歯を磨くといった、親や先生がいつも言うことが大事だと川上さんは話します。勉強しなさい、資格を取りなさいという言葉も、子どもに同じ思いをさせたくないという気持ちから出ているのだといいます。
翌日はお金の勉強の予定です。インフレとデフレを聞いたことがあるかと問われた生徒は、お金の数が増えて価値が下がる現象をデフレと答えました。川上さんは、貯金すればするほどお金が減っていく話を明日やろうと締めくくります。
まとめ
川上牧場の職場体験で行われたライフプランシミュレーションは、大学進学から老後まで、人生のお金を一つずつ書き出していく時間でした。数字を見て「灰色」と感じた中高生も、最後には逆算して今できることがあると気づき、「少し楽になりました」と話しています。
- 大学4年間の一人暮らしは、生徒の試算で生活費と初期費用を合わせて700万〜800万円台になった
- 初任給の手取りでは学生時代と同じ生活は難しく、月1万円の貯金では結婚費用454万円に37年かかる
- 子育ては1人2000万〜3500万円、老後15年で約3000万円と、親や年金だけに頼れない現実がある
- 先に見積もっておけば、結婚式やシェアハウス、中古車など選択肢を工夫して夢に近づける
- 健康や勉強を大切にという親や先生の言葉も、人生の逆算から出ている





