全国ベスト4でも、なぜダンスで食べるつもりはなかった?
黒田雄介さんがダンスを始めたのは、大阪府立大学(現在の大阪公立大学)の時代です。それまでバスケやサッカーもやっていましたが、どれもハマらなかったといいます。
全部ハマらなかったんですよ。
ダンスで初めて打ち込めるもんできたって感じです。
黒田さんはそこからダンス漬けの毎日になり、1日9時間も練習するほど打ち込みました。全国でも有名な大会でベスト4に入るほどの実力をつけています。
それでも黒田さんには、ダンスで食べていくつもりが1%もなかったそうです。理由は、ダンスで生計を立てる難しさを身をもって知っていたからでした。
1週間に17本ぐらいレッスンしても、やっぱこう、収入としてはこんなもんなんやかってなって。
黒田さんは関西ではダンスインストラクターとして人気のほうでした。給料には参加人数に応じた歩合制や固定給の形がありますが、生徒が多くても食べていくのは難しい業界だと話しています。
そこで黒田さんは就職活動をして、就職先も決まっていました。ところが卒業式にスーツで行ったところ、単位が2つ足りないと告げられ、留年が発覚します。大阪府立大学史上初だったそうで、ここから人生が変わったといいます。
留年、就職、公務員試験…インストラクター人生はどう始まった?
留年で残った1年の間に、黒田さんはダンスバトルでプロダンサーに勝つこともありました。趣味では割り切れないと感じつつも、それでもダンスで食べていくつもりはなく、いったん就職しています。
ところが就職するとダンスができなくなり、黒田さんは次に公務員試験を受けることにします。母校のある堺市の面接では、思い切った提案をしたそうです。
面接でダンスの街にしませんかって言ったんですよ。
落ちましたね。
その後、黒田さんの師匠がダンスインストラクターの仕事を1本引き継いでくれたことで、インストラクター人生が始まりました。最初はアルバイトをしながら、ダンスで食べていくための試行錯誤を続けてきたといいます。
反対していた親が、何も言わなくなった日
高村さんは、稼げないと分かって一度は就職したのに、それでも戻りたくなるほどのダンスの魅力は何だったのかを尋ねます。
黒田さんが挙げたのは、ステージに立つ楽しさ、一人でイヤホンをして自分の世界で踊る楽しさ、そして地域や年代を超えて人とつながれる楽しさでした。
なんかね、本当になんかダンスって人と踊るも楽しいし、自分一人で踊るも楽しいし、友達できるツールやしっていうので、もうダンスなしの生活が難しかったですね。
黒田さんがダンスの道を選んだとき、親は「早く働きなさい」というほど強く反対していました。レッスンが2〜3本でバイトをしている頃は、ずっと言われ続けていたそうです。
黒田さんはレッスンが10本ほどに増えるまで待ち、そこで親を発表会に招きました。仕事としてダンスに向き合う姿を見た次の日から、親は何も言わなくなったといいます。
レッスン2〜3本とバイトの頃は「早く働きなさい」と反対され続けた
レッスン10本ほどで発表会を見てもらった翌日から、何も言われなくなった
ニーズがないのに動いた、無料ワークショップツアー
黒田さんはそこから、大学や専門学校の非常勤講師、企業とのつながりなど、ダンスで食べていく道を探して動き始めます。高村さんが「地域からニーズがあって?」と聞くと、答えは意外なものでした。
いや、ニーズないのに動いてました。
黒田さんは、ダンスでどんな価値を提供できるのかという実験をたくさん重ね、そのほとんどが失敗だったと振り返ります。非常勤講師もしましたが、それでもダンスで食べていくのは無理だと感じたそうです。
転機は、インスタが流行り始めた頃、まだリール機能もなかった緊急事態宣言の少し前です。黒田さんは認知を広げるためにフォロワーを1万人にしたいと考え、夜中に思い立って高校と大学を回るワークショップツアーを企画しました。
黒田さんが「20団体無料ワークショップツアー」をインスタで告知すると、1日で埋まりました。広島、鳥取、淡路島、大阪など関西一円を回り、高校ダンス部や大学サークルが抱える課題を知るきっかけになったといいます。
この行動がすべてだと思います。
実費の先行投資が、スポンサーを連れてきた
このツアーは実費で、高村さんは「僕のフェスと一緒じゃないですか」と重ねます。黒田さんにとってツアーは先行投資でしたが、高校の進路支援や部活動支援をしている会社がスポンサーについてくれました。
その結果、高校生や大学生には無料で提供しながら、企業からお金をいただける環境ができました。黒田さんは、ここでお金の入り方の概念が変わったと話しています。
レッスンを受ける生徒からお金をもらう
学生には無料で提供し、応援する企業からお金をいただく
高村さんは、場数をこなすとニーズが見え、頑張る姿に応援者が現れる流れを整理します。教わる人から取るのではなく、周りが出してくれるという巡り合わせが見えてきたというわけです。
ダンスって1円も原価かからないですよ。
黒田さんは、原価がかからないダンスは「試供品だらけ」だと考えます。ワークショップで体験した人が、何年も後になって「あの時ワークショップ来てました」とレッスンに来てくれることもあったそうです。
Giverは成功する?失敗する?時間軸の長い「お返し」
黒田さんは、目先の利益を追うとすぐの見返りがないことに焦ってしまうが、長い目で見れば回収できるものはたくさんあると話します。その考え方の裏づけとして挙げたのが、書籍『GiveandTake ── アダム・グラントによる書籍『GIVE & TAKE』。人を与える人、受け取る人、バランスを取る人に分け、成功との関係を論じています』です。
与える人。一番成功するのも、一番失敗するのもこのタイプ
見返りを求めてしまう人
プラスマイナスゼロにする人
黒田さんは、Giverにとっては誰にGiveするかがとても大事で、相手を間違えると搾取されると話します。そこさえ間違えなければ、Giveはどこかで返ってくるといいます。
急にカバンの中から一ヶ月ぶりぐらいに1万円札が急に出てきたらラッキーって感じません?でも金額としては何も変わんないんですよ。
黒田さんは、いろんな人と会うことで長い時間軸では返ってきていると感じています。ただ、Giveしているという感覚ではなく、返ってくるのはあくまで結果論だと強調しています。
当時、無料ワークショップで回る人は少なかったそうです。今は高校ダンス部を無料でサポートする団体や会社、大学の先輩が教えに行く流れが増えた一方、高校ダンス部、大学サークル、ダンススタジオの各シーンが分断していることが課題だと黒田さんは話しています。
大谷翔平級のダンサーが、草野球コーチと同じ料金?
高村さんの「今の時代はダンスで食えるんですか?」という問いに、黒田さんは「食える人はまだ少ない」と答えます。子どもの頃からダンスを習う人は多いのに、ダンサーを職業として目指す人は少ないといいます。
(ダンスで食べていくのは)先輩方がやっぱ食べていけないっていうか、それでも難しいので。
僕よく例えてるんですけど、大谷翔平級のダンサーが日本にゴロゴロいるんですよ。
黒田さんによると、日本には大御所クラスのダンサーが大勢いるのに、アルバイトをせざるを得ない人もいるそうです。しかも、大谷翔平と草野球のコーチが同じ2000円でレッスンを受けているような状態だと例えます。
本来なら5万円や10万円を払ってもいい大御所より、草野球コーチのほうが人気があることもある業界だと黒田さんは話しています。全員ではないと断りつつ、ダンスで食べていく難しさを肌で感じているといいます。
日本に上手なダンサーが多い理由について、黒田さんは国民性を挙げます。海外のダンサーは表現や個性がすごい一方、真面目な日本人は振り付けを揃えたり基礎力を磨き上げたりする鍛錬が得意ではないか、という見立てです。
食えない原因は、お金が業界の中で回っているだけだから
高村さんは、ダンサーの母数が多すぎるわけでも少ないわけでもないのに、なぜ食べられないのかと掘り下げます。黒田さんは自身の経験からの仮説として、お金の回り方に原因があると答えます。
やっぱりこのダンスのお金の回り方が中でぐるぐる回ってるだけなんですよね。ダンス業界だけで。
発表会やダンスバトルのイベントなど、ダンス業界のお金は同じところを回るばかりで、市場規模が広がっていないと黒田さんは指摘します。自治体や企業と組み、ダンスの価値をもっと変えていくことが必要不可欠だと考えています。
高村さんは、DJもまったく同じだと応じます。クラブでレギュラーを持つDJでも昼間は働いていたり、平日17時に仕事を終えてからクラブに出るような副業の形が多いそうです。
高村さんによると、DJの世界もクラブの中でしかお金が回らず、企業案件も取りづらいといいます。海外の楽曲プロデューサー兼DJのような高額ギャラのブッキングもなく、DJ KOOさんの一人勝ちはタレント業に近いという見方です。
二人は、同じ課題を抱える職業はほかにもあるはずで、エンタメやアーティスト、アートなどの事例から新しい仮説を立てていくのは面白そうだと話しています。高村さんは、海外のアートに比べて応援の土壌が日本でも変わりつつある点にも触れました。
踊る力と教える力は別物?ダンスビジネスを学ぶ場所
黒田さんが「これは僕が喋りたい」と切り出したのは、インストラクターとして教える力と、踊る力は違う能力だという話です。
インストラクターっていう教える仕事と踊るっていうことって違う能力やと思ってるんですよ。
日本ではプレイヤーとして活躍する人がそのまま教えていて、黒田さんはそれを「大谷翔平がコーチしてる状態」と表現します。教える仕事として向き合うなら、生徒を集めるためのマーケティングや、差別化のためのブランディングなど、ダンス以外のことも学ぶ必要があるといいます。
高村さんも、人を雇うこと、お金を集めて使うこと、経営やデザインまで含めて、踊り方を教えるだけではない仕事だと応じます。黒田さんは、それを学ぶ場所が今はないと話します。
そこで黒田さんは、専門学校で「ダンスビジネス概論」という授業を担当し、ダンスを仕事にし続ける方法を教えています。さらに、その内容をもとに「ダンスビジネスアカデミー」という予備校の準備を進めているそうです。
ダンスビジネスアカデミーで磨く力として、黒田さんは次のような項目を挙げています。
- 発信力
- 指導力
- ダンス力
- AI活用力
- マネジメント力
簿記勉強しようかなじゃなくて、ダンスに付随することを学んで、好きなことを仕事に続ける、好きなことにずっと向き合い続けられる環境作りがいると思って。
高村さんは、部活動に外部講師が必要になり、授業にもダンスが組み込まれた今は、ダンスインストラクターの需要が爆増しているタイミングではないかと話します。黒田さんのやりたいことが、ようやく社会にフィットしてきたという見方です。
(ダンスインストラクターは)ダンスを通して人と向き合える場所なんで、そこをもっと自分自己満ではなく、社会とか企業さんと。繋がる通訳にならないとダメなんですよね。
「ダンスのおかげで」を100万人に
高村さんは、ダンスで食べていける人を育てる先に、どんなゴールがあるのかを尋ねます。黒田さんの裏テーマは「ダンサーが食べていける社会を作る」ですが、それだけではダンス業界の中に収まってしまうといいます。
黒田さんの団体が掲げる理念は、ダンスを通じて日本の健康寿命を伸ばし、何歳になってもつながりや挑戦、楽しみを持てる社会を作ることです。その目標として、「ダンスのおかげで」と言える人を100万人に増やすことを掲げています。
黒田さんは防災や交通安全とダンスを掛け合わせた活動もしています。防災の曲を作ったり、交通安全の指さし確認を歌にして振り付けをつけ、区長や警察署長、連合会の会長たちと一緒に踊ったりしているそうです。
黒田さんがこの形を選んだのは、ただの講話だと眠くなるという声を聞いたからです。歌とダンスなら耳に残り、交通安全を気にするきっかけが生まれると考えています。
歌と振り付けを作る
防災や指さし確認を歌とダンスにする
地域の人と踊る
区長や警察署長などと一緒に踊り、SNSでも発信できる
耳に残る
講話より敷居が低く、楽しく覚えられる
気にする機会が生まれる
日常で防災や交通安全を意識し「ダンスのおかげで」につながる
黒田さんは、第1回で話した「敷居を下げる」ことがとても大事で、エンタメで敷居を下げるのにダンスはうってつけだと話しています。
やらされる健康から、やりたくなる健康へ
高村さんは、体を動かしたくなり、気づけば覚えてしまう楽しさがあるからこそダンスの価値が生まれていると整理します。黒田さんは、それを自身のスローガンで言い表します。
黒田さんによると、健康の「康」の後ろには幸せの意味を込めていて、「やらされる教育ではなく、やりたくなる教育へ」の教育は「共に育つ」でもあるそうです。やらされる対策ではなく、やりたくなった結果が「おかげで」に変わる形をダンスなら作れると話しています。
高村さんは、お遊戯っぽくなったり堅苦しくなったりしがちな啓発にクールさやワクワク感が加わると評価します。さらに社内レクでのチームワークづくり、学校教育、世代を超えた地域交流、介護の現場などにも生きそうだと広げました。
いろんな分野に同時に矢を放つ大変さを聞かれた黒田さんは、多くの人から「それいいやん」と言ってもらえている一方、一人で回るには限界があると答えます。今は一緒に動いてくれる仲間を募集しているそうです。
黒田さんは、それがすぐ収入にはならないかもしれないとしつつ、社会的意義のある活動としてダンサーがその立ち位置に立てると考えています。ダンサーや、ダンスと何かを掛け合わせたい人は、コメントやDMで気軽に声をかけてほしいと呼びかけて、この回は締めくくられました。
まとめ
黒田雄介さんは、ダンスで食べていく難しさを知りながらも、ニーズがない中で実費で動き、企業スポンサーや新しいお金の流れを見つけてきました。その経験から、教える力やビジネスを学ぶ場づくり、そして社会課題とダンスをつなぐ活動へと広がっています。
- 大学でダンスに出会い全国ベスト4に入っても、黒田さんは一度ダンスで食べる道をあきらめて就職していた
- 実費の無料ワークショップツアーがスポンサーにつながり、生徒以外からお金が入る形を知った
- ダンスで食べられない原因は、お金が業界の中だけで回り、市場が広がっていないことだと黒田さんは見ている
- 踊る力と教える力は別物で、マーケティングやマネジメントを学ぶ場として予備校を準備している
- 防災や交通安全×ダンスなどを通じて、「ダンスのおかげで」と言える人を100万人に増やすことを目指している




