中年の危機は「危機」ではなく「移行期」?
Mikaさんは、ゲストのHiromiさんの話を聞きながら、「ミドルエイジクライシス」、いわゆる中年の危機という概念をずっと思い出していたといいます。
Mikaさんによると、中年の危機という言葉は最近の日本では日常会話にも出てくるようになり、もはや専門用語ではなくなってきているかもしれません。
(中年の危機を)今回改めて何十年ぶりかに調べてみたんだけど、なぜかって、今自分がそこにいるなっていう自覚もものすごいあるし。
20代の頃は「ふーん」と聞き流していた概念を、実際にその年代になったことで学び直したというのがMikaさんの動機です。一方のEmikoさんは、自分はまだ「プレ中年の危機」だと笑います。
Mikaさんの説明では、中年の危機とは、更年期などと重なってメンタル不調やうつっぽさが40前後から出てくることを指す言葉です。ただし、もっと普通の言葉で言えば「移行期」、つまり別のフェーズへ移っていくトランジション ── 人生のある段階から次の段階へ移り変わる過程のこと。キャリア論では、転職や結婚、加齢などに伴う心理的な移行期を指す言葉として使われますだといいます。
Mikaさんは、Hiromiさんが一人で京都へ行った時期とその前後数年こそ、まさにこのミドルエイジ・トランジションだったのではないかと受け止めていました。
ユングが例えた「人生の正午」
Mikaさんは少しだけ学術的な話として、ユング ── スイスの精神科医・心理学者カール・グスタフ・ユング。分析心理学を創始し、無意識や元型、シャドーなどの概念で知られますが1900年ぐらいに提唱した考え方を紹介します。ユングは人の人生のサイクルを太陽の動きに例えたそうです。
ちょうどこの人生の正午ぐらい、太陽が頂点に達し、影の方向が逆転する。これまでの外向きの生き方に限界を感じ、内面のモヤモヤが噴出する時期なんだって。
ユングの時代には40前後が正午とされていましたが、Mikaさんは2026年の今に合わせると大体10年後ろ倒しになり、45から52歳ぐらいが人生の正午、つまりアラフィフにあたると説明します。この時期に「このままでいいのか」という葛藤がピークを迎えるといわれているそうです。
自分の感覚では今は何時ぐらいかという話になり、Mikaさんは「お昼から午後2時ぐらい」、Emikoさんは「まだ抗っているから11時」と答えています。
午前中は「外側の物差し」で基盤を作る時間
ユングの考えでは、人生の午前中は一人前になるために社会基盤を作っていく時間だと、Mikaさんは紹介します。アイデンティティの確立、キャリアの構築、結婚や出産など、人生の基盤を必死に固める時期です。
エネルギーが外側に向いてるから、外側の基準で外側の物差しで社会的に良しとされるものに適合させようって必死で頑張りながら自分を作っていく時期。
Mikaさんによれば、午前中は「本当はこうしたい」という直感を抑圧し、「社会的にはこっちが正しい」という理性で自分をコントロールしている時代でもあります。
20代とか10代、30代前半。きつかったなっていうのは、まあ別に理論的にも当たり前って感じね。
Emikoさんは、若い頃のしんどさが理論で説明できることに納得します。Mikaさんは、現代はこの午前中がとても長くなっていて、午前中のタスクだけで燃え尽きてしまう人もたくさんいるといいます。
赤いポルシェとHiromiさんの京都
Mikaさんの説明では、アラフィフぐらいになると「抑えてきたもの、置き去りにしてきたものが自分にあるのでは」「もう1つあったかもしれない人生」が気になりだすそうです。昔の人も同じことを思っていたのだと、二人はうなずきます。
この時期が「危機」と呼ばれるのは、急に会社を辞めて陶芸家になると言い出したり、高級なスポーツカーを買ってきたりと、わかりやすい行動に出る人がいるからだとMikaさんは話します。
そう、私の友達まさに。シンガポールの友達が中年の危機だとか言って、俺ポルシェ買ったとか言って。
Mikaさんは、人生の折り返し地点を意識し、登ってきた山をどう下りるか、山の中腹でどう過ごすかを考える「人生の再評価」の年代がアラフィフだとまとめます。
そのうえでMikaさんは、Hiromiさんの歩みをこのトランジションに重ねます。リクルートのような会社でキャリアウーマンとして活躍し、結婚・出産を経て、子どもが大学に行く年になったら一人で人生を再出発しようと考えていたHiromiさんは、まさに移行期の渦中にいたのではないかという見立てです。
ヒロミさんの場合は、自分にとっての大事なものが家族だったっていう結論にさ、帰結したから。
家族と離れて一人になる中で、別れを選ぶ人もいるかもしれません。それでもHiromiさんの場合は、内面と向き合った結果、家族を大切なものとして選び直したと二人は振り返っています。
人生の午後は成熟の時間、正午は「ピーク」ではなく転換点
Mikaさんによると、ユングのいう人生の午後は、エネルギーを内側に向け、外側の評価ではなく本当の自分を探求して自分全体を調和させていく時期です。50代半ばから70代ぐらいにかけて、自分の人生を丸ごと受け入れられるフェーズに入っていくといいます。
正午が必ずしもその人生の成功のピークとかそういうことじゃないってことよね。
Emikoさんは一瞬「まだ何も成し遂げていないのに正午が来てしまった」と焦ったものの、正午はただの転換地点だと理解して安心します。Mikaさんも、自分にとっての成功や目標達成とは何かを考え始めるのが正午前後だと補います。
人生の午前と午後の違いを、二人の話をもとに整理すると次のようになります。
外側の物差しで、キャリア・結婚・出産など社会基盤を必死に固める。直感は抑圧し、理性で自分をコントロールする
エネルギーを内側に向け、本当の自分を探求する。内側の物差しで知恵がつき、成熟していく
Mikaさんは、外側から内側の物差しへ移ることで「こう考えればいいんだ」「この見方が自分にしっくりくる」という知恵が身についていくと話します。前編で出た、会社員から家庭に入るときの「真逆のロジック」も、こうした転換の表れではないかといいます。
楽になるよね。あ、なんだ、自分だけじゃないんだって。
キャリアコンサルティングの勉強でこの考え方を知ってどれだけ救われたか、とEmikoさんが話すと、Mikaさんも、社会的に成功しているように見える人でも正午前後には葛藤があると知るだけで楽になると応じます。
自分の変化は「教科書通りの発達」だった?
Mikaさんは、ユングとは別の人が提唱した考え方として、人生の午後には価値観の優先順位が次世代育成へ移っていくという話を紹介します。世代継承性 ── 心理学者エリクソンが中年期の課題として挙げた概念で、子どもや後進など次の世代を育て、何かを残していくことへの関心を指しますの全盛期がちょうど人生の午後にあたるそうです。
Mikaさんの説明では、自分の利益ではなく、子どもや部下、社会の若い人を育む精神によって内面が満たされる時期だといいます。子育てや若い人のサポートをしたいという気持ちも、そこから芽生えるとされています。
私今までさ、自分って結構自分なりに変わったなと思ったけど、案外さ、教科書通りにさ、発展してるだけかもね。
Emikoさんは、海外に来たから、帯同したからと自分の変化に理由をつけてきましたが、実は人間として当たり前の発達段階を歩んでいるだけかもしれないと気づきます。Mikaさんも、年代ごとに直面する悩みを説明するフレームワークがすでにあるのだと応じます。
Mikaさんによると、人生の午前中で一番大事とされる価値観は「愛・所属 VS 孤立・孤独」です。友達と仲のいいグループを作る、人生のパートナーを探すといった親密性の追求が午前中のテーマになるといいます。
Emikoさんは、受験して学校に所属したり、会社の看板を自分のアイデンティティのように感じたりしていた若い頃を振り返ります。キャリアコンサルタントの勉強で語呂合わせで暗記したエリクソン ── アメリカの発達心理学者エリク・H・エリクソン。人生を8つの段階に分け、各段階に固有の心理社会的課題があるとする発達段階論で知られますの発達段階も、今ならリアリティを持って入ってくると二人は笑います。
こんなにさ、お偉方の先生がこれだけ研究し尽くしてくれて、人の悩みはこういう時にぶち当たるよってさ、教えてくれてるわけじゃん。もっと早く教えてほしかった。
Emikoさんは、人のライフサイクルを義務教育に入れてほしいとまで話します。先輩の「老眼が来た」という話や、最近よく聞く更年期・男性更年期の情報と同じで、知っていれば「来た来た」と受け止められるからです。
Mikaさんは、Hiromiさんに起きたのはトランジションを超えた「トランスフォーメーション」だったと振り返ります。
全く同じ家族と向き合ってんだけど、まるで自分が違う人格になったみたいに変容して、もう家族とか旦那さんに対する見方がまるっきりがらりと変わったじゃない。
正午に姿を現す「シャドウ」とは何か
40歳を過ぎて揺らぐものが出てきたら「これが世に言う中年の危機か」と受け止めればいい、という話の流れで、Mikaさんはユングのシャドウを取り上げます。
太陽が頂点に上がってきて、影の方向が逆転するんだなと。今まで見えてなかった抑圧してきたこのシャドウが見えてくる。
Mikaさんによると、シャドウにはいろいろな定義がありますが、「不都合な自分の一面を無意識の奥底に閉じ込める」とも表現されます。社会的に良しとされる役割に適合するため、弱いところや未熟なところを抑圧し、論理的に正しいほうを選んできた結果だといいます。
Mikaさんの説明では、アラフィフになると「もっと自由に生きられたら」「弱音を吐きたい」というシャドウが、ドアをどんどんと叩き始めるそうです。
Mikaさんの話をもとに、シャドウが表に出てくるまでの流れを整理すると次のようになります。
午前中の抑圧
社会的に良しとされる役割に合わせ、弱さや本音を無意識に閉じ込める
正午で影が逆転
太陽が頂点に達し、見えていなかったシャドーが見えてくる
嫉妬や虚無感
自分にないものを持つ人への嫉妬や、「こうなれなかった」という諦めに苛まれる
心のOSのアップデート
成果主義や社会の物差しが自分の中で通用しなくなり、更新を迫られる
Mikaさんは、誰もがそうなるわけではないと断ったうえで、シャドウを強く抑圧してきた人ほど、こうした感情に苛まれやすいのかもしれないと話しています。
Emikoさんのシャドウは「極めた人」への憧れ
シャドウの話を聞いて、Emikoさんには思い当たることがありました。最近、YouTubeでキラキラした人や、世界で活躍する日本人を見るとざわつくといいます。
職人でずっとそれだけやってきましたみたいなさ、人がさ、脚光浴びてるとか、例えばサグラダ・ファミリアの外尾悦郎さんとか、私本当もううわって。
Mikaさんが「それはリスペクトではないのか」と尋ねると、Emikoさんはリスペクトはもちろんありつつも「でも私って」となってしまうと答えます。職人やピアニストのように何かを極めた人に、強く憧れるのだそうです。
Emikoさんの自己分析では、自分は「これなら稼ぎ続けられる」という外部世界の基準で理性的にキャリアを作ってきた一方、何かを極めることはしてこなかった、その抑圧がざわつきの正体ではないかといいます。
専門学校とか行って、なんかすごいスキル磨いて、ビジネスの世界とはまた別のところで自分のキャリアを作っていくみたいな道もあったのかもっていうのがシャドウか。
会社の看板の名前でできる仕事みたいなのってやっぱあるじゃん?だけど自分でピンになった時にそこで何かを成し遂げられるかっていう自信はやっぱない。
Emikoさんは、この会話が自分にとってアイオープニングだったと話します。Mikaさんは、誰かへの憧れは、抑圧してきたシャドウの可能性があるとまとめました。
現代の資本主義社会で良しとされるものに自分を寄せてきた、と打ち明けるEmikoさんに、Mikaさんは「午前中はみんなそういうことをやっている」と返します。自分だけではないとわかることが救いになる、という前半の話がここでも繰り返されます。
停滞の罠か、リソースを次へ手放すか
Emikoさんはまさに中年の危機の真っただ中にいるのでは、とMikaさんは話し、人生の正午を表す表現を紹介します。
自分の人生はこれで終わりかという停滞(スタグネーション)の罠に陥るか、自分のリソースを次の世代や社会にどう手放すかという葛藤の時期っていう、こういう表現もされてるからね。
Mikaさんによれば、同じ状況でも「もう歳だし終わった、詰んだ」と思うこともできれば、限られたリソースを自分や周りにどう活かすかと考えることもできます。
「もう歳になったし、これで終わった、詰んだ」と考える
限られた自分のリソースを、自分や周り、次の世代や社会にどう活かすかを考える
「罠」という言葉に反応したEmikoさんは、番組の初期に話した「帯同女性が海外で陥りやすい罠」を思い出します。世の中にはまだ見えていない罠がたくさんあり、自分は素直だからズボズボはまってきたとEmikoさんは笑います。
学者先生がさ、罠って言ってくれるんだから、その罠があるっていうことに気づいてさえいれば回避もできるし、他の方法もあるよっていうのを言いたいんだよね。
Mikaさんも、罠に入ってしまっても抜け出すことはできると付け加えています。
午後が長い現代、2個目の人生ゲームをどう遊ぶか
Mikaさんによると、現代の課題は、人生の午後が圧倒的に長くなり、セカンドキャリアがあることです。ただ死を待つだけでは無理があるため、健康寿命を延ばすための健康管理を含めて、午後をどうサバイブするかという再設計が喫緊の課題になっているといいます。
だから2個目の人生ゲームがいるわけよね。
Mikaさんは、自分たちは今1個目の人生ゲームの終わりを見つけ、2個目に移行するところにいると話します。そして、2個目の人生ゲームは1個目ほどのジェットコースターではなく、もう少し緩やかになりそうだと見通します。
Emikoさんも、知恵がつき、自分のこともわかってきたし、居場所や結婚相手もすでに決めたので、そこをデフォルトにできると応じます。
ひろみさんの話聞いた後に一番最初に思った感想を今思い出したけど、あ、なんか年取るの楽しみだなとちょっと思ったのよ。
Emikoさんは、Hiromiさんのように艶っぽい女性になれるなら年を取るのも悪くないと話し、Mikaさんは「Emikoちゃんもなれるよ」と励ましています。
人に導かれるHiromiさんのスタイルと、午前の棚卸し
Mikaさんは、本編では話しきれなかったHiromiさんの経歴に一貫したスタイルがあると指摘します。これまでの転職はすべて人の紹介で、ご主人との出会いも人の紹介、ベビー用品の仕事も友達が持ってきてくれたものだったといいます。
(グリーンカードは)取材で、たまたま取引先の人に勧められて、んじゃって感じで乗っかるんだよね。
自分からつかみに行くのではなく、自然と来るものを受け入れながら人生を作り上げていく。Mikaさんは、京都でのトランジションでHiromiさんが「私には家族なんだ」と戻ったのも、人との関係を大切にする思いがあるからではないかと考えます。Hiromiさん本人はおそらく意識しておらず、持って生まれたものに近いのではないか、とも話しています。
Emikoさんから「自分の場合は何だと思う?」と聞かれたMikaさんは、人との出会いで変わったことも多いものの、転職などは自分で組み立ててきた部分があると答えます。
人は人、なんかとりあえずやってみるとか、とりあえずネット検索するとか、とりあえず応募するとか、結構とりあえずだなと思った。
Emikoさんは、それが自分のパターンだとわかれば人生の午後にも意識して使えると考え、正午のあたりで午前の振り返りをすることを提案します。Mikaさんも、トランジションから抜け出せないときにとても役立つと賛同します。
Mikaさんはこれを「人生の棚卸し」と呼び、二人の話から見える進め方は次のとおりです。
Mikaさんは、45歳から50歳過ぎにかけて行き詰まりを感じているときに、この棚卸しは特に役立つだろうと話しています。中年の危機は1日で終わるものではなく、何年か続く人が多いという認識も二人の間で共有されました。
夫婦も家族も自分も、ずっと変わり続ける
Mikaさんは、夫婦関係も家族も、姿が見えないだけで日々変わり続けていると話します。自分自身も社会も変わっていくため、固定化されたものは何一つないというのがMikaさんの考えです。
これ60になっても70になっても、そのスピードはね、ゆっくりになるかもしれないけど、きっと変容し続けていくみたいなことは起こるんだろうなっていうのも思ったね。
夫が変われば自分も変わり、関係性も変わる。子どもは成長して家を出ていき、世の中もどうなるかわからない。Emikoさんが「じゃあ楽になれないの?」と聞くと、Mikaさんは、年を取るほど自分に都合よく物事を捉える知恵が発達して楽になっていくかもしれないと答えます。
変化は辛いことって思ってるデフォルトがあるからあれなんだな。
Emikoさんは、固定されているほうがつまらない、とすぐに考え直します。Mikaさんも「固定されるほうがしんどい」と同意しています。
Mikaさんが印象に残ったと話すのは、本編の最後でHiromiさんが語った、ご主人についての言葉です。
(Hiromiさんは)夫のことはまだやっぱり何もわかってなかった。結婚2年過ぎても何もわかってなかったって。これからも発見し続けていくんだと思うって言っていて。
二人は、相手を「こういう人」と決めつけ、わかったつもりになっているところはお互いにあるかもしれないと話します。Emikoさんは、Hiromiさんの話を聞いたあと、出張から帰ってきた夫に「この人は外で戦っていたのかもしれない」と思い、とても優しくなれたそうです。
成長ではなく成熟、寝かせるほどおいしくなるワイン
「人は変化し続ける」が今回の結論かとMikaさんが締めかけたところで、Emikoさんは、変わることは必ずしも成長でなくてもいいのでは、と問いかけます。
成熟っていうさっきの言葉で結構救われた部分があったのね。ユングの。だから成熟なんだよ。だから成長つってさ、すっごいプレッシャー与えまくると。
それ(成長のプレッシャー)、午前中の作業でしょ、それはだから。
Mikaさんの指摘で、Emikoさんは自分がまだ午前と午後を行ったり来たりしている中年の危機の最中にいるのだと腑に落ちたといいます。トランジションを抜ければ、成長ではなく成熟になるからです。
成長や向上とは違う「成熟」をどう表現するか考えたMikaさんは、ワインに例えます。
午前中:ブドウの木がどんどん大きくなり、実が育って仕込まれていく
午後:おいしいワインになるために寝かせる期間。外目には同じでも変化し続け、死ぬときにはおいしいワインが出来上がっている
Emikoさんは「MikaさんはユングI超えたんじゃないの」と絶賛しました。目に見えなくても変化は続いているという熟成のイメージが、この回の議論を締めくくる形になりました。最後に二人は、Hiromiさんと3人でご飯に行く約束にも触れて収録を終えています。
まとめ
ユングの「人生の正午」という枠組みを通すと、中年の危機は人生の失敗ではなく、外側の物差しから内側の物差しへ移る自然な移行期として見えてきます。Hiromiさんのトランジションも、EmikoさんやMikaさん自身の揺らぎも、その流れの中で語られました。
- ユングは人生を太陽に例え、現代では45〜52歳ごろが「人生の正午」にあたるとMikaさんは紹介した
- 午前中は外側の基準で基盤を作る時期で、そこで抑圧したシャドウが正午にドアを叩き始める
- 誰かへの強い憧れやざわつきは、生きてこなかった自分(シャドウ)のサインかもしれない
- 正午で午前の決め方や判断軸を棚卸しすることが、長い午後の2個目の人生ゲームに役立つ
- 午後は成長ではなく成熟の時間で、寝かせるワインのように目に見えなくても変わり続ける


