名前の意味は後から回収できる?
この回は、前回の対話で坂和輝明さんが「名前の由来は特にない」と答えた話から始まります。井上拓海さんは一瞬焦りながらも、名前の意味について考えを巡らせたといいます。
すごいよくある質問なんですけど、されると困る質問でもあるんですよね。
井上さん自身の名前も、開拓の「拓」に「美しい」の字が両親にたまたま付いていたもので、言われる由来は意外と漠然としているそうです。
井上さんは、自社「ミッケ」の社名にも似た経験があると話します。漫画で新しいことを思いついたときに電球マークがポンと出る、あの感じがいいという感覚的な理由で付けた名前でした。
ところが最近、会社の定義を「見えない資本を見つける」としたことで、ミッケという名前に当時は考えていなかった意味がつながったといいます。
親がつけた時はそんなに意図はなくても、後から「ああ、だから俺ってこういう名前だったんだな」って回収できる時って、実は生きてく中であったりするんじゃないかなと思ってて。
坂和さんは、少しスピリチュアルかもしれないと前置きしつつ、何かの力に引っ張られていると思って生きると人生が楽しくなり、ほっとすることもあると共感しました。
占星術が示した「欲求」と「資質」のずれ
話はさらにスピリチュアルな方向へ進み、井上さんは友人の紹介で占星術の鑑定を受けた経験を語ります。その先生はコンサルやコーチングに近い雰囲気で、ビジネスマンが相談に訪れる人だったそうです。
井上さんにとって占星術は、感情論というより「地図」に近いものです。生まれた日時と場所、そのときの星の配置にそれぞれ意味があり、それを紐解きながら自分がどう生まれてきたかを探るものだと捉えています。
井上さんによれば、人には太陽星座と月星座があります。太陽星座は魂が「そっちに行け」と指し示す方角のようなもので、月星座は資質に近いものだといいます。
向かう方向。道なき道をゴリゴリ開拓していくスタンス
資質。家族をとても大事にする反面、排他的
井上さんは、内輪だけでなく広くいろんな人との関係性を大事にしたいという欲求を持っています。ところが月星座の蟹座は家族を大事にするぶん、逆説的に「嫌いなやつは知らん」という排他的な資質なのだそうです。
「あ、俺が持ってる欲求と俺の資質違う」と思って。「俺めっちゃ確かにそうだわ」と思って。
坂和さんは、排他的であることは必ずしも悪いことではないと返します。そのぶん、つながっている限りは誰よりも愛してくれるという面もあるのではないかと話しました。
置かれた状況を運命として「乗りこなす」
名前や占星術の話を受けて、井上さんは今の時代への違和感を口にします。自由や選択、既存の環境からいかにはみ出すかという思考が強い時代だからこそ、逆の捉え方にも価値があるのではないかという問題提起です。
置かれた状況を運命だと、逆にどう捉えるかみたいな。
井上さんは、自分じゃなきゃ歩めない道として、あえて歩むことを決めるという解釈が面白いと考えています。思考旅行という番組も、難しい波をどう楽しく乗りこなすかという考え方で続けたいと語りました。
坂和さんは、跡継ぎの多くが苦しい道を選んでいるのは使命感があるからだとよく聞くといい、その感覚がよくわかると話します。
後付けかもしれないが、今やりながら、もうこれは自分の使命だから、これをやり遂げると。この人生に後悔はないだろうなと思いながらやってるところはありますね。
夜泣きの試練に見つけた「主人公感」
井上さんは、あるプロジェクトの子育ての話でも近いテーマが出てきたと切り出します。井上さんも坂和さんも子どもが生まれ、それぞれなりに大変さを抱えています。
子育てでは自分の時間が少しずつ減っていき、人によっては「翼が折れた」と感じることもあるかもしれません。井上さんは、その状況を楽しむのは簡単ではないと認めています。
井上さんが具体例に挙げたのは、娘の夜泣きです。自分があらゆる技を繰り出しても寝ないのに、妻が撫でるだけで寝てしまう。その瞬間、井上さんは傷つくといいます。
この瞬間めっちゃ試されてるなっていつも感じてて。この瞬間に何か不貞腐れたら終わりだなみたいな。
井上さんは、そこで不貞腐れず「絶対見つけるぜ、最終的には筋肉で力技でやるぜ」と方法を探る姿勢を、主人公感に近い感覚だと表現しました。
試練
あらゆる技でも娘が寝ず、妻が撫でるだけで寝る
分岐点
不貞腐れて試練を捨てるか、受けて立つか
主人公感
乗り越える方法が必ずあるはずだというマインドへ
この主人公感は、目の前の子育てから、跡継ぎや名前といった大きな話まで共通していると井上さんは考えます。置かれた人生にいかに主人公感を持てるかは、どんな立場の人にとっても大事な価値観ではないかという提案です。
会社の「存在目的」と跡継ぎの役割とは
坂和さんは主人公感の話を、存在目的というテーマにつなげます。少しジャンプするがと断ったうえで、会社の社員も、会社の存在目的を感じたいと思っているのではないかと話しました。
坂和さんによれば、親に対する子どもでも、会社に対する社員でも、人は存在目的を求めるものかもしれません。思考旅行などを通して会社の存在目的を見出していくことは、跡継ぎに求められる仕事の一つだと感じているそうです。
井上さんがそれを「社員にとっての主人公感をどう作るか」と言い換えると、坂和さんは船のたとえで答えました。
一緒に船に乗ってきてくれる仲間が、これまでいてくれた人たちもそうだし、新しくこれから乗ってくれる人たちを見つけていきたいなっていう狭間に跡継ぎは今いるのかなっていうのはしっかり感じますね。
「移動と発見」は主人公感を保つ鍵か
ここで井上さんは、この回のテーマが「移動と発見」だったと明かします。坂和さんは何も考えずに話していたと笑いますが、井上さんは仮説を持って話をつなげにかかります。
井上さんの見立てでは、跡継ぎには積み上げられてきたもの、社員総入れ替えなどできない状況といった、ゼロイチとは違う「揺るぎにくい変数」が多くあります。それは機会でも試練でもリソースでもある一方、「それさえなかったら」と思わせるものでもあります。
そのなかで坂和さんの主人公感を保つものは何か。井上さんは、坂和さんがよく行く海外視察のような外の刺激が大きな要素ではないかと問いかけました。
坂和さんが挙げたのは好奇心でした。自分がやりたいことはまだ誰もやっておらず、それが正しいと一つずつ証明したいとき、身の回りの出来事だけでは証明できないといいます。
もっといろんな概念に触れられないと自分を保てない。
(自分の今やってることを)アメリカのどこか全然知らないやつが楽しそうにやってるとか、それで人生豊かになってると思えただけでも、そういう生き方でいいんだって思えるというか。
井上さんは、多くの人が目の前の事柄を変えるか、別のものを選び取ろうとするのに対し、坂和さんの話は違うと受け止めます。
坂和さんはこれに同意し、宗教や国籍のように変える必要のない「定数」もあり、まずは自分が変えられるものから変えていくだけだと話しました。
ロサンゼルス視察で塗り替わった「日常の尺度」
具体的な話として、坂和さんは最近アメリカのロサンゼルスとラスベガスを訪れ、ロサンゼルスで3つの会社を視察してきたと話します。
帰国したばかりの坂和さんがまず感じたのは、平均値として日本は豊かだということでした。アメリカは経済大国で進んでいて日本が追いかける、という既成観念があるなかでの発見です。
坂和さんによれば、ロサンゼルスでは都市圏とそれ以外の格差が明らかでした。都市圏で働く一部の人がお金と自由を手にする一方、一歩道をそれると薬物に手を出す人やホームレスが目に見えて多く、郊外には先進国とは思えない建物もあったといいます。
高校の登校時と下校時には必ず警察が周辺に来る決まりがあるなど、危険が当たり前になっていることも坂和さんには印象的でした。
自分の非日常と日常が違うところに行くと、そこは自分の非日常が日常だったり、日常が非日常だったりするので。それによって自分の日常の尺度をこう作り変えていっている。
井上さんは、自分たちの当たり前が他の環境では当たり前でないと知り、良し悪しではなく違いによって自分を再認識できることが、移動の醍醐味だとまとめました。
メキシコの15歳の祝いに特化した印刷会社
井上さんは、海外で得た感覚は忘れやすい一方、仕事の習慣そのものを変えるような発見もあるのではないかと尋ねます。坂和さんは、すぐ取り入れられる技術や印刷物もあったうえで、アメリカのビジネスの合理性を挙げました。
坂和さんの観察では、アメリカでは中小企業でもリストラがあるなどビジネスのルールが違い、移民が多いため、アメリカ人以外に向けたビジネスが当たり前になっています。
象徴的だったのが、メキシコ系の人々の15歳の祝いに特化した印刷会社です。日本の成人式のように、メキシコには15歳で大掛かりなパーティーをする文化があり、その市場だけを相手にしている会社があるといいます。
(こういう会社は)絶対にこんなのここでは生まれてこないなとか思うから。そういうのは面白いなと思いますね。
どう見つけるのかという問いに、坂和さんは、身近にメキシコ人がいて相談を受けるうちに「このマーケットって大きくね?」と気づき、徐々に投資していくのではないかと推測しました。
井上さんは、身近に多様性があるからこそ、身の回りでリサーチができてしまうのだろうと受け止め、島国との違いを指摘します。日本人は「日本か海外か」で考えがちですが、アメリカでは「メキシコ人のあの人の周りがマーケット」という感覚になっているというのです。
「外国人留学生」というくくりが閉ざす可能性
井上さんは、この話から2つの学びを引き出します。1つは、日本人の中にもニッチな市場があるのに、無意識に「日本人」とくくっているかもしれないことです。
もう1つは、インバウンドや外国人留学生が多く来ている今、海外への入り口はあるのに、それを市場として見られていないことです。
僕らは留学生っていう風に括ってしまうことで、実はなんか事業の可能性閉ざしてる可能性が高いというか。
坂和さんは、日本は括りたがりなのかもしれないと応じます。跡継ぎやスタートアップといったグルーピングにもメリットはあるとしつつ、アメリカでは日常的ではないのかもしれないと話しました。
坂和さんは、その背景に国の規模があると考えます。日本では愛媛から岡山へすぐ行けますが、カリフォルニアからニューヨークは時間がかかります。さらに、アメリカは先進国の中でパスポート取得率が低く、国内旅行が日本人にとっての海外旅行に近い感覚なのではないかといいます。
島国で文化が近く見え、「日本か海外か」で考え、人をくくりがち
国内が広く多様で、身近な人の周りを市場として見る
外国人留学生に「思考旅行」をしてみたら?
井上さんはブレスト的に、坂和印刷が市場をどう捉えるかへ話を進めます。坂和さんがもともと気にしている外国人留学生やインバウンドを、そのくくりのまま見ないことが大事だという考えです。
井上さんの提案は、外国人留学生に思考旅行をしてみることです。坂和さんによれば、日本語ができる留学生もいるといいます。
井上さんは、留学生の就労支援をサポートする友人と話した際、留学生が単純労働の担い手としか見られていないと感じたそうです。地元で大きなコミュニティを抱えているかどうかは関係なく扱われているといいます。
外国人留学生の方々も一人一人思考旅行するとめちゃくちゃポテンシャル持ってるし、しかもなんならサカワ印刷のすでにあるプロダクトをめっちゃ売れる人かもしれないしとか。
井上さんは、ローカル企業の海外販路といえば決まった代理店やクールジャパン ── 日本のアニメや食、ものづくりなどの文化を海外に発信し、経済成長につなげようとする政府主導の取り組みの総称のような王道ルートばかりだと指摘します。そのうえで、坂和印刷独自のルートで海外販路を開拓できたら強いと語りました。
松山に韓国人ゴルファーが集まる理由
井上さんに市場の仮説を尋ねられた坂和さんは、地元の松山には国際線があり、韓国人や台湾人の来訪者が多いと話します。韓国人の目的の大半はゴルフだそうです。
坂和さんによれば、ゴルフ場では前後の組がだいたい外国人ということがよくあり、韓国から来てゴルフをし、温泉に入って2泊3日で帰る流れがあるといいます。
坂和さんが面白いと感じているのは、地方都市の松山が、ソウルや台湾の首都とつながっていることです。ローカル同士ではなく、相手国の一番大きい都市から来るので、お金に余裕のある人も多いのではないかと見ています。
韓国人ゴルファーが松山を選ぶ理由について、坂和さんは複数の要素を挙げました。
韓国の冬
12月から2月は雪や寒さでゴルフができず、ゴルフ場も限られる
松山の条件
冬もプレーでき、ゴルフ代も安く、ソウルから約90分で来られる
結果
ゴルファーにとって「来る理由しかない」場所になっている
(松山は韓国人ゴルファーにとって)来る理由しかなくて。
喫煙所広告に学ぶ、共通項でのターゲティング
井上さんは、ブレイクスルーカンパニーGOのミウラさんのポッドキャスト『The Solutions』に出ていた、喫煙所広告の会社の経営者の話を紹介します。
その会社は東京に喫煙所を増やす事業をしていましたが、喫煙所に来る人の市場が面白いと気づき、広告を始めたところ大当たりしたそうです。
井上さんの紹介によれば、喫煙所に来る人には、部長やエグゼクティブなど予算を握る立場の人が多く、ゴルフなどのお金の使い方もわかっている人が多いといいます。タバコが悪いと言われる中でも吸い続けるのは、自分で判断し消費を決められる人だからではないか、という分析です。
井上さんは、ゴルフで来る韓国人にも同じように共通項があるはずだと考えました。特定のニーズで来ている人たちは近いため、「インバウンドの韓国人」とはまったく違う切り取り方ができるという見立てです。
ゴルフで来てる韓国人も多分めっちゃ共通項あるんじゃないかなと思ってて。そこのデータめちゃくちゃ取れたらすげえ強いなと思ったんですよね。
坂和印刷に必要な「独自の謎パイプ」とは
井上さんは、印刷会社はコミュニケーションツールであり、坂和印刷に必要なのは入り口と出口だと整理します。韓国から日本、日本から韓国の間に入れると強いという考えです。
招く顧客として、愛媛で消費者として向き合う
日本のローカルプロダクトの販路先として探し、その先のグローバルへ
井上さんは、韓国は最初からグローバルを見ているため、韓国の先にはグローバルがあると話します。ゴルフで来る韓国人に、日本のどこに価値を感じるか、普段何をしているか、どんな出口を持っているかを聞けば、両方向の可能性が見えるといいます。
坂和さんがその領域に詳しい知り合いがいると答えると、井上さんは話を聞いてみようと提案しました。井上さんが強調したのは、社内の勉強会でも出た「販路」の考え方です。
お客さんの出口ができれば印刷が必ず必要になるため、井上さんは世の中のわかりやすいパイプではなく、坂和印刷独自の謎パイプをいくつ増やせるかが鍵だと語ります。パイプの種類が独特であるほど、「これは坂和印刷だね」となるのではないかという見立てです。
二人はアポを取って実際に話を聞くことを約束し、この回は締めくくられました。
まとめ
名前の意味を後から回収する話から始まり、置かれた状況に主人公感を持つこと、移動で日常の尺度を作り変えること、そしてくくりを外して市場を見ることへと、対話は一本の線でつながりました。最後は松山の韓国人ゴルファーという身近な存在に、坂和印刷独自の販路の種が見出されています。
- 名前や環境の意味は、後から「回収」できることがある
- 置かれた状況を試練として受けて立つ「主人公感」は、子育てにも跡継ぎにも通じる
- 移動は、目の前を変えるのではなく、捉える眼鏡を変える機会になる
- 「外国人留学生」「インバウンド」というくくりを外すと、新しい市場が見えてくる
- お客さんの販路を作る独自のパイプこそが、印刷会社の強みになりうる




