社史なんて誰が読む?という問いから始まった
側島製罐の石川貴也さんは、創業120周年の記念として社史をつくり、クラウドファンディングを通じて出版するプロジェクトを進めました。MCの桺本頌大さんと小平勘太さんは、二人ともこの支援に参加しています。
社史づくりは、社内から自然に出てきた企画ではありませんでした。石川さん本人が作りたいと言い出し、120周年という節目がその後押しになったといいます。
えー、120年だから作りたいなって。やっぱり120周年じゃないと多分やらないんで。
石川さんが社史を作りたいと思った背景には、側島製罐の歴史に「あやふやな部分」があったことがあります。側島製罐は空襲で社屋が焼け、昔の資料がほとんど残っていませんでした。
そのため石川さんは、ヤフオク ── LINEヤフーが運営するネットオークションサービス「Yahoo!オークション」の通称。個人が古書や古い印刷物などを出品することも多く、資料探しに使われることがありますで昔の資料を買い集めたり、国会図書館で調べものをしたりして、会社の過去を少しずつ掘り起こしてきました。
自分の代で一回それをまとめるというか、過去の人たちがどういう思いでやってきたかとか、どういう会社だったのかとかですね、そういうことはちゃんと記録に残しておきたいなと思って。
一方で、石川さんは社史というものの限界も感じていました。桺本さんが「社史に誰が興味あんねん」と投げかけると、石川さんもまさにそこを悩んだと応じます。
だって隣の会社の社史とかってもらって、まあどうもありがとうございますとは言うものの、大体多分、捨てるに忍びないからちょっと本棚に入れてみたいな感じになるだけで。
社史を作るには大きな労力がかかります。それなのに出来上がるものが本棚に眠るだけなら、もったいない。石川さんは、誰かに喜んでもらえる社史にしたいと考え、「面白い社史とは何か」を考え続けました。
石川さんが目指した社史と、一般的な社史との違いは、次のように整理できます。
取引先や関係者に配られ、お礼は言われるものの本棚にしまわれる
お金を払う価値のあるコンテンツとして、お金を出してでも買いたくなる
企画から1年、社員の反応は「またやるんだな」
石川さんによると、120周年の社史の制作期間は企画も含めて約1年でした。資料の発掘作業はそれ以前から続けていたため、そこまで含めるともっと長くなるといいます。
1年かかった理由は、決まった型がなかったことです。テンプレートに当てはめれば早く作れたかもしれませんが、石川さんたちは「どういう本にするか」から考えました。
制作には、編集・写真・ライティングのプロとして出川甲さんが参加し、全体のディレクションも担いました。実家が出版社を営み、本人は写真を軸にクリエイティブができる人物だと石川さんは紹介しています。
社史の本文に、石川さん自身の文章はほとんど出てこないそうです。缶の説明や素材の説明といった部分は、側島製罐の社員と手分けして書きました。
社史を作ると社内で伝えたときの社員の反応を聞かれると、石川さんは率直に答えています。
「おお、すげえ」みたいな、そういうのはゼロだと思いますね。なんかでも面白そうみたいな。なんか「あの人またなんかやろうとしてる」みたいな。
それでも石川さんは、社員の受け止めをありがたいものとして語ります。積極的な賛成ではなくても、無駄遣いだと反対されることはなかったからです。
積極的賛成じゃないかもしれないけど、消極的賛成ではあるので、それだけでもすごいありがたいですよね。
1137人と1030万円、最後に伸びたクラウドファンディング
社史のクラウドファンディングには、最終的に1137人が支援し、集まった金額は1030万円でした。終盤には大きく伸び、最後のライブ配信を約4000人が視聴したといいます。
石川さんは、4000人が見ているのに支援者は1137人だったことを、冗談まじりに振り返っています。
皆さん見てるんだったら応援、一口でもいいので、1200円の応援、お気持ちでもいいんでぜひって思ってました。
最後の追い込みでは、支援が約200万円ぐらい一気に伸びたそうです。途中では「無理かな」と諦めかけたこともあったと石川さんは話しています。
支援者1000人と金額1000万円という目標は、無謀とも言えるものでした。石川さんがこの2つの数字にこだわったのは、社史を面白いものとして世の中に認識してもらうためです。
社史を出版して面白いものだって世の中に認識していただくためには、パッと見て理解できないような実績作んないといけないよなっていうのは思ってたわけですね。
番組では、MC側の会社でも社史をつくる構想が話題になります。MCの一人の会社には、祖父の代、創業70〜80年のころに作られた関係者向けの社史が残っており、創業からの歩みがわかる資料としてとても助かっているといいます。
原研哉さんと俵万智さんをつないだ「余白」という発想
側島製罐の社史には、デザイナーの原研哉 ── 日本のグラフィックデザイナー。無印良品のアートディレクションなどで知られ、「白」をテーマにした著作もありますさんや歌人の俵万智 ── 日本の歌人。歌集『サラダ記念日』で広く知られ、日常の言葉で詠む短歌で多くの読者を持ちますさんが参加しています。依頼の方法は、思いを綴った「突撃DM」でした。
石川さんは、有名人が出ている本だと言いたかったわけではないと強調します。二人に声をかけたのは、缶と「白」や「余白」という概念でつながっていると考えたからです。
僕らが作ってる缶って中が空白じゃないですか。空っぽの缶をずっと作ってきてる会社で、そこの中に何を入れるかみたいなことをずっと考えてやってきてるわけですよね。
石川さんは、原研哉さんを「白」を大事にしたデザインや哲学を持つ人として、俵万智さんを短い言葉で行間や余白の世界を広げる人として捉えています。その第一人者から見て缶がどんな存在かを語ってほしい、というのが依頼の中身でした。
缶は量産機でつくる工業製品です。それでも石川さんは、工芸に近い感性で缶に眼差しを向け、均質の美のような価値として位置づけ直したといいます。
社史をつくる過程で、石川さんの缶への解像度も上がりました。本をハードカバーにする話が出たときも、発想の中心には缶がありました。
本を作る時も、やっぱり中に大事なものがたくさん情報が詰まってるから、ハードカバーの方がいいよねみたいな話が出たりするわけです。そうそう、それ缶じゃんみたいな。
社史づくりは、一緒に作った社員にも発見をもたらしました。海外の缶や缶の歴史を初めて知ったほか、自社の缶を無地でずらりと並べたカタログページは社員にとって新鮮だったようです。
並んだ状態が壮観で、あ、自分たちが作ってるものってこんなにすごいかっこいいんだなみたいな。なんかそういう認識もあったって言ってましたね。
クラファン後の反響と、新入社員に社史を贈る理由
クラウドファンディングが終わった後の反響について、石川さんは「そんなにはない」と答えています。終了後は発送作業に追われ、取材も期間中のほうが応援の気持ちを込めたものが多かったそうです。
期間中には、ポッドキャストへの出演に加え、TOKYO MXの番組「堀潤ライブジャンクション」のセドグラのコーナーで10分ほど紹介されたこともありました。
石川さんが特に驚いたのは、支援がかなり遠い縁まで届いたことです。SNSでもつながっておらず連絡先も知らない小学校の同級生や、転職したときのかなり遠い先輩が支援者に入っていたといいます。
マッチポンプみたいなもんでね、クラウドファンディングって。自分で、お前が始めた物語だろっていうのはもちろんあるんですけど。
社史が採用に効いたかどうかは、まだわからないと石川さんは話しています。ただ、新しく入社した人には社史を1冊贈る取り組みを始めています。
会社の研修でミッションビジョンバリュー聞いたりとかも大事なんですけど、やっぱそういう歴史とか、どういう会社なのか、缶ってどういうものなのかとかっていうのが、別の形で知ることができるっていうのはすごくいいことだと思いますよね。
クラウドファンディングは「なぜやるか」を言葉にできるか
これからクラウドファンディングに挑戦する跡継ぎに向けて、石川さんは教訓を2つ挙げています。1つ目は、事前にきちんと準備しておくことです。
本当にあのクラウドファンディングスタートってポチッて押したら、もうそれで自分の仕事終わりだと思って。あとは見守るものだと思って。
実際には、開始前の予告や周囲への連絡など、前後にやるべきことがたくさんあったといいます。桺本さんも「初速が大切」とよく言われると応じています。
2つ目は、なぜクラウドファンディングでやるのかを自分の言葉にしておくことです。普通に営業して販売できるものは世の中にたくさんあるからこそ、この手法を選ぶ理由が大事になると石川さんは考えています。
社史をクラウドファンディングで出すことは、最初から決まっていたわけではありません。決まるまでの流れは、次のとおりです。
当初
販売するかも決まっておらず、雑誌のように配れるものでもよいと考えていた
制作中
作り進めるうちに、きちんと販売したいと思うようになった
壁
書店に持ち込んでも、誰が買うのかという問題があった
決定
制作者との縁もあり、終盤にクラウドファンディングを選んだ
制作に関わった出川甲さんは、CAMPFIRE ── 日本の大手クラウドファンディングサービス。2011年に始まり、幅広いジャンルのプロジェクトが掲載されていますの立ち上げに関わった人物でもあったそうです。ただし、実際に使ったプラットフォームはMotionGalleryでした。
石川さんがMotionGalleryを選んだのは、本の出版や映画祭、作品のリバイバルなど、アート活動に軸足を置いたプラットフォームだからです。創業者が「人は皆アーティストである」という考え方を大事にしている点も、社史の性格に合うと考えたといいます。
オープンファクトリーのように、企業の歴史を開く
番組の終盤では、MC側の会社で社史をつくる構想にも話が及びます。MCの一人は、父と叔父が引退を控えているため、今のうちにインタビューだけでも残しておきたいと話しています。
側島製罐の石川さんは、改めて社史のためにインタビューをしたわけではありません。以前にミッション・ビジョン・バリューを作ったとき、年配の社員から多くの話を聞いていたそうです。
石川さんは、日本には長寿企業がたくさんあり、それぞれの物語や歴史がもっと見直されていくとよいと語ります。それは「社史の民主化」のような話だといいます。
オープンファクトリーだってあれだけ皆さんご興味持って、コンテンツとしてすごい楽しんでいただけるわけで。歴史とかだって同じだと思うんですよね。企業の歴史とか人の物語とか。
工場を見学できるオープンファクトリー ── 工場や作業場を一般に公開し、ものづくりの現場を見学・体験できるようにする取り組み。地域ぐるみで開催されるイベントも各地にありますが人気を集めるように、企業の歴史もコンテンツになり得る。桺本さんは、社史が民主化されて文化になっていけば最高だと締めくくりました。
まとめ
側島製罐の120周年社史は、失われた歴史を記録したいという思いから始まりました。石川貴也さんは、それを「お金を払ってでも読みたい本」に仕立て、クラウドファンディングで多くの人に届けました。企業の歴史を、社内の記録から多くの人が楽しめるものへ開いていく試みと言えそうです。
- 社史づくりのきっかけは、空襲で資料を失った会社の歴史を自分の代でまとめたいという石川さんの思いだった
- 目指したのは、配られて本棚に眠る社史ではなく、お金を出してでも買いたくなる社史だった
- 原研哉さんと俵万智さんには、缶と「余白」でつながるという考えから突撃DMで依頼した
- クラウドファンディングは1137人・1030万円を集め、事前準備と「なぜクラウドファンディングか」を言葉にすることが教訓として語られた
- オープンファクトリーのように、企業の歴史もコンテンツとして開かれていくという「社史の民主化」が展望として示された






