正統性は自分では測れない?
この回で博行さんが取り上げるのは、跡継ぎの「正統性」です。前回の自立と制約の話を受けて、正統性とは周囲からの信頼のことであり、それを自分で測るのは難しいと切り出します。
じゃあ自分がやってる時にさ、どれぐらい自分の正当性があるんだろうとかさ、(当時の俺は)あんま思えへんかったというか、会社のためになるって毎日身を粉にしてやってんのに。
博行さんによれば、信頼は向き合う相手の側に宿るものなので、相手がどれだけ自分を信頼しているかは本人にはわかりません。
ちょっと客観的に見てくれる伴走者、サポーターとかがいてくれると、なんか自分の立ち位置がわかるっていう感じになるんよね。
客観的に見てくれる伴走者の存在が、跡継ぎが自分の立ち位置を知る手がかりになる、というのが博行さんの考えです。
「結果さえ出せば」が跡継ぎを孤独にする
博行さんが跡継ぎにとって大事だと感じた気づきは、跡継ぎがよく口にする「結果さえ出したらいい」という考え方への疑問です。博行さん自身もかつてはそう考えていたといいます。
正統性が信頼のことだとすれば、信頼は一撃で急に上がるものではありません。博行さんは、お茶を買ってくる、困りごとを聞く、誰かの仕事をきちんと社内に伝えるといった小さなことの積み重ねしかないと話します。
一方で、自立側に振れた跡継ぎは、社内の面倒なことを置いておき、利益さえ出せばいずれみんな気づいてくれると考えがちです。その結果、跡継ぎは孤独になっていくと博行さんは指摘します。
で、一人になればなるほど一発逆転を目指していくんよ。これ多分、カイジとかもそうやん。
博行さんは漫画『カイジ』を例に、追い込まれるほど地道な努力を捨てて一撃で注目を集めるものを狙う心理を説明します。社内や親族と関係がうまくいっていない跡継ぎほど「結果出すしかないっすから」と口を揃えるものの、その結果がいつ来るのかはわかりません。
社内の面倒を後回し
利益さえ出せばいずれ気づいてくれると考える
孤独になる
社内や先代との関係が薄れ、一人になっていく
一発逆転を狙う
地道な積み重ねを捨て、一撃で注目される成果を目指す
結果は来ない
その結果がいつ来るのかはわからない
背中で見せていたつもりが「出張ばかりの人」に
陽平さんも、アプローチは違っても同じ状況にあったと振り返ります。大阪拠点の会社で東京事務所もないため、社員に全国営業を任せるわけにいかず、陽平さん自身が責任を持って一人で東京へ営業に出ていました。
実際にいくつか仕事は決まりました。ただ、陽平さんが背中で見せているつもりだった行動は、社員からは別の姿に見えていたといいます。
僕からしたら背中で見せてるつもりやったけど、全くそれはこちらのエゴであって、実際はよう出張行ってはる人みたいな、あんま会社におらへん人みたいな感じで。
大阪の事務所の実態もわからないまま、リモートで日報を受けて「もうちょっと動いてください」と指示するだけになり、社員の心が離れていったと陽平さんは話します。
陽平さん本人の意識: 一人で東京へ営業に出て、背中で見せているつもり
社員からの見え方: よく出張していて会社にいない人。リモートの指示だけで心が離れる
そこから陽平さんがたどり着いたのは、経営者の仕事についての考えです。
だからやっぱり経営者の仕事って、やっぱその仕組みを作ることっていうかね、別にトップセールスになる必要はないと。それだとただの時給の高いおっちゃんみたいな話になるだけやから。
陽平さんは、みんなで受注を取れること、ネット通販やサービス開発の仕組みを整えることが大切で、社長が四六時中会社にいてコミュニケーションを仲介するのは無理だと話します。社長の仕事は仕組みを作ることだというのが、最近の陽平さんの実感です。
自律と制約を行き来するシーソー
博行さんは陽平さんの話に強く同意しつつ、自律を伸ばす時期もやはり大事だと補足します。例として、ニューヨークで売れる実績を作ってから会社を束ねに戻った、旭酒造の桜井さんの話を挙げます。
博行さんによれば、自律と制約の真ん中を取りながら進むのは難しく、自律に大きく振る時期と、その成果を社員に伝えて仕組み化する制約側の時期を行き来するイメージだといいます。
こう右左にシーソーというか、行ったり来たりなんやろうなと思うよね。
ただし、やりきるモードに入りすぎて制約側に戻ってこないことが一番よくないと博行さんは言います。一人でやっているわけではないと気づく必要がある、という指摘です。
博行さんは、実績を持ち帰ればみんなが振り向くというのはある意味正解だとしつつ、売上でマウントを取らなくても、相手が何に困り何をやりたいのかを話すこと自体が信頼を高めると話します。掃除や率先した行動でもよいといいます。
跡継ぎは自律と制約のどちらに偏りやすい?
陽平さんは、跡継ぎはこの罠にはまりやすいのか、悩んでいる人が多いのかと問いかけます。
博行さんは、研究というより自分たちの肌感覚としたうえで、多いと答えます。ピッチ大会などに出ていく人は、かつての博行さんや陽平さんのように自律に振りすぎて会社とハレーションを起こしやすい傾向があるといいます。
逆に、ピッチにあまり出てこない跡継ぎは制約に沿いすぎて自律が育っていないケースがあります。博行さんは、そうした人には自分の言葉で話す、小さくても挑戦してみることを勧めるといいます。
ピッチに出ていく人に多い。会社とのハレーションが起きやすい
ピッチに出てこない人に多い。自分の言葉や挑戦が足りない
陽平さんが「制約に振りすぎても正統性は生まれない」と確認すると、博行さんは、社員さえよければ自分はどうでもいいと言う経営者についていきたいか、という側面もあると話します。
「あなたは私のためにやってくれるかもしれない。この会社はどうなるかを聞きたいんですよ」みたいなことで。
跡継ぎに必要なのは「諫めてくれる」サポーター
陽平さんが「いろんなスキルが求められてしまうな」とつぶやくと、博行さんは、跡継ぎ本人はやるだけやるという姿勢でいてくれてもいい、と応じます。そのうえで、サポートする側には全体を見る役割があると話します。
博行さんは、もし自分が父親を無視して「早く3倍成長したい」と言ったとしても、サポーターなら会社が動かなければその夢は叶わないと伝えるべきだと言います。
マーケティングとかの先生とかやったら、その伸ばす方法をどんどん教えてくれたらいいんやろうけど、跡継ぎっていう存在が成長するためのサポーターっていうのを俺必要やと思ってて。
たまには諫めてくれるみたいな存在。
承継までの10年をどう過ごす?
陽平さんは、跡継ぎとして「爪を研いでおく期間」はどれくらいあればいいのかと尋ねます。博行さんは、例外も多いと前置きしつつ、一般的には10年ほどで承継できるとよいという話をしていると答えます。
博行さんが大づかみに描く10年の流れは、まず制約を知り信頼を得ることから始まり、小さな挑戦、大きな改革、株の受け渡しへと進むものです。最初の段階でも、ピッチ大会などで将来やりたい新規事業を話すだけで自律は高まるといいます。
陽平さんは「自分はもう手遅れ」と笑いつつ、自分の次の後継には10年ほどのスパンで見るということだと受け止めます。
博行さんは、30歳で戻ってきた子どもが40歳でどうなっているかを考えるイメージだと説明します。前職で実績がある人ほど全部変えたくなるかもしれませんが、100年続いてきた会社の歴史をまず見て、はやる気持ちを1〜2年抑えることが大切だといいます。
お前のやってるゼロからのスタートアップじゃないんやからみたいなところを。
ただし博行さんは、正論を突きつけるだけでは伝わらないとも話します。当時の博行さん自身も、会社をちゃんと見ろと言われても「わかってるけど今そんなタイミングちゃう」と反発しただろうと振り返ります。言葉が入るかどうかは、関係性やサポーター自身の実績にも左右されるといいます。
有事の跡継ぎはどう違う?
陽平さんは、債務超過であと3年もつかどうかの会社や、父親が急に亡くなって戻ってくる跡継ぎもいるはずだと指摘します。
博行さんは、平時の経営者と有事の経営者は違うと応じます。コロナ禍にボトムアップからトップダウンへ切り替えた会社もあり、銀行から「後継が継ぐなら融資する」と言われるケースもあるといいます。
そうした待ったなしの場面では、10年かけて信頼を積み重ねる話とは事情が変わります。それでも博行さんは、緊急性が高くても信頼を全部無視できるわけではないと強調します。
大上家の場合は、1年で潰れるような状況ではなかったと博行さんは振り返ります。多くの会社では、信頼を損なってまで急ぐ改革より、跡継ぎが一つずつこなして得た信頼のほうが価値があるのではないか、というのが博行さんの肌感覚です。陽平さんも、結果的にそちらがよかったというケースは多いと同意します。
焦る跡継ぎに必要なのは数字と経験
陽平さんは、跡継ぎには財務の知識がない人も多いと話します。業界のトレンドを聞いてPLだけを見れば本当にやばいと思うし、周りが新規事業などで動いていればなおさら焦るといいます。
やっぱその渦中にいると、やっぱもう今日が売上ゼロでしたみたいなのがもう怖くて仕方がないから。
そこで能天気に「全然大丈夫っすよ」「不動産売ったらなんとかなりますよ」と言われると、かえって神経を逆なでし、喧嘩になると陽平さんは話します。コロナ禍に実際にそうした言葉をかけられた経験もあったようです。
そうじゃなくって、やっぱり数字じゃないかな。数字とか、その経験を伝えてくれる人っていうのがなんかいいんじゃないかなっていう気はしたけどね。
博行さんも、グロービス ── 社会人向けのビジネススクール。経営大学院のほか、会計・マーケティングなど単科の講座も開講していますの会計講座を受けた経験を語ります。自己資本比率 ── 総資本のうち返済不要の自己資本が占める割合。会社の財務の安定性を測る代表的な指標の一つですなどを計算すると、世に言う危ない会社のラインとは全く違う数字が出て、「意外と潰れへんねや」と気づいたといいます。
それは博行さんが入社4年目ごろのことで、最初の3年は焦りしかなかったそうです。1年目に数字の見方から一緒に見てくれるサポーターがいたら違ったかもしれない、と博行さんは振り返ります。
経営はマラソン、跡継ぎは駅伝
陽平さんが助けられた言葉として挙げるのは、宗教関係の加工をしている大口の取引先からの一言です。
「経営はもうマラソンやから」って言ってね。「そんな焦らんでいい」みたいな。「もう絶対息切れするよ」みたいな。
博行さんはこれを真理だと受け止めます。USJの再建やスタートアップの上場までの年数など、ビジネス本は短期決戦の話ばかりで、そのほうが格好よくドラマチックだからだといいます。
しかし跡継ぎの場合は、自分の区間を走ったうえで次の人へ渡していく駅伝のようなものだと博行さんは表現します。
博行さんは、このマインドセットを若いころの自分は腹落ちできず、それが家業を辞める方向につながったのだと振り返ります。
博行さんは、ロングターミズム ── 長期的な視点を重視する考え方。ファミリービジネス研究では、世代をまたいだ長い時間軸で経営判断をする特徴として語られますをサポーターにも持ってほしいと話します。マラソンだと思えば肩の力が抜け、靴を揃える、社員と仲良くなるといった小さなことも、今日の関係性が複利で効いてくると考えられるといいます。
跡継ぎの先輩はなぜ謙虚なのか
陽平さんは、跡継ぎの先輩たちがなぜ腰が低く謙虚なのかを考えたとき、長期戦をわかっているからだと気づいたといいます。メディアに取り上げられても、謙遜ではなく本当に「たまたま」だと思っているように見えるそうです。
たまたま今年刈り取りの年やったんよみたいな感じやん。みんな誰に話聞いてても。
陽平さんは、スタートアップで上場まで行った人はそうではないのではと対比し、博行さんも「俺のおかげで全部やり遂げた」という姿勢との違いを挙げます。
博行さんは、跡継ぎの先輩たちは悪いときも必要以上に沈まず、いいときも浮かれすぎないと話します。長く戦うためには、嫌なやつより「いいやつ」でなければ人から刺されてしまい、ニュートラルなマインドセットになるのではないかと考えます。
長期目線で関われる支援者とは
博行さんは、跡継ぎと向き合ううえで自律・制約・正統性の3つが大事だと話してきたうえで、その背景にある一番大事な概念がロングターミズムだと整理します。
支援者についても博行さんの考えははっきりしています。3年契約で300万円もらえたらその客は捨ててよいと考える人は、跡継ぎ支援の世界に来ないでほしいと話しているそうです。
この跡継ぎが長い目線でチャレンジしていくことに長い目線で関われる人じゃないと跡継ぎ支援なんて絶対できませんって。だって跡継ぎ自体が長い目線を見ようとしてんねやからっていう。
博行さんは、担当がよく変わる銀行は長期目線と相性が悪いと指摘します。陽平さんは、銀行には銀行の立場があると受け止めます。
そのうえで博行さんは、税理士や保険会社のように、関係が長く続くほどビジネス上のメリットがある立場の人こそ、跡継ぎが何を成し遂げたいのかという長期目線に寄り添ってほしいと話します。
まとめ
「結果さえ出せば認められる」という跡継ぎの思い込みは、孤独と一発逆転志向を招きやすいものです。二人の対話からは、正統性は日々の信頼の積み重ねで得るものであり、その土台には跡継ぎ自身と支援者の双方が持つべき長期目線がある、という見方が浮かび上がります。
- 正統性は周囲からの信頼であり、一撃の結果ではなく小さな積み重ねで高まる
- 自律と制約はシーソーのように行き来し、成果を組織に持ち帰って仕組み化することが大切
- 承継は10年ほどのスパンで、まず制約を知り信頼を得るところから始めるという目安がある
- 焦る跡継ぎに必要なのは、能天気な励ましより数字と経験を伝え、時に諫めてくれるサポーター
- 経営は駅伝のようなもので、跡継ぎにも支援者にもロングターミズムが求められる





