オランダ研修で跡継ぎは何を持ち帰ったのか
話のきっかけは、兄の大上博行さんがFacebookで見かけた、NN生命が主催するオランダ行きのプログラムです。今年の参加者には、知り合いの関根さんや渡辺俊介さんの名前もありました。
弟の大上陽平さんも、2年前にこのプログラムに参加しています。陽平さんによれば、プログラムの最終日にはモノジャパンという会社の展示会があり、竹箸メーカーのヤマチクさんはそこに本出展していました。陽平さんは翌年にも本出展とスタディツアーで、計2回オランダを訪れています。
陽平さんがこのプログラムで選ばれたのは、オランダの異業種デザイナーとのコラボレーションの枠でした。インテリア領域に挑戦したいという思いをデザイナーに伝え、クッションや花瓶ケースを企画してもらったといいます。
実際に現地へ持っていくと、ヨーロッパではサイズが小さすぎるといった指摘がありました。陽平さんは、日本との住環境や色の好みの違いを肌で感じたと話します。
白や黒など、無印良品やユニクロ的な落ち着いた色使いが人気
オレンジなど原色系の色使いが好まれる
(色の好みのような)そういうものって、その現地でしかやっぱリアルに、わからないことっていうのを、実際にその研修というのを通じて体験できる。
陽平さんは、円安で展示会に1つ出るにも労力とお金がかかる時代に、テストマーケティングができ、現地とのコネクションまで得られるこのプログラムを「素晴らしい」と評価します。今年は越前の和紙問屋である山岸和紙さんも参加し、オランダ人を越前に連れて行く事業をしていると聞いているそうです。
「チケットを取って行く」こと自体が刺激になる
博行さんは、オランダ研修は仕事のためでもありながら、仕事とは違う刺激に触れる場でもあったはずだと問いかけます。
陽平さんはもともとインドに住んでいた経験があり、和紙や自分の事業を世界に展開したいという思いを持っていました。参加前には自分でフランスにも足を運び、その思いを形にするためにプログラムを使ったといいます。
現地に行くと、本当に何かそういう根源的な自分の欲求みたいなものに向き合える。
博行さんはこれを、向こうからの刺激だけでなく、それに反応する自分にも気づくことだと言い換えます。陽平さんは、興味がない人には億劫かもしれないと断ったうえで、チケットを取って現地へ行く行為そのものに意味があると話します。今年も1月にインド、7月にベトナムへ行ったそうです。
やっぱりそれ(現地に行くこと)をこう定期的にやると、非常になんか脳が刺激されるというか。
博行さんは、跡継ぎや経営者は土日も売上のことを考えがちで、自分もそれが当たり前だと思っていたと振り返ります。最近は1周回って、仕事とは違う回路を開いてあげることが大事だと感じるようになりました。海外に行かなくても、家業とは違うコミュニティに属したり、ゴルフをしたりするのでもいいのかもしれないと話します。
青年会議所に懐疑的だった兄の考えはなぜ変わったのか
仕事一辺倒にならないための活動として、陽平さんが挙げたのは青年会議所 ── JC(Junior Chamber)とも呼ばれる、主に40歳までの若手経営者などが集まる団体。地域活動やリーダーシップ開発を掲げ、世界組織のJCIに属していますです。賛否はあると断りつつ、3〜4年前から活動しているといいます。
陽平さんによれば、JCは対面やZoomの会議が非常に多い体育会系の組織です。リーダーシップ開発を掲げ、「奉仕」「修練」といった、陽平さんいわく「ちょっと怪しい言葉」が並ぶ信条が世界共通で定められています。
博行さんは、JCには懐疑的だったと打ち明けます。忙しくなりそう、飲み会が多そうという印象があり、土日も自分の仕事に専念したいという理由で入らなかったそうです。
考えが変わるきっかけの1つが、『暇と退屈の倫理学』で知られる國分功一郎 ── 日本の哲学者。『暇と退屈の倫理学』や『目的への抵抗』などの著作で、消費社会や人間の自由について論じていますさんの『目的への抵抗』でした。博行さんの紹介によれば、この本は、コロナ禍で人々が移動の自粛をすんなり受け入れすぎたのではないかと批判したイタリアの哲学者を取り上げています。
博行さんは、移動は人間の根源的な欲求であり、大事な権利のはずだと話します。そして、絵画を愛でる、映画を見る、友達とご飯を食べるといった「不要不急」の中にこそ人間らしさがある、という論点を紹介します。
ビジネスの世界では「目的は何か」「HowではなくWhatから」とよく言われ、目的にかなわないことはやらなくていいという雰囲気になりがちです。博行さんは、本ではそれがかえって危険だと指摘されていると話します。
なんやったら当時って映画見に行っても時間もったいないとかって思ってたりして。
いまの博行さんは、映画を見た自分の心の反応や、意味がないと思っていた飲み会での出会いが新しい回路を開くと考えています。そのため、批判的に見ていたJCのような場も大事なのではないかと思い直したといいます。
お金のつながりがない組織で、跡継ぎは何を学ぶのか
JCで違う回路が開かれているかと問われ、陽平さんは2つあると答えます。1つ目は、単純な組織論の学びです。
JCの委員会は会社のように役職とメンバーで構成されますが、そこには金銭のつながりがありません。お金を払うから会に参加してほしい、とは言えないため、相手を動機づける必要があります。陽平さんは、前日にあった淀川の花火大会のような事業を例に、人をどう巻き込むかを考える場だと話します。
金銭関係があり、失敗は会社の存続にも関わる
金銭関係がなく、目的は明確だが失敗しても会社は潰れない
陽平さんは、JCでは会社の規模に関係なく、経験の長い人から厳しく指摘されることもあるといいます。
正直37にもなって、しかも年下の人とかに、その歴が長い、その経験の深い人と、会社の規模とか全然関係なく怒られるわけ。
陽平さんは、そうした経験は普段なかなかできないため、疑似体験として会社に生かせると考えています。誕生日をしっかり祝うといった気配りや、人の気持ちがわかる人の巻き込み方を間近で見られることも学びだと話します。
2つ目は、目的のない時間の価値です。陽平さんは、何の目的があるのかわからない時間もたくさんあるけれど、その寄り道に付き合ってくれる人とこそ仲良くなると話します。
やっぱそうやん。なんかこの紙買ってくれるから仲いいというよりは、なんかそのお祭りどうする?みたいなのを一生聞いてくれる友達の方が、(コミュニケーションが)深いし。
博行さんは、仕事はプロジェクト単位で目的がはっきりしているからこそ、目的が終われば解散する短期的な関係になりやすいと応じます。目的のない中で時間を共有できる関係こそ長く続くのではないか、というのが兄弟の見立てです。
「半強制」の場と、行き過ぎないための自分の目的
陽平さんは、JCの巧みな点は、目的のない時間を半ば強制的に作ることだと話します。博行さんも、半強制でなければ目的のない場にはそもそも人が集まらないと応じます。
陽平さんは、高校や小学校の友達に近い感覚だといいます。一方で、商工会のような場はビジネスの話が中心になりやすく、会社の規模が違うと他人行儀になることもあるという見方です。
ただし陽平さんは、JCは遠回りでお金と時間もかかり、時代遅れだと思うところも多いため、誰にでも勧められる話ではないと何度も念を押します。子どもの笑顔のためと言いながら自分の子どもの運動会に来ない、という「あるある」も紹介しつつ、自分はバランスを見ながら関わっていると話します。
行き過ぎないために陽平さんが強調するのは、自分なりの目的を持つことです。気の置けない仲間が欲しいだけなら役職を引き受ける必要はないし、特定の地域や海外の人脈が欲しいなら、それに合う部署に所属すればよいといいます。
全てを自己成長だって言ってしまえばさ、何だってできるやん。
だから、こう行き過ぎちゃうし、逆に何もやらなすぎちゃう。お金だけ払って無駄になっちゃう。
陽平さんは、入っているだけで活用しなければ意味がないのは、跡継ぎ向けのコミュニティも同じだと話します。一方で、流されることで大きく成長する人もいるため、どちらがよいかは性格にもよる難しい問題だと認めています。
陽平さんは、責任を感じすぎて心を病んでしまう人もいると話します。博行さんは、人間は社会的動物なので、強いコミュニティでの失敗には精神的な損失があり、お金を失うことだけがリスクではないと補足します。
それでも博行さんは、現代に何万人ものメンバーがいること自体に意味を見ています。仕事だけになりがちな人を、社会貢献や仲間づくりの場へ半ば無理やりにでも開いていく「装置」として機能している、というのが博行さんの見方です。
バランスホイールと「経営者マインド」の問い直し
ここで博行さんは、コーチングで学んだバランスホイール ── 人生を複数の領域に分け、それぞれに目標を置いて全体の釣り合いを見る考え方。コーチングでよく使われる手法ですという考え方を紹介します。仕事だけでなく、人生の各領域にありたい姿を置き、バランスを取りながら生きるという考え方です。
博行さんは、JCなら仲間、社会貢献、知性といった領域のゴールを一度に設定できるかもしれないと話します。そうして開いた自分で仕事に向き合うと、仕事の質も変わるという考え方です。ただし、そのせいで家庭がおろそかになっては意味がないとも付け加えます。
陽平さんは、同じJCメンバーの例を挙げます。会議や飲み会で可処分時間が限られるからこそ、社員に任せたり工夫したりして「回るやん」と気づいたという人です。陽平さん自身は、無理しすぎると心が折れるので、少し負荷をかける程度に設定するのがよいと話します。
新しいことを入れる
JCの役職や新規事業など、仕事以外の負荷を加える
時間が足りなくなる
既存の仕事を今のやり方では回せなくなる
やり方を見直す
週5日かけていた仕事を3日で回す方法を考え、社員にも任せる
新しい挑戦が可能になる
空いた時間で新規事業などに取り組める
博行さんは、週5日を既存事業に使っている状態では脳がそれで埋まり、新しいことが入らないと指摘します。無理にでも一歩踏み出すと、玉突き的にバランスを取り直す必要が生まれるという考えです。
陽平さんによれば、これは仕事もJCもうまくいっている人がよく言うことだそうです。JCで福祉に触れて就労支援ビジネスを始めた先輩もいるといいます。経営者は労働時間で給料をもらうわけではないので、成果を最大化すればよいと陽平さんは話します。
我々そんな強くないから、半強制的なところでも、「あ、リソースってこうやって使えんねや」っていうのをこうインストールされるみたいな、そういう強制的な経験なんかもしれんな。
若い世代には響きにくい? 疑問を抱えながら続ける理由
陽平さんは、JCの対象は25歳から40歳までの青年経済人だと説明します。そのうえで、いま入ってくる若い世代にとっては、こうした考え方はなかなか理解しにくいと話します。
それはもう毎日ハテナが浮かびながら。
陽平さん自身も、すべてに腹落ちしているわけではないといいます。社員に任せて報告を受けるだけで会社が回る状態も、まだ作れていないと率直に認めます。経営者がリーダーシップを学び、それを会社や地域に還元する循環が「本来は回るはず」だという言い方です。
博行さんは、自分が20代の頃に聞いても全くわからなかっただろうと応じます。陽平さんは、わかったと言えば今度は「それを人に伝えていけ」と求められ、中間にいさせてくれないのが困るところだと苦笑します。
この間でいさしてくれへんから困る。
一方で陽平さんは、創業者や、飲食、エステ、ネイル、パーソナルジムなど店舗を増やしている経営者にも出会えることを挙げます。普段は会う機会がない人たちとの出会いは、それだけで新たな刺激になるといいます。
社員にも「家と会社」以外の居場所を
博行さんは、取引が始まったかどうかは枝葉にすぎず、出会いを通じて刺激を受けることに意味があると話します。特定の団体を勧めたいわけではないとしたうえで、家業ではないところに身を置くことが大事だと考えるようになったそうです。
陽平さんも、場所は趣味の会でもよいと応じます。ゴルフ、マラソン、陽平さんが一度挑戦しようとしたトライアスロンなど、会社と関係のない場で目標を持って集まる点は同じだという考えです。
別になんだってええっちゃええんでしょうね、多分そこは。
博行さんは「人間」という字は人と人の間と書くことに触れ、同じ会社の同じメンバーとだけ過ごしていては、その「間」が増えていかないと話します。オランダ研修も含め、外へ出ていくことが跡継ぎにとっても大事なのではないかと語ります。
話は社員にも広がります。博行さんは、別の人と話した際に、経営者には「家と会社の往復だけ」という人は少ないが、従業員にはそういう人が多いという話題が出たと紹介します。会社全体でチャレンジするには、経営者が外で得ている経験を社員にも開くべきだという考えです。
陽平さんは、中小企業では研修に予算を組みにくく、社長が「行ってきなさい」と言っても申し訳なさや余裕のなさから社員が行かないこともあると話します。一方で、外を知ると辞めてしまうのではという懸念に対し、博行さんは、いまはネットで情報が入ってくるので、外に出なくても会社に懐疑的になる場面はいくらでもあると返します。
陽平さんは、会社のレクリエーションには本来そうした目的もあるのではないかと話します。博行さんは、社長には当てはまる話でも、同じことを社員にできているかと問われると言葉に詰まる人も多いかもしれないと述べ、会社の中にも浸透させていきたいと締めくくりました。
まとめ
大上兄弟は、仕事一筋の姿勢を否定するのではなく、家業以外の場で受ける刺激や目的のない時間が、結果として自分や会社を育てると語りました。そのうえで、行き過ぎないために自分なりの目的を持つことと、その機会を社員にも広げることが大事だと話されています。
- 現地に「行く」という行為そのものが、自分の根源的な欲求に向き合うきっかけになる
- 目的のない寄り道を共有できる関係ほど、長く深いつながりになりやすい
- JCのような半強制の場は、組織論やリソースの使い方を学ぶ機会になるが、自分の目的を持たないと流されやすい
- 新しいことで負荷をかけると、既存の仕事の進め方を見直すきっかけになる
- 経営者だけでなく、社員にも家と会社以外の接点を開くことが、これからの会社には必要になる





