テーマは「移動と発見」。発想の原点はハッシャダイソーシャル
番組ホストの井上拓海さんは、前回の収録以降、番組をポッドキャストらしい形に変え、台本も作り始めたと話します。今後は、井上さんが仕事をしている愛媛の印刷会社の後継ぎや、福島のOWBの代表・和田さんなどをゲストに呼ぶ予定だといいます。
街づくりガンガンやってるというか、ほんと住人ゼロのところから100の事業を作るって言って。
今回の対話相手は、井上さんと出会って8、9年ほどになる岡山史明さんです。地方のクライアントが多く、昔から移動の多い岡山さんに、井上さんは「移動と発見」というテーマを投げかけました。
岡山さんがまず思い出したのは、二人がともに関わるハッシャダイソーシャル ── 地方の若者に新しい選択肢を届けることを目指す一般社団法人。前身の株式会社ハッシャダイから事業をスピンアウトする形で生まれましたで、「移動体験が将来の可能性を決める」という話がよく出ていたことでした。
僕も拓海くんもね、すごく移動をするタイプだと思うんですけど。なんかその話(移動体験が将来を決める話)、めちゃくちゃ腑に落ちるというか。
井上さんの紹介によると、前身のハッシャダイは「ヤンキーインターン」を主力事業としていました。全国の中卒・高卒の若者に東京で3ヶ月ほど寮生活をしてもらい、営業のアルバイトと学びの機会を組み合わせて、新しい選択肢をつくる取り組みです。
当時の代表の久瀬さんは、最初から「移動は人生を揺さぶり、大きな変化を与える」と話していたそうです。現在は勝山圭一さんと三浦創一郎さんが代表理事を務め、地方の学生に新しい選択肢をつくる活動を続けています。
移動の価値は「外を知っているか」にある?
井上さんの「移動って何がいいんですかね」という問いに、岡山さんは前日に似たことを考えていたと答えます。きっかけは、地方企業が人材不足や採用難に悩んでいるという話でした。
岡山さんが住む富山県では、特に女性の流出が多く、働きたい会社がないから出ていく人が多いといいます。一方で、地元に残って働く人もたくさんいます。では企業から見て何が違うのか、と岡山さんは考えました。
富山にずっといる人だけでも、やっぱりその富山っていうものを、客観視できるかできないかっていうのは、もう1つ大きな違いが生まれるわけですよ。
岡山さんによれば、この違いは「どこへ行くか」の問題ではありません。富山から金沢へ、金沢から大阪へ、大阪から東京へ、東京から海外へと、どの段階でも「出た人」と「ずっといる人」の間に視点の差が生まれるといいます。
富山→金沢
金沢へ進学して戻った人と、富山にずっといる人で視点が違う
金沢→大阪
金沢にずっといる人と、大阪へ出た人でも差が生まれる
大阪→東京
大阪にずっといる人と、東京へ出た人でも差が生まれる
東京→海外・地方
東京にずっといる人と、海外や地方へ出た人でも視点が違う
だから岡山さんは、地方と都市、国内と海外のどちらがいいかではなく、違う価値観や場所に触れること自体に意味があるのだろうと話します。
物理的な移動で、人は何を得ているのか
岡山さんの話を受けて、井上さんは2つの問いを立てます。1つは、地方企業から見て価値ある人材になりうる人は、移動を通じて何を得ているのか。もう1つは、そもそも本当に移動は必要なのか、という問いです。
まず前者について、井上さんは「僕らは物理的な移動を通じて何を得ているのか」と岡山さんに尋ねます。岡山さんの答えは、移動はそもそも体に刺激を与えるものだ、というものでした。
移動すること自体がそもそも何かを得るための手段でもあるんだけど、移動すること自体が目的にもなるというか。
岡山さんは、山登りをする人の例を挙げます。リフレッシュや景色といった効用以前に、「そこに山があるから」という名言のように、登ること自体に価値がある、という見方です。
井上さんはここから、現代人は「考えてから動く」のが一般的だが、岡山さんの話は「動いていたら見える、感じる」という逆の順序だと指摘しました。
言葉にならない感情みたいなのってあるじゃないですか。それが実はこの動いてたら生まれるものだったりするのかなって思ってて。
井上さんはこれを「心に脳が追いついていない状態」と表現し、物理的な移動ではそうした状態が生まれやすいのではないかと話します。岡山さんも「言葉になる前のものがあるんですよね」と応じました。
動いても変化する人としない人、その差は?
旅行などで物理的な移動は誰もがしています。そこで井上さんは「動いているのに変化する人と変化しない人は何が違うのか」と問いを深めます。
(変化しない人も)本当は変化してるんじゃないですか?
岡山さんの考えでは、変化しない人も実は内面では変化していて、それが言葉や表に現れていないだけかもしれません。井上さんはこれを受け、採用対象になりうる人とそうでない人の差は、変化の有無ではなく、変化を自覚し言語化できるかどうかではないかとまとめます。
岡山さんは、前回の収録で出た「この人と働きたいと思わせる顔」の話にも触れ、言葉にできなくても変化は面構えや表情に出るのではないかと付け加えました。
井上さんは映画『ホームアローン』を例に挙げます。映画の終わりには主人公の子どもが大きく成長しているように感じられる。そこから浮かんだキーワードが「試練」と「葛藤」でした。
葛藤のある移動とか。その試練が伴う移動みたいな。
無人島体験とディズニーランド、何が違う?
試練を伴う移動の具体例として、岡山さんは自身が運営する学童のスタッフが手がける、子どもの夏休みの無人島体験を紹介します。子どもたちはサポートの大人付きで3泊4日を無人島で過ごし、自分たちで船を作って帰ってくるそうです。
乗り越えて帰ってきた子たちは、あの、普段の家事とかを進んで手伝うようになったりとか。
岡山さんは、試練を乗り越えた経験そのものと、そこから得られる自信や余裕が、周りに「変わった」と感じさせるポイントなのだろうと話します。
対比として挙げたのが、家族でディズニーランドに行って楽しかった、という移動です。見聞は広がっているかもしれませんが、振る舞いに余裕が出るような変化にはつながりにくく、周囲からは変化が見えにくいといいます。
3泊4日で船を作って帰る大変な体験。乗り越えた子は家事を手伝うなど、振る舞いに余裕が出る
楽しく見聞は広がるかもしれないが、行動に現れる変化にはつながりにくい
日常の移動に「冒険性」を取り入れるには?
ここで井上さんは、発見のある移動、人の変化が客観的に見えてくる移動とは何かについて、1つの仮説を示します。それが、移動にサバイバル性や冒険性を取り入れることです。
岡山さんは、冒険は楽しいだけではなく、自分で工夫し、頭を使い、手を動かしてその場を乗り越えることなのだろうと応じます。
井上さんは、毎日の通勤・通学や、いつもの家族旅行に冒険性を取り入れるにはどうすればいいか、という問いを提案します。たとえば海外旅行は、言語が通じにくく、文化も匂いも違うため、環境そのものに冒険性が含まれているといいます。
岡山さんは、子どもの変化を生む旅行として、いくつかのアイデアを出しました。
- 旅行のプランを子どもに決めさせる(お金は親が出す)
- 家族全員が別々のルートで行き、現地集合にする
- 計画しすぎない時間をつくる
井上さんは「自分で決めること自体がクエストになる」と受け止めます。岡山さんはさらに、誰かに決められたものを消費するのではなく、自分で生み出して味わうという点では、自炊も移動と同じかもしれないと話を広げます。
言ったら自炊するっていうのも、もしかしたらその移動体験と一緒なのかもしれないですよね。
食べたいものを考え、レシピを決め、食材を調達して調理する。井上さんはこれを「移動的な体験」と呼び、岡山さんは「フィジカル性を伴う移動的体験」と言い換えました。
ハッシャダイソーシャルが提案すべきは移動ではなく冒険説っていう。
岡山さんもこれに同意し、三浦創一郎さんが孫泰蔵さんの冒険の書 ── 実業家の孫泰蔵さんの著書『冒険の書 AI時代のアンラーニング』。学校や教育の当たり前を問い直し、学ぶことの意味を考える内容ですに大きな影響を受けたと話していたことを紹介しました。
冒険的な移動が少ない社会は、戦争を生みやすい?
井上さんは「飛躍した話」と断ったうえで、前回出た平和や戦争の話につなげます。冒険的な移動が少ない人が増えるほど、戦争的な出来事や関係性が生まれやすくなるのではないか、という問いです。
岡山さんは「繋がると思いますよ」と応じます。移動の先にある出会いや発見によって、相手の国や地域が単なる場所ではなく、血の通ったものになるからです。
中国とか韓国に友達ができたら、なかなかその国と戦争が起きて欲しくないなみたいなマインドにやっぱりなるじゃないですか。
岡山さんは身近な例として、名古屋に友達がいれば、名古屋で豪雨が起きたときに心配になることを挙げます。国対国で捉えると過激な発想にもなりうるが、そこに友達が1人いれば「心の抑止力」が働くといいます。
さらに岡山さんは、冒険の経験があれば、破壊することのインパクトを実感としてわかるようになるとも話します。
冒険したことがなかったら、想像の世界でしかないから、いくらでもなんか言えちゃうし、やれちゃうんだけど、でもその現実を知ってたら、え、生きるってめっちゃ大変なんだけどっていうのが、例えば無人島体験で。
合理だけで判断すると、なぜ危ういのか
井上さんは、AIや技術が進んだ今、1つの目的にストレートに向かう意味での「合理的な答え」が出しやすくなっていると指摘します。偏った視点や目的に対して「合理的な方法はこれだ」となりやすい時代だということです。
井上さんによれば、正しさは人それぞれの主観にあります。ただ、その正しさが身体で感じたものではなく、情報として解釈しただけのものになると、戦争が起きてしまうのではないかと考えます。
冒険的移動を繰り返すことで得られる身体的な理解みたいなもの。もうちょっと言うと、理解っていうよりは、自分が主体的に考えるっていう時間が生まれるっていうこと。
岡山さんは、頭だけで判断すると極端な方向に行きやすいと応じます。身体性があると合理以外のところに目が向き、実は非合理のほうが現実的なのだと話しました。
自分の生活から非合理がどんどん消えていくことで、なんか本当は世の中って非合理でできてるんだけど、その非合理を忘れちゃって、存在しない合理性で物事を判断するようになっちゃうっていう。
井上さんはこれに、人は恋愛などで非合理な言動をたくさんしているのに、それを自覚していないだけだと付け加えます。自分は合理的だと思っている人ほど、無自覚に非合理なことをしていて、だからこそ判断のときに「合理的に」が先に出てきやすいのではないか、という見立てです。
トラブルは前提。場をかき回す人が価値を生む
井上さんは、冒険的な移動が増えれば非合理を自覚でき、口論や無自覚に人を傷つけることのような「小さな戦争」も減らせるかもしれないと話を進めます。そのうえで、冒険的移動にはどんな要素があるといいのかを問いかけました。
井上さん自身の答えは、失敗や苦しさ、トラブルは「そもそもあるもの」という前提から始めることです。ワークショップで参加者同士がぶつかっても、井上さんはそれを良しとするといいます。
重要なのは、問題そのものが起きてることはどうでもよくて、それは起きるものだという前提にするっていう。
雨降って地固まらないことがいっぱいあることが問題であって、雨降ったんだったら地固めようぜみたいな。
岡山さんはこれを面白がり、「場をいかに面倒くさくした人が偉いか」という評価軸もありではないかと提案します。普通はスマートに解決しようとするけれど、非合理を楽しむ視点では、発想の飛躍や面倒くささに価値を置く場があってもいい、という考えです。
井上さんは実例として、組織コンサルのミミグリが大企業向けにワークショップを行う際、自分が「場をかき回す役」として一参加者のように呼ばれることを紹介しました。ワークショップはそれを前提に設計されているそうです。
岡山さんは、結果だけが欲しい会議ならかき乱す人は不要だが、「混ぜ合わせてくれている」「熟成させてくれている」と思える場なら価値が出ると話します。井上さんはこれを「異分子や問題児をイノベーターにできる場をどうつくるか」と言い換えました。
問題児をイノベーターにするには、理念が要る?
井上さんは教育現場に目を向けます。これまでの学校は、問題児を問題児でなくすか、別のクラスに移すという考え方が続いてきたのではないか。同じスケジュールで偏差値を上げることから逆算すると、異分子がいると進まないからです。
岡山さんは、異分子が好き勝手にやるだけでは互いにとって良くないと話します。大事なのは、周りの人たちが異分子の存在から何を得るのかを理解しておくことだといいます。
この人がいてくれてる理由って、自分たちにとってどんな価値なんだっけ?とかっていうことを周りがちゃんと理解しておくことがすごく大事で。
井上さんは、異分子をイノベーターにする理由を問い直すと、最終的には「その場にどんな理念があるか」に尽きると話します。そして公立学校の難しさをこう指摘しました。
公立の学校に理念はないってことなんですよね。
理念がないと、さまざまな人の漠然とした主観、特に多数派の主観で物事が決まり、異分子が排除されやすくなります。一方で岡山さんは、理念がしっかりした学校や会社なら、スクリーニングがかかり、排除される異分子はそもそも入ってこないと補足しました。
井上さんは、ここに2種類の「ディストピア」があると整理します。
理念がない。漠然とした主観の集合で、異分子や問題児が除外されてしまう
理念は明確だが実務に実装されていない。口では歓迎しても、受け入れる仕組みがない
だからこそ井上さんは、理念と実務をどこまで近づけられるかが重要だと話します。そうすれば、失敗やぶつかり合いを許容する前提を設計できるかもしれない、という考えです。
舟橋村と屋久島、理念の「矛先」はどこにある?
岡山さんは、自身が住む富山県舟橋村の例を紹介します。日本一面積が小さいのに人口が増え続けている村で、立地の良さに加え、子育てを大事にする環境づくりに力を入れてきたといいます。
舟橋村が重視したのは、補助金などよりも、住民同士の助け合い、つまり共助の環境づくりでした。取り組みから20〜30年ほどが経ち、住民が子育ての組織をつくったり、シャボン玉アーティストのママさんグループが生まれたりしているそうです。
富山みたいな、すごいその保守的な環境だと、なおさら異分子っぽい人たちが割とこう、僕含めいる村。
その舟橋村では、20年ほど前に住民とともにビジョンを掲げる村民憲章をつくり、村役場に入ると最初に目に入る場所に掲げているといいます。
井上さんは、屋久島にも屋久島憲章があることを紹介します。屋久島憲章は理念の矛先が島の自然に向いていて、その自然をどう守り、どう捉えるかが中心に書かれているそうです。
ここから井上さんは、理念が企業の主観だけでできている組織は脆そうで、対象を意識した理念を持つところは強いと考えます。宗教がブッダのような対象を掲げることにも触れ、対象との距離が遠いほどいいのではないかと話しました。
子供ってすごい時間の飛距離を伸ばせるじゃないですか。次の50年どうする?みたいな話とかにしていける。
その「対象」は空想上の存在になっていないか
岡山さんは、目的と対象は別物だと整理します。目的の共有も大事ですが、対象が明確になると力を合わせやすく、モチベーションも続きやすいといいます。
例えば世界平和のために行動しましょうってだけ言っててもなかなかモチベーションって続かないんだけど、例えばその対象がその平和教育っていうことで、子供たちにこのことを伝えていきましょうだと、あの明確だし。
井上さんは、目的があっても対象がないと主観が強く働くと応じます。対象があっても主観は働くもので、年配の人が「若者だからもっと簡単にしたほうがいい」と言うのは、若者ではなく自分の考えを語っているだけだ、という例を挙げました。
そこで井上さんは、目的・対象・理念に加えて、対象の解像度を上げる仕組みまで含めることが必要だと話します。
目的
何のためにやるのかを共有する
対象
子どもや自然など、理念の矛先となる具体的な相手
対象の解像度
その対象が偶像になっていないかを確かめ続ける仕組み
結果
主観に流されず、力を合わせ続けられる理念になる
岡山さんは、合理性の罠に陥ると「空想上の対象」をつくり、勝手な使命感で動いてしまうと話します。福祉の現場でよく言われる言葉も紹介しました。
福祉の現場でよくその「助けたい人は助けたい人の顔をしてない」っていう。
実際に困窮している人は、清貧な善人とは限らず、酒をやめられなかった人やギャンブルで財産を失った人だったりします。岡山さんは、頭の中の合理的な世界に絶望しないためにも、移動して非合理の中で生きることを体感するのが大事なのだろうと話しました。
井上さんはさらに、非合理とは局所的な見方にすぎないと付け加えます。1年で見れば非合理でも、10年後、100年後や、自分以外の10人にとってなら合理的かもしれない。合理を捉える時間軸と対象を広げることこそ、冒険的移動で得られるものではないかと話しました。
二人に残された2つの宿題
収録の終盤、井上さんはこの思考旅行で得た「宿題」を2つ挙げます。前提として、岡山さんは「変化」、井上さんは「多面性」という言葉で人の変容を扱っている、と整理しました。
井上さんは、コテンラジオの深井さんが人文知を「眼鏡を増やす作業」として多面性や変化を考えていることに触れ、自分たちにも人文知にあたる何かのソースがあるはずだと話します。
1つ目の宿題は、自分たちが運営する組織や場に冒険的移動をどう増やすか。2つ目は、BtoBの仕事でクライアントの場に冒険的移動を実装することです。クライアントには独自の主観があるため、まず企業が理念を持ち、それを実務に落とし込める土台が必要になります。
理念を自分たちで設計できる。冒険的移動を取り入れ、変化や多面性を育てる
クライアントにも主観がある。理念と実務の土台を整えないと冒険的移動を入れにくい
岡山さんは、どちらも実践を通じて検証することであり、世の中に価値を還元することでもあると応じました。
冒険はワンピースのように「フルカラー」がいい
最後に二人は、冒険性という言葉そのものの面白さに話を移します。井上さんは孫泰蔵さんの本や、ミミグリの安西さんの冒険的組織に関する書籍に触れ、冒険性だけで1冊つくれそうだと話しました。
岡山さんは「生活に冒険性を実装するには」というテーマを提案し、井上さんは生活・仕事・学校など、すでに冒険性を取り入れている事例を集めたいと話します。ただし岡山さんは、冒険性とただ面白いことは違うので気をつけたいと釘を刺しました。
井上さんが例に挙げたのは、外部の人をうまく取り入れている環境で、風越学園などがそれにあたるのではないかといいます。岡山さんは、そうしたアンテナが今日生まれたのだから、面白い事例を少しずつ増やしていけばいいと話しました。
井上さんが冒険という言葉を気に入っている理由は、ワンピースを連想させる明るさです。T字組織や人的資本経営、自然経営といった言葉と比べて、感じ方がまったく違うといいます。
T字組織とか、その人的資本経営とか、あの、なんだっけ、自然経営とかってなんか暗いんですよ。暗くね?言葉。
ワクワクしないよね。
岡山さんも、こうした話は小難しくなりがちだと同意します。井上さんは、この話が自社の言語化にも直接つながりそうだと話し、今回の思考旅行は締めくくられました。
まとめ
今回の思考旅行は、地方の人材の話から始まり、移動の価値、冒険性、合理と非合理、そして理念ある場づくりへと広がりました。二人がたどり着いたのは、人を変えるのは移動そのものより、試練を伴う「冒険的な移動」であり、それを受け止める場にも理念と仕組みが必要だという視点です。
- 移動の価値は行き先ではなく、外を知り、違う価値観に触れることにあると岡山さんは話す
- 無人島体験のように試練を乗り越える移動ほど、振る舞いに現れる変化を生みやすい
- 冒険的な移動は、世の中が非合理でできていることを身体で思い出させ、極端な合理判断を防ぐ可能性がある
- 異分子をイノベーターにするには、理念と実務の一致、そして解像度の高い対象が必要になる
- 冒険性を生活・仕事・学校に取り入れる事例を集めることが、二人の次の宿題として残った




