商材が多い大企業は、どこからCSに手をつける?
今回取り上げるのは、大企業のCS担当者から寄せられた次の質問です。
大企業でCSを始めたいのだが、いろんな商材があり、どれから手をつけていいかわかりません。何か良い判断軸はありますか?
和田さんは、大企業は事業が多いため着手順に悩みやすく、カスタマーサクセスの効果を証明しながら進める必要がある点も難しさだと補足しました。
山田さんは、支援の現場でも大企業からの相談が増えており、「なかなか広まらない」という声も聞くと話します。SaaSスタートアップとは一味違う悩みがあるという認識です。
そこで山田さんが紹介したのが、カスタマーサクセスアワード2026でザ・ブルーフラッグオブザイヤーを受賞したNECのカスタマーサクセス事例をまとめたホワイトペーパーです。協会のホームページからダウンロードでき、山田さんはこれを「大企業の始め方バイブル」と表現しています。
ここにですね、ザ大企業の始め方バイブルみたいなのがあるので、今日ちょっとこれを見ながら、実際大企業の人どうやってCS始めたらいいかっていうのを学んでいけたらなと。
ホワイトペーパーを事前に読んだ和田さんの第一印象は、社内でCSを広げる動きが、顧客向けのエンタープライズCSと同じだというものでした。
社内の課題を見つけて、小さく始めていって、キーマンを見つけて、ちょっと大きく広げていくみたいなところっていうのは、エンタープライズのカスタマーサクセスがやってることとかなり似てるなって。
山田さんも同意し、エンタープライズの顧客に使うテクニックを身内に対して行う話だと整理しました。一方で和田さんは、身内が相手だと遠慮がなく反発も強そうだという懸念も口にしています。
社員10万人超のNECが置いた「カスタマーサクセスCoE」とは
山田さんはまず、ホワイトペーパーに載っているNECの基本情報を紹介しました。設立は1899年で、連結の従業員数は10.2万人、売上規模は3兆5000億円にのぼります。
売上の内訳はITサービスが7割、社会インフラがおよそ26%、その他が4%で、IT企業という一般的な認識どおりだと山田さんは述べています。
この巨大企業でカスタマーサクセスを推進しているのが、2023年に設立された「カスタマーサクセスCoE(センターオブエクセレンス)」という部門です。
和田さんが「センターオブエクセレンスとは何か」と尋ねると、山田さんは、外資系や大手グローバル企業、DXに熱心な会社が社内プロジェクトを推進するために設ける部門だと説明しました。テーマごとに「AI活用CoE」のような組織が作られることもあるそうです。
山田さんがAIに尋ねたところ、CoEの役割は標準化・型化、人材育成・啓蒙、自走支援、そして基盤やツールの整備だったといいます。山田さんはこれを「カスタマーサクセスに似ている」と評しました。
山田さん自身も、以前在籍したSaaS企業で「ミニCoE」のような役割を担っていたそうです。標準化やルール作り、ツール導入、ダッシュボード作成を行う、一般にCSOps ── カスタマーサクセス・オペレーションズの略。CSチームのデータ、ツール、業務プロセスを整備し、現場が成果を出しやすくする裏方の機能ですと呼ばれる機能です。
自分たちでお客様を支援するわけじゃないけれども、ハブ役としてそこにしっかり存在している。しかもそこそこカスタマーサクセスの造詣の深い人を割り当てないとちゃんとワークしないと思う。
有志の草の根活動は、どうやって全社組織になった?
NECのカスタマーサクセスは、ホワイトペーパーによると2018年頃に有志による草の根活動として始まりました。和田さんは、日本で「カスタマーサクセス」という言葉が聞かれ始めた時期だと指摘し、その感度の高さに驚いています。
当時のNECのCSは全社組織ではなく、サポート部隊の一部に相談が集まり、感度の高い人がポストセールスの中で取り組んでいる状態だったと記載されています。
山田さんは、ホワイトペーパーの元資料を作ったカスタマーサクセスCoEグループのディレクター、服部さんとアワードで対談しています。服部さんによると、当時は新規受注しか見ていなかったそうです。
服部さんはRPA ── ロボティック・プロセス・オートメーションの略。パソコン上の定型作業をソフトウェアのロボットに代行させる仕組みで、事務作業の省力化に使われますのパッケージを販売しており、よく売れていたため気にしていなかったものの、ある時チャーン ── 顧客の解約、またはその割合を指す言葉です。サブスクリプション型の事業では重要な経営指標とされますを見ると、契約した顧客のほとんどがいなくなっていたことに気づいたといいます。
一部の感度が高い人は、いや、こんな辞めてる状態で意味ないじゃんみたいな、何のために取ってんの?みたいなことを感じられる人がいらっしゃったらしく。
有志の活動は2020年頃まで続き、RPA事業でチャーンが劇的に改善しました。山田さんは、何もしていないところからCSを始めると、最初は非常に大きな効果が出ると話しています。
この成果によって、現場ではCSはボランティアではなく業績を高める重要なエンジンだと認識されるようになりました。和田さんも、この実績がなければ前に進まないと応じています。
次の転機は、2022年から2023年にかけて外資系出身の役員が参画したことです。山田さんは、ホワイトペーパーに書かれた「モメンタムを捕捉」という表現に注目し、その一節を読み上げました。
ホワイトペーパーには「CSの重要性を熟知した外資系出身役員の参画というモメンタムを捕捉。地道に蓄積していた定量データを持って働きかけ、サポート部隊とマーケティング部隊が合流して、2023年にカスタマーサクセスCoEが誕生」と記されています。
和田さんが「計画的ですね」と評すると、山田さんは、その計画性こそが一番大事だったのではないかと答えました。
山田さんは古めのビジネスドラマを例に、今でも社内のロビー活動は大事だと話します。エンタープライズの顧客にはすでに行っていることを社内に向けるだけですが、できている会社とできていない会社があるという見立てです。
大企業のCSを阻む「文化・認識・構造」の3つの壁
和田さんが「進めるにあたって他にも壁がありそうだ」と問いかけると、山田さんは、ホワイトペーパーに示された3つの壁を紹介しました。
1つ目は文化の壁で、「納品完了がゴール」という文化です。SIが事業の中心であるNECでは、納品で責務がある程度完了するという考え方が根強く、そこからが始まりだと切り替えるのが難しかったと山田さんは見ています。
文化の壁への対処として、山田さんは最も簡単な方法はチャーンを集計することだと話します。大企業では意外とチャーンを取っておらず、集計してみると危機感を抱かせられると、NECの関係者が語っていたそうです。
2つ目は認識の壁で、保守サポート業務が中心だという考え方です。SIer ── システムインテグレーター。企業の情報システムの設計、開発、運用などを請け負う事業者のことですの保守サポートでは「何もないほうが正義」とされ、自分から働きかけない文化があると山田さんは説明しています。
何も連絡ないからまあうまくやってんでしょうみたいなふうな思い込みで、まあわからなくはないんですけどね。
和田さんは、これを「便りがないのは元気な証拠」のような状態だと表現しました。顧客が少しずつサービスを使わなくなっていても、双方が気づかないという問題です。
3つ目は構造の壁で、大規模組織特有の縦割り構造です。山田さんが以前在籍したSansanでも、従業員が3000〜4000人規模になると隣の事業部の動きがほとんどわからなかったそうで、その100倍ほどの規模のNECではなおさらだと話しています。
| 壁 | 中身 | 番組で語られた具体像 |
|---|---|---|
| 文化の壁 | 納品完了がゴールという文化 | 納品で責務が完了するという考えが根強い。チャーンの集計で危機感を生む |
| 認識の壁 | 保守サポート業務が中心という考え方 | 連絡がなければ順調と思い込み、利用低下に双方が気づかない |
| 構造の壁 | 大規模組織の縦割り構造 | 隣の事業が見えず、情報共有の会議だけでは変わらない |
情報共有のミーティング程度では何も変わらない状況に陥り、最終的に「司令塔が必要だ」という結論に達したことが、CoE設立につながったと山田さんは説明しています。
17名のCoEは何十万人規模の会社でどう動いたのか
カスタマーサクセスCoEグループが行ったことは、イネーブルメント、啓発育成、IT基盤の促進の3つです。山田さんは、これが一般的なCoEのミッションとほぼ同じで、セオリーどおりだと指摘しました。
イネーブルメントでまず行われたのは、社内コミュニティの運営です。有志を募って相談しやすいネットワークを作り、時間はかかったものの、問題意識を持つ人が集まる学びの場が形成されたといいます。
そのうえで提供されたのが「ブートプログラム」です。オンボーディングの考え方や顧客データの見方など、プログラムどおりに進めればCSを始められる型を用意し、立ち上がるまで伴走指導も行っているそうです。
山田さんによると、協会会員向けイベント「ジャパンCSサミット」に登壇したリクルートでも、同様のブートプログラムが提供されていたといいます。
和田さんは、ホワイトペーパーによればCoEは17名だとして、どう拡大を可能にしたのかを尋ねました。山田さんの答えは、2つ目の啓発育成に関係します。
一人一人が手弁当で教えたり、OJTするんじゃなくて、一斉にタイミング学べるようにeラーニングとか情報ポータルを用意したりとか、そういったガイド機能っていうのを結構力入れて整えられたらしいんですよ。
学習ポータルはまだ完成しておらず改修も続いていますが、一定数機能しているそうです。和田さんは、こうした仕組みがなければ各事業部の自立自走は難しいと評価しました。
啓発育成ではもう1つ、CS業務を担う人の評価も設計されています。全社の育成の仕組みに合わせた評価が作られたといいます。
ここ結構見落としがちなんですけど、(評価の仕組みは)意外と早めに用意しておかないと長続きするものにならないっていうのは私も経験上知ってますね。
和田さんも、CSの仕事は時間軸が長いため、評価制度がしっかりしていないとやり続けるのが難しいと応じています。
3つ目のIT基盤は、まだ進行中の取り組みだと強調されていたそうです。ヘルススコアの整備、状態が悪い顧客へのデジタルな支援基盤、そこへのAI活用などが進められています。
山田さんは、チャーンのダッシュボードを誰でも見られる状態にするのはスタートアップでは基本だとしたうえで、NECの基盤はおそらく製品ごとに独自に整備しており、次のフェーズで共通基盤化を計画しているのではないかと推測しています。
| 活動 | 主な取り組み | 状況 |
|---|---|---|
| イネーブルメント | 社内コミュニティ、ブートプログラム、立ち上げまでの伴走 | コミュニティが学びの場として機能 |
| 啓発育成 | eラーニング、学習ポータル、CS担当者の評価設計 | 未完成ながら一定数機能 |
| IT基盤の促進 | ヘルススコア、デジタル支援基盤、AI活用 | 進行中 |
現場の成功と経営のコミットをどうつなぐか
ホワイトペーパーの締めくくりは、現場の成功事例と経営層のコミットを融合させることが大事だという内容です。問題を感じた有志が立ち上げ、感度の高いスポンサーが現れたときにそれを捉えて接合したことが成功の理由だとされています。
山田さんによると、NECの関係者は、偶然に聞こえるかもしれないが、最初の有志の実績がなければそうはならなかったと強調していたそうです。
最初の有志の実績がなかったらそうなってないから、やっぱりそのタイミングを捉えてチャンスにするっていうのを、そういった前の活動があったからできたっていうのは強調してらっしゃいましたね。
和田さんは、小さく成果を出して実績を持ち、社内にアンテナを張り続けて働きかける相手を見極めた点が、エンタープライズサクセスの王道の進め方だと振り返りました。
ホワイトペーパーの最終ページには、自社で実施するための評価チェックリストが7項目掲載されています。和田さんはダウンロードしてセルフチェックすることを勧め、山田さんも自社のCS活動がどのレベルにあるかを比較しやすいとお話しされています。
山田さんは、大企業のカスタマーサクセス事例はこれまでほとんど世に出ておらず、日本を代表する企業の象徴的な事例だとして、大企業でCSを実践したい人に一読を勧めました。
まとめ
大企業でCSをどこから始めるかという問いに対し、NECの事例が示したのは、まず一部の現場で小さな成果を出し、定量データを蓄積しながら経営層のスポンサーが現れる機会を捉えて全社へ広げるという道筋です。顧客向けのエンタープライズCSの手法を、社内に向けて実践する「社内カスタマーサクセス」として整理できます。
- NECのCSは2018年頃の有志活動から始まり、RPA事業でのチャーン改善が価値を示す実績になりました
- 外資系出身役員の参画という機会を捉え、蓄積した定量データで働きかけたことが2023年のCoE誕生につながりました
- 大企業には「納品完了がゴール」の文化、保守中心の認識、縦割り構造という3つの壁があります
- CoEはコミュニティ、ブートプログラム、学習ポータル、評価設計、IT基盤で各事業部の自走を支えています
- ホワイトペーパーの7項目の評価チェックリストで、自社の取り組みを振り返ることが勧められています




