日本を代表する10社は、なぜアワードにエントリーしたのか?
今回のエピソードは、前回に続いてカスタマーサクセスアワード2026の振り返り回です。和田さんは、特にアワードにエントリーした企業について深く掘り下げたいと切り出します。
山田さんによると、このイベントには主に2つのコンテンツがあり、協会として特に力を入れていたのが、大企業向けのカスタマーサクセスアワードです。
1回や2回では語り尽くせないぐらい濃い回だったんで。
和田さんのおさらいによると、アワードは7月に開催され、大企業からスタートアップまで約200名が参加しました。初年度となる今回はノミネートが3社で、その中から協会のシンボルである青い旗になぞらえた最高賞「The Blue Flag of the Year 2026」が当日発表されました。
エントリー企業について、山田さんはNEC(日本電気)、三井住友カード、三菱電機などの名前を挙げ、11エントリー・10社が集まったと説明します。
エントリーした企業の傾向について、山田さんは、そもそも「カスタマーサクセスに力を入れる」というメッセージを会社として出している企業だと話します。大企業でCSを標榜していること自体が珍しいため、候補を見つけるのも簡単ではありませんでした。
だから私の人脈とかもフルに使って、そういえばあそこ(の会社は)カスタマーサクセス取り組んでたなとか。
山田さんは、大企業に所属するCS担当者にも聞いて回り、人やお金をCSにかけている企業を探して、今回のエントリーにつなげたといいます。
エントリー企業の業態はバラバラでした。三井住友カードは店舗向けの決済の仕組みを提供しており、個人ではなく法人向けのカード関連サービスでCSに取り組んでいます。一方の三菱電機は新規事業を実験的にいくつも立ち上げ、その中のSaaSビジネスでCSが必要になったという背景です。
和田さんは、普段のCSの話題はスタートアップ中心になりがちだと指摘します。山田さんも、背景がバラバラだからこそインタビューが面白く、内容もエッジが効いていたと振り返ります。
たった1人の課題感から始まる、大企業CSの立ち上がり方
関係部署が多い大企業で、どうやって部署を横断してカスタマーサクセスを浸透させたんですか?
山田さんは、この点にはある程度の傾向があると答えます。
まずその、あるちっちゃな事業部で課題感を持った人ですね。これ(は)カスタマーサクセスした方がいいんじゃないかなって言った人が、ちょっとそういう活動をやらせてくれという感じになって。
山田さんによれば、大企業のCSは営業の一部分から始まるケースがほとんどです。SaaSのスタートアップのように「ビジネスを立ち上げたからCSユニットが必要」という流れではなく、営業担当者の個人的な違和感からチームが生まれるといいます。
営業の一部の人がなんかこれでいいのかなっていうのを感じて、その個人的な課題感からチームを作り、みたいなところ(から)は大体始まるんですよ。
なぜ営業起点が多いのかについて、山田さんは、サポート部門はコストセンターと捉えられがちで、トップラインを上げる文脈になりにくいと説明します。和田さんも、営業発信なら売上や利益に直結しそうだと会社が判断しやすく、「やってみたらいい」という雰囲気になりやすいと受け止めます。
ただ、大企業にはいくつもの事業があります。山田さんは、たとえば5つの事業のうち1つでCSを始めても、それだけでは横に広がらないと指摘します。
そこで、CSの重要性や自社事業とのシナジーに気づいた経営層が、全体でCSを統括し、各事業にインストールしていく部門をつくります。この部門の役割は、CS活動を社内に根付かせることです。
山田さんは、以前支援した大企業でも同じ状況があったと話します。事業ごとにバラバラにCSをやっていてはナレッジが共有されず、足並みもそろいません。そのため、5〜10名ほどの横串チームが、各事業やサービスに正しいCSのやり方をインストールしていくといいます。
和田さんはこれを「社内カスタマーサクセスが各部署をオンボーディングしていく」構図だと表現します。ただし山田さんによれば、これは後半のフェーズで、今回のエントリー企業でも社内CS部門まで進んでいるのは約3分の1、残りの約3分の2はまだ事業単位の段階でした。
個人の課題感
営業の一部の人が「これでいいのか」と感じ、CS活動を始める
事業単位のチーム
営業起点で小さなCSチームが生まれる
組織としての格上げ
成果が出て、部署内の活動から部へ昇格するなどの変化が起こる
社内CS部門
経営層が横串の部門をつくり、各事業にCSをインストールする
途中段階の企業の中には、昨年度まで一部署の中にあったCSが、今年度から部に昇格した例もありました。山田さんは、全社にCSが浸透していく過程を実感できたと語り、和田さんは社内CS部門という仕組みがスタートアップでも使えそうだと感想を述べます。
非SaaSの大企業は、どこからCSに手をつけるのか?
非SaaS企業のカスタマーサクセスは、SaaS企業とどう違うんでしょうか?
山田さんは、エントリー企業は事業が多く、その中にリカーリング型の事業が含まれていることが多いと説明します。
山田さんによれば、大企業のCSはシナジーの高いリカーリング型の部門から始まります。そこで継続率の向上などの実績が見えてくると、その成果を本業へ接続しにいくといいます。
その代表例が、最高賞を受賞したNECです。NECは取り扱っていたSaaSの代理販売のためにCSを始め、次に自社プロダクト、さらに本業のSIへと範囲を広げていきました。
SaaSの代理販売
取り扱っていたSaaSを販売するためにCSを開始
自社プロダクト
CSの取り組みを自社製品へ展開
本業のSI
さらに本業のシステムインテグレーションへ裾野を広げる
和田さんは、この話から、SaaSか非SaaSかはあまり関係ないのかもしれないと感じます。山田さんも、広い意味では関係ないとしつつ、もう1つの例として住友三井オートサービスを紹介します。
住友三井オートサービスの本業は、運送などに使われる社用車のリースです。その中に、車両の走行状況などを管理するモビリティサービスがあり、同社はこのSaaS ── Software as a Serviceの略。ソフトウェアをインターネット経由で、主に月額などのサブスクリプション形式で提供するビジネスモデルです的な車両管理サービスからCSを始めました。
山田さんによれば、同社は車両管理のCSを、本業であるリースの競合優位性にする事業戦略をしっかり描いています。山田さんは、これが大企業のCSによくある「山の登り方」だと話します。
和田さんも、大企業なら何らかのリカーリング ── 一度きりの販売ではなく、継続課金や保守契約などで顧客から繰り返し収益を得るビジネスの形ですビジネスを持っていることが多く、そこはCSと相性が良く、継続につながりやすいと整理します。
大企業のCSで一番大事なのは「社内スポンサー」
山田さんが大企業のカスタマーサクセスを語るうえで欠かせないと考えているのが、経営層のスポンサー、つまり社内で後押ししてくれる人を見つけることです。
山田さんは、スタートアップとの違いから説明します。スタートアップは多くても200〜300名ほどの規模なので、社長に直接伝えることもでき、合理的な提案ならあまり止められません。
一方、大企業で事業を超えた動きをしようとすると、発言力のあるスポンサーに後押ししてもらえるかどうかが非常に重要になります。
多くても200〜300名規模で、社長に直接提案でき、合理性があれば止められにくい
事業を超えた動きになるため、発言力のある社内スポンサーの後押しが重要になる
和田さんは、CSの文脈で「スポンサー」という言葉が出てくるとは思わず、目からウロコだったと驚きます。山田さんは、これはCSに限った話ではないとしつつ、AIのように世間が騒いでいる分野とは事情が違うと説明します。
カスタマーサクセスみたいにちょっとわかりづらいとか、本当に利益になるのかみたいな。なんかそういう疑問がまだあるうちは、スポンサーを取らないと予算もつかない、人も分配してもらえないみたいな感じになっちゃうんで。
ある人(が)聞いたらそれ(は)社内政治じゃないかって言うかもしれないけど、私は大事だと思うんですよね。
山田さんによれば、エントリー企業の多くは、偶然か必然かはともかく、社内スポンサーをしっかり見つけていました。反対に悩んでいる企業ほど、スポンサー探しに苦労していたり、その努力が必要だと気づいていなかったりするケースが目立つといいます。
さらに山田さんは、社内スポンサーの考え方は、顧客へSaaSやプロダクトを販売するときと同じだと指摘します。顧客企業でも「この人がツールを後押ししてくれるからここまで進められそうだ」と考えながら進めるものです。
それ(スポンサーを意識した進め方)を社内向けにやるっていう話じゃないかって思うんですね。
和田さんも、顧客先でスポンサーを見つけないとツールが浸透しない経験はCS担当者なら誰にでもあると納得します。
社内CS部門の話と同じく、社内に向けたカスタマーサクセスを強化することが大企業の特徴だと実感しました
事業部ごとに分断されたデータを、誰がつなぐのか?
和田さんの次の質問は、大企業に蓄積されたデータをカスタマーサクセスにどう活かすかという点です。エントリー企業の多くが、データドリブンなCSを課題に挙げていました。
山田さんによれば、大企業にはすでにデータを溜めるプラットフォームがあります。ただし、それは事業や部門ごとに最適化されていることが多く、A事業のA部署と別の事業部とでは違うプラットフォームを使っているといいます。
まあそもそもお財布が違うんで、そういう風になっちゃうんですよね。
和田さんは「お財布が違う」という言葉に目からウロコだったと反応します。予算が違えば、プラットフォームも導入ツールも違ってくるわけです。
山田さんは、この分断を横串でつなぐときにも社内スポンサーが必要だと話します。事業部をまたいで「これは統合すべきではないか」と働きかけ、リスクを取って疑問を呈する人がいなければ、統合の機会は永遠に来ないといいます。
統合の話が動き出すと、要件整理を誰が担うのかという問題が出てきます。山田さんによれば、そのミッションが、事業を横串で束ねてCSを普及させる社内CSチームに降りてきます。
事業ごとの最適化
お財布が違うため、部門ごとに別のプラットフォームやツールが使われる
スポンサーの働きかけ
発言力のある人が事業部をまたいで統合を提案する
社内CSチームの要件整理
各所の意見を取りまとめ、要件を整理する
IT部門の実装
実際のインテグレーションはIT部門が担い、複数年の計画で進める
山田さんは、ここまで進んでいる企業は好調だとも言えると話します。問題を会社レベルに引き上げられているからです。そこまで行っていない企業は、事業部の範囲で「このデータがない」と苦労しながら、できる範囲で取り組んでいるといいます。
和田さんは、AI活用にも同じプラットフォームや同じデータベースが必要なため、データ統合が加速すればCSも動きやすくなるのではないかと話します。山田さんも、AIの文脈でデータ統合の必要性が高まり、CSのデータドリブンな活動がそこに乗っかる例が多いと聞いていると応じます。
ダッシュボードも成果も桁違い。大企業のアセットの強み
データ活用はこれからだと考えていた和田さんに対し、山田さんは、エントリー企業の多くがすでにダッシュボードを持っていると話します。
山田さんによれば、大企業はダッシュボードの作成などをグループ会社に発注することが多く、作ってくれる人がすでにいます。予算や時期の調整さえできればよいため、意思決定ができれば実現は早いといいます。
だから、そういうスポンサーを得た時の大企業さんの飛躍のレベルってすごいなって感じたんですよね。
当日配布された冊子に載っている各社の成果が「2倍になった」というレベルではない、ものすごい成果で、、驚きです
山田さんは、何もしていなかったところからCSを始めるため、その時点では大きな成果が出やすいと説明します。その成果をキープすれば、いわば「座布団」が確保されたまま進めるので、CSには美味しいところもあるといいます。
和田さんは、ゼロから取り組んだCSが利益を生む土台になっていることを各社の成果から感じ、大企業もカスタマーサクセスに取り組むべきだとまとめます。
アワードを社内ムーブメントの起爆剤に
来年はどんな企業にエントリーしてほしいかと聞かれた山田さんは、今回で確信を持てた部分があると話します。こちらから声をかけなければ誰もCSに耳を傾けないのではと思っていたものの、そうではないとわかったといいます。
NECというシンボリックな存在ができたことで、後に続く企業も出てくると山田さんは見ています。一方で、NECの事例は詳しく見るとかなりすごく、「ここまではちょっと」と感じる人もいるかもしれないと話します。なお、NECの事例は広く公開できるよう調整中だといいます。
そこで山田さんは、賞を部門ごとに細かく分けるなど、CSを始めたばかりの大企業もエントリーしやすい仕組みを来年以降に導入し、さらに裾野を広げたいと考えています。和田さんも、規模や事業形態が近い企業の事例があれば自社で使いやすく、出場の目安にもなると応じます。
山田さんは、CS担当者はどうすればムーブメントを全社に広げられるかを考えながら取り組んでいると話します。アワードへのエントリーやノミネート、受賞といった社外からの刺激が、その動きを加速させることもあるようです。
そういうのを後押しできる存在になりたいってすごく思ってますね。
和田さんは、社外で表彰されたことを社内で発表すれば、社内スポンサーを得られるかもしれないと話し、山田さんも「さっきの話ですね」と応じます。アワードは、社内スポンサー獲得の話ともつながっていきます。
最後に山田さんは、アワードは事例を受け取る人にも発信する人にも損がない場だと振り返ります。和田さんも、大企業の取り組みを知る場はほかにほとんどなく、リアルに話を聞けることに価値があると話し、来年は現場で参加したいと締めくくりました。
まとめ
カスタマーサクセスアワード2026のエントリー企業からは、大企業のCSが営業担当者の小さな課題感から始まり、社内CS部門や社内スポンサーの後押しを得て全社へ広がっていく道筋が見えてきます。データ統合やアワードの活用も、社内を動かす取り組みとして位置づけられています。
- 大企業のCSは、営業の一部の人が抱いた個人的な課題感から小さく始まることが多い
- 各事業へCSをインストールする社内カスタマーサクセス部門が、全社展開の鍵になる
- 非SaaS企業では、リカーリング型の事業からCSを始め、成果を本業へ接続する流れがよく見られる
- 予算や人を得るには、顧客先と同じように社内スポンサーを見つけることが重要になる
- 事業部ごとに分断されたデータの統合でも、スポンサーと横串のCSチームが役割を果たす




