言葉を「作ったあと」ではなく、プロセスに目を向けたい理由
「チームワーディング」は、言葉を会社経営に活かす起業家の井上拓海さんと、さまざまな企業に言葉で伴走するコピーライターの小林拓未さんによる番組です。AIで簡単に言葉が作れる時代だからこそ、組織が言葉にするまでのプロセスと、生まれた言葉を研ぎ続ける価値を探っています。
井上さんは、この番組のテーマについて「案外あまりなかったテーマを扱っている」と感じていて、収録のたびに手応えがあると話します。小林さんも、普段の業務とは違う視点から井上さんが意見を差し込んでくれるのが楽しいと応じています。
なんかもうほんとだから、やっぱ今のところはどうしても理念を作るとか。
言葉を作るっていうこととか、何か形にするっていうことにすごくその意識が向いている印象がある中で、どうそのプロセスを豊かにしていくかがやっぱり大事だなって思う。
井上さんがもう一つ気にしているのは、いまの理念づくりでは「言葉を作ること」と「それをどう浸透させるか」が分かれて扱われがちな点です。それが王道パターンになっている中で、みんなで言葉を紡いでいくという「チームワーディング」の考え方をどう持ち込めるかは、まだ模索中だといいます。
言葉を作る工程と、浸透させる工程が分かれている
みんなで言葉を紡ぐプロセスとして、作ることと浸透を一続きにする
小林さんも、作ることと浸透が一続きでできたら「めっちゃいい」と共感しています。そのうえで井上さんは、実際にいろいろな企業に導入してどんな変化が生まれるのかを見ていきたいとして、まずはモニターとして協力してくれる企業を募集していると呼びかけました。
「人に困らない会社」は、AI時代でもまだテーマになるのか
この回のテーマは、井上さんが発表した「人に困らない会社と理念」です。小林さんは、人に困らないといっても採用、その後の育成、離職しないことなど入り口はいろいろあり、そこに理念がどう関与できるかを話せそうだと受け止めます。
井上さんは、人口減少が進み、AIの台頭も語られる中で、採用や組織をどう考えるかはかなり大事な話だと考えています。業態によってはどれだけAIが進んでも人を採用しないとどうにもならないし、すべての業界がいきなり社員ゼロの「一人社長」体制に変わるのはそもそも不可能だ、というのが井上さんの見立てです。
変化していく過程においては、どうしても人が必要になるから、結局はやっぱり採用だったりとか、いかに組織から人が離れないかみたいなところのテーマっていうのは、まあしばらくはまだなくならないんじゃないかと。
井上さんによれば、特に地方ではどこも人に困っているという話をよく聞くそうです。採用できないという悩みもあれば、大企業では若い人が辞めていくという話もあり、「どうしたもんかと」と問題を投げかけます。
小林さんは、業務委託の広がりなど採用の概念自体が変わりつつあることにも触れます。新卒で入ったリクルート ── 人材サービス大手の企業。社員の独立や転職が多く、人の出入りが活発な社風で知られていますは出入りの激しさを良しとする会社だったと振り返りつつ、人が集まってチームになり生産活動をすることは、経済活動がある限り変わらないと話しています。
採用に困る会社には、どんなパターンがあるのか
議論の入り口として、井上さんは小林さんに、採用難や離職といった組織課題をきっかけに、MVV ── ミッション・ビジョン・バリューの略。企業の使命、目指す姿、大切にする価値観をまとめた理念の枠組みですやパーパスなどの理念づくりを頼まれた経験があるかを尋ねます。
小林さんによると、採用を入り口に理念づくりを直接頼まれることはほぼないものの、採用スローガンを作ってほしいという依頼から採用を紐解いていくと、理念にたどり着くことはとても多いそうです。
では、そもそも会社はなぜ採用に困るのか。小林さんは、事業が成長して人数が足りないケースもあれば、1人が辞めて経営を維持する人が必要になったケースもあると整理します。どちらにしても、人は経済活動を動かすピースとして欠かせないということです。
採用がうまくいかない要因として、小林さんは大きく2つのパターンを挙げます。1つは地方に多いパターンで、求人媒体に出していても膨大な求人に埋もれて見られず、応募さえ来ない状態です。
逆に東京のケースだと、まあそこそこ知名度はある。人は来ている。でも間違ったイメージが浸透しちゃってて、なんか人は来るけど、あ、なんかちょっとうちじゃないなみたいな人が大勢来ちゃうっていう。
長野と東京で仕事をしている小林さんは、東京では知名度があっても会社に合わない人が集まる「マッチングの問題」が多いと話します。井上さんは、入り口で見られない話と、見られはするがフィットする人がいない話の2つは、まったく違う問題だと整理しました。
求人媒体に出しても膨大な求人に埋もれ、応募さえ来ない
知名度はあり人も来るが、間違ったイメージで会社に合わない人が大勢来る
理念は「埋もれる求人」の土俵をどう変えるのか
小林さんは、2つのパターンのどちらにも理念が絡んでくると考えています。まず「見られない」パターンについては、とてもユニークな事業なら目に付くはずで、埋もれているのは数ある会社の1つにしか見られていないからだと説明します。
小林さんが挙げたのは、あくまで例え話としての居酒屋チェーンです。飲食店として並べば埋もれてしまう会社でも、実は生産者と深くつながり、六次産業 ── 農林水産業者が生産だけでなく加工や販売まで手がける取り組み。1次×2次×3次産業をかけ合わせた考え方ですのように生産者の思いを全国に届けるためにやっている、と理念で示せたらどうでしょうか。
なんかここってなんか飲食業というよりは、食を通じてローカルのカルチャーを全国に届けたい会社みたいな、ちょっと土俵が変わるというか。
小林さんによれば、理念で「何のためにやっているのか」を見せることで土俵を変えると、求職者の目に浮かび上がってくるといいます。これが、理念が採用で目立つための力になる一つの形です。
埋もれる
「飲食業の1社」として、数ある求人の中に並んでしまう
理念を示す
生産者の思いを全国に届けたい、など「何のためにやるか」を見せる
土俵が変わる
「ローカルのカルチャーを届ける会社」として見られる
目立つ
求職者の目に浮かび上がってくる
採用がうまくいかない根っこは「ターゲットの解像度」にある?
ここで井上さんがふと思ったのは、採用の目的は「採用すること」ではないという点です。採用した結果、事業が成長したり、人がいないと止まる事業に人がフィットしたりして、その人が力を発揮できるところまでがセットだと話します。
これって僕究極思ったのは、その採用したい相手のそもそも採用ターゲットの解像度が低いんじゃないかっていう。
井上さんは、人が来ない、来てもフィットしない、辞めてしまうという問題の根っこに、「どんな人に入ってほしいか」という人物像がふわっとしている可能性を見ています。フィットする人を考えるには、いくつもの角度からの整理が必要だといいます。
| 角度 | 考えること |
|---|---|
| 事業から分解 | どんな業務を任せると会社の成長につながるか |
| 社内の人と空気 | いまのメンバーや社内の雰囲気に合うか |
| 事業の先の目的 | 事業を通じてその先にどうしたいかにフィットするか |
井上さんは、採用ターゲットをこうした角度から整理すれば、必然的に理念の話になってくると考えます。会社として目指すところが見えていないと、誰に入ってほしいかを整理する情報が少なくなり、「この機能ができればOK」という話だけになってしまうからです。
さらに井上さんは、採用ターゲットや役割・要件の整理の精度が上がるほど、採用募集にそれほどお金をかけなくても人が入ってくるのではないかと話しています。
小林さんはこの考えに頷きつつ、理念にまで登っていくには介在者が必要だとも指摘します。理念の一つ下には「10年後に売上いくら」「海外に何店舗出店」といった経営戦略があり、そこから欲しい人材像が精緻化されていきます。そのうえで「その戦略はそもそもなぜなのか」を問える人の存在が重要だ、というのが小林さんの見方です。
会社を辞める理由は人間関係、では採用で何を考えるべきか
井上さんは、戦略を固定したままでも「機能としての採用対象者」は浮かぶとしたうえで、それだけでは足りないと話します。社長やメンバーの価値観に合うかどうかは、その人が力を発揮できるかに大きく関わるからです。
いや、これすごい面白いのが、会社を辞める理由の一番大きなのって人間関係。
なのに、採用ターゲット考える時に人間関係の話多分あんま出てこないんですよ。
井上さんは、組織の人間関係で大きいのは「共通言語」だと考えています。組織に共通言語がないと「俺はこう思う」という個人の価値観のぶつけ合いしか起きません。一方で組織の価値観があれば、「うちの会社はそもそもこういう考え方だよね」という基準から対話ができるといいます。
「俺はこう思う」という個人の価値観のぶつけ合いになり、喧嘩やコミュニケーションのズレが多い
「うちの会社はそもそもこういう考え方だよね」という基準から対話できる
井上さんは、昔の会社はこの点がよくできていると話し、知り合いのいるカルチャー・コンビニエンス・クラブでは行動指針がきちんと判断の基準値になっていると紹介します。小林さんも、行動指針やバリューがとても重要になりそうだと応じています。
行動指針がないと、なぜ組織崩壊が起きやすいのか
井上さんは、少し大げさだと断りつつ、行動指針があるかないかが組織崩壊の起きやすさを分ける基準になっていると考えています。人間はなかなか自分の価値観を変えられず、変えるには話の土台となる何らかの秩序が必要だからです。
何かを考えたり、意思決定したり、コミュニケーションする上での帰ってくる場所みたいなものは絶対ないと。
それぞれの価値観のぶつけ合いが起きるし、もっとひどいのは価値観のぶつけ合いが起きない。要は声のでかい人が強いっていうだけの組織になるっていう。
井上さんがいちばん怖いと話すのは、声の大きい人に経営者すら何も言えなくなるパターンです。人間関係が悪くなりにくい組織をつくるには、基準になる言葉や帰ってくる場所が必要で、結果として理念に返ってくるというのが井上さんの結論です。
小林さんは、行動指針も含めた理念体系として捉えると、ミッションやビジョンの主語は組織である一方、バリューや行動指針の主語は現場の一人ひとりだと整理します。その2つを接続する行動指針やバリューは、現場や採用のレベルでとても重要かもしれないと話しています。
「求める人物像」より、価値観を先に伝えたほうがいい理由
井上さんは、応募は来るのにフィットしない問題も、会社側の基準のなさが大きいと見ています。会社に基準がなければ応募する側にもわからず、入ってから「聞いてなかった」と人間関係で辞めてしまうことになりかねません。
それ(会社としての土台や基準)を先に伝えとくのが採用募集みたいな感じだと思うんですよね。
小林さんは、採用ページによくある「自律的に動ける人」「主体的に働きかけられる人」といったありがちな求める人物像の代わりに、バリューや行動指針で「僕たちはこういう価値観で動いています」と示すほうが機能するかもしれないと応じます。井上さんも、そのほうがずれが起きにくいと同意しました。
「自律的に動ける人」など、どの会社も言うありがちな人物像を並べる
バリューや行動指針で「こういう価値観で動いています」と示す
ただし井上さんは、行動指針やバリューがどの会社とも同じような内容だと、立ち返れる場所にはならないとも指摘します。本当に齟齬や価値観のぶつけ合いを防ぐ基準になっているかが、一つのチェックポイントになるということです。
価値観のぶつかり合いは避けられない前提で、どんな言葉をつくるか
話の中で井上さんが面白いと感じたのは、理念や行動指針をつくるときの視点です。価値観のぶつけ合いが起きないようにするのではなく、ぶつかり合いが起きる前提で強度のある言葉になっているかを問うべきだといいます。
お互いすごい好きで付き合って結婚した夫婦でさえ起きるんだから。
井上さんによれば、人間関係の悪化や価値観のぶつけ合いは避けられません。だからこそ、起きたときにすり合わせができ、組織として正しい判断は何かという話に向かえるだけの基準を、バリューや行動指針、採用時の人物像として事前に言えているかが大事だと話します。
小林さんは、言葉の設計についてさらに一歩進めます。答えを示して「全員これに従ってください」とすると、ぶつかり合って終わってしまう気がするといいます。
多分それ答えじゃなく問いとして設定すると、あれ、これって本当に正しいんだっけ?お前どう思う?みたいな。
小林さんは、問いが生まれやすい理念やバリュー、行動指針にすると良い議論が起こりそうだと話し、その塩梅には言葉の技術が必要だと述べています。
「正解はこれ、全員従って」となり、ぶつかり合って終わりやすい
「これって本当に正しい?お前どう思う?」と良い議論が生まれやすい
井上さんは、採用や組織改革はあくまで手段であり、それを通じてどんな状態を作りたいのかの解像度を組織の中で上げていくことが大切だとまとめます。それを意識していると、いつの間にか人は辞めず、自分たちにフィットする良い人が集まる組織になっていくと話しています。
採用対象者は、実はもう周りにいるかもしれない
最後に井上さんが挙げたのは、「人が来ない」と困っている会社の多くで、実は周りに人はいるのではないかという視点です。働いている人がいれば、その人たちの関係人口もいるはずだからです。
例えばうちの会社でいうと、周りに100人ぐらい関係人口がいるとするじゃないですか。それはじゃあ、おやき屋さんやってるんで、お客さんもいるしとか。
でも僕らが誰を採用したいかっていうところが曖昧だと、その100人の中にもしかしたら採用対象者いるかもしれないのに、見いだせてないだけかもしれないんですよ。
井上さんは、どんな人が欲しいかがわかっていないことと、周りにいる人たちのことをよく知らないことの2つが重なって、目の前の採用対象者に気づけないパターンが多いと考えています。
井上さんはこれに強く同意し、理念や行動指針、採用対象者の解像度を上げるほど「あれ、お前だったじゃん」という発見が起きると話します。逆に言えば、そこが曖昧なままだと大きな機会損失をしているかもしれないということです。
「奇跡のシンデレラフィット」はどう生まれるのか
井上さんの会社は、おやき屋や宿といった自社事業を始めてから採用の考え方が少し変わってきたものの、これまであまり採用に困ったことがないそうです。
井上さんはその理由をシンプルに説明します。プロジェクトごとに誰が仲間にいたらいいかをしっかり言語化していることと、周りの人が今何をしたいか、どんな状況か、どんな能力があるかを知ろうとしていることです。小林さんとゆるく話す時間をつくるのも、その一つだといいます。
奇跡のシンデレラフィットが生まれる瞬間に出会うことが多いんですよ、うち。
井上さんは、知り合いの周りで採用できれば極論コストはかからないと話します。ゼロから募集をかける場合と比べると、その差ははっきりしています。
認知から始め、面接でフィットを判断し、相手を知り自分たちも伝える必要があってリードタイムが長い
自分たちのことが言語化でき、周りのことも知っていて、あとは採用するかどうかだけ
小林さんは、リファラル採用 ── 社員の知人や友人を紹介してもらって採用する方法。社風を知る社員を通すため、ミスマッチが少ないとされますにも触れます。現場の人が「あの人はうちに合っているかも」と声をかけるには、アンテナを張れているかどうかに加え、知っている友達と一緒に働きたいと思える組織かどうかが問われるといいます。だからこそ、理念や行動指針、バリューはとても大事だと締めくくりました。
まとめ
今回の対話では、採用難や離職を「人がいない問題」としてではなく、採用ターゲットの解像度や組織の共通言語の問題として捉え直していました。理念や行動指針をきちんと言葉にしておくことが、求人で目立つことにも、入社後に合う人が定着することにも、周りにいる仲間に気づくことにもつながる、という見方です。
- 採用がうまくいかない原因には「埋もれて見られない」と「見られても合わない人が来る」の2パターンがあり、どちらにも理念が関わる
- 採用の目的は採用そのものではなく、入った人がフィットして力を発揮すること。そのためには採用ターゲットの解像度を上げる必要がある
- 辞める理由の多くは人間関係で、組織の共通言語となる行動指針やバリューがないと、価値観のぶつけ合いや声の大きい人が強い組織になりやすい
- 理念や行動指針は、ぶつかり合いが起きる前提で、答えではなく問いとして機能する強度のある言葉にすることが大切
- 欲しい人を言語化するとアンテナが張れるようになり、すでに周りにいる採用対象者に気づける可能性が高まる





